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29.聖女の真実


「美化しすぎだと、父上は呆れていました。母上はそんなことない、これくらい美しい方だったと曲げません。昔からよく喧嘩になるのですよ」


ユーリス殿下が笑う。

聖女様についてはお2人とも大層頑固なのだと、愛おしそうに。

まあ父の描いた画の方が正確だろうと、家族として分かっていたと言いながら。


「……本当にフィオナと似ている。けれどどうしてです、フェルナンド陛下の画が聖女様に近いと仰るならあの像は」


もう何も言えなくなっていた私に、クレイがかわりに聞いてくれた。

あくまでも、何も知らない他国の王太子として。

もう仮面の壊れかけている私を支えるように抱えながら。

ユーリス殿下は笑んだまま、すぐに答えをくれた。


「聖女様がもし生きて下さっていて、けれど聖女様の役目から解放されたがっていたとしたならば。あまりに忠実に描かれた父上の画は、聖女様の枷になってしまう」


はっと視線をユーリス殿下に向ける。

動揺を隠しきれない私の表情をまっすぐ見つめるユーリス殿下。

明らかに挙動のおかしな私に何かを問うことも責めることもしない。


「本当は、聖女様の平穏をお守りしたいのならば、聖女像などない方が良いのです。ですが、聖女様の存在を尊びようやく膝を折るようになった国民達の声を、父上も母上も無視することが出来なかった。聖女様が、聖女様として認められようと努力なさる姿をずっと見ていたから」

「……っ、それで王妃殿下の画を」

「ええ。聖女様を隠し守るために虚像を作るならば、彼の方と親しく敬意を持ち描かれた絵の方が良いだろうと。聖女様をかつてより慕い想っていた人々が」


そうしてユーリス殿下はすぐ近くに控えていたアンナさんに視線を向けた。


「アンナもその1人なのですよ。何故私がアンナやこの教会と馴染みが深いかご存じですか? アンナが、この国で聖女様を見届けた最後の人物だからです」


告げられた言葉が理解できず、動揺しきったまま視線がゆるりと動く。

名を上げられたアンナさんは首を振り、寂しげに笑った。


「見届けたというのは美化しすぎです、殿下。私は無責任に投げたのです、聖女様を」


フェルナンド陛下やセレナとも繋がりのあるらしい、かつての私の侍女。

頭は未だにぐるぐると混乱していて、絡まり続ける糸は中々解けない。

けれどそっと足に力を入れて自力で立つ。

グッと、それまで私を支えてくれていたクレイの服の裾を掴めば、クレイは何か察してくれたのか背中に回していた手を離し私を1人で立たせてくれる。

そのほんの数秒のやり取りを、アンナさんはただただ見守っていた。


「……聖女様をお守りしたのは、ただ1人の魔導師様です。私がしたことは聖女様をその魔導師様に押し付けただけ。国の混乱に乗じて、馬車に魔導師様と聖女様をお乗せしただけです」


今度は私だけではない、クレイも小さく息をのむ。

きっとクレイの記憶にもないことだろう。

何せクレイは何故自分がシャルレーゼ王国に戻っていたのかも知らない様子だった。

私は体が巻き戻り意識もない赤子になっていたから言わずもがなだ。


『馬車に乗っていたのだ、そなた達は。車に紋は無かったが、時期を考えれば教国から逃れてきたのではないかと推察はできた。そなたが赤子を抱えて眠っていたからな、我々はフィオナがそなたの子だとばかり思っていたのだが』


かつて私達の陛下が仰っていたことを思い出す。

私達がどうやってシャルレーゼ王国に流れ着いたのか、私達を迎え入れてくれたシャルレーゼ側の事実だけを私達は知っている。

どうして馬車に私達が乗っていたのかは、ずっと謎だった。

けれどこの人が私達をシャルレーゼへと届けてくれたのだ。

……この人、が。


「……魔導師様の身に付けていた物を、拝見いたしました。私は元は伯爵家の、それも服飾文化に秀でた家の出です。だから魔導師様がどこの方なのかを知ることができた。どのようなご事情があったのかは存じません、けれど聖女様をこのままこの国に、檻に閉じ込めるくらいならばいっそのこと」


と、そこまで声をあげてすぐに口を閉ざす。

アンナさんが一瞬躊躇い視線を向けたのは、ユーリス殿下だ。

聖女を国という檻に閉じ込める、その言葉が流石に過ぎたものだとそう思ったのだろう。

ユーリス殿下は苦笑しながら首を振る。


「良い、アンナ。教国が至らなかったことも、聖女様にご無理を強いたことも事実なのだ。それは言われて当然のことだ」

「……申し訳、ございません」


頭が、混乱する。

情報が一気に入りすぎて、感情が一気に動きすぎて、どうすれば良いのか分からない。

縋るように思わずクレイを見上げれば、苦虫を潰したような難しい顔をしていた。

お互い消化しきれない感情が渦巻いているのだ。

どう反応すれば良いのか、その言葉に迷う。


アンナさんは、おそらくこの国で最も19年前の真実に近い人なのだろう。

私達を馬車に乗せたということは、赤子になった私を聖女と認識していたことになる。

そして私と共にいた魔導師の顔も、私達が向かった先がシャルレーゼだということもきっと知っている。

それでもアンナさんは一度だって決定的な言葉は使わなかった。

初めこそ私を「聖女様」と呼びはしたものの、その後は一貫して私達の素性が分かるような言動はしていない。

……私達の意志や立場を守ろうとしてくれているのだと、そう感じた。


「アンナさんは、どうしてそこまで聖女様を」


するりとその問いが口からこぼれる。

あの頃の私は、自分自身の価値などまるで分からなかった。

何故自分が聖女などという大層なものになってしまったのか、その境遇を恨みさえしていたように思う。

ずっと普通が、家族が欲しかった。

受けた期待に何一つ応えることができず、社交性もなければ知識を持たない、本当に出来損ないの聖女だった。

フェルナンド殿下やセレナの姉役という、それだけが自分の存在意義を示せる唯一の役目だったかもしれない。自尊心も、何もかも持っていなかったと今なら分かる。


「……お優しい方でした、聖女様は」

「優、しい……?」

「はい。誰かに無理を強いる方ではなく、ご自分の置かれた立場に傷つきながらもなお人を思いやることを忘れない、温かな方だった。積極性は、確かになかったかもしれません。けれど、お傍に行くたびに聖女様からは優しい花の香りがした。人の見えぬところでも蔑まれてなお努力を怠らず、ご身分に驕ることもなく、笑んでしまえる強い方でした」


ふわりと、アンナさんが笑う。

遠く、過去を思い出すように。


「私は無力だった……、他の侍女に目を付けられることが怖くて聖女様にお声がけすることすらできない、臆病な女でした。けれどあの方は一度だって私を蔑ろにしたことはございません、お茶をお届けした時、練習用の萎びたお花をお持ちした時、お召し替えをお手伝いした時、いつだってあの方はお礼を言って下さった」

「……っ」

「あれほど虐げられ誰にも手を差し伸べられない環境下であったにも関わらず、聖女様はこの国を守るためにそのお力を使って下さった。そのような気高き方を、どうして敬わずにいられましょうか」


……違う、私はそんなに気高い存在ではない。

失望の目が怖くて、他に手段が分からず、花を蘇らせる練習をただただ続けていただけだ。

クレイが私を見出してくれて、そこでようやく自分の役割を理解できただけに過ぎない。

私は気高くなど、ない。

アンナさんの言葉が棘のように刺さる。

もっと、よほど残酷な現実も厳しい言葉だってあったのに。

それ以上にアンナさんの言葉が痛くて仕方がない。

けれど。


「……父上も、母上も、聖女様のお話をされない日はありません。毎日のように聖女様の像を眺め膝を折り、ただひたすらに祈っています。聖女様がどうかご健勝であること、そしてどうか幸せに暮らしているようにと」

「幸せを?」

「ええ。いつの日か、またお会いできる日が来るのならば、その時は全身全霊を以て今度こそお守りするのだとそれがお2人の口癖なのです。大事な、家族なのだと」


……私が、聖女が、この国に存在した意味はあったのだ。

自分の価値も何も見いだせてはいなかったけれど。

何もかも欠陥だらけの聖女ではあったけれど。

私を確かに愛してくれた人達はいた。

私の努力は決して無駄ではなかったのだと、今ようやく信じることができる。

意味は、あったのだ。


体の奥底から沸騰するような、そんな強い感情が湧きあがる。

今までで一番の、あの聖堂で聖女像に祈るフェルナンド陛下達を見た時以上の感情が。

熱くて、強くて、感覚が鈍くなっていく。

冷静だと、薄情だと、そう思ったあの落ち着きが嘘のように。


「フィー!!」


……弾ける視界の中、最後に見えたのは大きな手だった。


ここは、どこだろうか。

次に気付いた時、あたりは一面真っ白だった。

天も地も無い、ただただ視界の全てが白く染まった空間だ。

不思議と怖いとは思わない。

あれほど膨れた感情が、とたんに凪いでいるのを感じる。


「お前は何を望む、主」


ふと声が響いた。

辺り一面を反響するほどに通る声で。

一度聞いたことのあるこの声。

耳奥に届く、中性的な声。

私が私を聖女たらしめたもの。


「お久しぶりです、私の力」

「本当にな。もうお前に呼ばれることなど無いとすら思っていたが」

「……呼んだ覚えは、ないのですが」

「だろうな。お前は相変わらず力の制御が下手だ」

「あなたの力が、強すぎるのです」


聖女の力。私が生まれ持った力。

会話を進めるうちに、ここがどこなのかを察する。

私の内の内、力の源にどうやら意識だけ辿り着いたらしい。

本能とは不思議なものだ、説明など受けなくとも理解してしまえるのだから。

この場所を望んだつもりは、無かった。

けれど今はどうしてここに辿り着いたのかを私は本能的に理解できる。

心の奥底で望んだことが何なのか、知っていた。


「お聞きしたいのです、あなたに」

「何だ、改まって」

「あなたは一体、何者なのですか」


こんな非常時に何を聞いているのかと、自分でも思う。

どうして今この問いを自分の内に問いかけているのか。

他に考えるべきこと、向き合うべきものはあるはずなのに。

それでも私にとって、どうしてもこれは必要なことだったのだろう。

前に進むために知るべきことだとそう思ったのだ。


「何者、か。ずいぶんと抽象的な言い方をするものだ。私はお前だ、お前の内から生まれた力」

「……言葉を変えましょう。あなたと魔素は、何が違うのかを教えて下さい」

「ほう、察したか。いや、ずっと勘づいてはいたようだが」

「と言うことは、やはり」

「ああ、何も変わらぬ。人間達が魔素と呼ぶ存在と私ではな。強いて言うならば、力の源が外か内かの違いだろう」


単調な声が告げる、想像通りの事実。

ついさっき、感情が溢れた時に本能が告げてきたこの力の真相。

決定的な言葉を冷静に受け止める自分がいた。

聖女の力の本質は、魔素と変わらない。

植物などの自然物から宿る力が魔素。

人の体内から宿った力が聖女の力。

人々は聖女を神が遣わした奇跡なのだという。

けれど、そうではない。

ただ単純に人体から魔素を生み出せる体質を持った人間が聖女と呼ばれているだけなのだ。

おそらくは相当特異な体質なのだろう、そして女性にしか持たない何らかの因子もあるのかもしれない。

出現頻度はおそらく相当低い。

その特異な例に、私は当てはまっただけなのだ。


「回りくどいな、主よ。お前が本当に聞きたいのはそこではないだろう」

「……ええ。私にしては、ずいぶんと察しが良いのですね」

「ふっ、言うようになったではないか。良いことだ。お前は少し気が弱すぎるからな」

「それよりも」

「ああ」

「魔素は消費されるものです。力を使えば無くなりゆくもの。そして力と等価の代償が必要となる、魔導器が壊れゆくように」

「そうだな」

「私の力と魔素、本質が同じならば私が力を使った時にあなたは何を代償にしたのですか」


逆行した体は、きっと代償の一つではあっただろう。

私の体が蓄積してきた時間を消費して、力を使った。

だから私の力はある程度体が成長しなければ使えない。

けれど本当にそれだけなのだろうか。

感情が溢れて意識すら引きずり込まれた時、私はようやく違和感に気付いた。

この国に帰って来た時、フェルナンド陛下やセレナを見た時、言葉を交わした瞬間ですら異常に落ち着いていた自分。

ただただ薄情だと思っていたその中身が、果たして本当にそれだけだったのだろうかと。

国ひとつ丸々時を戻すほどの力、実行する時に他に削り取られたものがあったのかもしれないと察したのだ。

本来ならば無くなるはずのないものが消費されたのではないかとやっと理解した。


「言ったはずだぞ、私の糧はお前の体が蓄積してきた時間と意志だと」

「……ええ。あの時は体の変化にしか注目していませんでしたが」

「ああ、そうだ。お前の意志を、感情を糧とした」


そうして得られた答えを呑み込んでゆく。

全てをそのせいにしたいわけではない。

けれど私が昔この国で重ねてきた感情や思いが無になったわけではなかったのだ。

国を守るための力に変わった。

その事実を、私はきっと確かめたかったのだろう。


「難儀なことだ。それを知ってどうする。故郷を愛していたと知ったところで、お前の生き様は変わるのか」

「本当に、難儀ですね。私もそう思います」

「……はあ。お前は、確かに深く深く愛していた。この国を、弟妹を。強い想いがあったからこそ、あの力は使えたのだ。その証に戻ってきた当初は薄く淡かった感情がたった数日の些細な出来事で溢れる程に戻ってきたであろう」

「……ええ。とても愛おしくて切なくて、胸が張り裂けそうになります」


それでもやはり私の心は波打つことなく穏やかなままだった。

薄くはない、とても濃くて簡単には切り離せない強い想いを残したまま、凪いでいる。

白い世界の中央で目を閉ざす。

一転して黒く染まった世界の中に大きな手が差し出された。


「どうするのだ、これから」


最後とばかりに声が響く。

思わず笑ってしまったのは、もう言う必要もないだろうと思ったから。

言わなくてもこの声は私の意志など知っている。

知っていなければ、あのような会話になどならないのだ。

それでもあえて私は口を開いた。


「全てを抱えて生きていきます。あなたも、私も、家族も」


ふっと笑い声が聞こえる。

それきり声は遠のいていった。

代わりに聞こえてきたのは、目の裏に映ったのは、ただ一人の記憶。


『これからはフィーとお呼びしても?』

『フィー、貴女が好きです』

『ならば、私と一緒に始めましょう。ここから』

『いよいよ本番だよ、フィオナ。覚悟は良い?』


いつだって差し出されたその手が、真っ暗な空間にまで届いている。

声が感覚が、私の体に残っている。

最後に浮かんだのは、不安げに揺れるその笑顔。


ああ、すぐに目覚めて伝えなければ。

クレイが待っている。





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