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16.新たな名


王城に黒い幕がかけられる。

小さいながら活気に溢れる城下もこの日ばかりは、静まり返っていた。


大広間に集い、棺に花を手向ける。

庭で咲いた最も綺麗な花を、手向けて手を合わせる。

溢れかえる花の中央、その棺が空であることを知るのは公爵以上の貴族と、王の側近だけ。


『グレイルをグレイルとして生かしたままには出来ん。今の外見はあまりに若すぎる』

『しかし兄上も思いきりましたね。私を息子として養子に迎え入れるなど、思い付きはしても普通実行などできませんよ。それも何年も前から伯爵に架空の人物まで捏造させて』

『こう見えてもそなたの兄だからな、そなた程ではないにしても我も奇抜な方だ』

『嫌だな、人を大層変わり者のように仰る』

『大層変わり者だ。今さら何を言う』


弔われている本人はからからと笑っていた。

予想できたことだと、そう言って。


……国王陛下のもとに御子が恵まれなかったことは知っていた。

王太子不在のこの状況が国内で現在最も大きな課題であることも聞いている。

公爵家の嫡男で陛下の実の甥であるお兄様は、だから随分と厳しい教育を受けていた。

このまま進展がなければお兄様が陛下の養子になる可能性だってあったのだ。


『しかし本当に良いのですか、兄上。聞けば公爵家のフィリップも随分優秀と聞きます。下手に私を担ぎ上げるより彼を次代の国主に置いた方がよほど無難なのでは』

『そのフィリップが乗り気ではなくてな。妹の補佐に集中したいから余計な重責は負いたくないと堂々と言いおった』

『え、お、お兄様が、ですか?』

『……へえ』

『それ以上にグレイル、そなたの聡明さは我が一番理解しておる。一度守ると決めたものを守り抜くその意志の強さもな。そなたには王の資質がある』

『ですが』

『……そなたを責める者はどこにもおらん。我も許さんよ。そなたは、どうだ。この国を守ることは嫌か』

『……いいえ。嫌だなどと、そのようなことは一度だってあるはずがない』

『ならば決まりだ』


クレイの事情を全て知っているわけではない。

けれど、陛下やクレイのその短かな会話から単純な話ではないことくらいは察することができた。

クレイの両肩を掴み怖いほどの真剣さで頷いた陛下、その目をそらすことなくゆっくりと頷き返したクレイ。

その裏にどれほどの感情を抑え込んでいたのか、知らなくても分かることはあった。

小さく震え冷えたその手の感触を、私は見落としてはいけないのだと思う。


それから程なくしてクレイは王城を秘密裏に離れた。

新たな住まいはスオウ伯爵家。伯爵は、陛下のはとこにあたり知古なのだそうだ。

クレイの秘密を知り、陛下の事情を知り、そうして秘密裏に協力してくれているらしい。

随分と前から架空の息子を作りあげてまで。

一体いつから陛下が準備をしていたのか分からない。

一体どこまでこうなることを予測していたのかも分からない。

けれど陛下の計画通り進むのならば来春、クレイは陛下の養子として再び王城へと迎え入れられる。今度は、王太子として。


『そなたはグレイルの今を知る唯一の令嬢だ。手を貸してくれるか、フィオナ』

『勿論です、陛下。私に出来ることがあるならば何なりと』

『ありがとう。……グレイルのことを、頼むぞ』

『……はい』


言葉ではっきりと言われたわけではない。

けれど陛下の言葉は、つまるところ通達だ。

クレイの秘密を知り、この先もクレイの傍にいる私。

周囲が私を見る目がどうかなど、分かっている。

私の前に今示された道は、王妃への道だ。


……再び、私は人の上に立ち象徴となる。

クレイの傍で生きるということは、そういうことだ。


空の棺に目を配らせて、黙する。

グレイル殿下は今日を持ってこの世界からいなくなる。

クレイの本来の姿は、もう二度と取り戻すことが出来ない。

名を変え、出生を偽り、周囲との関係性を変えて、そうするしかこの場所に立つことができなくなってしまったクレイ。


「おお、スオウ伯爵。よく来てくれたな」

「ご無沙汰しております、陛下。この度は誠にご愁傷様でございます、グレイル殿下がお目覚めになられます日をずっとお待ちしておりましたのに」

「ありがとう。なに、随分と長く眠っていたからな、覚悟はできていたよ。安らかに逝ってくれたことが救いだ」

「そうでございますか。どうかお気を落とされませぬ様」

「ああ。…………して、そちらが」

「……はい。クレイド、ご挨拶を」

「はい、父上。……お初にお目にかかります、陛下。長くご挨拶すらできずにいた不敬をお許しください。グレイル殿下に私からも花を手向けさせていただいてもよろしいでしょうか」

「ああ、勿論だ。よくぞここまで来てくれた、クレイド。病から治ったと聞いておる、そなたはグレイルの分まで長く生きておくれ」

「勿体ないお言葉、感謝申し上げます」


後ろから、声が届く。

聞き慣れた声の、けれど聞き慣れない口調の会話。

お兄様と2人頷き合ってそっと棺を後にする。

すれ違うその瞬間だけ目が合い、お互いに無言のまま頭を下げ合った。


ざわざわと、声が聞こえる。

クレイの今を知らない貴族達からの声が、耳に届く。

伯爵家の長く病に臥せっていた長男、クレイド。

初めて目にするその姿に、ある者は驚き、ある者は訝しみ、ある者は釘付けになっていたようだ。


「……似ているな、雰囲気が」

「ああ。グレイル殿下と同じ病だったと聞いたが、ご回復されたのだな」


年配の、グレイル殿下を知る誰かがそう言う。

私の元でさえ聞こえる声を、クレイが拾っていないわけはないだろう。

けれど全く気に留めた様子も見せず、クレイは自分の棺に花を手向け手を合わせた。


「どうか安らかにお眠りください。……グレイル殿下」


小さく穏やかなその声が会場に響けば、その場が静寂に包まれる。

丁寧で美しいその所作に、誰もが目を奪われていた。

私はただただその後ろ姿を眺める。

降りた手の、その小さな震えに目を向ける。


クレイなりのけじめであり、別れ。

グレイル殿下の死を知らされた時、見た目ほどクレイが大丈夫ではなかったと知っている。

私が奪ってしまったものだと、そう思う。

そしてその現実から、目をそらしてはいけない。


「……覚悟は、決まったのか」

「はい、お兄様」

「そうか」


帰り道、お兄様と短く言葉を交わす。

黙ったまま聞いていたのはお父様とお母様。

公爵邸に戻った後、2人を見上げ口を開いた。


「お父様、お母様。私……、王妃になります」


はっきりと宣言すれば、途端にお母様が苦笑する。

お父様は何とも言えない複雑そうな顔だ。


「フィオナ。ひとつだけ教えてくれるかしら」

「はい」

「罪悪感に足を引かれてはいない?」


手をすくいあげられ優しく聞いてくれるお母様に、私も苦笑を返した。


「……全く無いと言えば、嘘になります。けれど」

「けれど?」

「私が、そうしたいと思ったのです。不安ばかりが、過りはしますが。それでも、大事だから」

「……そう」

「過去を、消すことはできない。今を否定することも、できない。何もかも中途半端な私ではありますが、未来を紡いでいけたなら。これからは自分の意志で」


今度は自分の意志で、私は王妃となる。

生まれ育った国とは違う、けれど私に多くを与えてくれたこの愛しい国の王妃に。

資格があるかどうか、しっかり務められるかどうか不安は尽きない。

それでも。


「フィオナ」

「……はい、お父様」

「その道は、後戻りできない道だぞ。選ぶということは、正真正銘フィオナとして……この国の姫として生きるということだ。良いんだな、本当に」


聖女の立場を捨てられるのか。

お父様がはっきりと言葉にして私に訊ねる。

初めて見る程に厳しい表情で。

この選択はそれほど大きな人生を左右する選択になる。

自分の中でしてきたけじめを、表に示すことになる。

家族としてこの優しい人達に甘えるだけの自分はもう許されない立場になるのだ。

自分の足で立ち、自分の頭で考え、この国を守っていかなければならない。

選ぶ以上は、自分の生い立ちも過去も何一つ言い訳にはできない。

その覚悟を持てるのかと、そうお父様は聞いている。


……温かな家族に、拾われた。

何もかもが分からず人との距離すら掴めずいた私を家族として扱ってくれた人達。

私の過去を知ってもなお、私の味方で居続けてくれた家族。

肯定だけではなくて、諫め叱り道を示そうとしてくれた。

自分で考え立ち上がることを、決意できたのはだからだ。


「……共に生きたいです、今度は支えとなって。私も大事な人を守れる私でありたい。クレイやお父様やお母様、お兄様、陛下、妃殿下……、大事な人がここにはたくさんいるから」

「フィオナ」

「そう、私はフィオナです。ユーフィアではなくて、フィオナ。そうして、これからも生きていきたい」


真っすぐと顔を見上げてお父様とお母様を見つめる。

初めて目にするお父様の視線の強さに怯むことはない。

憂う顔を見せるお母様に謝罪することもない。

家族としての当たり前を、私に与えてくれた両親だから私も家族として誠意をもって返したい。

シャルレーゼ王国の、一員として。


「……ならば、教育係を付けねばならんな。フィオナにはもう少しこの国の事を学んでもらわなければ」

「ええ、それと社交の場にも出てもらわないとね。妃に交友の広さは必須よ」

「護身術、もう少し鍛えてやる。平和な国だがいつ何があるか分かんないからな」


私の意志を、どう受け取ったのか明確な答えはなかった。

けれど誰一人として、私の決意を分不相応とは言わなかった。

返って来たのは未来につながる言葉ばかりだ。


「……ありがとうございます、皆様」


ぽつりと、無意識に言葉が零れ落ちる。

3人は、私の大事な家族はその言葉にようやく表情を崩して笑みを見せた。


「こちらこそありがとう、フィオナ。お前の気持ち、よく分かったよ。よく自分から言ってくれた」

「姉として、母として、貴女にお礼を言うわフィオナ。女性の社交界については私に任せなさい」

「心配するな。お前に任せきりじゃ不安だからな、俺がついてやるよ」


グレイル殿下の葬儀を機に、私もまた動き始める。

クレイと生きるために、歩き出す。

覚悟を改めて、決めた夜だった。









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