12.動揺
クレイ様が目覚めたことにより、王城内は騒然となった。
騒ぎを聞きつけた陛下が飛び込むようにいらっしゃって、クレイ様を抱きしめる。
少し遅れてお父様とお兄様がやってきて、私とお母様を抱き寄せた。
その間にも王族専属のお医者様がいらしたり、かつてクレイ様付きだったという女官長が駆け込んできたり、国の要職が集まったことで警備が厚くなったりと、人の足音がひっきりなしに響く。
その中心でクレイ様はやはり状況が分からないとばかりに首を傾げていたけれど。
「兄上……ですよね? あれ、おかしいな、どうしてそんなに老け込んでいるんです? 私が自由奔放なのは今に始まったことではないと思いますが。というより何故私ここにいるんです? それに何の騒ぎですか、これ」
「その減らず口、本当に変わらぬな。グレイル、無事で良かった」
「いや、それよりも説明を。……聖女様の近くにいる男、誰ですか」
「公爵とその息子だ。ああ、そなたの感覚で言うならば次期公爵とその息子といった方が分かるか」
「は? というか、そもそも何故聖女様の傍に」
「今は彼女の父と兄だからだ」
「父と、兄? ……兄上、とりあえず一旦離して下さい。とにかく説明を、分からないことが多すぎて整理が追い付きません」
「そ、そうであったな。しかしそなた、身体の具合は」
「どうでも良いですよ、私の体など。少なくとも感覚としてはどこも悪くありませんし。それよりも聖女様のことを」
「……そなた誰だ」
「グレイルですが。兄上、弟の顔を忘れましたか」
「見た目ではない」
「お疑いでしたらいくらでも過去の思い出をお話して差し上げますが? 例えば森の小動物に」
「わ、分かった。疑ってなどおらん、そなたは間違いなくグレイルだ。とにかく説明が必要なのだな、分かった話そう」
クレイ様からの何故だか鋭い視線を感じながらも、私達は応接間へと移動する。
目覚めたばかりのクレイ様の体に負担はないのか誰もが心配していたけれど、クレイ様が仰る通りその身は健康そのものだった。
休むよりも情報が欲しいと強く望むクレイ様に陛下はすぐに動いて下さったようだ。
今部屋には陛下と王妃様、お父様、お母様、お兄様、そして私とクレイ様の7名だけ。
話の邪魔にならないようにと隅へと移動する私に再びクレイ様からの鋭い視線が向けられる。
「聖女様はこちらへ。貴女も当事者なのでしょう? それに、私以外の男と親しくしないでいただけますか」
ぽんぽんとクレイ様の座る横を叩かれ、何やら怒気を感じるその雰囲気に逆らうことは出来なかった。
言葉の意味はおそらく半分も理解できていない。
まだまだ知らなければいけないことが山ほどあるのだと知る。
恩人であるクレイ様を不快にさせるのが何故なのか、分からない。
それは何とも歯がゆかった。
「グレイシア、グレイル様は一体どうしたと言うんだ」
「……知らないわ、あれほど誰かに執着するグレイルなど初めて見るもの」
「……俺は何故こんなに敵意を向けられているんです? 叔父上とお会いするのは初めてなのですが」
家族の会話が聞こえる。
けれどやはりその意味が理解できない。
「クレイ様……、申し訳ございません。私何かご不快になられるようなことを」
「ここにいて下さったら不快にはなりませんよ。あちらに戻られれば不快になります」
「……クレイ様の大事なお姉様は、私にとっても今は大事なお母様です。決して害する気は」
「言葉を変えましょうか。私以外の男に近づかなければ、不快にはなりません」
クレイ様以外の男……? と首を傾げたところでゴホンと大きな咳払いが聞こえた。
向かいに座った陛下と、それを見て苦笑している王妃様。
横でクレイ様が恨めし気に陛下へと視線を向ける。
「兄上、人の恋路を邪魔しないでいただけますか」
「説明しろと他を突っぱねたのはそなただろう。ともかく落ち着け、グレイル。何をそう暴走している」
「別に暴走など」
「昔から好き勝手する男ではあったが、人の意志や情を捻じ曲げてまで勝手をする男ではなかったはずだ。我が知る弟はな。違うか」
「……そうありたいとは、思いますが」
「ならば一呼吸置け。そなたは今よほど冷静ではないと見える。目に見える全てが変わり戸惑う気持ちは分かるがな」
「…………申し訳、ございません。急がねば、手遅れになるかと。もしくは今が夢の中なのではないかと」
「大丈夫だ。夢ではない、現実だ。そなたはここにいて私達もここにいる。無論、聖女様もな」
「……っ、はい」
陛下のお言葉でようやくクレイ様は口を閉ざした。
ここにきてようやく私もクレイ様の気がかなり動転していたのだということに気付く。
考えてみれば当然の話だ。クレイ様が意識を閉ざしてから16年。それだけの時が経てば、見知っている方々の外見は全てがまるで変わってしまう。
建物も、人も、何もかも大きく変わるには十分すぎる年月だ。
……私がクレイ様を取り残してしまった。
事の重大さを、今更痛感する。
「聖女様」
「っ、はい」
「もしよろしければ、手を」
「手……?」
「はい。握っては、いただけませんか。申し訳ございません、少し私も動揺しておりまして」
「勿論です! 私に出来ることがあるのならば、何でも致します」
「……ありがとう」
両手を使いクレイ様の右手を強く握りしめる。
そうすれば、少しだけクレイ様の眉根から皺が取れた気がした。
……少しは頼って下さっているのだろうか。
もしそうならば、嬉しい。
私でも出来ることがあるというのならば、こんなに嬉しいことはない。
緊張からか冷え切ってしまったその手を温めるよう包む。
そこに陛下の視線を、感じた。
「兄上、失礼しました。私の身に何が起きたのか、教えていただけますか」
「……ああ、勿論だ」
そうして私達の記憶を繋ぎ合わせる作業が始まる。
陛下からは今が何年で、クレイ様が一体どういう状況でこの16年間を過ごしていたのかを。
私からは聖女の力を解放した後、どういう経緯で今の家族と共に過ごす様になったのかを。
そしてクレイ様からは、私が意識を閉ざした後のことを。
それぞれ語り合う。
「聖女様のお身体が縮む瞬間を見ました。赤子になられるまでは本当に数秒もなかったかと。情けない話ですが、その後の記憶が全くありません」
「馬車に乗っていたのだ、そなた達は。車に紋は無かったが、時期を考えれば教国から逃れてきたのではないかと推察はできた。そなたが赤子を抱えて眠っていたからな、我々はフィオナがそなたの子だとばかり思っていたのだが」
初めて聞く話も多くあった。
私の体が逆行したその決定的瞬間を見たクレイ様、そして先ほど力を使ったことで消えた私の手の傷。
突如聞こえるようになった私の力の声の証言もあって、16年前の真実に少しだけ近づく。
あの日、聖女の力を使ったことで教国の時は巻き戻った。
火に焼かれた街並みは、火に焼かれる前へと。
傷付いた人々は、傷つく前の姿へと。
しかしあまりに力を及ぼした範囲が広すぎたために、私の“時間”は限りなく全て使い果たされた。
だから私の体は巻き戻り赤子になった。
クレイ様はそんな私の力について全てを理解していたわけでは無かったけれど、聖女の力によってもたらされたものが何かを察したのだという。
そうして連れ出そうとしてくれた先で怪我を負い、そのために私が最後に願った力がクレイ様にかかったことで長年の眠りについた。
そうして誰も事情を知らぬままシャルレーゼ王国で迎えられ、今に至るのだ。
「なぜ私は馬車に乗っていたのでしょう。一体誰が私達をここへ」
「……分からぬ。むしろこちらが聞きたいほどだ、そなた達に心当たりはないのか」
皆の記憶を寄せ集めてもなお、真実の全てには辿りつけない。
しばらく一同考え込み沈黙が続いた。
しかしそれを真っ先に破ったのはクレイ様だ。
「まあ、16年間何事もなかったのならば、大して害はないのでしょう。ならば考えても仕方ないですね。今は置いておきましょう」
「……そうだな。他に考えねばならぬ問題も山積しておる」
「ああ、私の処遇につきましては兄上に全てお任せしますよ。16年歳の取らなかった王弟など不気味なだけでしょうから厄介でしたらここから去りましょう。市井に下っても良いですし、旅人になるのも良いですね。聖女様はお連れしますが」
「飛躍しすぎだ、グレイル。そちらについては考えがある。心配せずとも良い、そなたにはずっと王城にいてもらう。フィオナ、そなたも協力してくれるか。無論そなたの意志は尊重するがな」
「はい、勿論です陛下。そもそもは私が引き金なのです、私に出来ることでしたなら何でも仰って下さい。私の意志などお気になさらず」
「駄目ですよ、聖女様。貴女を物のように扱うならば、私が黙っていませんから。私が許しません」
「……グレイル、何でもかんでも噛みつくな。心配せずとも、そなたからフィオナを取ったりはせん」
「フィオナと、軽々しく名前を呼ばないでいただけますか。私は一度もユーフィア様とお呼びできたことがないというのに」
「…………だからそなた誰だ」
何故だか、陛下も王妃様もお父様もお母様もお兄様も、皆揃って深くため息をついていた。
私について何かを言うたびに言葉を挟むクレイ様に、流石に過保護だと心配して下さったのかもしれない。
「クレイ様。ありがとうございます。貴方は、本当に優しい方です。私の身をこれほど案じて下さる方はいません」
「優しくないですよ。自分の欲全開で生きています」
「そのようなことはございません。現に私を気遣って下さっていますから。クレイ様のおかげで今の私はあるのです」
「……お気持ちを、素直に口にして下さるようになったのですね。本当に、良かった。しかしそうさせたのが私ではないことに正直腹立たしさも覚えます。本当に私は優しくないのですよ」
「そのようなことなど」
「あります。貴女は私を聖人か何かと勘違いしておられますね、それは非常によろしくない。私は貴女の“良い人”になりたいわけではありませんから」
何とか軌道修正を試みるものの、クレイ様は何故だか頑なにそれを拒んでいる様子だった。
私はもう大丈夫、だからクレイ様は今はクレイ様自身のことを考えて欲しいとお伝えしたかったのに。
クレイ様が今一番大変なはずなのだからと、私を気にかけていただかなくても良いのだとそう言いたい。
そうして再び口を開こうとすると、クレイ様は何故だかとても怖い笑顔を私に向けた後陛下に向き合った。
「少し聖女様と2人きりにしていただけますか? 2人きりで話したいのです」
「……そなた、何をするつもりだ」
「嫌だな、問題は起こしませんよ。が、他の目があると聖女様はそちらに目を向けてしまうでしょう? この方は他に迷惑をかけぬようにと、遠慮する癖が染みついておりますから。中々本心を打ち明けてはくださらないのです」
「フィオナの意志を尊重すると誓えるか」
「勿論です。その為に聖女様の手を掴んだのです」
「……分かった。ランド、グレイシア、そなた達も良いか」
「私はフィオナの意志を尊重いたします、陛下。フィオナが望むのであれば」
「ええ、私もですわお兄様。グレイル、無理強いだけはしないでね」
「心得ていますよ、姉上」
私自身、一体何がどうなっているのか分からない。
けれど必死に状況を呑み込もうとしている間にも、クレイ様は私の手を引く。
慌てて陛下に礼を取ろうとすれば、それすらも許されず強く引っ張られた。
陛下も王妃様もお父様もお母様も、お兄様ですら何やら複雑そうな顔をしている。
それでも何の反応もできないままにクレイ様の後を追う。
慌てた様子で何名か騎士が追いかけてきたけれど、クレイ様はそれすらも視線で威圧し下がらせた。
そうして辿り着いたのは、先ほどまでクレイ様が眠っていた小さな部屋だ。




