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11.目覚め


一つずつ“普通”を知る日々が続いた。

お父様は家族としての在り方を、そしてこの公爵家がこの国で担った役割を。

お母様は人との繋がり方を、そして女性が興味を示す食べ物や趣味についてを。

お兄様は私の手を引き、新たな経験を。

家族は私に多くを教えてくれた。


「お兄様、それは……?」

「何だいたのか。畑仕事、お前もやるか?」

「畑? お花を育てるのですか」

「野菜。夏頃には実になるぞ」

「野菜……? た、食べるものも土から生まれるのですか!?」

「は? 何言ってるんだお前」

「土から生まれるものは花ばかりだと……食べものは、動くと、聞いたので」

「何だそれ、野菜が足生やして走りだすわけでもあるまいし」

「え、そ、そうなのですか?」

「……本気で言ってるのか、お前」


多くの経験を通して、自分がどれほど無知だったのかを知る。

いつも与えられるばかりいた私は、本当に何も知らなかったのだ。

関心すら、なかったのだと思う。


「お嬢様、汚れてしまいますから畑仕事はほどほどになさいませね。全く、若様もいくら何でも年頃のご令嬢に畑仕事をさせることはないでしょうに」

「ご令嬢は、畑仕事はいけないのですか?」

「あまり聞きませんね。ほら、土で汚れますし虫もいるでしょう?」

「虫……? ああ、この愛らしい子ですか?」

「……ミミズを愛らしいと仰るご令嬢は初めて見ました」

「お兄様が、この子は土を綺麗にしてくれるのだと教えてくれました。立派な役目を果たしてくれているのでしょう?」

「ふふ、ええ。そうですね」


体を使い、頭を使い、ものを生み出す。

知らないことを聞いて、教えてもらう。

そのどれもが今まで経験のないことだった。

何故だかお父様はお母様と共に頭を抱え「普通貴族は畑仕事もしないんだがな」と仰ってはいたけれど。

そうして普通と普通ではないことを、この世界の常識を、経験を、私は知っていく。

この世界は、私が想像していた以上に未知で広かった。


「フィオナ、今日は私も貴女について行くわ。良いかしら」

「はい、勿論です。ありがとうございます、お母様」

「ふふ、お礼を言われることではないわ。私もお兄様と弟の姿を見たいだけなのだから」


クレイ様と王城で再会してからもうすぐ4年。

私は……フィオナは、16歳になっていた。

見た目が少しずつ、元の19歳だった私に近づいている。

記憶にあるまま、……それよりは少し陽に焼けたけれど、それでも成長の過程は変わらない。

2度目の16歳、一度時が巻き戻った自分の体。

相変わらずクレイ様は成長を止めたまま眠り続けている。

普通では有り得ないこの時の逆行現象に、さすがに私はもう気付き始めていた。

私に宿った聖女の力は、時を操るものなのではないかと。


確信を持ったのは、お父様から聖カトレア教国の争乱について教えていただいた時のこと。

それまで私の精神状況を慮り一切触れることはなかった。

けれど今ならばとお話し下さったのが、つい最近だ。

街が火に焼かれ多くの悲鳴を聞いたあの争乱。

三カ国が手を組み侵攻したのが始まりだったのだという。

魔素が発見され技術の発展により魔導師が他国でも生まれると、教国や聖女に対する畏れは次第に消えていった。そうして残ったのは一度だって荒らされたことのない豊富な魔素と資源。戦の経験もない教国の軍事力よりも軍国主義の方が勝算は大いにあったらしい。

そうして侵攻した連合国軍は、当初は予定通り順調に村々を落とし王都に迫っていた。

しかし結局その侵攻作戦は失敗に終わり、教国は今なお資源も領土も一切失うことなく在り続けている。

その理由を聞いた時、私は自分の耳を疑った。

けれど紛れもない事実だと、そうお父様は仰る。


「聖女様が、守ったんだよ国を」


……そのような覚えは、私にはなかった。

聖女としてこの国を守りたいと確かに思いはしたけれど。

力を解放した瞬間からの記憶がまるで無いのだ。

だからその後教国がどうなったのか、詳しくは分からなかった。

調べようにもここは教国からは距離のある田舎、得ることが出来た情報は国や殿下、セレナが無事だったということくらい。


「聖女様の力によって焼かれた村、火の手の上がり始めた王都、負傷した兵士、その全てが一瞬のうちに癒えたのだと言うよ。火は消え、壊れたはずの家々は元通り、瀕死の兵士は敵味方問わず息を吹き返したらしい」

「そ、んな。私にはそのような力」

「しかしそれが公式の見解だ。聖カトレア教国のみならず連合国軍までもがそう言っている。かの国は正真正銘聖女に守られし国だと。手を出すことは禁忌に触れると」


一体あの時に何が起きたのか、私には分からない。

私の聖女としての力は落ちこぼれも良いところだったはずだ。

しかし聖女の力でなければ到底理解できないような現象が実際に起こった。

そしてその代償に私は幼児退行したのではないかと、それがお父様と陛下の考えらしい。

どういう仕組みで代償が働いたのか、今でもはっきりと確信できるものはない。

けれど聖女であった私の体が巻き戻り、私の最も傍にいたクレイ様の時が止まっている。

照らし合わせてみれば、それこそが私の能力だったのではないかと考えるには十分だ。

それに一度力を解放した影響なのか、私自身も体の成長と共に感じるものがある。

体の奥の聖女の力が存在感を増しているのだ。

そして本能的に私に告げて来る。

クレイ様の部屋を訪れる度に、力は私に教えてくれる。

あともう少し、そろそろ足りる。

そこまで自分の力を理解できるようになった。


「ようこそお越しくださいました、公爵夫人、フィオナ嬢。殿下の元までご案内致しましょう」

「ええ、よろしくね」

「ありがとう、ございます」

「殿下も喜びましょう。おや、フィオナ嬢、その御手はどうされました?」

「……少し手を切ってしまいまして。けれど大丈夫、大した傷ではございません」

「そうですか。それならば安心致しました」


いつものように王城に着き、馴染みとなった騎士と会話する。

指摘された右手をそっと後ろへと隠せば、隣でお母様が少し顔を曇らせた。

……手の甲を怪我し包帯を巻いた理由を、お母様は知っているから。

自らを試すために、つけた傷なのだと。

きっと、お母様も私を心配して今日ついてきて下さった。

申し訳ないと、そう思う。

けれどどうにも説明が出来ない。

言葉に上手く出てこないのだ。


「グレイル、久しぶりね。体の調子はどうかしら」

「クレイ様、こんにちは」


通されたいつもの部屋、相変わらず穏やかに眠り続けるクレイ様。

クレイ様と再会して4年近く、時が経てば経つほどその変わらなさは異様に映った。

普通これ程長く寝たきりの状況になれば筋力に衰えが見られるという。けれど、クレイ様はそれすらもない。お医者様もまるで何が起きているのか分からないと首を傾げていたのだそうだ。

クレイ様が纏う膜については、誰に説明しても怪訝な顔をされてしまった。膜自体、見えているのは私だけのようだ。

……やはりこれは聖女の。

クレイ様を前にすると確信が強くなる。


「……ごめんなさい、クレイ様。私が貴方を巻き込んでしまった」

「フィオナ……」

「必ず、貴方の目を覚ましてみせます」


そっと、その温かな手を握った。

トクトクと、今日も穏やかに脈打つクレイ様を確認する。

体の奥底が熱い。

ああ、きっと今なら力を使える。

これだけ体が大きくなった今なら、力の放出にきっと耐えられる。

そう分かったのもまた本能的なもの。

一度経験があるというのも大きいのだろう、今はもうどうすれば奥にある力を引き出せるのかを私は知っている。

たった一度でも、力を一斉に開放したあの感覚はまだ私の中に残っている。


……今度はどうか、この人を守って欲しい。

そして出来るならば、私もきちんとクレイ様にお礼とお詫びをしたい。

守ってくれてありがとう。

私に気付いてくれてありがとう。

今の家族に会わせてくれてありがとう。

巻き込んでしまってごめんなさい。

私を救おうとしてくれた貴方の意志に背いてごめんなさい。

……今ならば、心から告げられる言葉が多くあるから。


「フィオナ……っ、貴女、その身体」

「大丈夫、です、お母様。クレイ様……、いえ、グレイル殿下を今度は私が」


クレイ様と繋いでいた手を片方だけ、彼を纏う膜に触れさせた。

ふよふよと動いて掴めないそれは、私の体の中にある力とまるで同じ。

私の、力。


『ああ、やっと制御を覚えたか。私の声が、これなら聞こえそうだ』


唐突に耳に届いた声に、目を見開いた。

耳の奥底に直接届く、中性的な声。

これは男性? 女性? どちらか判断がつかない。


『さあ、主よ。お前は何を望む、私の力で何を為すか教えてくれ』


不思議と響く声に不気味さは感じなかった。

それどころか説明のつかない安心感と親しみを感じる。

この声が一体誰のものなのか、はっきりと断言できるものは何もない。

けれど声に導かれるまま、私は強く願う。


クレイ様を目覚めさせたい。

あるべき時の流れに、彼を戻して欲しい。


『何だ、この者を何物からも守ると願ったのはお前だろうに。だからこうして何が起ころうともこの者を衰え傷付けることのないよう時を止めたのだがな。もう良いのか』


ああ、そうだったかもしれない。

今になってやっと思い出した。

聖女として最後の時、力を使い果たした私の意識はどんどん遠のいていった。

手を伸ばしてくれたのはクレイ様だけ。はっきりとクレイ様の意志に背き力を使ったというのに、最後の最後までクレイ様は私を守ろうとその手を伸ばしてくれた。

だから願ったのだ。

遠のく意識の中、この先もしクレイ様の身に何か危険が起こった時にはこの力がクレイ様を守ってくれるようにと。全てを投げ打ち私を守ろうとしてくれたクレイ様のように、私もと。

その力の使われ方は、どうやら少し曲がってしまってはいたようだけど。

少し斜めにそれたけれど、それでもあの時の願いのままこの膜は今もクレイ様を守ろうとしてくれているのだ。

世の中を知らず狭い世界で生きていた私と、この声、そしてこの力の使われ方はどこか似ている。

やっと、私はこの声が自分の力だと認識した。


「お願い、クレイ様を目覚めさせて欲しい」

『そうか、迷いがないのならば良いだろう。私の糧はお前の時間と意志だ、揃っているならば叶えよう』


クレイ様の膜が手のひらに戻って来る。

するすると、温かな温度を伴って体へと巡る。

同時にぼんやりと体中に感じる力の存在。

ふと、手に巻いた包帯の奥から痛みが消えるのが分かる。

傷が消えていくのを感じる。

……もしかして。

その推測に答えをくれたのは、私の力自身。


『言っただろう、私の糧はお前の時間と意志だと。私を使役するにはお前の体が蓄積してきた時間をもらう。つまりお前の体は』

「……巻き戻る?」

『左様。分かってきたようだな、主よ。この者に時間を戻す程度さしたる糧は必要としない。せいぜい数日戻る程度であろうが』


そうしてパチンと、体中を巡るモヤが晴れる感覚を味わった。


「フィオナ! だ、大丈夫なの? 体は、辛くはない?」

「お母様? どうして、泣いて」

「娘に異変が起きて動揺しない親などいないわ! フィオナ、本当に」

「……ありがとうございます、お母様。私は、大丈夫」


両肩に、強い力がかかる。

普段は華奢で穏やかに笑うお母様からは、想像がつかない程の強い力。

ボロボロと涙をこぼしながら、私の顔を見つめ怒りすら感じる表情で私を見つめている。

……心配を、かけてしまった。

そう素直に理解することができて、申し訳ないと同時に嬉しかった。

またひとつ大事な感情を教えてもらう。

知識も、心も、私は未だ発展途上。こうして迷惑をかけなければ、理解できない。

感謝と謝罪の気持ちを込めて抱き返そうとする私。

けれどそれは別の何かに阻まれる。


「……聖女様? ご無事ですか、お怪我は」


繋いだ手に力がこもる。

この4年で初めて握り返される手。

はっと振り返り、寝台へと目を向けた。

そこに、いたのは。


「クレイ、様?」

「ですからクレイとお呼び下さいとあれほど……あれ、姉上に似た人がいる」

「グレイル!? 貴方、目を覚まして」

「え、本物? えーっと? すみません、状況を教えていただけますか、色々と整合性が取れないのですが」


困惑し、瞳の揺らぎを隠さないクレイ様がいた。

私とお母様を交互に見比べ、そして周囲を見渡し、首を傾げる。

そして再び私に視線を戻したその姿に、私はきっとどうしようもなく安堵したのだろう。

目が、熱くなる。

体中の感覚がぼやける。

ただただ、嬉しい。

また会えた。私の目を見て反応してくれる。


「クレイ様、おかえりなさい」


自然とそんな言葉が出てきた。


「っ、一体全体何が起きているのか、分かりませんが。……ただいま戻りました、聖女様」


握り合った手に力がこもる。

ぎゅっと握れば同じ力で返してくれるクレイ様。

大事に、したい。

そういう感情が自分の中で湧きあがった。



























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