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あいうぃるりぃゔいんでぃすわーるど  作者: 迷い猫
第一章 覚めない現実
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第一章2 「ばったりクマさん」



 額にペッタリと張り付いた前髪を気にする余裕もなく、無我夢中で走る。右に左にジグザグと動き、無造作に生えた大木を盾に、身体を隠すように移動していく。


「うえっ」


 木の根につっかえながらの乱暴な走りで起こる振動により、脇に抱えている少女が変な呻き声を出した。雑に持ち上げられた上に強い振動を受け、軽く吐き気を催したのかも。

 しかし残念。今の俺に、彼女を気遣う余裕などない!


「ーーグガァァァァァ!!!!」


 恐ろしい咆哮が後ろから聞こえた次の瞬間。バキバキバキッ、という身も凍りそうな音が耳に入る。おそらく、大木がへし折られたのだ。振り返って確かめる勇気はないので、ひたすら走る。

 というか、呑気に後ろを向けば死ぬ! 死んでしまう!


(夢なのにっ、熊怖すぎだってのぉっ!! 毛並みとかリアリティあり過ぎるし、ビックすぎやしませんかねぇっ!?)


 ーーただいま熊さんに追われております。それはもう凶暴な。熊さんなんて可愛らしい表現が似合わない凶悪かつ恐ろしい形相の大熊に。


 何故こんな状況になったかと言うと、森を散策していたら突然少女が胸に飛び込んできて、荒い息を吐き疲れた様子で地面に膝をついた。なんだなんだと思う間も無く、激烈な叫び声が耳に入り少女が来た方向を見れば、そこに超巨大グマが立っていたのだ。


 そいつのヨダレが頰に当たり、ようやく我に返ったのを覚えている。

 どれくらいの大きさかなんて知らない。そんなことを判断する余裕もなく、恐怖に駆られて逃げ出したから。

 その時、思わず少女を抱えて走り出した。夢とはいえ、見捨てるなんて出来やしない。泣いていたし、無性に放っておけなかったのだ。


 その結果、今に至る。


「ーーグガァァァァァァ!!!!」


 背筋が凍りそうな咆哮。殺す気なのか、食べる気なのか。なんにせよ、命を奪う気満々である。

 正に絶対絶命。


「なんだってこんなことにぃぃっっ!?」


 俺の嘆きに呼応するかのように熊の咆哮が響いてくる。そしてまた、木が削られるような破壊音が響いてきた。


(もう意味が分かりません! 誰か助けてくださいお願いしますぅっ!! ヘルプミー!!)


 焦りと恐怖で頭がまとまらず、ハイなテンションになっている。息苦しさを紛らわすために脳内で叫んでいるのだが……。まあ、当然ながら、誰も助けにはこない。


「ガァァァァ!!」


「うぅ……」


 まずい、少女が無言で泣いている! ついでに俺も涙目だぁ!

 ああ、なんでこんな目に……。夢なら気持ちいい体験とかそういうのが欲しかった……。少女とぶつかって、さては漫画的な理想展開かっ!? と期待した気持ちを返して欲しいです。


 しかし、この少女。よく見たら小学生くらいの女の子だし、ロマンチックな展開が来ても困っていただろう。守備範囲から外れているのもあるが、そもそも犯罪だ。俺はロリコンではない。


 ……今はそんなことどうでもいいよね! どうやら混乱しすぎて現状と無関係なことを考えてしまっている。


「ーーお母さぁーん!! お姉ちゃーぁん!!」


 俺が現実逃避なんてしていると少女が大声で泣き叫び始めた。必死で母と姉を呼んでいる。

 怖いんだね? うんうん。その気持ち、よぉ〜く分かるよ。俺も怖いから。


「グガァァァァァァァァァァ!!!!」


 後ろの熊はさっきからずぅぅっと、叫び続けているな。もう煩い。耳が痛い。足痛い。脇腹痛い。

 俺も泣きたいんだけれども、そんな元気はありません。酸素もないし、肺が耐えきれそうもない。ああ、誰か助けて……!


「ーーうおっ?!」


 ーー足がもつれた。その拍子に木の根に引っかかってしまう。条件反射で倒れないよう体勢を立て直そうとするが、少女の体重も相まって叶わず、ゴロゴロと転がっていく。


「ぐぁっ……!」


 体のあちこちが激しい痛みに襲われながらも、必死に少女を抱き込んで守る。


 平衡感覚を失う。痛みで泣きそうだ。夢なのに、なんて考える余裕もなく、ただただ歯を食いしばって耐える。

 しばらくしてようやく止まった。どれほど転び、何回身体を打ちつけたのか分からない。


 だが、どうにか少女を下敷きにしないで済んだ。どこか打ちつけたかもしれないけれど、最小限に済んだはず。少なくとも、頭は無事だ。


 しかし、ほっとしたのも束の間、痛みがジンジンと広がりだす。脇腹と肺も痛い。喉は焼けるような感覚で、呼吸がしにくかった。


 でも、そんなことは気にしていられない。早く逃げなければ……!


「グルルルル……」


「あ……」


 顔を上げたら、目の前に大熊が立ち塞がっていた。大口を開けヨダレをダラダラ垂らしている。


 頭が真っ白になり、とりあえず少女を抱きしめた。無意味だと分かっていながらも。


 大熊が両腕を広げ、のしかかってこようとする。


(あ、死ぬ)


 どこかぼんやりゆっくりした思考で、そう思う。俺の頭からは、夢だとか現実だとか言う議論はすっ飛んでいた。


「ガァッ!!」


 熊の巨体が降ってくる。その光景はやけにゆっくりと、録画をスローモーションで再生しているような感じで見えた。


「ふっ……!!」


 ーー突如、人影が横から飛び出してくる。


 それは熊の左脇に体当たりし、その場でジャンプする。そして、くるっと回り、空中回し蹴りを熊の腹にお見舞いした。


 何かひしゃげるような、バキッと折れたような音がしたと思ったら、熊が呻き声を上げ背中から地面に倒れていく。


「……ぇ?」


 何が起こったのか理解できず、無意識に掠れた声が出た。


 呆然としている間にもその人は素早く熊に近付き、先ほど体当たりしていた左脇付近を踏みつける。その箇所をよく見ると何か、剣のような物が突き立っていた。柄を踏みつけ、より深く突き刺している、ように見える。


「グガァッ……!?」


 苦しげに呻いた熊が四肢をめちゃくちゃに振り回す。だがその攻撃はかすりもしない。その人物はさっと軽やかな身のこなしで飛び退いた。


 そして、しばらく。

 散々追いかけまわしてきた巨大な熊はあっさりと、実に呆気なく動かなくなった。


「ふぅ……。大丈夫?」


 一息つき、熊を瞬殺した人物がこちらを向いた。金色に輝く長い髪が揺らめき、澄んだ瞳と目が合う。


 ーー美しい、あまりにも美麗な女性がそこにいた。さっきとは違う意味で頭が真っ白になり、我を忘れて女性の魅入る。


「お姉ちゃん!」


「ネリス! 良かった……、無事だったのね」


 腕の中の少女が歓喜の声をあげながら離れ、女性に抱きついた。


「大丈夫? 怪我はない?」


「うん! この人が助けてくれたの!」


「へぇ……」


 端整な美貌がこちらを向き、碧い瞳が俺を射抜く。


 ーー心臓が強く、ドクンッと脈動した気がした。


「私の妹を助けてくれて、ありがとう。立てる?」


 女性が手のひらを差し出してくる。

 無意識に手を伸ばし、彼女の手のひらを掴んだ。そしてーー、


「ーー結婚してください」


「……は?」


 そんな言葉を口にしていた。



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