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9、悪魔と、妹との外出


 レドは私から妹の話を聞くと、何とも言えない顔をした。途中までは怒っている顔をしていたのだが、終わりの方でおいおいという呆れ顔に変わっていた。


「あの金髪女もやばいが、おまえもなかなかにやばいな」


 そうだろうか。妹が姉の持つものを欲しがるのはよくある話だと思うし、私は妹が欲しいものを譲ってやっただけだ。


「……まぁ、おまえがその調子だから、あの女もよけいに拗らせたんだろうな」


 レドはだらしなく肘をつき、どこか疲れたように言った。大丈夫ですかと声をかけるも、何でもないと首を振る。あまりそうは見えないけれど。


「それで、おまえは妹に家まで譲ったのか? だからこんな離れで、使用人もろくにいない屋敷に一人で住んでいるのか?」


 こめかみを押さえながら尋ねるレドに、いえと否定する。


「ここに住むよう提案したのは、父からの提案です」

「はあ!?」


 なんだそれ、とレドはがばりと身を乗り出した。急な大声に、私は目を丸くする。


「おまえの父親だろう? 実の娘だろう? それなのに出て行けって言ったのかよ! 信じられねえ。実は悪魔なんじゃねえのかっ」


 悪魔に悪魔と言われ、私は慌てて説明する。


「違うんです。あの、義母が妹の婚約者、つまり私のもと婚約者だった相手を頻繁に本館に誘うようになって、そのまま泊まることもありまして……それで気まずいだろうと、父がしばらくここに住んだらどうかと提案してくれたんです」


「いや、だからって、なんでおまえが出て行く必要があるんだよ。ばばあも呼ぶなよ。つうか婚約者の野郎ものこのこ来るなよ。ああっ、どこからツッコんでいいかわかんねえ!」


 レドは頭を抱えて唸り声をあげた。……大丈夫だろうか。


 はあはあと悶絶していたレドは、しばらくするとようやく落ち着いたようである。よかったと安心するも、だいぶぐったりとした様子で、早く休ませる必要があると私は判断した。


 コホンと咳払いすると、手短に要件を切り出す。


「あの、レド。それでですね、妹と出かけるのには、私もついて行こうと考えています」

「……どうせおまえの中では、すでに決定事項だろ」


 レドはじとっとした目で私を見た。彼もだいぶ私のことをわかってきたなと思うのは気のせいだろうか。


「ええ、そうですね。あなたが断ってもこっそりと後をつけるつもりでした」


 妹は、私のことが嫌い。それでも、私は妹のことが好きだった。大事にしたいと、彼女と初めて会った時から、その気持ちは変わらない。


 もしレドが妹の魂を欲するというならば、私はそれを阻止するまでだ。


「勝手にしろ」


 レドは今度こそ音を上げて、ソファに身を沈めた。


***


 妹は宣言通り、レドを誘いに訪れた。いつもより気合の入った服装なのは、今日この日を心待ちにしていた証拠だろう。


「あら、お姉さまもご一緒なさるの」

「ごめんなさい。あなたのことが心配なの」

「まぁ、心配性ね……」


 可愛い表情を曇らせつつも、妹は私が共についていくことを許してくれた。渋々といった様子で、本当は二人きりで出かけたかったのだと思う。レドに聞かれないよう、耳元でこっそりとお願いしてきた。


「お姉さま。わたし、レドさまと仲良くなりたいからそのつもりでね」

「……ええ。あなたの邪魔をするつもりはないわ」

「そう。ならよかった」


 にっこりと微笑み、妹はレドの手を借りて馬車に乗り込んだ。その表情に、言い知れない不安がこみ上げてくる。


「ミシェル?」


 行かないのか、と彼の目は促していた。私は不安に思いつつも、何でもないとレドの手を取った。


 行き先は宝石店、仕立屋、雑貨店など、妹が行きたい所中心だ。


 レドは意外なことに、妹に紳士として振る舞っていた。まるで別人を見ているようで、私はずっと目を丸くしっぱなしだった。


「なんだよ、その目は」

「あ、いえ。なんだか驚いてしまって」


 ふん、とレドがそっぽを向く。あ、いつものレドだと私は思った。やはりこちらの方が彼らしく、いいなと思うのは、私の我儘だろうか。


「なんか失礼なこと考えていないだろうな?」


 じとっとした目でレドが言った。


「いいえ、特には。それより、そんなに怒ったら、せっかくの端正な顔が台無しですよ」

「うるせえ!」


 レドの大声に、店内にいた人間が振り返る。気まずそうにレドは肩を竦めた。そして恨めしそうな目で私に文句を言う。


「おまえのせいで、怒られたじゃねえか」

「すみません」


 だが私は、なんだかおかしくて、笑みを浮かべてしまう。レドもしばらく睨みつけていたが、やがて呆れたような表情で私を見た。


「おまえは何か買わねえの?」

「はい。私はただの付き添いですし」

「そんなもんただの言い訳だろ? いちいち気にするなよ。せっかく来たんだから、何か一つくらい……」

「ねえ、レドさま。これ、私に似合いますか?」


 私とレドが話していると、横から妹がピンクや水色といった淡い色合いのリボンを手にして尋ねてきた。レドはそれらのリボンと妹をさっと交互に見比べ、口の端を吊り上げた。


「ええ、どれもとてもよくお似合いですよ」

「本当? せっかくだから買おうかしら」


 妹が店員を呼び、購入の旨を伝えようとする。


「そうだわ。お姉さまもよろしかったらどう?」

「え、でも……」


 妹が買おうとしているリボンは、自分にはあまり似合わない気がした。けれど、せっかく妹が勧めてくれたものを、断るのもいかがなものか。


 私がどう答えるべきか迷っていると、横からスッと手が伸びた。


「いや、ミシェルにはこっちの方がよく似合う」


 そう言ってレドは別のものを、私に照らし合わせる。それはリボンではなく、シンプルな形をした金色の髪留め。


「うん。やっぱりおまえにはこっちの方がいい」


 自分の選択が正しかったと、レドは満足気に微笑んだ。私と妹が呆気に取られて見ていることに気づくと、はっとした様子で目を泳がせ、コホンと咳払いをした。

 

「あー……失礼」

「レドさま。次へ行きましょう」


 レドの腕に自分の体を押しつけるようにして、妹が甘い声で囁いた。


「リボンはもうよろしいのですか」

「ええ。よく考えたら家にたくさんあるし、お姉さまにも必要ないでしょう?」


 妹は私を見ながら言った。レドは一瞬眉を寄せたが、わかりましたとすぐに紳士の顔で頷いたのだった。金色の髪留めは、そっともとあった場所へ戻された。

 


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