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5、もう一人の悪魔


「げっ」


 という言葉をレドが発した場所は街の本屋であった。相手の男性もまた、糸のような細い目を見開いてこちらを見ていた。


「これはこれは、レド。お久しぶりでございます。まさかあなたとこんな所でお会いするとは……」

「レド、お知り合いですか?」


 しみじみと語る男性に、威嚇するレド。

 知り合いにしては、いささか変わった挨拶である。


「知り合いじゃねえ」


 即答するレドに、男性は悲しそうに眉を下げた。その表情は男や女と性別関係なく、人の心を惹きつける危ういものがあった。 


 女性のような細く綺麗な眉に、ほどよい高さの鼻と、形の良い唇。背中まである薄い銀色の髪はさらさらと絹糸のようで、青いリボンで一つにまとめてあった。背はレドと同じくらいだが、彼と違って細くすらりとしている。その中性的ともいえる男性の容姿は、並みの女性よりもはるかに魅力的であろう。


 その証拠に先ほどから女性だけでなく男性の視線もちらちらと向けられている。レドもそうだが、悪魔というのは美しい容姿の持ち主が多いのだろうか。


 私がそんなことを考えていると、男性は実に悲しそうな表情でレドに一歩近づいた。その分レドが引き下がる。それで男がまた一歩近づき……ということを繰り返しているうちにレドのこめかみがぴきりと引き攣った。


「ああもうっ! 近づいてくんな!」

「おや冷たい。共に地獄で学んだ仲ではありませんか」

「うるせえ。お前みたいな冷血漢と関わった記憶なんかねえ」

「おかしなことをおっしゃる。悪魔が冷血で何が悪いと言うのですか」


 悪魔という言葉に、私は思わず周りを確認した。二人の容姿はとても目を引く。だから会話をこっそりと聞かれているかもしれない。


 幸い、人々は絵になる男たちを目に焼き付けようと、会話の内容にまで意識は向いてないらしい。


 私がほっとして視線を戻すと、男性がじっとこちらを見ていた。目が合うと、にこりと微笑まれた。


「挨拶が申し遅れました。私、レドの親友のジュードと申します」

「ただの腐れ縁だ」


 その場で恭しくお辞儀をするジュードさんに、私も慌てて自分の名を名乗る。ジュードさんはレドをちらりと見ながら、意味ありげな笑みを浮かべた。


「あなたがこんな可愛らしいお嬢さんとお知り合いだなんて。隅に置けない人ですね」


 そう言えば今さらだが、レドの学友というからには、ジュードさんも悪魔なのか。


 シンプルだが上品な仕立ての服。細い目が見開かれた瞳の色は、知的さをうかがわせるアイスブルー。物腰も、どこか気品がある。


 貴族の一員だと紹介されても、私はきっと信じただろう。少なくとも、悪魔と言われるよりも。


「ふん。好きで知り合ったんじゃない」

「おや、そうなのですか」

「ええ、まあ」


 苦笑いして答える私に、ジュードさんの目がきらりと光った気がした。


「それはますます興味があります。どうですか。ここではなんですから、場所を変えてゆっくりと話しませんか」

「断る」


 私が答えるより早く、レドがジュードさんを睨みつけた。


「お前と話すことなんか何もないね。行くぞ、ミシェル」

「え、ちょっと、レド」


 私の腕を強引に掴み、レドは店を出ようとした。ジュードさんはそんなレドの態度に腹を立てた様子もなく、おやおやと微笑んでいる。


「どうやらとっても大切なご主人のようですね」

「ジュードさん、すみません。失礼します」


 引きずられるまま、ぺこりと礼をすると、ジュードさんは目を細めた。


「いいえ、構いませんよ。いずれ改めて、ご挨拶に伺わせてもらいます」



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