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2、悪魔の要求


 悪魔は私に、自分に苦痛を強いた詫びに屋敷に置くよう要求した。

 それは脅しとも言えた。


 私は他に行くところはないのかと聞いた。

 悪魔はないと答えた。

 ならば仕方がないと、私は悪魔を屋敷に置いてやることにした。


 街で暴漢に襲われそうになった所を偶然助けてもらった。いわば命の恩人である。彼は異国から長旅をしていて、この辺りのことについてもっとよく知りたいと望んでいる。


 きっとこれも何かの縁だと、私は彼を屋敷に招待し、しばらくの間滞在してもらうことに決めた。彼にはこの国を、父が治めている領地を好きになってもらいたい。


 週に何日かやってくる使用人には、とりあえずそう説明した。

 もちろんそんな説明で彼らが納得してくれるわけがない。


 素性もろくに知れない男を屋敷に招き入れるわけにはいかないと、彼らはなかなか承諾してくれなかった。彼らの言い分も、当然だと言える。


 こうなったら奥の手だと、私が使用人たちの手にささやかなプレゼントを握らせると、彼らは渋々ながらもようやく頷いてくれたのだった。これで当分の間は大丈夫なはず。


「あなたの名前は何というのですか?」

「ああ? 俺の名前?」

「はい」


 聞いておいてなんだが、悪魔にも名前はあるらしい。

 仏頂面をしながらも、悪魔はきちんと教えてくれた。


 確認するようにその名を繰り返すと、悪魔は器用に片眉を上げた。


「……俺が言うのもなんだが、よく噛まずに言えたな。長いからレドでいい」


 レド、と声にならない言葉を繰り返す。

 私はスッと右手を差し出した。何のつもりだとレドが言うので、握手だと答える。


「んなもんは見ればわかる。なんで俺がおまえなんかと握手しないといけねえのか聞いてんだよ」

「私の名前はミシェルといいます。どうぞこれからよろしくお願いします」

「聞けよ!」


 無理矢理握った悪魔の手はひんやりとして、気持ちよかった。




 レドは人間の振りをして、私と暮らし始めた。


 初めて見たあの姿は向こうでの姿らしく(?)、人間界では人間の姿をするのが決まりらしい。なので黒い翼も、角もきれいさっぱりと消え去っていた。


「おい。俺は上等な服が着たい。あと、ついでに何かうまいもんも食いたい」


 どこからどう見てもただの美しい男は、さっそく私に第二の要求をし始めた。私は悪魔のお望み通り、街へと連れて行った。


 上質な衣服に、装飾品。高級雑貨を扱う店に、躊躇なく悪魔は足を踏み入れる。その堂々とした態度はまるで王族のようで、店員はレドが主人で、私を付き人だと思ったに違いない。


 悪魔はあれが欲しい、これが欲しいと、遠慮なくねだった。


 美しい人間、――いや、この場合は悪魔か。

 彼には美しい物が、高価な物が、良く似合っていた。


 そして私は彼にそれらを与えてやりたいという、いささか危うい感情に陥っていた。男が女にあれこれと買ってやる心境はこういうものかもしれない。


 だがまあ、たまにはいいだろう。それなりに裕福な暮らしをしている私は、悪魔の望み通りに買ってやった。きっと彼は喜ぶだろうと信じて。

 

 しかしレドの機嫌は悪くなる一方だった。

 彼は唐突に、私に屋敷へ帰るよう命じた。自分はまだここに残ると言って。


「ご一緒せずとも大丈夫ですか」

「大丈夫だ」

「……では、欲しいものがあったらこれで買って下さい」


 そう言ってお金を渡そうとすると、いらないと怒ったように突き返されてしまう。


「お金がないと物を買ったりできませんよ?」

「そんなことはわかっている」

「だったら……」

「いいから、おまえはもう帰れ」


 そうして、レドの背中は街の中へ消えていった。私は困惑したまま、しばらくそこに突っ立っていた。追いかけるべきだろうか。悩んだ末、結局一人で屋敷へと帰ってきた。


 その日夜遅くまでレドの帰りを待っていたが、睡魔に抗えず、いつの間にか眠ってしまったらしい。翌朝スッキリとした頭で目覚めると、私の部屋のソファで寝ているレドを見て驚いた。起こさぬよう、寝台から降り、そっと近づく。


 彼はすうすうと、実によく眠っていた。


 ――あれから何をしていたのだろうか。


 美しい寝顔をじっと見つめて考えるが、答えは出ない。


 とりあえず起こしては可哀そうだと、そっと毛布をかけてやった。詳しい話は後で聞けばいい。身支度を別の部屋で済ませ、私はしんと静まり返った廊下へと出た。


 この屋敷には最低限の使用人しかおらず、それも毎日いるわけではなかった。だから身の回りのことも、すべて私一人でやっている。


 不便なこともあるけれど、今は助かった。私の部屋で眠る彼を見たら、きっと仰天するだろうから。


 朝食を済ませ、読書や、庭を散策していると、ようやくレドが起きてきた。


 胸元がゆったりとした白いシャツに、黒のトラウザーズを履いている。質素な装いだが、それが逆に彼の容姿の良さを引き立て、よく似合っていると思った。


「おはようございます、レド。よく眠れましたか?」


 レドはしかめっ面をすると、ふんとそっぽを向いた。

 どうやら機嫌の方はあまりよろしくないらしい。


「昨日はあの後、どちらへ行かれたのですか?」

「おまえには関係ないだろう」


 あまり言いたくないようだ。人には言えない場所に行ったのかもしれない。


「あまり羽目を外し過ぎないよう気をつけて下さいね」


 欲しいものがあったら遠慮なく言ってくれと伝え、私は部屋へ戻ろうした。


 だが、がしっと力強い力で腕を掴まれてしまう。

 振り返ると、むすっとした表情の悪魔が目の前に。


「おまえ、他に俺に何か言うことはないのかよ?」

「えっと……」


 何かあっただろうか。しばし自分の胸へ問いかけてみるが、やはり特にない。


「私の方は特にありませんが、レドは何かあるのですか?」

「……別にねえよ」


 どう見てもありそうな顔をしていた。

 私は困ったなと思いつつ、もう一度声をかけるべきか迷った。


 だがその前に悪魔は腕をパッと離し、背を向けて行ってしまった。


 新しい同居人はなかなか気難しい性格のようである。



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