王子様の恋
太平洋の真ん中の海底に、小さな地球がありました。
そこに住んでいる人は小指ほどの小さな人間でした。
小さな地球では、海の魚と陸の動物が一緒に生活していました。
この小さな地球には、七つのお城があり、海底に堂々とそびえ立っていました。
その中でも一番大きく、風格も防備も整ったお城がありました。
外見的には素晴らしいのですが、そのお城には一人ぼっちの王子様が寂しく暮らしていました。
幼くして両親に死に別れ、孤独なかわいそうな王子様です。
お城が広いだけに寂しさが増すようです。
王子様の楽しみは、お庭を散歩し美しい花に出会うことと、そこで働いている人たちとお話をすることでした。
お話をするのを何よりの楽しみにしていらっしゃいました。
庭で働いている人々も王子を子供のように愛し尊敬していました。
家来たちも、王子が成人なさるのを楽しみに、忠実に仕えていました。
いつの間にか王子は、二十三歳になっていました。
いつものように、お庭を散歩していらっしゃると、なかにわでせっせ、せっせと花づくりに精を出している美しい召使に出会いました。
この美しい人を見られると、王子様は胸が騒ぐのです。
なぜこんな気分になるのか、初めのうちは自分自身、気づかずにいられました。
(この人は、仕事で仕方なく花を作っているのではなく、花を愛して心から慈しみ育てていらっしゃる)
と、最初のうちはそう思いながら、見ていらっしゃいましたがなんとなく声をかけたい気持ちになられ
「なかなかご精がでますね」
と、おっしゃいました。
花に水をやっていた召使は、急に声がしたのでびっくりして振り返りました。
振り返ってみると、そこには凛々しい王子様が立っていらっしゃるので、途方に暮れながらも
「まぁ、王子様、お言葉ありがとうございます」
と言いながら頭を下げました。
頬をちょっと染めて、眺める瞳の美しさに吸い込まれそうになる王子様です。
(見すぼらしいなりをして、土ばかりいじっているのに、なんと美しい人だろう)
王子様は、お話をしているうちに、ますます好きになられました。
その召使は、稀に見る心の優しい美女でした。
王子様も心の優しいお方でしたので、身分お差別などなさる人ではありませんでした。
王子様は、恋心が募り、苦しくて眠れぬ夜を過ごされる日が続きました。
すっかり虜になられた王子様は
(あの人は今日も花の手入れをしているだろうか)
と、思いながら中庭へと足を運ばれるのです。
目指す召使の姿は見当たりません。
王子様の心臓は、どっくんどっくんと音を立てます。
なんとなく不安になり、寂しさが心をかすめ去ります。
(あの人はどこにいるのだろう)
一生懸命で辺りを見渡しながら、探されるのですが、姿は見当たりません。
(あの人は、このまま僕の前から永久に姿をかくすのだろうか。二度と会うことはできないのだろうか。まさか、そのようなことがあってはなるものか)
思い悩まれる王子様は、もう一人の召使に聞いてみようと思われました。
しかし、まだ名前すら聞いていないことに、気がつき、がっかりなさいます。
そうだ、いつも花の手入れをしている人、と聞いてみよう。
「あのぅ、聞きたいことがあるのですが」
と、声を掛けられると、五十歳ぐらいの、色の黒い皺だらけの顔が振り向きました。
「あのぅ、いつも花の手入れをしている、美しい人は知りませんか」
「私はブスで悪かったね」
「いや、そんなつもりではありません。名前を知りませんので、、、」
「私はな、こう見えても娘の頃はのぅ、そりゃーべっぴんでのぅ。男にもててもてて、困ったくらいだよ。今の亭主ときたら、酒ばかり飲んで働かんでのぅ、この私が働いて亭主を養うとるんや、だから、こないになってしもうたわ。男はたくさんおったに、他の男にしときゃよかったわ、あっははは」
どうやら、おばさんは王子様とは知らないようです。
一人で喋りまくっております。
無駄話など聞く心の余裕のない王子様は困ってしまいました。
「それは、そうでしょうけど私が探している人は知りませんか」
「いつもここにいる女か」
「そうです、その人です」
「その人はのぅ、人の噂では隣村へ嫁に行った、と聞いたがのぅ、本当のことはようわからんがのぅ」
(嫁に行った!?)
思いもかけない言葉に、王子様はひどいショックを受けられました。
もっと早くプロポーズしておけばよかった。
今日は打ち明けよう。
今日こそは、いつもそう思うだけで、言えなかったことが悔やまれます。
嫁に行ったと聞かされた王子様は、なおさら恋の炎は燃えしきるのです。
(真実を確かめてみよう)
と、思われました。
王子様は、家来に探すように命じました。
家来は走り回り調べました。
「王子様、報告します」
王子様は、どのような言葉が飛び出すだろうかと、その家来の口元に全神経を集中されます。
「今日は、風邪で休んでいらっしゃるそうです」
「人の話では嫁に行ったと聞いたが、、、」
「それは、違うと思います。退職届も長期欠席も出ていません」
「あぁ、そうか、どうもご苦労様でした」
(人の噂とは一体どのようなものなのだろうか、実に無責任なものだ)
しかし、ともあれ、ホッとされる王子様です。
眠れぬ夜を過ごされた王子様は、朝早くから
(風邪が良くなっていると良いが)
と、思いながら中庭に足を運ばれると、美しい召使はいつものように花の手入れをしています。
王子様の顔に安堵の笑みが浮かびます。
召使は、王子様の瞳に普通と違ったものを感じ取りました。
(まさか、そのようなことが)
と、自分自身で打ち消していました。
王子様は召使のそばに寄って
「風邪は良くなりましたか」
「どうして、、、それを」
「いや、色々とありましてね」
「はぁ、、、」
「あなたのお名前は」
召使ははにかみながら
「チューリップ」
と言って、おかしそうに笑います。
「チューリップさんですか」
「はい」
「あなたの本当の名前ですか」
「本当の名前なんです。変な名前でしょう」
「珍しいお名前ですね」
「誰でもおっしゃいます」
「あなたがお花をお好きなのは、お名前のせいかもしれませんね」
「名前のせいですか」
チューリップはおかしそうに吹き出してしまいました。
「ひょっとしたらそうかもしれません」
そう言って、二人は笑いあいました。
(未だかつて、このような幸せを味わったことがない。この幸せを失ってはいけない。今がチャンスだ)
と思われた王子様は
「僕が、ここ鬼毎日来るのは、何のためかお分かりですか」
「王子様も、お花がお好きなようですね。もしかして、王子様のお名前もお花のお名前では?」
と言って、チューリップは、いたずらっぽい瞳で笑います。
「僕の名前はバラ、バラと言います。どうぞよろしく」
王子様もふざけてらっしゃいます。
「王子様がバラですね。王子様にはぴったりしませんわ」
「どうしてですか」
「王子様には、棘がおありでないから」
「褒めてくださっているのですね。とっても嬉しいですよ。特にあなたに褒められると」
「まぁ、王子様って本当にジョークのお好きなお方ですね」
「ジョークね、大好きです」
「私も」
「それはよかった。ジョークほど人の心を和ませんものはありませんから」
「心を和ませるといえばお花もですわ」
「本当ですね。お花を見ていると天国にいるようです」
「王子様がちょくちょくお花を見にいらっしゃるのは、天国に来ていらっしゃるのですね。少しでも美しいお花を作り、素敵な天国を王子様のためにお作りしますわ。それには、今まで以上に一生懸命でお花作りに精を出さなくては」
「それは、本当にありがたく思います。しかし、僕がここに来るのは花よりももっと美しいものを見に来ているのです」
「花よりも、美しいものがありますか」
「ありますよ」
「一体それは何ですか」
「あなたです」
「私?」
チューリップは、自分の顔を自分の人差し指で指しながら言いました。
王子様は熱い眼差しで
「そうです。あなたです」
「私が、花よりも美しいですか?王子様って本当にジョークがお好きなお方ですね」
チューリップの顔は
(本当に呆れるわ)
と、言っております。
王子様は真剣な顔をして
「チューリップさん、ジョークなどでこのようなことは言いません。僕はあなたが好きです。愛しております。あなたさえ良ければ結婚したいと思っております。真剣に考えてください。僕が王子だとは思わずに、お答えいただきたいのです。それは、自分の権力で人の心を買いたくないからです。あなたの素直な気持ちが聞きたいのです」
「私は召使です。他にたくさんのお嫁様がたがいらっしゃるわ。例えば大臣さんの御息女とか、、、」
「それは、遠回しに僕が嫌いだとおっしゃっていらっしゃるのですか」
「いいえ、とんでもございません。私が、もっと身分の高い人間であれば喜んでお受けできるのですが、、、」
チューリップは、悲しそうな顔をしました。
その顔を王子は見逃しはしませんでした。
脈はある。
チューリップさんは僕のことを思ってくれている、と直感しました。
「僕と結婚してくださいますか」
「私のようなものを本気で言っていらっしゃるのですか」
「ご自分を卑下してはなりません。僕は本気です。だから、本気で答えてください」
チューリップは恥ずかしそうに下を見ながら呟くように言いました。
「はい、心から嬉しくお受けいたします」
「チューリップさん、本当にありがとう。僕の気持ちを汲んでいただき嬉しく思います。もっと早く言うべきでしたが中々言えなくって、隣村に嫁に行かれたと聞かされてゆうきがでたのです」
「私が隣村へお嫁入りした、と噂されたのですか」
「そうです。僕ね、その噂を聞いた時、生きた心地がしませんでした」
「まぁ、王子様って物好きですね。よりにもよってこんな見すぼらしい私のようなものを」
「どうしてそのように自分を卑下するのですか。もっと自信を持ってください。そんなに美しいのに。それにあなたのような素晴らしい人は、他にはいません。私が探し求めていた人にやっと出会えました」
「王子様、嬉しゅうございます」
チューリップの目に涙が溜まりました。
「身なりなどは、簡単に変えることが出来ます。美しい洋服を着ればいいのですから、しかし心は変えることは出来ません」
「認めていただき嬉しゅうございます」
「本当にいい人に出会えました。私はあなたとお話しするたびにあなたに心惹かれて行きました。あなたの心の優しさに引かれたのですね」
「王子様、、、」
チューリップは目を拭き、嬉しそうにはにかんでいます。
王子は考えました。
私は一目見て心んおときめきを覚えたけれどこの人は果たしていつ頃から、、、
「あなたは私のことをいつ頃から気に留めてくださっていましたか」
「王子様の心の内を聞いた時から」
二人は手を取り合い抱き合って笑いあいました。
王子様には、結婚を反対する家族はありませんでした。
王子様は、誰はばかることなく、その美しい召使と結婚なさいました。
そのような王子様に人は親しみを感じ取りました、尊敬の意を表します。
結婚なさったお二人は幸せな毎日を過ごしていらっしゃいました。
月日が経つのは早いもので、あっという間に十年が過ぎてしまいました。
月日が流れてもどういうわけか子宝に恵まれないお二人でした。
お二人は結婚して初めて、大きな悩みにぶつかりました。
人々も
「お世継ぎがなくてはな」
と心配しました。
海の神様に、金のかんざしを三本供えると子宝に恵まれる、と聞かれた王子様はそれはそれは、美しいかんざしを五本も供えられました。
その甲斐があったのかどうかわかりませんが、結婚されて十三年目の春に、待望の子宝に恵まれました。
王子様は
「我が人生最高の幸せだ」
と言って、喜ばれました。
その子は、珠のような美しい女の子でした。
お姫様の誕生です。
マリヤ姫と命名されました。
マリヤ姫は大切に大切に育てられました。
その大切なマリヤ姫の姿が、急に見えなくなりました。
城中は大騒ぎとなりました。
マリヤ姫が八歳の時の出来事です。
どこをどう探してもお姫様らしき姿は見当たりません。
王様もお妃さまも真っ青な顔で走り回っておられます。
王様は
「怪き人影は見なかったか」
と、誰にでも聞かれます。
誰もが
「見ていません」
と、気の毒そうな顔で答えます。
「門の戸を閉めて、城より人を出すではない」
「はい、かしこまりました」
滅多に怒声をあげられない王様ですが、王様の胸中は怒りに狂ってらっしゃるのでしょう。怒声が飛びます
王様もお妃さまも、ジィーっとしていられずに
「まだ、見つからぬか。まだ、見つからぬか」
と、人を掻き分けて走り回っていらっしゃると大臣の部屋から大きな声が聞こえてきます。
「大臣さま、大臣さま、庭で誰かがりんご割りをいたしております」
と、召使が言います。
「馬鹿者、こんな時にりんご割りなどどうでも良いのだ。お姫様を探せ、お姫様を探すのだ」
大臣も怒鳴り、家来たちは走り回っておりました。
お妃様は、今の話を聞いて
(りんご割り、ひょっとしたらマリヤかもしれない。あの子、今時突拍子もないことをする子だから)
お妃さまはその召使に
「りんご割りをしているところへ案内してください」
「はい、かしこまりました」
りんご割りをしているところへつかれますと、男の子が短剣を持って背中向きで立っています。
見慣れない子供です。
「女の子ではなく男の子、、、」
と、お妃さまはがっかりなさいます。
(このようなものが城中にいるという事は、警備不十分なのでは。ひょっとしてマリヤは何者かに連れ去られたのでは)
と、不安に思われるのです。
お妃さまは怒った声で
「その者はどこのどなたじゃ」
と、おっしゃいますと
「私ですか」
振り返ってみるその顔は、なんとマリヤ姫でした。
「マリヤ、マリヤですね。あぁ、よかった。心配しました」
お妃さまは、心から安堵なさいました。
走り寄って、マリヤ姫を抱かれます。
少し怒った声で
「マリヤ、探しておりました」
マリヤの方は何事かと怪訝そうな顔をして、ぽかんとしています。
「お母様、慌ててどうなさったのですか」
「マリヤが急にいなくなったので、心配して探しておりましたのよ」
「ごめんなさい、お母様。私、ちょっといたずらがしたくて」
「いたずらが過ぎますよ。お父様もご心配なさっていらっしゃいますよ」
そこへ、王様が来られました。
「お父様、ご覧ください。私の技を、、、」
そう言って姫はりんごを天高く舞い上げて落ちてくるりんごを短剣で
「エイ、ヤァー」
の掛け声で、五つに割られるのです。
その早業に、王様もお妃さまもびっくりして顔を見合わせられるのです。
お城の人々はみんなそこに集まりました。
そして姫の早業にごくんと喉を鳴らすのです。
見事な技にただ呆然と眺めているのです。
庭は小さく切られたりんごの小山となりました。
いくら探しても、姫の姿が見当たらなかったのは、姫は家来の子供の洋服を着て、男装していらしたからです。
その姿がとっても可愛らしく、王様は怒ることができずにいらっしゃいました。
「女の子でも、短剣くらい使いきる方がよい」
王様はお妃さまに
「マリヤが、りんごを五つに割るのはかんざしを五つ供えたからだろうか」
王様はなんとなく因縁みたいなものを感じとられるのです。
「まさか、そのような事はございますまい。偶然ですよ」
「それは、そうだろうな」
王様が不思議に思われるのも、無理はなかったのです。
マリヤ姫の早業は、神風のごとく早く、見るも鮮やかな技でした。
そのことがあってから、王様は姫を男装させて、乗馬や弓を教えられました。
マリヤ姫はそのようなことに才能がおありだったのか、腕の方はメキメキ上達なさいました。
そうなると、王様の方が熱をあげられ姫のお相手に一生懸命です。