西東京大会準決勝 (VS都立目野2)
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三回表はランナーを出しながらも無失点に切り抜け、三回裏の攻撃前に円陣を組んだ。
「ベルトより少し高めは捨てる、か――打ち頃を振らない、てことだよな」
「井上くんは上から投げ下ろすから、少し高めから来る感覚あると思う、気をつけて」
「カーブは軌道と球速が違うからいいとして……落ちないスライダーの時だってあると思うけど?」
「今まで見てたけど、そのスライダーはボール半個から1個半低いとこから来てる。あの高さは現時点では落ちるスライダーよ、やっぱり」
志田や度会の問いかけに、早口で応えるみづほ。
「自信ないなら――僕がベンチから、ウエストのサイン出そうか?」
大屋監督がにゅっと首を突っ込んできた。
「監督、1イニング、いや2イニングは俺たちにやらせてください。何かあったら必ず報告しますから」
「OK。君らなら、そう言うと思ってた」
「いいですよ、やってみましょう。確かに一打席めのスライダー、そんな感じでした」
福富がそう言ったので、決定。
「勝とう」
「おう」
「甲子園に行こう」
「おうっ!」
「それじゃあ行くぞ――りょくりょーお」
「ファイトッ!!」
先頭打者の安田が倒れ、ラストバッターの志田が打席に向かう。
井上は志田にはシンカーを投げず、外のスライダーとチェンジアップ、ストレートで料理した。
出来るだけ引っ張らせないで、内野安打を防ぐ方針だ――緑陵の手の内は熟知している、ということだ。
注文どおりのセカンドゴロで2アウト。
福富が打席に向かった。
相変わらずバットを担ぐように構え、頭上でくるりと回してタイミングを取る独特のフォームだ。
これで結構打てているのだから、この構えが身に沁みついているのだろう。
井上は快調に、ポンポンとストライクを稼いでいく。
1ボール2ストライクからの四球め、例の高さにボールが投げ込まれた。
「ボール」
明らかに空振り三振を狙って、自信を持って投げたスライダーだった。
見送られた井上の顔が、わずかに厳しくなる――ほんと分かり易いわ、井上。
ファウルをひとつ挟んで、もう一球、落ちるスライダーが来た。見送る福富。
これで、フルカウント。
七球めが大きく外に外れ、福富は四球を勝ち獲った。
続く船田も、巧かった。
2ストライクからの落ちるスライダーをやはり見送られ、マウンドで頬を膨らませ、おおきく息を吐く井上。
船田はレフトフライで、チェンジ。布石はこれで作れたと思う。
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ところが、四回表に試合が動いた。
1アウト二塁、打席には5番の相馬さん。強い打球が三遊間を襲った。
二塁ベースカバーはみづほに任せ、三遊間をあらかじめ締めておいたので、なんとか届きそうだ。
三塁側に駈け寄り、必死にグラブを伸ばしてキャッチ。
ランナーが三塁に走っているのが見えるが、サードの船田は打球を追いかけて塁を離れており、安田のベースカバーも間に合いそうにない。
「ファースト!」
根来の声が響く。右脚で踏ん張り、ノーステップで一塁へ送球――際どいな、こりゃ。
ヘッドスライディングの相馬さん。判定は――
「セーフ!」
目野、気迫の内野安打。塁上でガッツポーズの相馬さん。
スタンドから、歓声と太鼓の音が鳴り響く。
ベースカバーから戻る安田と目が合った。
「すまん」
「こっちこそ、すまん」
かるく言葉を交わして守備位置に戻る。
打席にはレフトに入っている6番、村田さん。
大きな選手が少ない目野にあって、村田さんと井上の両投手は、図抜けた長身である。
打棒を買われてのスタメンなのは、容易に想像できた。
1アウト一三塁のピンチに、緑陵内野陣はゲッツー狙いの体勢を採った。
バッテリーも心得たもので、低めにボールを集めてゴロを打たせる方針で行く。
1ボール1ストライクからの三球め、多分ボールのコースだった。
長い腕を伸ばして、アッパー気味にスイングする。
カキーン。
打球は左中間へ。レフトの志田が、前進気味の守備位置から後退して捕球動作に入る。
走者生還、犠牲フライとなり、目野が先取点を獲った。
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四回裏の攻撃は、みづほから。
先頭打者を出したくない目野は、みづほに対して最大限の注意を払った。
人工芝&みづほ対策に、内野は深めの守備位置。外野は通常より一歩前くらいだが、ゴロやライナーが来た瞬間、チャージして来るだろう。
バッテリーの配球も、丁寧に緩急をつけて的を絞らせず、要所要所ではストレートで押していく。
何が何でも出塁させない、という気迫が全員から感じられた。
――目野の、何がいちばん怖いって、この気迫なんだよな。
みづほはみづほで、得意とするヒットゾーンの大半を潰され、気合の入ったストレートで長打の芽を摘まれながらも、ファウルで粘りながらチャンスを待っている。
具体的には甘いコースに入ったカーブやチェンジアップをジャストミートして、外野の頭を越すことを考えているだろう。
しかし井上もさるもの、なかなか打てそうなコースに投げてこない。
2ボール2ストライクからの八球め。
外寄りのチェンジアップをみづほが振り抜き、ファーストの頭を越すハーフライナーとなった。これは技有りヒットのコースだ。
ライトが懸命に前進し、頭からダイブ、わずかに届かない。
打球も切れてファウル――フェアだったら捕られていた打球だった。
九球め、例の高さ、真ん中近くにストレートが来た――打てっ!
みづほは見送った。ボールは膝元に落ち、ボール。
……つい、冷静さを欠いてしまった、反省。俺の打席だったら三振だ。
伝家の宝刀、落ちるスライダーが通用せず、マウンドで天を仰ぐ井上。
みづほは11球まで粘り、四球を選ぶ。
こっちとしても待望のノーアウトのランナーだ。
ひと呼吸置く目的だろう、タイムが掛かり、マウンドに目野野手陣が集まった。
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俺の打順――相手のタイム時間を利用して、井上の分析をおさらいしておく。
注意すべきは球威のあるストレート、そして最大の武器、落ちるスライダー。
井上のスライダーは、右バッターから見ると、外から内に切れ込むストレートの軌道を通ってくる。
内角の、ベルトより少し高いところのストライクゾーンを目指してやって来たボールは、インパクトの手前で大きく膝元に落ちて視界から消えるのだった。
そしてカーブ、スライダーと、やはり外から内に切れ込んで来る系統の持ち球が多い。
外に逃げる球はカットボールくらいだろう。
基本は、クロスファイア気味に胸元に切れ込んで来るボールを強く振る。
外のボールなら、ストレートかカットボール、稀にスライダー。
あとは、タイミング。そうイメージしながらバットを構えた。
プレイ再開。井上は一塁に一度牽制を入れた後、投球動作に入った。
4番の俺に対しては、一応長打警戒なのだろう。外中心の配球である。
守備体系にしても、内野は深めのゲッツ―態勢に、外野は定位置。軽打を防ぐ意味合いだろう。
強いて言えば、一二塁間と三遊間が少し空いているが――高いバットコントロールの技術が必要とする。
そうだろうな。この局面でいちばん嫌なのは、繋がれてランナーを溜められることだ。
井上は、最も効果的と思われる場面で、もう一球だけ落ちるスライダーを投げてきた。
1ボール2ストライクからの四球め。もちろん見送って、ボール。
井上の顎がクイッとかるく上がり、すぐに帽子を目深に被り直した。
五球め。外のボール球――いや、違う。少し球速が緩い。
ボールからゾーン内に入って行くカーブだろう、と思ったら、果たしてその通りだった。
カキーン。手応えあり。
かなり巧く捌いて流し打ったつもりだったが、セカンドがジャンプ一番、頭上で捕球した。
「あっちゃあー」
思わず両手でヘルメットを抱え込む。みづほは急いで帰塁し、1アウト一塁。
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松元には、ベンチからバントのサインが出た。
対左投手の打率が2割を切ってるらしいので、仕方ないだろう。
バントは成功し、2アウト二塁。これも仕事したうちに入る。
「ナイスバント」
戻って来た松元を、みんなはハイタッチで迎えた。
緑陵は、この試合初めて得点圏にランナーを進め、バッターは野口。
同点にしておくと、展開としては理想的だが――取りあえず、アレは振るなよ。
野口はストレートに強い、という情報が入っているのだろう。目野バッテリーはカーブ、スライダーでストライクをポンポンと取り、三球めに落ちるスライダーで来た。
見送る野口――あー、ドキドキしたぁ。
「見極められてると分かってる筈なのに、あのスライダーを全然捨てないなあ。敵ながら大したピッチャーだよ、井上くんは」
腕組みをしながら、大屋監督が感心したように呟いた。
野口は頑張った。
変化球に苦しみながらもファウルで粘るが、やっと来たストレートに、今度は振り遅れてしまう。
詰まったレフトフライで3アウト。
四回を終了して、0対1で目野のリードである。
覚え書きです。目野のスタメン。
1(右)若林 2(遊)大橋 3(三)脇 4(一)近藤 5(捕)相馬
6(左)村田 7(二)島田 8(中)九条 9(投)井上




