西東京大会準決勝 (VS都立目野)
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準決勝の第一試合は、早田実業-明王大附属。
第二試合の俺たちは午後の試合開始なので、学校でかるくアップして球場に向かう。
「早田実業が勝ったわ」
先発隊でビデオ撮影をしていた青柳さんと花に、合流。
「スコアは?」
「3対1」
「そう――紫苑、花ちゃん、お疲れさま。後でゆっくり観せてね」
試合内容が気にならないと言えば嘘になるが、今日負けたら何の意味もない。
目の前の試合に、集中しよう。
球場入りの時間になって、毎度のことだが、マネージャーの女子たちが、みづほとこころを抱きしめて励ましていた。
「頑張ってね、みづほ。頑張ってね、こころ。頑張ってね、みんな」
「ありがとう。頑張るよ」
三人の女子マネとふたりの女子選手が、計6回ハグし合うのを、俺たちは見守ってるところだ。
マネージャーもベンチ入りできたら、いいのにな。彼女らも立派なチームの一員なんだし。
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本日の緑陵のスタメンは、以下のとおり。
1(中)福富
2(三)船田
3(二)遠野
4(遊)秋山
5(右)松元
6(一)野口
7(捕)根来
8(投)安田
9(左)志田
小細工一切なし。走攻守すべてのバランスを重視した布陣だ。
一方、目野の先発投手は二年生の井上だった。
左の松元が苦手とする左投げだが、緑陵サイドにとっては予定通りのオーダーだし、目野としても、してやったりという感情はないだろう。
ともに、全力を挙げてぶつかるだけだ。
目野は好投手四人の、投手力のチームだが、打線だって侮れない。
注意すべきバッターだが、みづほの意見は――
「全員よ」
昨日のミーティングで、みづほは毎度ながら応えた。切れ目のない打線ならではの、目野の特徴だ。
「でも、敢えて挙げるなら」
みづほが言葉を継いだのを思い出す。
「キャプテンの若林さん。出塁率が上がってきてるの。トップバッターが出塁することで目野の得点力が上がってるわね」
緑陵も福富、船田の出塁率アップで得点力が上がっているし、それはお互い様だろう。
今日も若林さんは1番ライトでスタメンに名を連ねていた。
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先攻は目野高校でプレイボール。
トップバッターは、みづほが要注意と目した若林さん。
若林さんは、しぶといバッターになっていた。八球粘り、最後はショートゴロだったが、スムースな処理だったのにタイミングはぎりぎり。
人工芝用の深めの守備位置を採っていたのだが――修正が必要そうだ。
続くバッターもセンター前に打球を巧く運ぶが、「いいところに」守っていたみづほの好捕に遭う。
結果的には三者凡退だったが、安田は16球を投げた、いや、投げさせられたと言うべきだろう。
「目野の打球だけど、人工芝効果でさらに速くなってるわ――野口くん、船田くん、ライン際気をつけてね」
みづほの指示に、ふたりがグラブを上げて応えた。
一回裏、緑陵の先頭バッターは、福富。
左対左だが、タイミングを取るのが巧く、左投手を苦にしない。
ボールをしっかり見極めながら、慎重にバットを振っていく。
福富への四球め、おそらく試運転のスライダーに、みづほの顔つきが変わった。
「えっ――」
みづほの呟きの意味が、俺にも分かった――井上のスライダーは進化している。
ベルトよりやや高めからボールがスッと落ちて、外の地面すれすれで捕手がキャッチ。
驚くべきは、そのキレだ。まるでプロのそれみたいな軌道を通っていた。
福富のバットが空を切り、これで2ボール2ストライク。
「――みづほ……」
みづほは瞬きもせず、井上の投球を見つめている。おそらく目に焼き付けてるんだろう。
「回転かなあ……足腰だよね、きっと。とすれば真っすぐも――そうだね」
福富がセカンドゴロに倒れたのを見ると、みづほはネクストに向かった。
「じゃあ、行ってくるね。微調整した方がよさそう」
「了解、ガンバ」
今のを通訳すると(足腰を強化した成果で、井上が投げるボールの回転が増してキレが良くなっている。スライダーだけじゃなく、ストレートを始めとする他の球種も、以前とは違っているだろう。今までのイメージを踏襲しつつも、対応をやや変える必要があるだろう)という意味になる。
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船田も凡退し、みづほのアットバット。目野守備陣は、内野をやや深めにしたオーソドックスな体系を採る。
2アウトランナー無しなら、シングルヒットまでならOK、という考えだろう。
マウンドの井上は、初球で外角低めの直球でストライクを取ると、二球めに早くも決め球のスライダーを放ってきた。みづほのバットはピクリとも動かない。ボール。
ボールを受け捕りながら、井上がかるく肯いた。
――おそらく、スライダーを見極められているかどうか、確かめたかったんだろう。
それにしても、より近くのネクストサークルから見ると、以前よりキレが増してるように、やはり感じた。
――これ、試合終わるまでに、眼が慣れてくれるかなあ。
ひとつの対策としては、井上のスライダーは一定の高さから地面すれすれまで落ちてくるから、思い切って、あの高さのボールは全部捨てる、という手もある。
ストレートや落ちないスライダーだと、見逃しストライクになってしまうが、そんなの堂々と見逃せばいい。
落ちるスライダーを多投してくれたら、もしかすると見極められてると勘違いしてくれるかもしれないな。
目を皿にして投球を見つめながらそんなことを考えていると、みづほが低めのカーブを巧くセンター前に弾き返した。
さて、俺の打順。序盤の一打席めだし、シンプルな作戦で行こう。
ボールをよく見る。そしてベルトよりやや高めの打ち頃っぽいボールは、全部見逃してみよう。
井上はコントロールも悪くないし、甘いところに来る球は罠だと考えてしまおう。
そう考えながら打席へ向かう。
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とにかくボールをじっくり見て、甘いコースの判断は、高低よりも内外で。
バットを構える。ランナーをチラッと見て、投球モーションに入る井上。
井上は行けるところまで行くつもりなのだろう、初回から飛ばしていた。
前回の対戦よりもストレートが速く感じるし、スライダーもカーブもキレがある。これはきっと、調子云々の問題じゃないだろう。
井上は、成長している。
おそらくこの数ヵ月で急成長したのではなく、冬期に体を鍛えた結果が、徐々に現れてきたのだろう。
俺も冬のトレーニングでパワーはついたし、少しだが足が速くなった。
持久力もアップして、その分プレイに余裕が生まれたような気がする。
四球め、外のカーブを強振した――ライト方向に大きく外れる、ファウル。これで2ボール2ストライク。
――感触では、球筋自体は今までとほぼ同じような気がする。
単純にスケールアップした、と考えてよさそうだ。これはみづほの見解と一致する。
五球め。ほぼ真ん中の打ち頃に、鋭いボールがやって来る。
これだっ! これを見送るぞっ!! 見逃し三振でも構わない。
反射的にバットが出そうなところを、必死に抑える。
果たしてボールはベースの手前で俺の視界から消え、胸元を抉るようにして落ちていった。
ボール、フルカウント。井上がおやっ? という顔をする。
こいつ結構、顔に出るなあ。
それにしても凄いスライダーだった。
その後ファウルをひとつ挟んで、俺はレフトフライに打ち捕られた。
真ん中低めのストレートを捉えたが、少し差し込まれた感触だ――ストレートも走っている。
「ちーちゃん、あのシンカー、よくバット止まったね」
ベンチに戻ってきたみづほが話し掛けてきた。
「ああ――後で話すよ」
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二回裏が始まる時に、俺の採った作戦をみづほに話した。
「あ――そうかぁ。三振でもいい、という発想はなかったわ」
そうだな。みづほの思考だと、真っ向から攻略することからまず入って行くし、だいたいどんな球でも打っちゃうからな。
もっともこの作戦は、緑陵の監督が大屋さんだったから思いつけた、とも言える。
傍から見れば、失敗したら絶好球をみすみす見逃したように映るだろう。
その時に理由も訊かずに怒鳴りつけるような監督だったら、そもそもこの発想は、ない。
出来るだけ失敗しない「精いっぱいやりましたよ」的アピールをするような、そういうプレーに落ち着いてしまうだろう。
「その作戦、シンプルだけど、いいね。円陣組んでみんなにも話そうよ」
「待った」
大屋監督が珍しく声を挟んだ。
ネクストに行こうとする野口を呼び、何やら耳打ちすると、俺たちふたりに隣に座るよう手招きする。
「これで種を播いたよ。まあ、見てて」
意味あり気にそう呟くと、監督はそのまま視線をフィールドに向けた。
「えー。私の推理が確かならぁ」
監督が変な口調で話し始めた――誰かの口真似らしいが、一向に分からない。
「井上くんはー、ベルトの高さのストレートを投げてきましゅよ」
監督。頼むから普通にしゃべってください。
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松元に対して井上は、追い込んでからの四球め、監督の言ったコースにストレートを投げてきた。
やや甘いコースなので、左の苦手な松元でも対処できる。捉えたかに見えたが、いい当たりのライトフライに倒れた。
「さすが、優秀だね。うちが落ちるスライダーを見極めているかどうか、早速確かめに来たよ」
監督が、我が意を得たりといった感じで呟く。
「で。野口くんにはさっき、ベルトより少し高めのボールは捨てるよう、指示しといた。井上くんは、今度はスライダーを投げてくるから、見送られた相手バッテリーは、疑心暗鬼に陥るだろうね」
うーん、さすが元捕手、見事な揺さぶりだ。
ところが。
野口のヤツ、追い込まれた四球め、ベルト付近に来たボールを強振し、落ちるスライダーに空振り三振を食らってしまう。
その瞬間ベンチで思いっ切りズッコケる、俺たち三人。
参った……野口の選球眼の悪さを、甘く見ていた。
「いやあ、すいません。思ったよりキレてますね、あのピッチャー」
「野口のバカヤロッ、全部台無しにしやがって」
頭をポリポリ掻きながら戻って来た野口を小声でなじり、軽いボディブローを入れる。
「まあ、仕切り直して再チャレンジしよう」
監督がなだめるように言った。
こんな凡ミスをやらかすのが野口なら、相手のベストピッチをスタンドに持っていくのも、また野口なのだ。
ただ、監督も優しいばかりではない。
次の打席で同じミスを繰り返すようなら、しばらく野口にスタメンのチャンスはないだろう。
緑陵野球部には、そういう緊張感がある。野口も、そこんとこは分かっている筈だ。
二回裏、緑陵無得点。




