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俺の幼馴染は甲子園を目指す  作者: かのさん
高校二年生編
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日本高野連からの通達


 更衣室前で待ち構えていた俺たちの前に、戻ってきた監督たちの様子は、誰が見ても異様だった。

 真っ赤になって歯を剥き出しにした大屋監督に、顔面蒼白にして押し黙ったままの水谷先生。

 そして泣き腫らした顔で嗚咽を漏らすこころを、みづほが唇をギュッと噛みしめながら慰めていた。


「ここだと手狭だから――球場の外に出よう」

 激情に身を震わせながら、やっとの思いで監督が声を絞り出した。


「みづほとこころが、甲子園に出られないっ? どういうことですかっ!?」

「ああ。緑陵が優勝して都代表になったら、ふたりを登録選手から外すよう、日本高野連から正式に通達があったそうだ――拒否するなら出場を辞退しろ、と」

「なんで……いったい、どうしてなんですかっ?」

「監督っ!! どうしてですかっ!!」

「理由はひとつだよ――それが規則だから、だそうだ」


 日本高野連の言いぶんでは、みづほら女子選手の公式戦出場は、東京都の高野連が勝手にやってること。度重なる注意勧告にも関わらず続けられた、看過できない規則違反であり、即刻是正を求めるとの内容だった。

「都の役員もカンカンでさ――書面では大人しいけど、日本高野連の人に口頭で『こんな暴挙は許さん』て言われたらしいんだ」

 監督が球場の壁を、ドン、と拳骨で殴った。

「みづほくんや、こころくんの頑張りを――暴挙だ、と……」


 それを合図に、こころが再び、ワッと泣き出した。

「あたしは……あたしは、ここに居ちゃいけない人間なんですかぁ? 女が甲子園目指しちゃいけないんですかぁ?」

 しゃくり上げて叫ぶこころの肩を、みづほは黙って眼を閉じたまま、抱きしめていた。

 その姿は、体中から漏れてくる何かを必死に押し留めているように感じられた――眼を、口を開いたが最後、その瞬間に溢れてくるものはきっと、涙に泣き声なんだろう。


 ずっと黙っていた水谷先生が、ポツリポツリと重い口を開いた。

「――前々から噂はあったの。みづほちゃんや、栫さんが活躍する度に、日本高野連が苦々しい顔をしてた、って。でも新設校に、都立の強くないとこだから、甲子園なんか行けっこないだろうって高を括ってたらしいわ」

 水谷先生の頬に、ツッと涙が流れた。

「――でも、だからって……いくらなんでも、どうしてこんなタイミングで……」

 そこから後は、言葉にならなかった。


 みづほの公式戦の成績は、打率5割強、出塁率は7割。おまけに守備の技量は超高校級で、今や都内有数であろう緑陵の内野守備陣を纏める、実質的リーダー。

 そんなみづほが甲子園出場を認められない、ただひとつの理由が――女子であること、それだけ。

「そんな馬鹿なことが許されるんですか? 日本高野連の人は、みづほのプレーを観て何も感じないんですか?」


「――見てさえいないんだ、と思うよ。ただ結果を聞いて、高校野球のレベルも落ちたもんだ、俺らの若い頃は……て愚痴ってた、って噂だ。あれだけのプレーをするのに、どれだけの練習と準備が必要なのか。野球経験者なら分かる筈のもんだろうに――」

 苦々しく語っていた大屋監督が、怒りを抑え切れなくなったのか、今度は球場の壁を思いっ切り蹴り上げた。

「僕らの憧れを統括するとこが、こんな下らん組織とは、思わなかったよっ!!」


「都の高野連は、即日で抗議文を提出してくれたの――東京都は、みづほちゃんたちの味方よ。準々決勝が終わったら、マスコミを集めて会見を開きます、って約束してくれた」

 水谷先生が涙を拭きながら言葉を継いだ。

「――みんな、頑張りましょ。優勝して、日本高野連を慌てさせてやりましょうよ」


「みづほ――お前、大丈夫か?」

 第四試合、目野の準決勝進出を見届けた帰りのバスに乗る途中、みづほに話し掛けた。

 心配なのは、この通達にみづほが動揺してないか、ということだった。

 これが明後日の準決勝、そして決勝戦に差し支えあるようであってはいけない。


「うん、大丈夫。日本高野連があたしたち女子選手の参加に、ずっといい顔してないってのは、知ってたから」

 思ってたより淡々とみづほは応えた。

「でも、あたしの今までのプレーを認めてもらえなかった、てのは悔しいなあ――どれだけ頑張れば、甲子園に値すると認めてもらえるんだろう……」

「だから――多分見てないんだろ?」


「あれは、あくまで噂だから。噂って尾ひれが付くのよ――あたしが時々、ドルフィンズの試合を観に行ってるじゃない? 部員の誰かを連れて」

「うん」

 みづほ独特の『視点』を磨くため、週一回は練習を早めに切り上げ、プロ野球観戦による『体験』の訓練をしている。ちなみに他の選手もみづほの観察眼を勉強できるよう、交替で部員の誰かとペアで行っている。

「あれを『みづほは練習サボって、男を取っ替え引っ替えして遊び歩いてる』て噂する人がいるのよ――憶測って怖ろしいんだから」

 ひえー。とんでもねえな、それ。


「――今ね。あたし、いつもよりもっと、野球したくて堪らないの。もっと活躍して、全打席ホームラン打って、高野連の人を見返してやりたい気持ちはあるけど、そんなんじゃなくて――」

 うん、そうだよな。野球は相手がある。

 全部が全部、自分の思い通りにいくようなスポーツじゃない。

「いつもどおり、純粋に野球を頑張りたい気分。この状況に動揺して、自分を見失ったらそれこそ相手の思う壺だと思うの。だからホントに、いつもどおりに頑張る」




 東京都高野連の会見は、ニュースで観た。

 即日で抗議文とルール改正の嘆願書を提出し、みづほとこころの出場を認めてもらうべく、今後も動いてくれるそうだ。

 それどころか、女子選手の出場を認めている神奈川県と埼玉県の高野連も同調して、抗議の声明を出してくれた。

「今大会の遠野選手と渡辺選手のビデオも、後日提出します。甲子園出場に値しない選手かどうか、ご自分たちの眼でしっかりと確かめてください」

 役員の方の口調は、怒りながらも自信に溢れていた。


「ちーちゃん、おはよ」

 朝起きると、みづほはパジャマ姿で、お袋の朝食作りを手伝っていた。

 ノースリーブの、シャツみたいな感じのワンピースだ。光の加減で、みづほの股の辺りがスッと透けて見えるような気がして、見ようによっては凄いセクシー……なんだよな。


 高野連の騒動は、朝のニュースでもチロッと流れていた。

「みづほちゃんも大変だな。いくらなんでも大会期間中にこんな通達するなんて、嫌がらせとしか思えないよ」

 親父が憤慨した口調でブツブツ言ってる。

「ううん、パパ。甲子園が始まるのって10日後だし、組み合わせ抽選まで一週間しかないの。優勝してからそんなこと言われる方が、ダメージ大きかったわ」

 そう話すみづほの表情からは、特に気負いや動揺といった類のものは窺い知れなかった。


 みづほを見つめる親父の顔が、とてつもなく優しいことに気づいた――おいおい、実の息子にもそんな表情、見せたことないぞ。

「イギリスの親父さんからは、何か連絡あったかい?」

「8月11日から一週間休みをとるって。12日には帰って来て、母さんの法事の準備するって言ってた――今朝見たら、野球頑張れ、高野連は気にするな、って」

「相変わらずの地獄耳だなあ」

 豪快に笑う親父。

「――今から、練習だろ?」

「うん」

「気をつけてな」


 いつも通り支度を終えて、練習に向かう時間になった。

「監督からラインが来てね」

「うん」

「マスコミが大挙して押し寄せると思うけど――というか、もう来てるらしいけど――大部分は僕がしゃべるから、一言二言だけお願いします、って」

 そうだよなあ。みづほ、明らかに当事者だもんなあ。

「こんな時期に、大変なことになっちゃったな」

「ちーちゃんも当事者よ? 話題のチームのキャプテンなんだから。マイク向けられたら少しだけ話しなさい、ってさ」


 俺の答えは、決まっている。

 みづほと一緒に甲子園に行くのが、俺の夢だ。

 今なら胸を張って、そう断言できる。


 学校に着いてみたら、驚くほどスムースに部室に入れた。

 どうやら、学校側が上手くマスコミをリードしてくれたらしく、俺とみづほは着替えて練習前に一言コメントをくれたらOK、という手筈になってた――感謝。

 これで、明日の準決勝に集中できる。


 準決勝の相手、都立目野対策ミーティングの議題は、先発投手の予想から始まった。

「力のある投手が四人いるチームだから誰が来るか分からないんだけど――多分、村田さんか井上くんに絞られると思う。大事な試合では、必ずどちらかが先発で来てるから」

 進行役のみづほの言葉に、一同が肯く。

「うち的には、村田さんの方が戦いやすいと思う。力投型だけど、フォアボールも多いタイプだから、じっくりボールを見ていけるよねえ――左の井上くんは、松元くん封じになる上に、右バッターに対しても強力な武器を持ってるから……」


「あのスライダーな。内角のストレートと思って振ったら、ボールが消えるんだ。目が慣れるまでは大変だよなあ」

「でも、練習試合で結構見せてもらったよね?」

「初見よりはマシだけど、それでも自信はないよ。キレが凄くて、ついバットが出ちまうんだ」

「そう――ホントはストレートと全然回転が違うから、それが分かれば見送れるよ?」

 だから、それが出来るのはみづほだけなんだってば。



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 都立目野の練習場では、ブルペンでエースの村田と二年生投手の井上が、立ち話をしている。

 大会期間中なので、調子の維持と球筋を確かめる程度の、かるい投げ込みを終えたところだった。


「お前のスライダーが緑陵に通用しないかも――って、お前そりゃ、本気で言ってんのか?」

「遠野がいるからですよ」

 井上が片方の口角を思いっ切り上げて応える。

「練習試合でスライダー、全部見送られました。何か癖があるのかと思って、投球フォームのビデオ何度も観返したくらいですよ――結局理由は分からず終いです」


「――でも他のヤツらには問題なかっただろ?」

「遠野が見極め方を伝授してたら、分かんないスよ――まあ、あれから俺もスライダーの精度を上げたんで、成長分で思いっ切りぶつかるだけですけど、ね」


「それにしてもいったい何だろうな、高野連のあの発表は」

「ホントっスよ。遠野が出られないんなら、東京の大部分の選手は甲子園出られませんよ?」

「バッティングもシュアだし、守備もいい。女のクセに足も速いからなあ――」

「特に守備ですよね! 二年だけど、東京№1のセカンドでしょ? 敵なのに見惚れる時ありますもん、あの守備は」

「おまけに可愛いし」

「それはあまり関係ないかと」

 顔を見合わせ、肩を揺らして笑う。


「最悪のタイミングだよ、あの発表は」

 村田が短いため息を吐いた。

「――お蔭でうちは、すっかり悪役だ」


 みづほらに対する日本高野連の声明は、さまざまな方面で批判を浴びている。素人や野球ファンだけでなく、元プロや、NPBのスカウトまでがコメントして『みづほを甲子園へ』の大合唱が湧き起こっている状態だ。

 大方の流れでは、決勝戦の結果に応じて日本高野連が緊急理事会を開き、女子の出場について再討議する、という噂だった。


「まだ準決勝なのに迷惑な話ですよ、まったく。勝ちましょう! 絶対に」

 井上が握り拳を作りながら叫んだ。

「――甲子園に行くのは、俺たちだ……」

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