西東京大会準々決勝 (VS都立高倉)
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西東京大会もいよいよ準々決勝、大詰めに近づいてきた。
準々決勝以降は、西東京も東と同じく、神宮の杜球場で試合が行われる。
東京六大学野球の聖地であり、プロ野球の東京ドルフィンズの本拠地でもあり、秋には神宮全国大会も行われる――東京の高校球児にとっても、憧れの球場だ。
緑陵の相手は、シード校の大日桜丘を降した都立高倉高校。甲子園出場経験こそないが、目野や東大和東に劣らぬ都立の強豪校だ。
「監督。神宮対策って、何かありますか?」
ミーティングではまず、初めての神宮についての質問が、度会からあった。
「そうですね、神宮は人工芝を貼り替えて、僕がやってた時と違ってるから、詳しくは知らないけど――天然芝に近い素材になってるらしい。まず、スパイクは今のままでOKです。ゴロの球足が速くなるから内野の間を抜けるヒットが多くなるのと、イレギュラーが格段に少なくなるね。君たちの守備力なら、まず問題なく処理できると思うけど、今日は低く速いボールを中心に、ノックをしよう」
「ありがとうございます」
進行役のみづほが立ち上がり、高倉の戦力分析が始まった。
エースの坂本さんは右のオーバースロー。数種類のカーブを使い分ける投手だ。
「他にツーシームも少し投げてるわね。カーブで外に意識を向けておいて、時に内角にズバッと来る感じ。コントロールは悪くないけど――ストレートはそんなに速くないし、打てない投手じゃないと思う」
まあ、それはあくまで、みづほ視線だ。
「カーブに翻弄されないよう、気をつけないとな」
みづほはもちろん、変化球打ちの巧い松元がキーマンとなるだろう。
「守備は鍛えられてて、特に穴になるようなとこはないわ――ベスト8に残るチームなら、当然よね。打線も、強い癖のある選手はいないみたい。強いて言えば、1番から6番までバットがよく振れてるね。長打は少ないけど粘り強く攻めてくる、いやらしい相手よ」
うちの打線に似ているかな、下位がやや弱いとこも含めて。
そう思ったが、それを公の場で言うのはさすがに根来たちに失礼だろう。みんな同じ思いだったらしく、黙ってみづほの言葉を聞いていた。
「球足が速い分、内野は少し深めの守備位置でいいと思う。フォーメーションと位置関係、確認していきましょ」
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準々決勝は朝から夕まで、四試合まとめて行われる。
準々決勝に勝ったら一日おいて準決勝、それに勝ったら、また一日おいて決勝戦。
これからは、連戦に次ぐ連戦だ。
緑陵は第二試合なので、早めに球場に行って、第一試合の大日三VS早田実を少し見学。その後アップをしながら出番を待つ手筈だった。
そこで俺たちは、思わず息を飲んだ。
一回表、早田実の5番バッターの一年生が、いきなり3ランホームランをかっ飛ばしたのだ。
左打席から綺麗な弾道を描いてライトスタンドへ放たれた、完璧な打球だった。
「早実の一年生って――あんなヤツ、いたか?」
「俺は覚えてるよ、清田だったかな。練習試合に代打で出てきた」
安田が表情を変えずに呟いた。
「左対左なのに代打で出てきたのと、体がデカいからな。少し引っ掛かってた」
「安田くんのカットボールに詰まらされてセカンドゴロ、だったよね――凄いスイングとパワーだね。一年生とはとても思えない」
みづほの視線もグラウンドに釘付けになってる。
「――紫苑」
「分かった。最後まで見届けて、ビデオ撮っとく」
10対6。第1シード、大日三高敗れる。控室にいた俺たちの前で、それは起きた。
前評判を考えると、番狂わせといって差し支えない。
清田が一枚加わっただけで、早田実の打線が別物になったかのようだった。わずかな期間で力関係がガラッと入れ替わる、高校野球ではよくあることだ。
「みづほの研究ノート、無駄になっちゃったなあ」
根来が控えめに笑いかける。大日三との練習試合でみづほが纏めた対策ノートの事だ。
「どの道、うちが勝ち続けないと当たらなかったとこだし――目の前の試合に集中しよ」
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緑陵のスタメンは、四回戦と同じ、6番ファーストに度会が入る。
カーブピッチャーの坂本さん対策に、野口より度会のミート力を買ったのだろう。
じゃんけんに勝った高倉は後攻を取った。
うちの初回速攻を抑える自信があるのか、あるいは粘って終盤の逆転に賭ける狙いだろうか。
プレイボール。
坂本さんは予想どおり、トップバッターの福富を相手に、カーブを中心に配球を組み立てている。
「去年の梅田さんを思い出すなあ」
結構いいとこにカーブが決まってるのを見て、思わず呟いた。
昨年俺たちが敗れた、明王大附属のエースピッチャーだった人だ。あの人も変幻自在のカーブが武器だった。
「そうね、梅田さんをイメージして打つ、という手はあるわね。でも坂本さんは梅田さんよりストレートは遅いし、縦のカーブはボールひとつ分変化が少ない。横のカーブは二種類あるから気をつけて」
みづほの辞書には『目を慣らす』という言葉は存在しないらしい。
カキーン。
福富が粘りを見せて、六球めをセンター前に運んだ。
「ナイスバッチ、福富!」
みづほの前にランナーがひとりでも出れば、速攻は半分成功したも同然だ。
「行ってくるね」
「ああ、ガンバ」
悠然とみづほはネクストに向かって行った。
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船田が送って、1アウト二塁。みづほが打席に入る。
おそらくみづほの頭には、坂本さんのカーブのすべてが頭に入ってることだろう。
それは『研究』とか、そんな生易しいものではない。いったんみづほの眼に入ったら、それは『体験』として具体化されてしまうのだ。
後はその『体験』を元にカーブを打ち、成功体験として『経験』に昇華させる手順を踏むだけ。
まさかそんな状態になっているとは、相手は多分知る由もない。凡人は天才の領域には踏み込めないし、理解さえできないだろう。
『初対戦』のみづほを相手に手探りで勝負するしかない高倉バッテリーとの彼我の差は明らかだった。
外野を極端に前進させ、内野を後退させたみづほシフトに対し、みづほは五球めまでボールをじっくり確認した後に、内角に切れ込んでくるカーブを思いっ切り引っ張った。
三塁線ギリギリを鋭いゴロが襲う。サードが飛びつくが、届かない。フェア。
転々とファウルゾーンに転がる打球を尻目に、福富がホームイン。緑陵の速攻成功、まずは1点。
みづほは二塁へ。タイムリーツーベースとなった。
チャンスはまだ続く。俺のような凡人は、みづほのようにダイレクトな『体験』が出来るはずもないが、幸い同タイプのピッチャーと対戦した経験を持っている。
さっきみづほと話したとおり、梅田さんのスケールを少し小さくしたイメージで打ってみよう。そう思って打席に向かった。
初球の外に外れるカーブを見た時に、そのイメージは確信に変わった――梅田さんのカーブに、よく似ている。
甘いコースを待ってタイミングさえ間違えなければ、結果はどうあれ、いいバッティングが期待できるだろう。
待っていたカーブが、三球めに来た。真ん中寄りから外に逃げていく軌道だ。
コンパクトにバットを合わせる。カキーン。打球はライト前に落ち、タイムリーヒットとなった。
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俺の後にも松元、度会が続き、緑陵は得意の速攻で3点を先取した。
――それにしても度会の活躍が嬉しい。レギュラーナンバーを外されても、まったく落ち込むことなく、チーム内の潤滑剤の役目を果たしてくれるばかりではなく、プレイヤーとしても何か吹っ切れたようだ。
リードを貰った時の安田は、本当に強い。ヒットを打たれても連打さえ食らわなければいいのだから、投球にも余裕が生まれている。
ボールを低めに集めた安田の投球に、高倉打線は内野ゴロを量産した。
それにしても打球の球足の速さに、少々驚く――これが人工芝の打球か。
少し深めの守備位置で対処していたが、四回裏、1アウトから4番打者の打球が安田の脚元を襲う。
センターに抜けていく打球だ――みづほが飛びつくが、届かない。そのままセンター前ヒットとなった。
「どんまー……」
安田に声を掛けようとして、ふとみづほの方を見ると――全身を震わせて悔しがっている。
普段、あんなに好プレー連発しといて、間を一度抜かれただけで、あんなに悔しがるか? 普通。
「みづほ、落ち着け」
安田がみづほのただならぬ様子に気づき、マウンドから逆に慰める。
「大丈夫よ、ありがと。安田くん」
無失点に抑え、ベンチに戻ってからもみづほはまだ、歯ぎしりしていた。
「あーもう、悔しーい……安田くん、同じの、も一回打たれてよ。今度はガッチリ捕るから」
「無理言うなよ。あれはヒットだぞ、普通」
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試合は坂本さんが持ち直して落ち着いた展開になったが、六回を終わって5対1とリード。
何と言っても、初回の3点が効いている。
連戦を考え、七回裏からは竹本の登板となった――ブルペンを見ると、こころが頬グリグリの出張に行ってるのを目撃した。
「竹本お前、女子に何やらせてんだー! このセクハラやろーう!」
多分H組のヤツだろう、スタンドから野次が飛ぶ。
「おまじないですよー! あれやると、竹本さんいいピッチングするんですー!」
こころがニコニコしながらスタンドに向かって叫び、ゆるーい笑いをとっていた。
こころのグリグリが入った竹本はしかし、調子がいいんだな、これが。
今日もストレートが走っていて、安田のひねくれ球に慣れていた高倉打線は、明らかに面食らった。
ボールがバットに当たっても、なかなか前に飛ばない――今日の竹本、メチャメチャいいじゃん。
というより、ホントにこれ、竹本か? そう思うくらい神がかっていた。
八人の打者に対してノーヒット、5三振と完璧に抑える。
最後の打者もストレートで空振りをとり、ゲームセット。6対1、完勝だった。
完璧なリリーフを見せた竹本が、チームメイトから手荒い祝福を受ける。
「竹本、今日は凄かったなあ」
「よくやったぞ、このヤロー」
「いてて……こころ、いつもありがとうな」
これでベスト4。夕方の試合の結果で、明後日の相手が決まる。目野か普門館のどちらか、ともに大会屈指の好投手を擁する強豪だ。
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試合後には、マスコミの人たちに囲まれて取材を受ける。監督と主将である俺の、毎回の仕事だ。
「初回の3点が大きかったと思います。練習どおりのプレーが、ほぼ出来たので満足してます」
踏み込んだコメントは監督に任せて、なるべく上から目線の言葉は避ける。これでも、結構気を遣ってるんだ――自分でも、だんだんコメントが上手くなってきたかな、とは思う。
取材中に監督が、大会関係者の人から、何やら耳打ちされた。
肯いてる監督の表情が、徐々に曇ってくる――あまりよくない知らせのようだ。大したことじゃないといいんだけど。
「秋山くん。みづ――遠野さんと渡辺さんを、呼んで来てくれないか? あと、水谷先生も」
「あっ、はい」
いったい、何だろう。疑念を抱きながら更衣室に走る――よかった。みづほもこころも、まだ着替える前だ。水谷先生も一緒にいた。
「監督が呼んでる」
「ありがと、ちーちゃん。こころ、行こ」
「はいっ」
水谷先生がわずかに眉を顰めながら俺の肩を叩き、通り過ぎ際に囁いた。
「いい? 秋山くん。君たち選手は、プレーに集中するのよ。チームをしっかり纏めてね、お願い」
「は――はい」
水谷先生には、どうやら心当たりがあるようだ。
俺たちは更衣室前で、監督たちを待っていた。10数分くらいだったと思うが、かなり長い時間に感じた。
戻ってきた監督から話された、高野連からの通達は、俺たちには到底受け入れ難い、信じられない内容のものだった。
珍しく、思わせ振りに終わります(^-^;




