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俺の幼馴染は甲子園を目指す  作者: かのさん
高校二年生編
95/297

西東京大会五回戦 (VS国志館2)


 五回表、試合は折り返しに入る。

 マウンドの安田は、左サイドスローからのクセ球と無尽蔵の球種、比類なきコントロールを武器に、強打で鳴らす国志館打線に、未だ尻尾を掴ませていない。

 四回まで3安打無四球。併殺がひとつあるので、6番からの打順だ。

 先頭打者をショートゴロに打ち捕り、7番打者を迎えた四球め、ハーフスピードのカーブが高めに浮いた。

 ヤバい、失投だ。みづほがスッとセンター方向に下がり、俺も引っ張りケアの体勢をとる。

 カキーン。

 打球は俺たちの遥か頭上を越え、レフトスタンドに突き刺さった。


「すまん、汗でボールが滑った――不注意だったよ」

 1点に詰められて五回表終了。安田がマウンドを降りながら左手をかるく挙げて謝った。

 この時点で安田は80球近く投げている。強力打線に対し、慎重に攻めていった結果で、けして悪いペースではない。

 問題は、今日の猛暑だ。

 強い陽射しと、グラウンドの熱気は、安田のスタミナを確実に削っている。次の回から3巡めに入るし、そろそろ危ないかもな。早いとこ援護が必要だろう。


 一方、国志館のエース河野は、ストレートが走ってきたようだ。

 志田、福富、船田のうるさいバッターを相手に、四回に続いて三者凡退。これで八人連続アウトにされたが、三人で15球投げさせて最低限の仕事は果たした。

 

 六回表。国志館は2アウトながらランナー二塁で4番の主砲、吉田さんを迎えた。今日は左対左ということもあり、安田が抑え込んでいる。

 安田の変則投球フォームは、左打者からは相当ボールが見えにくいらしい。現に左の苦手な松元は、練習で一年以上まともに安田を打てていない――それはそれで、いい加減慣れろ、と言いたいが。


 低めに良くコントロールされたボールだった。しかし目が慣れてきたのか、フルスイングのバットに、タイミングよくボールが当たる。

 カキーン。

 打球はライトの頭上を越し、フェンスに当たる。長打コースだ。

 走者は悠々ホームを踏み、2対2の同点。打った吉田さんは打球の行方を見て二塁を回り、三塁を狙った。

 ライトの松元が中継のみづほにボールを送り、みづほが受け捕った瞬間だった。


 いつ投げたのかすらも分からなかった。

 みづほが振り向いた時には、既にボールはみづほの手を離れ、三塁ベースカバーの船田に目がけて飛んでいた――おそらく、みづほオリジナルのスナップスローの、応用編だ。

 ストライクの返球は、スライディングする吉田さんの脚元に構えた、船田のグラブに寸分違わず入って来て三塁捕殺完成。

 3アウトチェンジ。国志館の攻撃は同点止まりになった。


「安田くん、バテてない? 大丈夫?」

 マウンドからベンチに戻る安田に、みづほが声を掛ける。

「おっ、みづほサンキュ。ナイス中継――暑いしなあ、三回くらいからバテてるよ」

 安田はニヤニヤした地顔を崩さない。まだ大丈夫そうだな。

「まあ、行けるとこまで行ってみるからさ。次、打ってくれよ」

「任して」


 同点にされた直後の六回裏。打順はみづほから。

 国志館守備陣は、みづほシフトを変わらず敷いた。ストレートの走ってきた河野頼みのようだ――が、これには正直疑問が残る。

 その根拠は、早くも二球めに証明された。

 コーン。

 外寄りのストレートがやや甘く入ったのを見逃さず、フルスイングのジャストミート。

 打球は前進守備のライトの遥か頭上を越え、右中間の深いところへ転がっていった。

 さすがに本塁突入は無理だったが、悠々の三塁打。ノーアウト三塁、一気に勝ち越しのチャンスとなった。


 みづほに長打力がないように見えるのは、ランナーを動かしたり、相手投手の球筋や癖を見抜くための、いわゆるケースバッティングで軽打してるせい。

 終盤近くの、しかもランナーがいない時なら、ここは長打を狙っていい場面だ。

 結果的には国志館のミスとなったが、河野の球威ならみづほを抑え込める、と踏んでの勝負だったのだろう。それに屈しなかったみづほのバッティングは見事だった。


 さて。ここまでヒットを打ってるのは、1番から3番まで。上位打線の作ってくれたチャンスを、クリーンアップが活かしきってない。

 今までの手応えは悪くないし、今度こそやってやるぞ。

 そう思いながら打席に向かった。


 今日の河野の調子は、あまり良いとは言えない。ストレートは走ってるものの、他の球種が今ひとつで、どうしてもストレート中心の単純な配球にならざるを得ない。

 しかし、そのストレートに的を絞って真っ向から勝負した挙句、捉えきれてないのが、俺たち緑陵打線だ。接戦になってる理由は、打線の不甲斐なさにある。

 球威に力負けせず、しかし大振りせずにしっかり振ろう。狙いはストレート一本。


 河野も腹を括ったらしく、渾身のストレートを投げてきた。三球め、少し真ん中寄り、失投気味のボールが来る。これだっ!

 しっかりと芯で捉えるべく、強くバットを振る。

 カキーン。

 手応えあり。深めに守っていたセンターは少し下がっただけで、打球を追うのを諦めた。

 ドンッ。打球は大きな音をたてて、バックスクリーンに直撃。会心の勝ち越しツーランとなった。




 六回裏は、ビッグイニングになった。

 緑陵は気落ちした河野を攻め、松元、野口と連続ヒット。根来が送って1アウト二三塁で、安田の代打に大屋監督は一年の梶本を送り出す。

 梶本は河野のストレートをセンター前に弾き返し、2点タイムリーヒット。直球に強いところを見せた。

 同点にされた直後の4点は大きい。


 七回表、代打で下がった安田に代わり、竹本の名前がコールされた。

 竹本のヤツ、マウンドに上がる前に、こころに頼んで両頬をグリグリしてもらっている。どうやら好投のおまじないになってしまったらしい。

「あのグリグリ、あたしもした方が、いいのかなあ」

「やめとけ」

 みづほの呟きに、思わず苦笑いした。


 竹本は七回表、八回表をぴしゃりと抑えた。

 技巧派の安田から本格派の竹本へのスイッチは、やはり効果的な継投のようだ。竹本の速球に相手の目が慣れていないようで、対応に苦慮している。

「こころのおまじない、めっちゃ効いてるよ! サンキュ」

 竹本自身は、おまじないのお蔭だと喜んでる。まあ、そういうことにしてもいいな。


 八回表を終了して4点のリード。

 勝利、そしてベスト8進出の瞬間まで、もう少しだ。

 ――その前に、みづほに確認しておきたいことがある。

「みづほ、ちょっといいかな?」

「うん。なあに?」

「七回裏のお前の打席、さ――」


 俺が問題にしてるのは、七回裏。先頭打者のみづほに対して、河野は明らかに投げる球に困窮していた。

 いつものみづほなら、きっちり四球を選んでチャンスを作っていただろう。

 しかしこの時だけは違った。なんと3ボールからの四球めに手を出し、一二塁間のゴロを打ってしまう。ヒット性の当たりだったがセカンドの好捕に遭い、アウト。

 次の俺がヒットを打ったからとか、結果論で言ってるのではなく――勝負に徹しきれない、みづほの悪い癖が出たのだろう。


「相手に手心を加えた? あたしが? そんな余裕、あるわけないでしょ」

 みづほは、嘘が下手だ。話してる時の雰囲気で、すぐにそれと分かる。

「――なあ。相手も必死でやってるんだ。可哀そうだなんて思うと、かえって失礼だぞ?」

「だからそうじゃないって……分かった、ごめん」

 みづほは下唇をキュッと噛んで、下を向いた。

 

 最終回、九回表。竹本はなかなか快調だった。

 1アウトからど真ん中にストレートを投げてしまい、ソロホームランを浴びるが、点差があるのでランナーさえ溜めなければ、なんとかなる。

 最後の打者はチェンジアップで空振りを取って、ゲームセット。

 6対3。緑陵、準々決勝進出。

 単純計算で考えれば、あとみっつ勝てば甲子園――だが、ここからは強敵ばかり。

 みっつ全部勝つのが至難の業なのは、経験したヤツなら分かるだろう。


 試合後の取材を受けた後、大屋監督に呼び止められた。

「八回裏の攻撃中に、みづほちゃんと何を話してたの?」

 あの後、みづほが深刻そうな顔をしてたから、内容が気になったとのことだ。

 俺の説明に、監督が意外そうな顔をした。

「そうなんだ――みづほちゃん、そんな一面があるんだね。完璧な子だと思ってたから、かえって安心したかも」

 いやあ、野球以外ではポンコツなとこ、如何なく発揮してますから。

 勉強も運動も図抜けて出来るから、上の立場の人からだと、そう見えるのかな。


「もちろん、秋山くんの言うことが正しいよね、そんなのホントの優しさじゃない。そんなプレー繰り返してたら相手につけ込まれるし――金属バットの野球は4点差なんて簡単に引っくり返しちゃうもんね――手加減してるのがバレたら、将来、八百長を疑われる可能性だってあるよねえ」

「――そうですよね。勝負に対する甘さを注意したつもりです」

「うん、よくやった……でも、別の見方もあると、僕は思うな」

 俺の肩に手を掛けてねぎらいながら、監督は話を続けた。


「みづほちゃんは野球に関しては、卓越した観察眼と視点の切り替えで、僕らが見えてないモノまで見えている――そんな認識はあるよね」

「はい。多分みづほは、俺たちと違う世界で野球やってます」

「例えば、相手の致命的な欠点や癖を見抜いたり、どうしようもないピンチに陥ってる時――みづほちゃんの視点から見ると、それが相手の野球人生を左右するほど大きなものだとしたら……自らトドメを刺すのを躊躇する気持ちは、分からないでもないかなぁ」

 ゆっくりと言葉を選びながら、監督は俺に話した。

「何にしても『見え過ぎる』って才能は、いい事ばかりじゃないかもしれないね」

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