西東京大会四回戦 (VS都立東大和東)
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学校と球場の往復手段は今大会から、監督の運転するマイクロバスではなく、学校がチャーターしてくれた小型バスに替わった。部員が増えたせいだ。
帰りのバスに乗り込む女子たちは、試合が終わった解放感も手伝って、帰り支度の手を動かしながらも、きゃぴきゃぴとお喋りに余念がない。
ついさっきまで、みづほと栫さんの涙に、ひとり残らず貰い泣きしてたのが嘘のようだ。
第一、号泣してたみづほ当人が、何事もなかったかのようにケロッとしている。女って、こういうものなんかな。
わが野球部の女子は、とても仲が良い。
みづほたち二年生女子の三人はもともと親友同士だし、それに加わったこころはみづほを崇拝してるに等しく、花はおっとりしたお嬢様で、人間関係のゴタゴタは起こりようがなかった。
例えばバスの座席でも以前は、みづほは当然のような顔をして俺の隣に座っていたのだが、最近は女子同士で固まって座るようになった。そっちの方が自然だとは思うが、一抹の寂しさを感じなくはない。
「隣、いいか?」
返答を聞かずに安田が俺の隣席に座ってくる。
珍しいな。普段は根来と、ああでもない、こうするといいんじゃないかと、長々とバッテリー談義してるのが常だった。
「ゴロ(根来)をみづほに取られちゃったよ」
安田が苦笑しながら、濃い髭で青くなってる顎をポリポリと掻いた。
見ると、女子集団からも離れて、みづほと根来がノートを覗き込みながら話し合っている。
次の対戦相手の解析を、既に始めていた。
で、みづほの方はと言えば、既にスイッチが入っていて、すっかり野球没頭モードに突入しているのは明らかだった。
こうなると、他の一切はまったくお構いなしになるのは、いつものとおり。
二人でひとつのノートを覗く格好になってるので、顔は近いわ体のあちこちが密着してるわで、根来がずいぶん羨まし……いや、大変なことになっている。
「見て見てー、みづほがまたベタベタやってるー」
「痴女だ、痴女だぁ」
女子連中がニヤニヤしながらみづほを茶化すが、みづほに一向に気づく気配がないので、すぐに鎮静化した。
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「エースは坂田さん。三回戦では、すごくいいピッチングしてたわね。右のスリークオーターで、左バッターは比較的ボールが見やすいと思う」
四回戦の対策ミーティング、再び進行役に落ち着いたみづほが、ビデオを見せながら説明する。
相手は都立広瀬を降した、都立東大和東。東大和市の東にあるので、この校名になった。
「ストレートは130km/h台。変化球で確認できたのは、カーブ、スライダー、カットボールにフォークなんだけど――」
みづほが言い淀んだ理由は、すぐに分かった。
「――あまり変化してないよな?」
「うん」
俺の言葉にみづほが肯いた。
「一見普通のストレートで、手元で微妙に変化する程度。スローで再生して、ボールの握りと回転で球種が分かったの――広瀬が打てなかったのは、ひょっとして全部ストレートと勘違いして打ってたんじゃないかな……それだと芯を外されちゃうよね」
「打ちやすそうに見えて、意外な曲者かもな」
「そうねえ――でも打てない球じゃないよ? 打ち頃だと思って舐めないで、ボールをよく見て引きつければ打てるんじゃないかな。回転見てれば球種だって分かるし」
みづほが最後にとんでもないことをサラリと言った。
「打線はどうなん? 栫さんのナックルに手こずってた印象あったけど」
「二回戦が10得点、三回戦が7得点。ストレートをよく打ってたけど、変化球については未知数。愛菜さん以外の広瀬のピッチャー、あまり良くなかったから」
「俺の出した結論は」
根来がようやく口を開いた。
「いつもの低め主体のピッチングを貫くよ。低めを外野まで持ってくパワーのある選手は、幸い少なそうだし」
「オッケー」
「わかった」
内野陣が、次々に肯いていく。
「無理に引っ張るバッターもいないから、二遊間忙しくなりそうね――任せて」
みづほがウインクしながら、胸をポンと叩いた。
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試合当日。球場脇でアップをしている俺たちに、四回戦の途中経過を知らせに、花がやって来た。
「花。試合のスコアは?」
「八回表、4対2で国志館リードです」
――まだ分かんないけど、次の相手は国志館かな。
本日のスタメンは、以下のとおり。
1(中)福富
2(三)船田
3(二)遠野
4(遊)秋山
5(右)松元
6(一)度会
7(捕)根来
8(投)安田
9(左)志田
福富、船田が公式戦初めての一二番コンビを組むのと、好調の度会が初戦に引き続きスタメン。
手元で微妙にボールが変化する技巧派の坂田さん対策に、度会のミート力が買われたのだろう。
前の試合が終わった。国志館が勝ち、俺たちの次の対戦相手になった。
みづほの眼光が、ツッと鋭くなる。
「行こっか」
「おう」
俺たちはベンチに向かって歩いて行った。
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緑陵の先制攻撃を警戒したのだろう、じゃんけんに勝った東大和東は先攻を選んだ。
プレイボール。
緑陵バッテリーは低めにボールを集め、打たせて捕るピッチングをした。みづほの睨んだとおり、打球が二遊間付近にやって来る。一部のファンの間ではみづほの守備は評判になってるらしく、セカンドゴロの捌きにスタンドから拍手が飛んだ。
三者凡退。安田、安定の立ち上がり。
一回裏。緑陵の新一二番コンビ、福富と船田は、一打席めは不発。センターフライとサードゴロに倒れる。
「意外にクセが強いですよ、あの変化球」
ベンチに戻った二人が、異口同音にコメントする。
実力校のエース張ってるピッチャーだもんな、やっぱり一筋縄では行かないか。
ただ現在、打席に立ってる選手だけは別格だ。
みづほはミーティングで、やって来るボールの回転で球種が分かる、と言ってた。おそらくハッタリじゃないと思う。
一球一球、球筋を見極めながらカットで粘る。大きく変化する球がなく、タイミングも掴めてるので、絶対に空振りしない自信があっての粘りだ。マウンドの坂田さんとしては、ゆっくり料理の仕方を探られてるような、嫌な気分だったろう。
結局11球粘られ、コントロールを乱した坂田さんは四球を与える。2アウト一塁で、俺の打席。
一球め、アウトコースの球を、よく見る――うーん。やっぱ回転だけじゃ、球種までは分からんぞ。
少しボールが外に逸れたので、おそらくカーブだ。判定はストライク。これが単なるストレートなら、確かに打ち頃だろう。
二球め、やはり長打を意識しての外角いっぱい。そこから少し内に切れ込んできた。カットボール。
曲がりは小さいが、意外にキレがある――坂田さん、見た目よりずっといい投手だ。判定はまたもストライクで、追い込まれてしまった。
外に一球外して、四球めは少し外寄りにボールがやって来た。ゾーン内なので手を出さざるを得ない。可能な限りミートに徹したバッティングを心掛ける。
インパクトの瞬間、ボールがクイッと小さく落ちた。フォークだ。
ボールの上っ面を叩いた打球は、平凡なショートゴロとなった。
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双方無得点のまま、三回裏の攻撃。恒例の円陣を組んで、みづほの分析を聴く。
「――ボールの回転をよく見て。回転がいちばん掛かってるのがカーブ、逆にほとんど回転しないのがフォーク。空振りの欲しい場面ではフォークを投げることが多いわ。このふたつを中心に狙ってみて」
やや難易度が高い気もするが、やってみるしかないだろう。
ところが、みづほのアドバイスは、福富と船田の一年生コンビには通じたようだ。ふたりともカーブを計ったように狙い打ち、2アウトから連続ヒットで一三塁と、先制のチャンスを作る。打席にはみづほと、願ってもない展開だ。
この序盤で敬遠は、まさかないだろう。
マウンドの坂田さんの気配も勝負する気のようだ。
初球。コントロールに自信のある投手なら、ボール球から入って、じっくり攻めていっただろう。
だが、東大和バッテリーは投げ急いでしまった。ストライクコース内に来たボール――スライダーだったらしい――を、みづほはフルスイングした。
コーン。
鋭いライナーとなった飛球は、左中間を深々と破る。福富生還、一塁ランナーの船田も三塁を回り、ホームイン。2点先制のツーベースヒット。
なおも2アウト二塁のチャンスで、俺に打順が回ってきた。
みづほの提示した坂田さん攻略の糸口は、カーブかフォーク狙いだったな。幸いにも一打席めで、両方の球種を経験している。ボールの縫い目が見えたらフォーク、全然見えなかったらカーブ。そんなイメージをしてみる。
相手はまだ、こっちの狙いには気付いてないらしい。初球カーブで来た。
――なるほど。若干スピードが殺され、回転が多い。ボール。これなら狙えそうだ。
次のカーブは、2ボール1ストライクからの四球めに来た。ポイントを想定し、思い切って振り抜く。
カキーン。打球はレフトオーバー、フェンスに直接当たった。
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この後、松元が二塁打、度会もヒットと続き、2アウトからなんと六連打で4点をもぎ取った。相手バッテリーも、さすがに度会の打席にはこっちのカーブ狙いに気づいて封印したが、度会はもうひとつの狙い球、フォークを巧くすくい上げた。
こうなると、もうこっちのペースだ。
五回裏にも緑陵は集中打をみせて、一挙3点。7対0と突き放す。
六、七回と竹本が危な気なく試合を締め、そのまま七回コールドで東大和東を完封した。
この試合で特筆すべきは、やはり福富と船田の新一二番コンビだろう。ふたり合わせて2安打1四球1犠打。みづほの前にランナーが出ることで、得点力がグンと跳ね上がった。
鉄壁の内野守備に加えて、福富と志田の外野守備は標準以上。投手陣も好調だし、現在のところ、練習通りの成果が出せている。
実力校を大差で降し、来たる強豪との決戦に向けて、緑陵の視界は良好である。




