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俺の幼馴染は甲子園を目指す  作者: かのさん
高校二年生編
92/297

西東京大会三回戦 (VS八王子実業)


 夏の東京都予選、東西合同の開会式が終わり、昨年と同様に女子選手が一同に会し、記念撮影と囲み取材が行われた。

 今年は東西合わせて五人。

 昨年に引き続いて出場する都立広瀬の三年生、かこいさんを中心に、右に初出場の三年生――ふたりとも東東京の選手だ――が並び、左にみづほが寄り添うように、その左にこころが並んだ。

 全員、決意のガッツポーズで撮影を受けている。


 今夏、栫さんはなんとエースナンバーの背番号1をゲットしていた。やっぱりインパクトが違うなぁ、1ケタの背番号は。

「栫さんエースなんて、すごいね」

 みづほに言ったところ、表情を少し曇らせた。

「あたしも愛菜さんに、やりましたね、って言ったの。でもね――」

 実情はかなり厳しく、消去法のエースだったらしい。

 同学年で一緒にピッチャーをしていた藤原さんが、故障で打者転向。現在は、栫さんが先発で行けるとこまで行って、二年生の急造ピッチャーと、一年生ピッチャーに継投して試合を回してるそうだ。

「愛菜さん、ほとんどナックルしか投げないから、五回もつかどうか、なんだって――爪もボロボロになってたけど、これが最後だから頑張る、って言ってた」


「そうか――」

 言葉もなかった。部員の少ないところは、どこも大変だ。

 栫さんは確かに優れたナックルボウラーだが、それ以外の球種が男子相手には厳しいので、どうしてもナックルの連投になってしまう。連戦もある高校野球で、女子の体力でエースを張っていくのは、想像以上にキツいだろうな……


 二回戦の偵察から、マネージャーたちが帰ってきた。赤川さん、青柳さん、それと花の新偵察三人娘だ。

「いやー、花ちゃん居ると、いつもの倍は声掛けられるわ。『君たち、どこの高校? この後予定、空いてる?』とか」

「花ちゃんにはビデオ撮影、覚えてもらいたいんだけどね――群がる男どもの対応が大変」

 花は花で、少しシュンとしてる。

「ごめんなさい、頑張りますから……」


 花の美少女ぶりは緑陵でも大評判らしいから、仕方ないかな。

「でもおかしいよなあ。お前らも同じくらい可愛いのに」

 思ったことを正直に口にしてみる。

「こいつ、本気で言ってるからなあ――アッキのそゆとこは、大好きよっ」

「審美眼は若干狂ってると思うけどねっ」

 ふたりは半笑いのしかめっ面で、チロッと舌を出した。


 みづほ、青柳さん、花の三人でVTRの準備をする――赤川さんが準備すると必ず、身動きできなくなるほどコードが体に巻きつくので、今回は説明役になった。

「三回戦の相手は、八王子実業でーす♪」

 赤川さんが張り切って、ノートを読み始めた。

「エースは三年の小林さん、左のオーバースロー。球種はストレートとカーブまでは分かった――詳しいことは、みづほとゴロちゃんに任せるわ」


 赤川さんを継いで、みづほが発言した。

「キコ、サンキュ。そのとおりよ、落ちるボールも含めてカーブでいいと思う」

「えへへー」

 赤川さんが青柳さんと目を合わせて、得意気に微笑んでる。

「ストレートは130㎞/h台、カーブに自信持ってるみたいね――カーブ中心の配球してる」

「いいカーブだな。左バッターは苦労しそうだ」

 根来の言葉に相槌を打つみづほ。

「内角のボールコースからゾーンに入って来る軌道を取ってるから、腰を引かないで引きつけないと、ね」


 これは対左の苦手な松元は、きっと苦しいだろう。

 度会の出番かも知れないな――そう思い、度会に目配せする。

 度会は俺に気づき、無表情のまま肯いた。




 三回戦、対八王子実業。夏の甲子園に向かう、緑陵の初戦だ。

 スタメンは既にナインには伝えられている。大屋監督は、右投手と左投手でオーダーを使い分けるつもりのようだ。


 1(中)志田

 2(右)福富

 3(二)遠野

 4(遊)秋山

 5(一)野口

 6(三)度会

 7(捕)根来

 8(左)有沢

 9(投)安田


 これが対左用の、守備を意識したオーダーだと思う。打撃を重視するなら船田が入って、度会が外野に回るだろう。

 オーダー発表時に、有沢の目つきが変わった。

 最近は練習試合でも途中出場が多く、スタメンは久しぶりだ。

「――これが最後の試合のつもりで、頑張るよ」

 握り拳を作って呟く有沢の背中を、俺たち二年は次から次へと叩いていった。


 一回裏、緑陵得意の速攻が見事に決まった。

 先頭打者の志田が四球を選ぶと、福富が送りバント。続くみづほが、外角のカーブをライト前に運び、早くも1点先制。

 八王子実はみづほシフトを敷いてこなかった。知識としてあったかも知れないが、あれは球威のある投手が居て、みづほに長打の可能性が少ないと踏んでの守備体系だ。


 さて、大会最初の打席。みづほたちの打撃のお陰で、生のボールにも目が慣れてきた。それと先日のミーティングも合わせて、イメージは既に出来ている。

 そして4番の俺に課せられた仕事は、小林さんのカーブを打ち砕くこと。巧く打って、得意のカーブが通用しないと思わせる事が出来たら、こっちのモノだ。

 みづほはさっき、外角の落ちるカーブを打った。左投げの小林さんの、右打者に対する武器はもうひとつ――内角に抉り込んでくるカーブだ。それをレフト方向へ引っ張るイメージ。


 俺の長打力を意識したのか、外中心の配球だったが、狙いの球は五球めに来た。しかもお誂え向きにコースが少し甘い。

 カキーン。

 腕を畳んでコンパクトに振り抜く。打球は三遊間を破り、レフト前に転がっていった。


 野口が四球で1死満塁。立ち上がりの小林さんは、細かいコントロールがまだ定まってないようだ。

 背番号11の度会と、背番号12の有沢が、ここでいいバッティングを見せた。

 度会はカウントを取りに来たストレートを痛打し、走者一掃の左中間二塁打。根来の進塁打の後、2アウト三塁から有沢は失投を見逃さず、センター前のタイムリーヒットを放った。


 大屋監督の起用、大当たり。一塁ベース上では、有沢が喜びを爆発させていた。

 緑陵の一回裏の攻撃は、打者九人で一挙5得点。これで試合展開が楽になった。


 大量リードを貰って、安田の投球は安定していた。内野ゴロを量産させ、四回を無失点。四回裏の先頭バッターで代打松元が送られ、安田は降板した。

 松元は左投手の小林さんにタイミングが合わず、腰の引けたバッティングでセカンドゴロ。相変わらず対左の弱点は解消できてない。


 1イニングを西井が抑え、六回表からは竹本の登場。ファーストの守備にこころが入り、公式戦デビューとなった。

 サードへの強い打球を、度会がキャッチ、一塁へ転送。それをこころは、得意の180度開脚での捕球を披露し、球場の喝采を浴びた。

 みづほが駆け寄り、こころとグラブでハイタッチする。女子選手同士のこうした風景は、長い高校野球の歴史の中で、間違いなく公式戦初めてだった。


 八王子実の小林さんも二回以降は持ち直し、落ち着いた試合展開になったが、だからこそ初回の5点が効いている。

 六回裏、みづほと俺の連続タイムリーで2点追加、8対0となる。七回表、竹本が最後の打者を三振に切って取り、ゲームセット。

 七回表コールド。ほぼ練習通りに、終始ミスを最小限に留めて試合を進められた、会心の勝利だった。




 片付けが終わりベンチを後にする時に、都立広瀬のナインと出会った。

 これから三回戦の都立広瀬-都立東大和東、勝った方が四回戦で俺たちの相手となる試合が行われる。

 エースの栫さんがみづほを見つけると、タタタッと駆け寄ってきた。

「みづほちゃん、手を握って」

「――愛菜さん……」

 みづほはそう言ったきり、栫さんを見つめながら、差し出された手をギュッと両手で握った。

 栫さんもまた、みづほを見つめる。何か言おうとするが、言葉にならないらしい。

 黙って手と手を取り合ったまま、ふたりでしばらく見つめ合っていた。


「愛菜さん、どうなってる?」

 取材と着替えが終わり、観客席にみづほが戻って来た。

「0対0。栫さんさすがだね、よく頑張ってるよ――広瀬、全然打ててない方が問題かも」

 栫さんのナックルは相変わらず精度が高く、三回まで走者ひとりを出したきりだった。みづほの説明では、栫さんは球速を変化させることで、ナックルに幅をもたせた。従来の超スローボールに加えて、ストレートとほぼ同じ球速の、緩急二種のナックルを現在は投げ分けてるそうだ。

「ナックルの調子さえ良ければ、そうは打たれない筈よ」

 そのナックルを認定試験で簡単に打ってしまったバケモノが約一名、目の前に居るけどな。


 実力校の東大和東を相手に、広瀬も踏ん張っている。とても良いとは言えないチーム状態を、よくここまで立て直した、というべきだろう。

 だが――打線が東大和東のエース、坂田さんに完全に抑え込まれている。継投が必須の広瀬の投手陣では、このままだとジリ貧は避けられないだろう。


 果たして五回表に栫さんが捕まり、均衡が破れた。東大和東打線は、可能な限り粘って球数を投げさせる作戦を採っていたが、70球を越えたあたりから、栫さんの制球が乱れはじめた。連続四球からタイムリーを浴び、さらにスクイズを決められ、2点を失う。


 六回表も栫さんの続投だった。キレも制球も悪くなっていたが、相手は手を緩めず、粘って球数を稼ぐ。

 1アウトからの三球め――ナックルがついに落ちなくなった。

 ただのハーフスピードのストレートと化したボールは、しっかり捉えられ、センターオーバーの二塁打となり、栫さんはここで降板。


 都立広瀬が、明らかにバテていた栫さんを可能な限り引っ張った理由は、すぐに分かった。交代した二年生投手はストレートこそ速いものの、ボールの質がピッチャーのそれではなかった。

 回転のかかってない、いわゆる棒球というヤツだ。

 じわじわとではあるが、確実に差は広がっていく。さらに交代した一年生投手も打ち込まれ、スコアは7対1。コールドを免れるのがやっとで、都立広瀬の夏が、そして栫さんの高校野球が終わりを告げた。


「――帰ろうか」

「うん……」

 みづほがそっと瞼の下を拭っている。栫さんたちとの再戦は叶わなかったが、感傷に浸っている暇はない。

 夏休み早々、数日後には四回戦、東大和東が相手だ。この後みづほと根来には、部室に戻ってビデオ解析をして、翌日のミーティングの準備をする仕事が待っている。


 席を立とうとした、その時だった。

「みづほちゃんっ!」

 どうしてもみづほに最後の挨拶をしたかったのだろう。栫さんがユニフォーム姿のまま、スパイクを脱いだストッキングだけの状態で、応援席に駆けつけてきた。

「――愛菜さん!」

 みづほは栫さんに駆け寄ると、汗と泥で汚れたユニフォームの栫さんを躊躇なく抱きしめた。


 抱きしめられた栫さんの瞳から、滂沱たる涙が溢れ出てくる。もう堪えきれなかったようだ。

「みづほちゃん……ゴメン……ごめんな、さい……」

 後は嗚咽にかき消され、言葉にならなかった。

 みづほもまた、制服が汚れるのも構わず栫さんをギュッと抱きしめ、泣きじゃくっていた。

「ううん……愛菜さん、ううん……」

 ――正直、敗者に掛けてやれる言葉なんか、存在しない。

 そうして抱きしめ合ったまま、心配した広瀬のチームメイトが栫さんを迎えに来るまで、ふたりでいつまでも泣いていた。

 シード校なので三回戦から始まります。都大会は少し特殊ですね。

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