みづほとデート、のようなもの
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「あら、かわいい」
居間に現れたみづほを見て、お袋が思わずという感じで呟いた。
ついさっきまでパジャマのワンピース姿で、お猿の親子みたいにふたり座って、お袋に髪を梳かしてもらってたけど、もう着替えてきたんだ。
袖なしのシンプルなブラウスにライトブルーのスカート。制服っぽく見えるのは、胸のリボンとハイソックスのせいだろう。
実は、みづほは自宅内でも結構、よそ行きの服を着ていることが多い。普段は学校や練習場との往復の毎日なので、おしゃれする暇がないから、だそうだ。
一年を通してスカートを愛用してるのにも、以前から気づいていた。
「みづほはジーンズとか、履かないの?」
「あたしね、お尻が大きくて脚が太いの。それに合わせるとウエストがゆるゆるになっちゃうんだ」
「そんな大きくは見えないけどなあ……」
健康的な、いいラインしてると思うよ。みづほって胸もあるし、ひょっとしてめちゃめちゃスタイルいいんじゃないか?
「ちょっとぉ、あんまり人のお尻ジロジロ見ないでよ。恥ずかしいじゃない」
「ああ、わりぃわりぃ」
「じゃあ、行ってきます」
「遅くなる時は連絡してね」
「夕飯までには戻ると思うよ」
みづほは、今朝作った弁当の入ったトートバッグを持っていた。
「持つよ」
「あ。ありがと」
俺がたくさん食うし、みづほもスポーツ選手なので、普通の女子より食う量は多い。弁当は二人分だが、ずっしりと重かった。醤油のいい匂いが少ししている。
タイタンズ球場までは、電車で数十分てとこで、意外に楽に行けた。
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「わー、立派な球場だね。これが二軍のだから、タイタンズってやっぱ凄いなあ」
ビジター側のベンチ席、試合が観やすい場所を選んで陣取った。
試合まではまだ間があり、フィールドではタイタンズの選手たちが練習をしている。
「プロの練習を観たい」というみづほ立っての希望だ――やっぱり、ふたりきりで来て正解だったかもしれない。安田たちならまだしも、マネージャーの二人は退屈のあまりブウブウ言うだろう。
「うーん。プロの人って、二軍でも凄い球投げるねえ。140㎞/hくらいが、普通なんだね。バッティングも振りが鋭いし、打球めちゃ速いなあ」
みづほの目はグラウンドに釘付けになってる。きっと今頃は球場に降りて、一緒に練習してる視界に入ってるんだろう。こうなると、隣の俺は居ないも同然になる。
それにしても、いい天気だ。初夏の太陽がまぶしく、既に暑いくらい。
「――野球日和だな」
伸びをしながら呟いてみる。野球に没頭してるみづほからの返答は、なかった。
フロンティアーズの選手が球場に入って来て、ファウルゾーンや外野の向こうでランニングしたり、キャッチボールを始めた。
「カイ兄ちゃんは――いたっ!」
ベンチから出てくる兄貴をいち早く見つけたみづほは立ち上がると、ぴょんぴょん跳ねながら大きく手を振った。
「カイ兄ちゃあーん! みづほ、来たよーっ!! 頑張ってねーっ」
試合前の練習時間は、まだ観客もまばら。みづほの大声は球場全体に響いて、スタンドの注目を集めただけじゃなく、グラウンドにいる選手までが振り向いて、みづほを見上げていた。
兄貴がみづほを見つけ、歯を見せてニカーッと笑いながら、親指を立てて、呼び掛けに応える。
その直後、フロンティアーズの先輩選手たちから、次々と連発のラリアットを食らい、周囲の笑いをとっていた。
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「みづほー。さっきの、ずいぶん目立ってたぞ」
「えっ、そう? ――あれくらいしないと、カイ兄ちゃん気づいてくれないと思ったから……」
たまにはみづほも、思い切ったことするなあ。
兄貴のバッティングフォームは相変わらず、あちこちに無駄な力が入りまくっていた。直す必要がないのか、それともコーチに匙を投げられたのか。
プロの練習を観るのは確かに勉強になる。スピードやパワー、シートノック時でのショートのステップとか、観るべきとこは大いにある――いや、あるんだけど、試合開始の三時間前に来ちまったもんだから、さすがに手持ち無沙汰になってきた。
隣に約一名、まったく飽きる気配を見せない野球馬鹿が、居るには居るのだが。
ぐう。俺の腹の虫が泣き始めた。まだ正午にもなってないのを承知で、みづほに声を掛ける。
「みづほ~。なあ、みづほ~。腹がへったよ、お昼にしようよ」
「んー。いいよー……あれ? まだ12時前じゃないの」
生返事した後に腕時計を見て、異議を唱えるみづほ。だがもう遅い。
「へへっ、いただきまーす――おっ、今日はおにぎりか」
光速でおにぎりを取り出し、パクッとひと口齧った、その時だった。
「遠野さん? 遠野みづほさん、ちょっといいかな?」
背後から声がする――ほらぁ、あんな目立つことするから、声掛けられちゃうんだ。事と場合によっては俺が行かなくちゃいけないかな――そう思ってゆっくりと振り返り、声の主を見上げた。
「あっ、桑野さん。こんなとこで、すごい偶然ですね」
ゲッ。元タイタンズの桑野さんじゃないか。みづほは既に立ち上がって挨拶をしている。
「どどどもっ……ゲホゲホ、ゲホッ」
俺も立ち上がって、慌てておにぎりを飲み下そうとして、盛大に喉につっかえた。
「あーあ。ちーちゃん何やってんの――はい、お茶」
*
桑野さんは仕事絡みで、気になるタイタンズの新人を取材に来ていたらしい。
で、スタンドでみづほが大声出してぴょんぴょん跳ねてるのを見つけて、わざわざ会いに来て下さったわけだ。
「あたし、そんなに目立ってたんですか? ――あー恥ずかしい」
「まあ、そのお蔭で、僕も遠野さんに会えたわけだし。それにすごく可愛かったよ。プレーしてる時と全然印象が違うね」
桑野さんの言葉に、みづほは赤くなってモジモジしている。それは俺も同意で、普段のみづほはまったくオーラがなく、普通の女の子と変わりがない。
「そう――秋山選手の応援に来たの。それじゃあ敵同士ということになるね、今日は」
みづほの話によれば、桑野さんは今年も認定試験を観に来て下さったそうで、みづほとはそれ以来の再会らしい。
「あたしたち女子選手にとっては恩人ですから、桑野さんは」
「いやあ、女子がもっと野球に関われるようにって、僕より前に言ってた人が居るんだよ。僕の先輩にあたる人だね」
「今日は、二人で来たの?」
「はい」
「そしたら関係者席で、一緒に試合観ないか?」
「――えええええっ!」
桑野さんの突然のお誘いに、思わず固まる俺たち。
「実はさ、以前見せてもらった遠野さんの研究ノートに、すごく興味を持ってね。遠野さんがどんな観点で野球を視ているのか知りたいんだ――お願いできないかな?」
「いえいえいえっ! あたしなんかが、とんでもないですっ――むしろ桑野さんの野球観を教えていただきたいくらいで……」
うんうん。俺がみづほの立場でも泡食うわ。一流の元プロ相手に野球を語れ、て頼まれてんだから。
「いやいや、遠野さんは普段通りに観戦してくれたら、それでいいから。フリートークで構わないから、いろいろ野球のお話、しましょうよ」
かくて俺たちは、元プロ野球選手と一緒に試合観戦という、滅多にない経験をすることになった。
祝・青木選手スワローズ復帰!
坂口選手の扱いが心配ですが、去年よりは強くなってくれることを信じてます。
文中で桑野氏が「僕の先輩が云々」と語ってるのは、太田幸司氏の「女子高校野球の全国大会を甲子園で開催しよう」という主張を念頭に入れてます。
今夏、女子高校野球の決勝戦も甲子園で開催される運びになるそうですね(#^.^#)




