夏の予選・展望
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毎週末に組まれた練習試合も一段落。ひとりの故障者も脱落者も出すことなく、緑陵野球部は無事に夏のシーズンを迎えた。
間もなく、夏の甲子園に繋がる西東京大会の組み合わせ抽選。来月初めには大会が始まる。
今年の西東京は、二強と言われている。
まず、昨年の秋季大会を準優勝し、春の甲子園のセンバツ大会ベスト8の、都立目野高校。力のある投手、三枚看板に加え、一年生の浅野も充分戦力になる。豊富な投手陣で優勝を狙う。
それに拮抗どころか丸ごと食ってしまいそうな勢いなのが、大日三高だ。1番から9番まで、どこからでも得点の期待できる強力打線が売りで、春季大会はあの帝山を打ち砕き優勝、関東大会ベスト4。
緑陵も練習試合で対戦したが、粉砕された。安田が2巡めに捕まり、六回5失点。代わった西井は通用せず、2対10で八回打ち切りの屈辱的大敗を喫した。
この二校に続くのが、大会屈指の好投手を擁する昨年の優勝校、明王大附属高。打線はやや弱くなったが、紛れもない実力校だ。
わが緑陵は、さらにその次の伏兵的存在といった位置だろうか。優勝、そして甲子園出場が夢ではないところまで、早くもやって来られた気がする。
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チーム作りは、最後の段階に入った。数々の練習試合で培った経験をもとに、主に守備面での熟成を行っている。
打撃は水モノだが、守備は練習が嘘をつかない。特に緑陵は強打者が少ない守備型のチームなので、妥協は許されない。幸い、創部してから一年以上ほぼ同じメンバーで練習を続けてきたので、一年生が入っても破綻はほとんどなかった。
各チーム対策は、どこと当たるか分からないので、現在はサラリと。自分の力を出し切る方が、よっぽど大事だ。
ただ、大日三高戦の大敗には、少しだけ理由がある。
試合前のミーティングで、各バッターの傾向と癖を知りたかったみづほが、安田と根来のバッテリーに、じっくり攻めるよう頼んであったのだ。いろいろ試して球数を増やしてしまった安田は早目に捕まったが、その見返りは確実にあったようだ。
「みづほのデータが、笑っちゃうほど詳しくってさ――こないだのようには打たせないよ」
根来が不敵に笑う。
「知ってるよ。みづほ、『このままじゃ安田くんに申し訳ない』って、あちこちからデータ取り寄せて、家で頑張ってた」
「みづほらしいよな」
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チームの背番号発表は、組み合わせ抽選会の前日だった。全員ベンチ入りは確実だが、無風だった去年と違って、今年は多少の変動が予想された。
数多く組まれた練習試合でも、当初は均等にチャンスが与えられたが、後半になるにつれて、徐々にメンバーも固定されていった。試合をたくさんしたのも、経験を積む目的だけではなく、チーム内での選手間の力関係を知らしめる目的もあったのだろう。
だから、一年生の船田が背番号5を、福富が背番号8を獲得しても、不満の声は表向きはなかった。
レギュラーナンバーを外れた二年生は、昨年と同じ背番号10の竹本は別にして、度会と有沢だった。最近では有沢が一塁、度会が三塁ベースコーチに就くことも多くなっていた。志田はレフトに回り、背番号7。
その他の二年生の六名は、引き続き同じ背番号を背負うことになった。
度会は現在、サード、ファーストの他に、外野の守備練習もしている。
松元が、左投手に対する弱点を克服出来ていない。左投手の登板時には、背番号11の度会にも充分スタメンのチャンスがあった。
松元の代わりに試合に出られるとすれば、度会がそのままライトかレフトを守ることになるだろう。または、船田や野口の代わりに出場することも考えられ、大事なスーパーサブである。
夏の甲子園に向けて、チームの士気は変わらず高かった。
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西東京大会の抽選会。第1シードが大日三高。緑陵は、なんと第2シードだった。春季大会での帝山との接戦が評価されたのだろう。以下、目野、明王大附属……と続く。
夏大会のシード校は、春季大会のベスト16が自動的に選ばれ、三回戦からの登場となる。
今大会のシードは7校。緑陵は、準々決勝で大日桜丘と、準決勝で目野と当たるブロックになった。大日三高は別の山で、決勝まで行かないと当たらない。
「で――五回戦までは、どんなブロック?」
部室で、組み合わせ表とにらめっこ。
「四回戦までは東大和東くらいかなあ――都立広瀬、またこんな近くにあるね」
「え、愛菜さんのとこ? ほんとだ、四回戦で当たるかも知れないのね。何か縁があるなあ」
みづほも感慨深そうに覗き込む。現実的には、広瀬にとって四回戦はきついかも知れないが。
「五回戦は国志館か久我山学院が来るだろうな」
「ああ」
トーナメント戦の性質上、全部勝たないと甲子園には行けない。
「ひとまずは目の前の三回戦だね」
「そしたら、二回戦のここ、あたし偵察行ってくるね」
「待った、みづほ」
赤川さんが呼び止める。
「偵察はあたしたちに任せて。みづほは練習してていいよ」
「花ちゃんも連れてくから、新偵察三人娘、結成ね」
「キコ、紫苑……」
赤川さん青柳さんは、船内泊で伊豆大島まで偵察に行った経験もあるし、青柳さんのビデオ撮影もしっかりしている。花ちゃんはともかく、この二人なら任務遂行に問題はないだろう。
そうだな。大会が始まったら駆け足で日程が詰まってくる。
「みづほには練習にいて欲しいな、やっぱり」
「そうね――キコ、紫苑、よろしく頼むわ」
「任せといて」
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大会前の日曜日は休養日になった。緑陵は効率のいい練習を信条としてるので、時に体を休める日を設定している。
「ちーちゃん、今度の日曜さ、タイタンズ球場でフロンティアーズ戦あるの、知ってる?」
「おっ、そうか。兄貴が来るんだ」
タイタンズ球場は、東京タイタンズの二軍のフランチャイズで、しばしばイースタンの試合をやってる。
昨年のドラフト3位でフロンティアーズに入団した兄貴は、幸い二軍でバリバリ試合に出してもらっている。
専門誌によると「野球は下手だが体力は新人離れ」という評判の兄貴は、打率2割そこそこ、二打席に一回は三振するが、ヒットの半分が長打、3分の1がホームラン、しかも終盤の勝負どころに集中して打ってるという、なかなか魅力的な選手になっていた。
――実の兄貴がプロ野球選手だもんな、成績が気にならないと言えば嘘になる。しっかり調べてたよ……みづほが。
「あたし、カイ兄ちゃんの応援行きたいなあ――ね、一緒にいかない?」
そうだな。鎌ヶ谷は遠いけど、タイタンズ球場のある多摩なら、わりと簡単に行ける。
「いいな。あそこは遊園地もあるから、試合終わったら少し遊ぼう」
「千秋のみんなも、行きたがるかな?」
安田、根来、志田は兄貴と一緒にプレーした間柄だ。そうかもしれないな。
「OK。連絡してみる」
「キコと紫苑も来るかなあ――誘ってみるね」
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安田に早速連絡してみたら、予想外の返信が来た。
>このバカタレが。みづほに誘われたんなら責任とって二人で行って来い
――俺、そんなに怒られるような誘い方、したかなあ。
文面をもう一回確認してみる……特に問題はないと思うが。少し真意を問いただすことにした。
>怒ったならスマン。でも安田も兄貴の応援は行きたいだろ?
>あ、わりい、言い方キツかったか。怒ってるわけじゃねーよ
>俺も応援は行きたいけどさ、でもせっかくの誘いだから、二人きりで行って来いよ
>他のヤツ、誘うんじゃねーぞ! 楽しんでこい
何か、訳の分からん念を押された……
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みづほはみづほで、頚をひねりながら俺の部屋にやって来た。
「うーん……なんか、怒られちゃった」
そう言ってラインを見せる。
>紫苑:みづほのバカバカバカッ! 私たち誘ってる場合じゃないでしょっ!
>キコ:んだんだ
>紫苑:あっきぃ誘ったんなら、責任とってデートしてきなさいよっ!
>キコ:んだんだ
>紫苑:キコからも何か言ってやんなさいよ、んだんだ言ってないで
>キコ:みづほチューしてこい
>みづほ:わかったー
>紫苑:あ、約束ね、必ずチューして来なさい
>キコ:リア充、ばくはーつ
>紫苑:ばくはーつ
>みづほ:いやそっちじゃなくて
「――というわけで、にべもなく断られました」
みづほが申し訳なさそうに、チロッと舌を出した。
「ねえ、ちーちゃん。あたしたちって、馬鹿なの?」
「うーん……何か、そういうことになっちゃったなあ」
「安田くんも紫苑も『責任とれ』だって」
「ただ野球観に行くだけなのに……」
どいつもこいつも、大袈裟に考え過ぎだと正直思う。
「ま、いいや。ふたりで行こうよ」
二人の方が野球に集中できるし、いいかも知れないな。
みづほがにっこり笑った。
「うん。あたし、お弁当作るね」




