レギュラー争い
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うーん、わからん。
みづほの体のことだ。女子が男子に比べて、体調の変動が激しいことは、何となく理解できた。生理痛ってのは想像もつかないが「我慢してる」という言葉を考えると、完全に無事なわけじゃない、てことも。
青柳さんからも、度会からも、気遣ってやれ、と言われた。
でもどうやって気遣えばいいんだろう? だいたい今までそんなの、気付きさえしなかったんだから。まさかみづほ本人に生理かどうか、訊くわけにはいかない。
赤川さん青柳さんもダメだ。質問の内容が内容だけに、下手すりゃ俺の学校生活が終わる。水谷先生は適任かも知れんが、若い女性に変わりはないしなぁ――
というわけで、みづほも親父もいない機会を見計らって、お袋に尋ねてみることにした。
「母さん、ちょっと教えてほしいことがあるんだ」
「あら? 珍しいわね、いつもは話し掛けても生返事の千尋が。なあに?」
ええっ。俺って意外に親不孝モンなのか。
「ええと、その――変な意味で訊くんじゃないんだけど……母さんはさ、みづほが生理の時って、分かる?」
「え!?」
お袋の眉間に、一瞬皺が寄った。
「あんた、何かみづほちゃんに変な事してないだろうね!?」
お袋のあまりの剣幕に、思わず狼狽する。
「いや、あの――こないだ知ったんだ。みづほは生理の時、痛いの我慢して練習してる、って。俺、今までそんなの考えたこともないからさ……みんなから言われたんだ、もっと気遣ってやれって」
「――なんだ、驚かさないでよ……てっきり千尋が――いや、何でもない」
胸を押さえてテーブルに手をつくお袋。
どうして、こんなに取り乱してるんだろう。女子の生理って、そんなにデリケートな話題なのか?
俺にはお袋の反応が分からなかったけど、後で知ったが、男子が女子の生理を気にするのは、相手を妊娠させた時、てのが相場らしい。
とんでもねーぞー、おい。
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「そうねえ――何となくは分かるわよ、同性だもん。気丈に振る舞ってるけど、顔色が悪かったり、会話の反応が遅れたりするから」
「そしたらさ、みづほのそういう時に、俺にそれとなく教えてくれないかな? 練習で無理してるようだったら声掛けてやりたいんだ」
お袋の表情が優しくなった。
「うーん……千尋の気持ちも分かるけど、みづほちゃんにはそういうの、負担に感じるかもねえ。女の子の体のことは、女の子たちに任せていいと思うよ? マネージャーだけじゃなく、顧問も若い女性の先生なんだろ?」
「うん」
「それなら尚更だよ。多分、今までもそれとなく気遣ってたと、思うよ」
「えーと……俺は何すればいいのかな……」
「今までどおり、みづほちゃんに優しくしてやんな。千尋はそれでいいと思う」
「えっと――」
優しくしてたのかな、俺。そんな記憶は特にないんだけど。
「それとね、生理の時は血が失われるから、鉄分が必要になるの。食卓にレバーとか海藻とかホウレンソウとか、そんなのが多くなったら、そうかも知れないと察してあげて」
「え――うん」
「お前が出来ることは、そうねえ――みづほちゃんが他の男子から何か言われた時に、かばってあげてきちんと説明すること。シャンとしなっ! キャプテン」
「お……はい、ありがとうございました」
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六月に入り、制服も夏服になった。
野球部は順調に、強豪との練習試合を消化している。
基本は、土曜に一試合、日曜に一試合。野手はともかく投手が三人しかいないので、それが限界だ。
土曜に安田が、日曜に竹本が先発し、七回までは投げて、西井のリリーフを仰ぐのが基本的なフォーマットだった。
安田の安定した投球内容に比べて、竹本は好不調の波があった。しかし好調時の竹本は、名だたる強豪打線とも充分渡り合えるまで成長していた。
リリーフの西井は一回までは抑えたが、2イニングめには少し打ち込まれることがあり、トータルでは勝ったり負けたり。
夏の予選に向かって、部員の間でも激しいレギュラー競争の真っ最中である。
こうして試合をこなしていくと、チーム内での個人の力量差が徐々に顕れてきて、数多くの練習試合は、それをチーム全体に知らしめる効果もあった。
投手は、竹本も安田と肩を並べるくらいのレベルになったが、エースはやはり安田だろう。安定感が違う。
安田は投球数が多くなると打ち込まれる傾向が相変わらずあり、回が深まった頃にに竹本がリリーフでビシッと締めてくれたら、かなりやれそうな予感がある。
技巧派で変則フォームの安田から、本格派の竹本へのスイッチも、相手の目を惑わせるのに効果的だろう。
西井も、1イニングまでなら中継ぎ抑えに行ける目途も立った。
捕手は、根来に一日の長がある。何と言っても年季の入った安田とのコンビネーションが絶品だ。
君波の打力と長打力は魅力だし、竹本との相性もよさそうだが、レギュラーはまだまだ根来かな、と思う。芦沢は発展途上だろう。
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野手陣は、ラインアップが変わって来そうな雰囲気が濃厚だった。
まず、みづほは絶対に欠かせない人材だ。
センターラインの重要なパーツだし、打撃面でも驚異的な出塁率を誇っている。
三回の攻撃前に円陣を組み、相手投手の調子と狙い球について言及するのは、もはや恒例となった。
ほぼ同様の理由で、ショートの俺も、ほぼ確定。
次に、センター。ここは志田と福富が互角の争い。
志田は足が速いが、どちらかというと器用なタイプじゃなく、練習を重ねてここまで巧くなってきた。
一年間続けてきたセンターラインは息が合ってて捨てがたいが、打撃面では内野安打狙いが主体だ。脚力の割に盗塁が巧くないのも、実状である。
一方、福富は打撃面では志田よりやや上と考えられた。状況判断が的確なのと、足もそこそこ速く、守備範囲が広い。一年生の中では、レギュラーにいちばん近い選手である。左投げなので、センターあるいはライトを守ることになる。
練習試合でも、センター福富、レフト志田。あるいはセンター志田、ライト福富の布陣が多い。外野守備を考えると、このふたりは外せない。
外野の残り一枠が、松元、有沢、さらには梶本と楠城の誰かだ。
そのうち松元は、打線の中軸を担う大事なキーマンだ。ただ左利きなので、福富がライトに入る場合はファーストを守ることになる。
残るポジションが、ファーストとサード。
サードでは、船田のシュアなバッティングが捨てがたい。守備もそつなくこなせており、度会、さらには野口と枠を争う。
ファーストは度会、野口、松元の二年生に加え、こころもレギュラー争いに参入した。守備だけなら遜色ないレベルまで成長したので、課題はバッティングだろう。
こうして緑陵野球部は、レギュラーの座を争って各自切磋琢磨しながら、チームとして纏まりをつけていく段階に進んでいった。




