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俺の幼馴染は甲子園を目指す  作者: かのさん
高校二年生編
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第二回認定試験


 日曜日、試験当日の朝。

 起きて居間に行ってみると、既にみづほは起きていて、朝食と試験用の弁当を作っていた。

「あ、ちーちゃん、おはよ」

 暖かくなってから、みづほはライトブルーのワンピースをパジャマと称して愛用している。サッカー生地と言うらしくサラッとした感じで、着心地がよさそうだ。それにエプロンを着けて、台所に立っていた。

 胸の部分に乳首の形が透けて見えたり、ワンピースの裾から太腿が丸ごと覗いたり、パジャマの下は何も着けてないんじゃないかと思うことが時々あるが、それは訊いちゃいけないという本能が働いている。


「駅まで送っていこうか?」

 朝食時に、そんな言葉がスッと出てきた。

 可能ならば試験を見届けたいと思うが、今年はそれは俺の役目じゃない。

 もうすぐ中間テスト期間となり、部活の時間が制限されるので、今日は野球部にとっても、みっちり練習できる大事な日だ。

 昼から夕方まで練習を行い、グラウンドでみづほたちの帰りを待つ手筈になっていた。


「そう? 嬉しい、ありがとう」

 みづほからも、自然にそんな言葉が出てくる。

 その声からは、何の打算も駆け引きも感じられなかった。素直に俺に送ってもらえる事を喜んでいる。


 単純に幼馴染というだけでは片付けられない関係が、俺とみづほにはあると常々思う。

 みづほの性格に拠るところもあるだろうし、二遊間で長年コンビを組んで、嬉しいこともツラいことも共有してきたのも大きいだろう。

 ――そういや野球で忙しすぎて、兄貴も含めて俺たちには反抗期というものが存在しなかった。みづほに至っては、反抗できる親さえ、今は居ない。


「あ、ごめん」

 朝食が終わり、立ち上がって後片付けをするみづほの尻が、俺にムニョと当たってきた。布越しに伝わってくる、みづほの柔らかな体の感触――やっぱり何も穿いてないような気がした。


「荷物持ってくれて、ありがとうね」

「いや? 全然OK」

 駅までの道を、ふたり並んでゆっくり歩いて行った。

 みづほは愛用の木製バットと、予備に練習用の竹バットをケースに容れて担いでいる。みづほがバットを折ることは非常に少なく、バットコントロール技術の確かさが、ここでも証明される。

 俺はといえば、みづほの野球道具一式が入ったスポーツバッグを肩に掛けていた。


「こころ、大丈夫だよね?」

「大丈夫だって、みづほ言ってたじゃないか」

「そうだよね――こころ、大丈夫だよね」

 こんな会話を何度繰り返しただろう。どうせこころの前では、大丈夫よ、平常心で行きましょ、なんて、頼れる師匠を演じるんだろう。


 何かリラックスできる話でもしてやりたいけど――そうだ。

「みづほ、こないだこころと一緒にプロ野球行っただろ? どうだった?」

 昨年秋から始めた、みづほのプロ野球観戦特訓は、実はまだ続いている。

 年間シートを提供してくれた親父の取引先の社長が、みづほの活躍に気をよくして、卒業まで自由に使っていいよ、と気前よく全面的に譲ってくれたのだ。

 お蔭で神宮の杜球場でのドルフィンズ主催試合は、みづほは誰かを連れて、いつでも観に行くことができるようになった。

 みづほは観客席に居ながらにして、神宮の打席に立ったり、セカンドの守備に就いたりできる「視界」を持っているので、観戦という体験が、そのままダイレクトに試合出場と同等の経験値を得るのだ。


「あー。シーズン始まってから、なんやかんやで二回しか行けてないもんねー。せっかく譲ってもらったのに、申し訳ないよねえ――いつも通り、やらかしちゃった。試合に熱中しすぎて、こころ置き去り」

 確かドルフィンズが3安打完封食らった試合だよな。

「試合自体は詰まらなくなかったか?」

「全然。ダンソン投手のカットボール、すっごい角度で来るのよねー、しかもストレートとほぼ同じ球速で。ゾクゾクしちゃった。菊谷選手の守備は――凄いとしかいいようがないね、あれはとても真似できないよ、反射神経が違いすぎるもん」

 おお、なんだか調子に乗ってきた。

「こころには、分かり易く解説したつもりだったけど、実になってくれてたらいいな……特訓の成果で基礎は出来てきたから、力通りにやれたら……ねえ、こころ大丈夫だと思う?」


 12回目の大丈夫だよ、をみづほに言ったところで、駅に着いた。

「じゃあ、みづほ――いつも通り、やってこい」

「うん」

 渡されたスポーツバックを肩に掛けたみづほは、俺と向き合ったまま、なんだかモジモジしている。

「――ちー、ちゃん」

「どうした?」

「おまじない、してくれる? 合格できるおまじない」


 おまじない?

 前触れもなくそんなことを言われた俺は、戸惑うしかなかった。

「おまじない、つってもなあ――俺は何すりゃいいんだ?」

「んーと……ギュッ、てして」

「却下」

 こんな人目のあるとこで、何させるつもりだ。俺を社会的に抹殺する気か。

「じゃあ、じゃあ……手を、握って?」

「そんならいいや」


 俺が右手を差し出すと、みづほは目をつぶりながら、両手で俺の手をギュッと握ってきた。

 かるく俯いて目をつぶったまま、じっと動かない――おそらく、自分の合格よりこころの合格を強く念じているんだろう。

「ふう」

 思わず、かるく息を吐く――仕方がないな。

 握られてない方の左手を、みづほの頭の上に置く。

 少しだけ驚いたようにビクッとしたみづほは、目を閉じたまま、うっすらと口角が上がり、やがて満面の笑みを浮かべた。


 握られた右手を握り返し、左手でみづほの頭を撫でながら、俺はおまじないをした。

「みづほとこころが、試験に受かりますように――これでいいか?」

「うん――ありがと」

 ようやく目を開いたみづほは、笑った表情のまま、人差し指で下瞼をそっと拭いた。




「じゃあ、行ってくるね」

「ああ」

 改札口を見ると、みづほに手を振ってる人がいる――青柳さんじゃないか?

「いやぁ、朝からラブラブなとこ、拝見しましたよー。ご馳走様っ」

「ししし紫苑っ!? いつからそこにいたの?」

「いつから、って――ふたりが駅に着いたとこから、ずっと」

 参った。全部見られてたのか。


「紫苑は、試験についてく予定じゃなかったよな?」

「うん、急遽決まったの。智ちゃん先生から、ビデオ撮影頼まれて――ついでにみづほがちょっと心配だったから、迎えに来たのよ」

 心配って――待ち合わせの駅は、たったのふたつ先だぞ。


「――みづほ、もう大丈夫?」

「うん、きっちり昨日、終わってた。全然痛くないよ」

「そう。それならよかった」

「ちょっと焦ったよー、ギリギリだったもん。こんなの慣れっこだけど」

 ――いったい、何の話だ?


「あっきぃ……一緒に住んでて、全然気づかないの? 男ってしょうがないわね」

 呆れたような視線を、青柳さんに向けられる。だから何なんだ、ての。

「仕方ないよ、紫苑。そんなの言ったことないから――ちーちゃん、あのね、女の子の日だったの」

「女の子の……って、何それ?」

 みづほの頬が真っ赤に染まる。それを見た青柳さんの声が、やや荒くなった。

「あーっ、この鈍感男! みづほはね、先週ずっと生理が来てたのっ!!」


 あ……気まずい空気が流れた。

 そうか――全然そんな素振りなかったし、俺も気にかけてもいなかったけど……

 みづほも、女の子だもんな。

「ごめん……マジで、ごめん」

 何だか知らないけど、いろいろ謝らなくちゃいけないような気がした。


「謝ることじゃないよ――気にしないで。下腹が少しシクシクするくらいで、あたし今までも普通に野球できてたから」

 えっ、今までも――ということは、みづほはずっとそんな感じで野球続けてたのか……

 女子って、ホントに大変なことが多いんだな。

「あっ、いけなーい。もうこんな時間。ちーちゃんありがと。じゃ、ね」

「ああ、気をつけてな」

「女の子の事、もうちょっと勉強しなさいよー、みづほの為にも」

「だから紫苑のソレ、訳わかんないよー」


 改札を遠ざかっていく間にも、みづほと青柳さんの会話は続いていた。

「私、みづほのアレが軽いなんて信用してないからね。みづほの我慢強さは異常なのよ、骨にヒビ入っても野球してたじゃない」

「うーん、でも全然我慢できるよ? 大丈夫だから」

「――我慢、て言うこと自体、痛い証拠じゃないのっ。自分の体、もっと大事にしなよー」

「うーん……そしたら、何かあったら頼むわ、紫苑」

「当り前じゃないのっ!」


 ――みづほは友達が少ない、って聞いてたけど、その質は誇っていいと思う。




 女の子のこと、何も知らないで、青柳さんに叱責を受けてしまった。

 何もかも知る必要はないが、みづほと一緒に住む以上、最低限の気遣いは要るだろうと反省した。

「というわけで、さ、度会――」

「だから何で俺なんだよっ、俺が女性の生理のこと、熟知してるとでも思ったのか?」

「うん」


 度会は、部室の棚から『女性とスポーツ』という本を取り出してきた。

「うちは、みづほもこころも頑張ってるからな。水谷先生は頼れる人だけど、主将のお前もある程度知っといた方がいいだろ。これ読むといいよ」

「度会……お前、本とか読むんか?」

 俺の発言の意味が分からず、一瞬キョトンとする度会。しばらくして度会の目が点になる。

「――つか、秋山お前、本読んだことないんか、ひょっとして!?」

「ああ。字の書いてあるもんは、苦手だ」

「マジかよ……しょうがねえなあ」

 度会はブツブツ言いながら本を開き、解説してくれた。


 結構難しそうな本なのに、度会の説明は分かり易く、期待通り詳しかった――やっぱ、女子って大変なんだな。

 生理痛が重いと満足に動けなかったり、出血が多いと貧血で倒れたりする事もあるらしい。

「――それに、あんまりハードに鍛えすぎると、生理自体が来なくなることもあるらしいぞ」

「いや、勉強になった――マジでサンキュ、女体マスター」

「お前、なぁ……とにかくみづほは天才だけど、中身は普通の女の子なんだ。あまりにスペックが凄くて、時々忘れそうになるけどな。いちばん近いお前が気遣ってやれ」

「ああ、そうする」


 練習も終わりに差しかかった頃に、認定試験に行ってた女子たちが学校に帰ってきた。

 みづほもこころも、青柳さんも、目を真っ赤にして泣き腫らした顔をしている――これが試験結果にまったく関係ないのは、去年で学習済みだった。

「うん。みづほは凄かったし、こころちゃんも頑張ってたよ――参ったわ。試験が終わるか終わらないかの内に、みづほがこころちゃんに抱きついて号泣するんだもん。受験した女子はみんな泣きじゃくってるし、私もそれ見て、ちょっと――ね」


 青柳さんの説明を聞くまでもなく、特に三年生は落ちたら即アウトの、ハンパないプレッシャーの中で、持ってる力を出し切ることが要求される、過酷な試験だ。

 終わった瞬間に緊張の糸がほぐれて、ひとり残らず泣き出すのも無理はなかった。

 みづほ自身は合格が約束された立場ではあったが、こころのプレーの一挙一動が気が気ではなかったのだろう。


 後でビデオを見せてもらったが、こころは上々の出来だった。一次は50m走が自己ベスト更新の7秒4、遠投も70mをクリア。守備はみづほ仕込みの、堅実な、しかし無駄のない動きをしてたし、一塁手での180度開脚捕球もバッチリだった。

 打撃ではヒット性の当たりは少なかったが、体幹強化の成果で、外野まで打球を飛ばせていた。

 これなら、合格の可能性は高いだろう。


 みづほVS三年生のナックルボーラー、栫さんの対戦映像もあった。

「愛菜さんはナックルだけで勝負するピッチャーだから、ストライクを投げなくちゃいけないのよね。もうひとつ、勝負できる球種があるといいんだけど」

 キレのいいナックルを投げ続ける栫さんに対して、みづほはボール、ストライクと見送り、三球めは球筋とタイミングを見極めるように、ファウル。四球めにジャストミートのセンター前ヒットと、漫画でよく見るパターンで、あっさり勝負がついていた。


 テスト期間の部活制限が解除され、数日して認定試験の結果が届いた。

 去年のみづほと同様、部室のみんなの前で、合格者の名前を読み上げるこころ。その中に、みづほと共にこころの名前があり、おおきな歓声が室内に響き渡った。

「おめでとう、こころ――よかった……よかった……」

 全員の名前を読み終わらないうちに、みづほがこころに飛びつかんばかりに抱きつき、わんわん泣き出した。喜ぶ機会をすっかり奪われてしまったこころは、少し戸惑っていたが、やがてみづほを抱きしめて背中と頭を撫でた。

「みづほさん……ありがとうございました……」

 ふたりのそんな様子は、泣きじゃくるみづほをこころがあやしてるようにしか見えず、どっちが先輩だか分かんなかった。


 今年の東京都の合格者は、みづほと栫さんを含めて五名。一年生の合格者は、こころだけだった。

 同時期に行われた埼玉県、神奈川県の認定試験も、合格者はわずかに二名ずつ。

 高校野球の公式戦出場が女子にとって狭き門なのは、変わりがなかった。

 タイトルが試験なのに、試験の描写は付け足しくらいです(失礼)。

 女性の体とスポーツの関係については、書く機会を模索していたとこで、いいタイミングだと思って書きました。

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