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俺の幼馴染は甲子園を目指す  作者: かのさん
高校二年生編
84/297

こころの特訓


 春季大会はベスト4という最高の結果を残せた。

 これから一年の有望選手たちも加わり、更に戦力の充実が見込まれる。

 いよいよ、本格的に甲子園を狙える位置に来た、と思えるのだが――


 反省会での大屋監督のコメントは、辛辣だった。

「このままでは、優勝はキビしいでしょう」

 理由は明白だ。宇田川さんや河原さんといったトップクラスの好投手に、俺たちは手も足も出なかった。

 河原さんからは、野口のホームランで勝てたものの、わずか2安打。

 宇田川さんからは4安打、その内みづほが3安打。チャンスで三者連続三球三振という屈辱も味わった。


 ディフェンス面でも、内野はかなりの成果を見せたが、外野の守備に課題を残している。センターの志田がよくカバーしているが、両翼の松元に有沢は、守備範囲が広いとは言えない。


 反省点を踏まえて、いろんな意見が出た。

 個々の力量を上げる、小技や機動力を絡める、ボールの見極めをよくする、などなど。

「すべて正解です。全員野球で強敵に当たるという意見も出たけど、漠然としたモノに感じるかもしれないけど、それも正解。問題は、それらの全てを夏までにどこまで仕上げられるか、ということ。時間は意外にないですよ」


 どうすれはいいかな。俺たちに少し考える時間を与えてから、監督がおもむろに口を開いた。

「地道な練習を続けながら、経験を積むこと――今こそ、たくさん試合をする時です」

 聞くと、既に明王や目野といった西東京の強豪から、練習試合のオファーが来ているそうだ。


 ゴールデンウィークとテスト期間を挟んで、こころの認定試験までは体作りと基礎練習を中心に。

 五月中旬以降は、週末に練習試合を最低ふたつは行い、試合勘を高めていく方針となった。




 大まかに一年と二年の班に分かれ、一年は終日、体作りと基礎練習に明け暮れた。キツいし詰まらない筈の練習なのだが、誰も嫌な顔ひとつしないのは、こころの上達ぶりを目の当たりにしたからだ。

 野球部の練習にまったくついて行けなかったこころが、約二週間の別メニューで、見違えるように動けるようになっていた。バットも以前より、全然振れている。

「体幹を強化してるから、体の軸がブレなくなってるのね。認定試験まで残り一ヵ月足らず、引き続き体幹強化と、これからはスピードとパワーを上げるメニューも加えていくわよ」

 水谷先生が張り切っている。


 もっと張り切ってるのは、みづほだ。

「試験で評価されてたのは、バッティングよりも守備かな。特にプレーの安定性と、判断の早さ、的確さが重要だと思う。体作り終わったら、ステップの反復練習するからね――捕球だけじゃなく、送球する時にも必要なの、ステップは」

「はい」

 こころはこれから、憧れのみづほから個人教授を受けられるので、ニコニコしている。


「こころはずるいなあ、みづほさん独り占めで。俺もみづほさんから直接、野球を教わりたいよ」

 船田がこころを、かるく肘で小突く。多分、本心だろう。船田は内野手で守備位置が被るし、シニア時代にみづほの実力は熟知している。

「ゴメンね、船田くん。こころちゃんは試験に受からないと、スタートラインにすら立てないの。時間が合ったら、一緒にやろうね」

「えへへー、悪いね、ふなだー」

 満面の笑みで応えるこころに、みづほが話し掛ける。

「本格的な打撃練習や守備練習は、試験の二週前――ううん、十日前からで間に合うから、それまではひたすら体作りと基礎練習ね。硬球の速さを、しっかりイメージすること。真奈美さんが、プロテインはちみつヨーグルトとお丸を用意してくれるって言ってたから、筋肉痛でまともに動けなくても、しっかり食べてしっかり出してね」

「うぇ」

 笑顔のまま、こころの表情が凍りついた。


 俺たちの練習が一段落ついて、こころの練習を覗きに行ったら、案の定エラいことになってた。

 こころは、シャドーの守備練習をしていた。転がってくる架空のボールをイメージして拾い上げ送球する一連の動作を、延々と二時間は続けているらしい。

「そうそう、体を小刻みに動かしてスタンバイ――投げた――打った、右!」

 みづほの声に反応してステップを刻み、バウンドを合わせるこころ。見えないボールを捕球し、ワンステップで送球する――おお。なかなかいいんじゃないか。

 少し驚いたのが、こころの顔が涙と鼻水でぐしょぐしょだった事。ここまで仕上げるのに、いったいどれほどの険しい道のりを進んで来たんだろう。


「アッキ」

 赤川さんと青柳さんがそっと話し掛けてくる。

「みづほ、はっきり言って鬼よ――妥協しない人間て、マジ怖い」

 そう言いながら、ふたりは練習風景の再現ドラマを演じてくれた。


 こころ役の赤川さんがシャドーをすると、みづほ役の青柳さんが制止する。

「ストップ。こころちゃん、ボールをしっかりイメージ出来てる? どんなセカンドゴロをイメージしてるの?」

「ええと、普通の平凡なセカンドゴロを――」

 みづほ役の青柳さんが、やれやれという風にため息をつく。

「あのねこころちゃん。普通のセカンドゴロって、存在しないの。少し詰まり気味なのか芯に当たってるのか、あとはグラウンドの乾き具合によっても、打球のバウンドも速さも変わってくるわね。もう一回訊くわ、こころちゃんがイメージするのは、どんなセカンドゴロ?」


「というのから始まって――」

 赤川さんのナレーションが挿入される。


「うりゃ」

「ダメ。それじゃグラブの土手に当たってる。お手玉してるわよ、それじゃ」

「そりゃ」

「ダメ。左足の爪先、しっかりファーストに向けて。安定した送球できないよ」

「もういっちょ」

「ダメ。迷ったら前に出るのが鉄則」

 こころがシャドーをする度に、みづほの優しく穏やかな、しかし容赦のないダメ出しが続いたようだ。


「というのが、かれこれ100回ほど――」

 うーん、そりゃツラいなあ。こころだって全くの初心者なわけじゃないし、基礎の入り口でこれだけダメ出し食らうと、今までの自分を完全否定されたような気分だろう。


「しまいには、こころちゃん泣いちゃって」

「ふえええん」

 こころ役の赤川さんが泣き真似をする。それを見る青柳さんの、みづほの顔真似が異様に上手く、思わず吹き出しそうになった。確かにみづほ、困った時そんな顔するわ。

「こころ、ちゃん――泣いてて野球、巧くなると思う?」

「しくしくぐっすん、いいえ」

「そうよね。巧くいかないからって泣いてちゃ、ダメ。試験に落ちたらもっと泣くことになるんだから」

「ぐすん、ぐすん、はい。えーんえーん」

「あたし、泣いたりしないわ。野球に集中しよ」


「とまあ、こんな感じなの」

「よく言うわよねー泣き虫みづほのくせにー」

 うーん……まあ、厳しさは何となく伝わってきた。


「よし。いいわね、良くなってきたわよ」

 ふたりの寸劇などまったく意に介さず、みづほはこころの一挙一動をチェックしていた。

 ようやく出たみづほのOKに、こころが明らかにホッとした表情を見せる。

「今のを10回続けてくれる? 出来たら休憩にしましょ」

 そんなみづほの言葉に、こころの顔が歪み、ゆっくりと膝から崩れ落ちた。




 精神的にはもちろん、肉体的にもこころは限界だったようだ。

 赤川さん、青柳さんに両肩を担がれ、退場するこころ。

 みづほはと言えば、練習場に座り込んだまま、放心状態でその様子を見つめていた。


「みづほ、お疲れ」

 すっかり消耗しきって動けなくなってるみづほの肩を叩き、ドリンクを渡した。

 みづほのことだ、二時間以上、ずっと集中しっ放しだったんだろう。

「――あ、ちーちゃん居たんだ。ありがと」

 ようやく周りが見えてきたらしく、弱々しい笑顔を見せた。


「――あたし、大それたことしちゃってるかもしんない……人を教えるなんてさ、あたし自身がまだそんなレベルにないや――」

 少しずつドリンクを飲みながら、みづほが呟きはじめた。

「こころちゃんのいいとこをどんどん引き出していきたいのに、気がついたらあたしがいちばんいいと思う方法を押しつけちゃってる――体重移動のタイミングとか、この瞬間に使うべき筋肉とか、こうしたらもっといいのに、って……」

「みづほ――」

「しかも悪いことにさ、その全部をいっぺんに伝えたくなっちゃって、伝えるべき言葉を、あたしが持ってない――教える側がこれじゃあ、こころちゃんもパニックになっちゃうよね」

 気がついたら、みづほの頬を涙が伝っていた。

「こころちゃん、泣かしちゃった……」


 しくしく泣いているみづほの背中をさすってやるしか、俺には出来なかった。

「そうだな、こころはこころ。野球が巧くなれば、それでいいんだ。みづほのコピーを作る必要はないよな」

「……」

「でもさ、今やってることは基礎の基礎だから、そこを固めるのが重要って、みづほも思ったんだろ? それならとことんやらせるべきだよ」

「――ちーちゃんも、そう思う?」

「うん。何より、いったん師匠を志願したんだ、みづほはもう途中で逃げ出せないよ。全部見せるくらいのつもりでぶつかって、こころを育てていきなよ」


「あーっ、やっぱり泣いてるーっ」

 練習場に戻ってきた青柳さんがみづほを見つけた第一声が、それだった。

「紫苑――な……泣いてないわよぅ」

 慌てて頬の涙を拭くみづほ――いや、もうバレバレだから。


「こころはどうしてる?」

「あっきぃ、お疲れ。こころちゃんはキコと花ちゃんで、シャワー浴びさせてマッサージしてるとこ。三人ほとんど裸で組んずほぐれつしてて、結構な百合風景よ」

 すぐに青柳さんはみづほに向き直り、話しはじめた。

「みづほ。ツラいのは分かってるんだから。あんたみたいな子が心を鬼にして後輩シゴいて、心にダメージ負わない筈ないんだから――どうしてひとりで我慢しちゃうの?」

「えっ……?」

 座り込んだまま、青柳さんを見上げるみづほ。


「チームメイトなんだから、そんな苦しみひとりで抱えないで、私たちにぶつけなさいよ――こうして、抱きしめてあげるんだから」

 そう言うと青柳さんは、みづほを強く抱きしめた。

 青柳さんの胸に顔を埋めたみづほは、しばらくじっとしていたが、やがて背中が小刻みに震えはじめた。始めは遠慮がちな嗚咽だったのが、その声は次第に大きくなり、青柳さんにすがる様にして、大声で泣き出した。


「みづほ、どんどん泣きなさいよ――この、泣き虫……」

 青柳さんは、泣きじゃくるみづほを抱きしめながら、頭をいつまでも優しく撫でていた。




 特訓初日の夜は、こころは何とか動けていた。元々、大会期間中の別メニューで、体もある程度作れていたせいだろう。みづほは居残り練習を志願し、学校に残った。

 しかし、最寄り駅にスクールバスから降りてきたこころは、やっぱり心なしか足腰がガクガクしていた。

「いやっ、大丈夫っすよ、歩いて帰れます」

「無理すんなよ、こころ。明日も特訓あるんだろ?」

 俺に肩を借りる形で、下宿先のうさぎやまで歩く。今のこころにとっては、うさぎやまでの数分の道のりが、もはやツラいようだ。

「あたし、どこまでもついて行きますよー。絶対受かってみせますから」

 憔悴しきっていても、こころの眼は爛々と輝いていた。


 うさぎやは、喫茶店は既に閉まっていて、店先で真奈美さんが俺たちを待っていた。

「お帰りなさい――まあ、しっかりシゴかれて来たようですね。こころさん、ご飯の用意出来てるわよ」

 真奈美さんは、俺からこころを受け取ると、こころの体を軽々と肩に担ぎあげた。

「よいしょ、っと」

「うわあ、真奈美さん、チョー豪傑」

 なんつー怪力だ。


 真奈美さんはもう片方の空いてる手でこころの荷物を持つと、こころを担ぎ上げたまま、荷物を持った手でバイバイをした。

「みなさん、ありがとう。後は任せてくださいね、お休みなさい、明日もよろしくお願いします」

「おやすみ……」

「……なさい……」

 そして口あんぐりの俺たちを残して、うさぎやの中に消えていった。


 次の日の練習、みづほは体操着の上下でグラウンドに現れた。ストッキングにスパイクは野球用のモノを履いてるので、少し変な恰好だ。

 全体のウォームアップ、個別の体作りメニューが終わり、みづほとこころの特訓開始の段になって、みづほがおかしなことをし始めた。

 ベンチ裏で、体操服を脱ぎ始めたのだ。


「みづほ……お前、何やってんの――?」

 思わず目を点にして訊く俺に、みづほが微笑んで応える。

「ちーちゃん、『全部見せるくらいのつもりで』て言ってくれたじゃない。あたし考えたけど、文字通りあたしの全部を見せて、教えることにしたの」

 そういうみづほの恰好は、ほとんど裸だ。多分わざと選んだちいさめのスポーツブラに、ほとんどTバックのアンダーサポーターだけ。ストッキングとスパイクはそのままだから、これで野球やるなんて、どこのエロ小僧の妄想だよ、と思いたくなる。


「裸の方が、さ……筋肉の動きとか、重心のかけ方とか、分かり易いと思うんだよね――これで今日は、やってみるつもり」

 そう言うとみづほはその恰好のまま、室内練習場に駈けて行った――当然のように、女子の黄色い悲鳴に混じって、ギャーという野太い悲鳴が聞こえてきた。

 ――確か、安田と根来が練習してなかったか? 室内練習場で。

 すぐにふたりが、顔を真っ赤にしながらグラウンドに避難してきた。

「事情は分かったけどよー。まったく、あらかじめ話しておいてくれってんだ――試合ん時より動揺しちまったぜ」


 なんでも、みづほの申し出に感激したこころが「あたしも脱ぎます」と、言ったとか言わなかったとか。

 かくして、ふたりの特訓中は、室内練習場は男子立ち入り禁止となった。

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