『うさぎや』での女子会
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「みづほー」
学校に戻って試合の後片付けをしていると、赤川さんに呼び止められた。みづほに用があるらしい。
「これ終わったらさ、うさぎや行こ? 試合で疲れてなければ、だけど」
それを聞いたみづほが、今日いちばんの笑顔を見せた。
「もちろん行くわよー。疲れてる時こそ甘いの補給しないと――ね、ちーちゃんも一緒に行こ?」
えっ。
こっちにまさかのパスが回されて、少し慌てる。
『うさぎや』てのは最寄り駅の近くにある古くからの喫茶店で、かつては桜陽女子高の、学生御用達の店だったそうだ。
緑陵に校名が変わり移転してその役目を終えたかに見えたが、スクールバスが最寄り駅まで通るので、学校帰りや部活帰りの女子を中心に、以前と変わらぬ賑わいを続けている。
うさぎやのオーナーは桜陽女子の卒業生だそうで、女子専用のちいさな下宿屋も兼ねていた。実はこころの下宿先で、現在うさぎやはこころの自宅でもあるわけだ。桜陽が移転消滅しても、うさぎやが潰れないもう一つの理由がそれだった。ちなみにマスター兼管理人は若いお姉さんで、やはり桜陽のOGだそうな。
「パフェ~♪ チョコいっぱいのパフェ~♪」
みづほが出鱈目な歌を唄いながら作業している。どうやら行く気満々だし、俺が断るなぞ夢にも思ってないらしい。
「えっ、俺も行くの? あそこ女子ばっかりだぞ」
「だから頼んでんだよ、度会。俺をひとりにさせないでくれ」
半ば無理やり度会を誘って、野球部の女子会にお邪魔する恰好になった。
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「ただいまー」
「こころさん、おかえりなさい――あら珍しい、男子のお客さんね。野球部の方?」
我が家に帰るようなノリでうさぎやのドアを開けるこころたちを、マスターのお姉さん――真奈美さんと呼ばれていた――がカウンターから出迎える。メイド風のドレスを着た、お淑やかな感じの人だ。
「はい、一個上の先輩たちっす。主将の秋山さんに、度会さん」
こころが答えながら、制服の上にエプロンを着けて可愛い帽子を被り、カウンターに入って洗い物を始めた。
「よよ、よろしくお願いしまっす」
真奈美さんから全開バリバリに出てる、乙女オーラに気圧されながら、俺たちはぎこちない挨拶をした。そんな俺たちを見て、真奈美さんはにっこり笑う。
「ここは桜陽の――今は緑陵だけど――庭みたいなとこですから、ゆっくりくつろいで下さいね」
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うさぎやには一定のルールみたいなモノがあるらしく、女子たちは注文したカフェオレやパフェが出来るまで、カウンター近くで水を注いだりお喋りしたりしてるが、カウンターの中で作業をしてるのは、真奈美さんにこころ、あともうひとりの下宿生――雫という、後で聞いたら同じ学年だった――だけだった。
みづほら二年生は既に常連なので、手慣れた感じでお冷やを注いで、居心地悪く座っている俺と度会の元へ持って来る。
「もっとリラックスしてていいのに」
「何か、場違い感がすごくってね――俺をここに連れてきたってことは、話でもあるの?」
厨房を見ると、花ちゃんがカウンターにへばり付いて、こころがパフェを作ってるのを興味深そうに見つめていた。
「大したことじゃないのよ――前にも言ってたでしょ、大会が終わったらあたし、認定試験まではこころちゃんに付きっきりになるから。しばらくあたしは別メニューでお願いします」
ああ、それは以前も聞いたし、監督と水谷先生の了承も既に貰っている。
「で、ね。練習終わったらこころちゃん動けなくなるかもだから、ここまで送り届けるの、男子に手伝ってほしいの」
ええとそれはつまり、スクールバスの最終便に押し込んで、最寄り駅まで先回りし、そこからうさぎやまで担いでくる手筈になるかな……
「さすがちーちゃん。ありがとう、よろしく」
「真奈美さーん、雫。そんなわけでこころちゃんは、しばらくお店手伝えないと思うの。よろしくお願いします」
みづほがカウンターの真奈美さんたちに声を掛けた。
「おっけ」
「はい、分かりました――こころさんを鍛えるの、私も手伝いましょうか?」
「いや、それはさすがに……死んじゃうと思います」
苦笑するこころの額に青線が入ってる。なんでも真奈美さんは空手の達人で、近所の道場で師範代をしているそうだ。総合格闘技の経験もあるらしい。
普段の大人しそうな物腰からは、とても想像できない。
「元祖天才少女なのよ、真奈美さんは。今じゃ天才少女はみづほの代名詞だけど」
青柳さんの言葉に、真奈美さんとみづほはふたりとも頬を赤らめた。そういやこの二人、どことなく雰囲気が似てるな――どことなく、だけど。
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「チョコパフェできたよーっ」
「アイスカフェオレ人数分、上がりました」
「わーいっ」
雫さんと真奈美さんの声に、女子たちがカウンターに群がる。俺と度会も席を立ち、品物を取りに行った。
ずらっと並んだ人数分のアイスカフェオレにチョコパフェは、なかなかの壮観だ。ともに立派なボリュームがあって、これでふたつ合わせて550円は――
「メチャメチャ安いよな」
「だよな」
度会と顔を見合わせる。儲け度外視の学生価格なんだろう。
チョコパフェは数えてみたら、九人前ある。真奈美さんと雫さんが当たり前のように、パフェをひとつずつ持って来て俺たちの席に一緒に座り、パフェをつつき始めた。
「いただきまぁす――で、みづほさんの彼氏ってどっちの方かしら?」
ブッ。
真奈美さんの言葉に、飲みかけのカフェオレを吹いてしまった。
「こっちー」
赤川さんがニコニコして俺を指差す。
「キコ、お前なぁ……」
「だから彼氏とかじゃなくって、ただの幼馴染なんだから――」
「そうよね、物事は正確に言わなきゃ。あっきぃとみづほは、夫婦よ。もう同棲してるんだから」
みづほの釈明を制して、青柳さんがシャレにならんことを言い出した。
お前ら、うさぎやで日頃どんな話してんだよっ!
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「えっ、緑陵の校則って、結婚OKなんですか? そしたらみづほさん、苗字は遠野のままでいいのかしら?」
「いいに決まってるじゃないですかっ、結婚なんかしてませんっ!」
どうしてそんな冗談、簡単に信じるんですかっ、真奈美さんは。
校則で結婚OKなんて、どこからそんな発想生まれるんだ? ひょっとしてこの人、相当な天然かもしれない。
「それに同棲じゃなくって、あたしん家の都合でちーちゃん家に一時引き取られてるだけで――」
「こないだ裸見られたって、みづほ嬉しそうに話してたよね」
「しーおーんー」
珍しくみづほが取り乱して、青柳さんの首を絞めている。
「きゃー、暴力はんたぁーい」
みんなでキャッキャッと楽しそうだ。
「秋山お前、みづほと一緒に住んでんのか? 初耳だったぞ」
度会が俺の顔を覗き込んできた。
「――そう吹聴するようなことじゃないし。話す機会がなかっただけだよ」
「ええと、花さんが好きな殿方は、今日ここにはいらしてないんですね」
「えええええっ」
いきなり話を振られた花ちゃんが、今度は狼狽する番だった。
「それから、キコさんが狙ってる方って――」
「わーっ、わーっ! 真奈美さん、これ以上しゃべるの、禁止ーっ!!」
*
うさぎやを辞去した時には、もう陽が傾きかかっていた。俺たちが駅前に着くか着かないかのタイミングで、黒塗りのハイヤーがロータリーにスッと停まって、花ちゃんを迎えた。
「では、ごきげんよう」
心なしかお嬢様っぽい顔つきになって、花ちゃんは車の窓越しから手を振った。
「ああ、明後日な。練習前に試合の反省会とミーティングするから」
「はぁい」
花ちゃんは毎日の登下校に、自宅から最寄り駅までは送迎車で送り迎えしてもらい、そこからスクールバスに乗って行く。こういうの見るとドえらいお嬢様なんだな、と実感する。
「じゃあな」
「また月曜日に」
度会に赤川さん、青柳さんは電車通学なので、ここでお別れ。
「みづほ、今夜もラブラブ?」
青柳さんのツッコミに、渋面を作るみづほ。
「だ・か・ら。どーしてそうなるのよっ、あたしは普通に生活してるだけなんだからぁ」
「さ、帰ろ」
自転車に跨ろうとして振り返ると、みづほは自転車を持って立ったままだった。
「どうした、みづほ?」
「ん――駅の外れまで、歩いて帰ろうよ」
みづほの申し出に、俺たちは自転車を押しながら、並んで歩いた。
*
薄暮の広くない商店街を、みづほと歩く。
「今日は付き合わせちゃったね――退屈じゃなかった?」
「いや、予想よりは面白かった」
花ちゃんに赤川さんが、野球部のどいつを好きなのか、気にならないと言えば嘘になるが、ここでそれを訊くのは野暮ってもんだろう。
「真奈美さんて、面白いでしょ」
「ああ。強烈なキャラだったなあ」
「あれで結構、頼りになるのよ。すっごい力が強いの、あたし、腕相撲で勝ったことないんだから」
「へーっ」
みづほはこれでも、ベンチブレス60㎏上げる筋力だ――真奈美さん、それ以上なのか。
「ちーちゃん、何かおかしいの?」
「いやさ、うさぎやで二人が腕相撲してるって、すごい絵だよな」
夕焼けに染まるみづほの横顔を、そっと見つめる。
「――ラブラブ、かぁ……」
みづほがそう呟くのを聞いて一瞬、胸が高鳴るのを覚えた。みづほがこっちを向いて、自然に目を合わせて微笑む。
「あたしね。今、ラヴに包まれて生きてるの、すっごく感じるよ。お母さん、パパ、そしてちーちゃんに感謝しなくちゃ」
ああ、なるほど。みづほはアメリカに居たから、ラブって恋愛以外にもいろいろ意味を持たせてるんだな。
「そういう意味では紫苑の言うとおり、今夜もラブラブだね」
「ははっ、そうなるかな」
*
でもさ、俺は知ってるんだ。
みづほが時々、部屋で誰にも知られないよう、そっと泣いてること。目が真っ赤になってるんで、バレバレなんだ。
「みづほ」
「ん?」
「――時々、寂しくならない?」
しばらくの沈黙の後、みづほがかるく空を仰いだ。
「寂しくというより……哀しくなる時、あるよ。遠くにいるお父さんと、もっと遠くにいるお母さんのことを考えると。でもそんな時、泣いちゃうまで、もっと考えることにしてるんだ……」
「そうなの?」
「うん。だって、考えないで忘れちゃう方が、ずっとつらいって知ってるから。どんなに哀しくなっても、必死に思い出すことにしてる」
そう言うみづほの顔から、何かしらの感情を読み取るのは困難だった。
みづほのスマホから、控えめなアラームが聞こえてくる。
「あ、キコからだ。『明日、どっか行く?』だって」
そう。今日負けちゃったので、明日は珍しく、丸一日完全なオフだ。
「――決勝戦、観に行くよね、普通」
普通の女の子はそうしないが、みづほの普通はそれで間違いない。
「――『決勝の後で遊園地かカラオケ、どう?』だって」
「ああ、いいね」
いつしか商店街を通り過ぎ、住宅街も過ぎて、殺風景な造成地に差しかかっていた。みづほがスマホを仕舞ったのを合図に、俺たちは自転車に跨って家路に就くことにした。
価格設定ですがアイスカフェオレが250円、チョコパフェが350円、セット学割価格で50円引きですね♪




