クラブ選抜戦・練習風景
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クラブ選抜メンバーの話は、実は俺にも来た。
高校球児を、甲子園を目指す身の上にとっては、願ってもないアピールの場だ。一も二もなく、頚を縦に振った。
選抜チームのスケジュールだが、夏休み最後の三日間を使って、球場でみっちり練習。
九月の第一週、第二週の週末に二日間ずつ練習して、三週めの三連休に地区対抗のリーグ戦。
全12チームを四つのリーグに分けて、3チームで二試合。
四週めの土曜に上位4チームで準決勝、日曜に決勝戦を行う。
千秋クラブから選出されたのは、俺とみづほのふたりだった。
一緒に中央線で球場に向かい、東京選抜のメンバーのみんなと合流する。
夏まで地区予選でしのぎを削っていた対戦相手と、今度は味方同士になるのは、変だけど新鮮な気分だ。
選抜チームの監督は、英峰クラブを全国大会準優勝に導いた、漆畑さん。
「よう」声がして振り向くと、英峰の大型ショート、櫻田だった。
こいつのハンパない打撃力は、大会で散々思い知らされた。ショートの守備も、悔しいが俺より上だろう。
俺はこいつの控えになるのかな、と思わされるような、すごいヤツなんだ。
「調子はどうだい?」
「悪かないよ」
「なあ。知ってっか?」
櫻田が話しかけてくる。こいつ、結構しゃべるなあ。
「うちの監督、セカンドは遠野しか呼ばなかったんだよ――べた惚れなんだ。遠野が来る、遠野を指導できるって、まるで恋人を待つみたいだったぜ」
そうなのか。チームメイトとしては誇らしいな。
「遠野は高校でも野球続ける、ってさ」
俺の言葉に、櫻田の顔がぱあっと晴れやかになる。
「そうか! いいニュースじゃん! 俺もさ、遠野と二遊間を組むのが楽しみで仕方ないんだ。あいつのステップはすげえよ。悪いけどお前はサードを守ってくれ」
「なっ、なにをっ……」
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ウォーミングアップの後は、いきなり実戦練習だった。
「1アウト一三塁、スクイズ警戒。行くぞー!」
「おー!」
シチュエーションが告げられ、野手たちが確認の合図をして、それに沿った守備位置をとる。
直後に漆畑監督のノックが飛ぶ。打球はショート。守っていた櫻田が捕球し、セカンドのみづほへ。みづほは華麗なステップでファーストへ。ダブルプレー完成。
「サードのダッシュ、もっと早く! ライトはもう少し前に出よう!」
すかさず、監督のチェックが入る。
「もう一回、同じの行くぞー!」
「おー!」
今度は俺がショートの番だ。
同じくショートへの打球。だが、さっきよりも勢いがない。俺はゲッツーを諦め、三塁ランナーを牽制した後にファーストに投げた。
「オッケー!」
監督の満足そうな声が飛ぶ。
「次ー! 2アウト二塁、前進守備!」
「おー!」
指示に応じて守備体系を変え、打球に応じたフォーメーションを取る。しかも指示はくるくる変わり、ノックの打球は矢継ぎ早に飛んで来た。
うー、頭使うー。1時間やっただけで、とんでもない疲労感だった。
「なあ。お前ら、いつもこんな感じで練習してんの?」
思わず櫻田に訊いてしまう。
「いや、今日は監督、張り切り過ぎ。でも仕上がった時にはうちのチーム、このくらいこなせるよ」
「そうか……全国大会準優勝は、すげえなあ」
上には上が、いるもんだ。分かってはいたが、やはり思い知らされる。
「それにしてもお前、遠野と息ぴったりだわ、羨ましいな。でもショートのポジションは渡さないぞ」
「おう。それはこっちの台詞だ」
負け惜しみなのは分かっていた。でも食らいついてやる。
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漆畑監督は、さすがだった。
寄せ集めの集団のはずが、一日目の練習が終わる頃には、きちんとチームの形を成している。監督の指導にきちんとついて行けた俺たちも、きっと褒められていいんだろう。
「今日の監督、チョー機嫌いいわ。遠野効果かなあ」
そう話す櫻田だが――お前もだよ。すっげえニコニコしてみづほと話してんじゃん。
夕方になる前に練習は終わった。
球場にはありがたいことに、シャワーも更衣室もある。
おまけに、ロッカールームまで貸してもらえたので、ほとんど手ぶらで帰ることができる。選抜メンバーって、こんないい思いしてんのかぁ。学校の制服に着替え、球場の外でみづほを待つ。
「お待たせ」
そう言えば制服姿のみづほって、久しぶりに見るなあ。今朝もユニフォームで電車に乗ったし。
夏服のみづほは、髪をかるくなびかせて、こう言っちゃなんだが少し輝いていた。
「うわぁ……遠野やっぱ可愛いわ」
背後で声がして、びっくりして振り向くと、櫻田がいつの間にかすぐ後ろにいて、みづほを見つめていた。
「おい。驚かせんなよ」
「お。秋山もいたんか」
いるよ、さっきから。
「お前たち、一緒に帰んの?」
「ああ。家が隣同士なんだ」
「なにー! お前にはやっぱり負けん!」
こいつ面白いわ。言うまでもなく、野球に関してはお前が全部勝ってるよ――
「あ。櫻田くんも、お疲れさん」
「おう。また明日な、遠野」
櫻田はにこりともせず、すぐに踵を返して去っていった。
*
帰りの車中。まだ帰宅時間じゃないが、中央線はいつの時間帯も結構混んでる。
「みづほ……」
「ん?」
「練習中、櫻田と結構話してたじゃん。なんの話してたの?」
「んー、いろいろ。野球のことが多かったよ。守備位置のコンビネーションの確認とか、木製バットを使ってる理由とか……ホントいろいろだったなあ」
「――ずいぶん、仲良さそうだった」
「え、そーぉ?」
みづほが上目遣いに俺を見つめた。眼が笑っている。
「ちーちゃんの方がずっと話してたじゃん。同じショートだし」
「あー。そう言えばそうかなあ」
半分以上みづほの事だったぞ、と言おうとして言葉を飲み込んだ。
「のど、渇かない?」
乗り換えの駅のホームでみづほが囁いた。
「そうだな、そしたら自販機で飲み物買って……」
俺が言いかけた瞬間、手を握られ引っ張られた。
「ね、降りよ」
「おいおい。寄り道しないようにって、監督からも親からも……」
「10分だけよ」
俺の手を曳いて階段を駆け下りるみづほの後ろ姿を、俺はじっと見つめていた。
結局みづほの押しに負けて、途中下車した俺たちは、駅前のドーナツショップに入り、ドーナツを1個とジュースを買った。
「はぁー……おいしい!」
これ以上ないくらいニコニコしながらドーナツをパクつくみづほ。向かいの席でそれを見ながら、俺はジュースをすする。
いつもと違う味がしたが、それをどう表現すればいいのか、俺には判らなかった。
リトルシニアの選抜大会ですが、これは完全なオリジナルです。
本当は夏休み期間中に、東日本と西日本、ふたつの選抜大会があるようですね^^