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俺の幼馴染は甲子園を目指す  作者: かのさん
高校二年生編
79/297

春季東京大会準決勝 (VS帝山)


 土曜日、準決勝当日の朝。

 試合は昼過ぎだが、いったん学校のグラウンドでアップと全体の合わせを行い、早めの昼食を摂って試合に備えるので、間もなく出発の時間だ。


「お母さん」

 出掛ける直前に、みづほがお袋の前に立つ。

「なあに?」

「お願い。ギュッて、して」


 みづほは時々、こういう時がある。

 外ではいつも冷静に振る舞ってるように見えるが、やはり内心では不安になったり、寄る辺なさを感じることもあるのだろう――そういや最近みづほ、人前で泣くことが少なくなった。

「いいわよ」

 お袋はそう言うと、自分より大きなみづほを抱きしめて、頭を撫でてやった。みづほの背中が小刻みに震えているのに、今更ながら気づいた。


 隣で親父が「あー羨ましいなあ、俺もして欲しいなあ」オーラをバンバン出してる。親父、顔に出過ぎだぞ。

「パパも、お願い」

 その様子を見たみづほが気を利かせたのか、親父にも声を掛けて抱きつき、背伸びして頬をかるく引っ付けた。

 これってアメリカ帰りの影響なのかなあ。映画ではよく見る光景のような気もする。


 試合前の練習には、別メニューだったこころも参加した。

「こころちゃん、意外に大丈夫そうね? しばらく動けなくなるくらいのメニュー組んだ筈だけど」

 二人一組の柔軟運動をしながら、みづほが怖ろしいことを口にする――いったい、どんな練習こなしてるんだろう。

「いやっ、あちこち筋肉痛でガチガチですよー。マネージャーの皆さんのお陰っす、動けなくなってるあたしを寝かせて、全身マッサージを毎日してくれるんです」


 そうなのか。いつもながらマネージャーの仕事には、頭が下がる思いだ。

「よかった――キコには注意してね。マッサージは上手だけど、油断したらいつの間にか、パンツもブラも脱がされて、すっぽんぽんにされちゃうから」

「――あの……それ、もうやられました」

 ……聞かなかったことにしよう。


 全体練習では、レギュラーがひと通り終わった後に、一年生たちもチロッと守備に就いた。

「ナイスセカン、こころ!」

 この数日で、ステップも体のキレも、格段に良くなっている。まるで別人のようだ。表情を見ると、本人がいちばん驚いているようだった。

「みづほさん――あたし……」

「こころちゃん、ナイスプレー。あたし、試合頑張るからね」

「はいっ!!」


 バッティングでも、バットの振りが鋭くなっている。

 こころのそんな様子を見た一年男子部員が、大会後の体作りに賛同したのは、言うまでもない。




 試合前の整列で、櫻田と目が合った。気合いの乗った、いい面構えをしている。

 俺とみづほ、二人がかりでも勝てるかどうかの才能の持ち主だし、甲子園の活躍で、既にそれも実証済だ。厄介なことに帝山には、そんな力を持ったヤツがごろごろ居る。

 ただ、野球は幸いなことに個人競技じゃない。チーム全体の力なら、こっちが上とは口が裂けても言えないが、充分戦える筈だ。

 負けねえぞ。俺も櫻田を睨み返した。


 一回表、じゃんけんに負けた緑陵の先攻。

 人呼んで「下町の怪物」宇田川さんは、ストレートが走っていた。

「やっぱ、速いな……」

「ううん、まだ球離れが安定してない。甘いコースが来る筈よ、本調子になる前に攻めましょ」

 みづほはそう言い残して、ネクストに向かった。


 宇田川さんは志田と度会を、ほぼストレートだけで片付けた。

 カーブは度会に投げた一球のみ。手の内を明かすのをなるべく遅らせようという、みづほ対策のような気がする。

 みづほを前にして、帝山の外野陣が前に移動してきた。

 内外野間のヒットゾーンを極限まで減らす「みづほシフト」を、帝山も敷いてくるようだ。


 初球だった。宇田川さん渾身のストレートを、みづほが振り抜く。

 どうやら甘いコースに来たボールを狙う、と決めてたようだ。

 完璧に捉えた打球は、浅めに守っていたレフトの遥か頭上を越えていく。外野陣が懸命に追いかけるが、ボールが内野に帰ってきた時には、みづほは易々と三塁を陥れていた。

 左中間三塁打。あのストレートをあそこまで運んだことも驚きだが、これがみづほシフトに対する、答えのひとつなのだろう。

 今朝、お袋に抱かれながらブルブル震えてた女の子と同一人物とは、とても思えなかった。


 せっかくみづほが作ってくれたチャンス、何とかしたい。そう思って打席に立った。

 自分でも驚くほど冷静だった。一塁が空いているこの状況、おそらく真っ向勝負というより、ボール球に近い難しいコースを打たせるつもりだろう。

 じっくりボールを見ながら、コントロールミスを逃さずにコンパクトに打つ。

 イメージは固まった。グリップを余らせてバットを構えた。


 初球、おおきく外に逃げていくストレート。見送りボール。

 みづほの言葉のせいか、速さは感じたが脅威には思わなかった。事実を言っただけなのだろうが、俺にとっては魔法の言葉になった。


 ボール、ストライクとストレートで来て、四球めにようやくカーブ。

 外に外れてボール。球がよく見えている。

 五球め、外角のストレートが少しだけ内に入ってきた――これだっ!

 コンパクトにバットを合わせ、振り抜く。

 カキーン。

 打球はセンター前に。みづほ生還、タイムリーヒットとなった。


 緑陵、1点先制。


 一回裏、帝山の攻撃。

 さすがと言うべきか、帝山の打者は振りが鋭い。

 その分、打球も速かったが、いつもながら安田のコントロールには冴えがあった。

 と言っても、安田自身が四角いオッサン顔で、半ばニヤケた表情で投げるので、傍からは鼻唄混じりに緩いボールを投げてるようにしか見えない。全力で投げても球速が130㎞/hそこそこなので、仕方のないとこではある。

 実際には細心の注意を払ってボールをコントロールし、緩急と多彩な球種で、的を絞らせないピッチングをしているのだが。


 注文通りの内野ゴロふたつを捌いて、迎える打者は3番の櫻田。

 久しぶりに間近で見るが、ど偉く選球眼がいい。ボール半個分外れた球にはぴくりとも動かない。

 二球めのストライクからボールに落ちる球には反応し、空振りを取ったが、四球め、球速を変えたにも係わらず、同じ球種には手を出さなかった。


 3ボール1ストライクからの五球め、アウトローに良くコントロールされたストレートだった。

 カキーン。

 櫻田のバットが撓り、打球は高く右中間に舞い上がった。

 バックする志田の頭上を越え、スタンドに直接突き刺さる。同点のソロホームラン。

 わずか一振りで試合を振り出しに戻された。




 4番の弓削さんをショートゴロに打ち捕り、ゆっくりマウンドを降りる安田を追い越して行く。

 「すまん」

 「ドンマイだ、安田」

 ストライクが欲しかった局面とはいえ、不用意な配球や増して失投などではなく、敵ながら打った櫻田を褒めなくてはいけないだろう。

 打たれた安田の表情からも、それは窺える。ダメージは少なそうだ。


 それにしても驚くべきは、櫻田の適応能力だろう。

 味方の贔屓目でも何でもなく、安田の投げるボールは独特のフォームも相まって、相当特殊な軌道を辿る。初対戦なら、まず間違いなくタイミングを取るのさえ苦労する筈だ。

 目を慣らすのに、最低二打席、普通は三打席はかかる。


 それを一打席目の、わずか数球投げさせただけで、あんなドンピシャのスイングをする。

 まるで俺の知ってる誰かさんの打撃を見ているかのようだった。

 そう、それはまるで――


「櫻田くん、すごいよね」

 ベンチに戻った俺の隣に、みづほが腰掛けてきた。

 そう――櫻田のあの打撃は、まさにみづほのようだった。

「みづほだって、いつもやってるじゃないか、あんな感じで」


 俺の応えにみづほは眼を閉じて、ゆっくりとかぶりを振った。

「ううん。あたしの場合は、リサーチを重ねて、配球読んでボールの軌道を確認して――準備してるから出来るプレーなの。櫻田くんはそれを、無意識のうちに咄嗟に体を動かして、易々とやり遂げてるんだもん。きっと自覚さえしてないと思う。あんな芸当、とてもじゃないけど無理よ」

 みづほの瞳が再び開き、眩しそうにグラウンドを見つめる。


「櫻田くんみたいな人を、天才て言うんじゃないかしら」

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