春季東京大会二回戦 (VS普門館)
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「アキさん。俺、正直、高校野球を舐めてました。やっぱレベル高いっすね」
隣でキャッチボールをしながら、船田が話し掛けてきた。
船田の話では、シニアである程度の実績を積んだ自分には、すぐレギュラーのチャンスが巡ってくると思っていたそうだ。
「自信はあったんすよ? 昨日今日、野球を始めたわけじゃないし、観る目だってあるつもりでした――でも練習と試合を観て、考えが変わりました。俺は先輩たちの域に達してないです」
「そうか?」
「ええ」
確かに緑陵の守備力は、都内でも有数と言っていい。
安田に根来のバッテリーは野球を良く知っているし、何と言ってもみづほの力に依るところが大きい。
元々高いポテンシャルに加えて、大屋監督の的確な指導と、水谷先生の個々の力を伸ばすトレーニングメニューで、一年かけてゆっくり熟成された、自慢の守備だ。
内野間のヒットゾーンは極端に少ないし、中継プレーも素早く躊躇がない。公式戦では、記録に残るようなエラーもほとんどない筈だ。
「そうだなあ――ステップを基本から洗い直して、自分のリズムを掴む。そしてそのリズムを互いに、周りと合わせる」
ボールを投げながら、船田に話すともなく呟いていた。
「それを一年間かけてやって来た、かな。あとは視野を広く持つことを、サッカーで学んだ」
「サッカー?」
「ああ。冬の三ヵ月間、サッカー部の助っ人に行った。新鮮な経験だったよ」
「――いろいろ、あったんすね」
「なあ、船田。野球部に入ったばかりで、自分の及ばないとこに気付くってこと自体、お前は大したもんだよ。夏の大会まではまだ時間があるし、現時点で差があるとしても、追いつけないほどの距離じゃないと俺は思う。これから頑張って、夏までに巧くなればレギュラー狙えるんじゃないか」
「――あざっす」
実際、船田に福富の素質は、シニア時代に確認済だ。
緑陵式の練習で彼らがどのくらい伸びてくるか、楽しみなのは俺だけじゃないと思う。
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明日に二回戦を控えたミーティング。
各打者の対策も大事だったが、大部分は好投手、小野田さんの対策に絞られた。
「――やっぱり、アウトローのコントロールに自信を持ってる、という結論でいいと思うの。右打者からはかなり遠いボールになるでしょうね……そこの取捨が大きな鍵になる、と思うな。打つためには、目を慣らす必要があるわね」
そう言うみづほは、おそらく既に目が慣れてるだろう。
バッターボックスで小野田さんと対峙する感覚で、投球内容を4~50球ほど視ている筈だ。
「小野田さんは縦の変化も横の変化も持ってるから、漫然と手を出してもヒットにならない――基本に立ち返るしかないのよね、結局。ボールをよく見ること、甘い球を見逃さないこと」
「来るコースは分かってるのに、打てない、か……大変だ、こりゃ」
基本には違いないが、緑陵で常時それを安定して出来るのはみづほくらいだと、俺は認識している。
松元の選球眼とミート力はみづほといい勝負だが、まだ若干ムラがあるのと、今回は左対左で苦戦が予想される。
俺を含む他の連中は、まずボールに目を慣らす段階から始めないといけないだろう。
「――ロースコアの勝負になりそうだな」
安田がボソッと呟く。
みづほは何か言おうとしたが、思い直したのか無言でゆっくり肯いた。
現実見なくっちゃな。ここで気休め言っても何にもならない。
大屋監督が口を開いた。
「普門館さんもタイプは違うけど、守備型のチームだよね。うちに比べて向こうは、エースに掛かる比重が大きいかな――明日は引き算の戦いになると思う。余分なヒット、余分なミスやエラーが少ない方が勝つ。精神的にはキツいけど、集中を切らさないように。フィールドのゲームプランは、根来くんにみづほちゃん、よく摺り合わせしといて下さい」
「はい」
「はい」
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二回戦。
アップを終え、球場脇で待機していた俺たちの耳に、スタンドの大きな歓声が届いてきた。
「新田の勝ちだって。逆転サヨナラスリーラン」
国志館と新田の実力校同士の二回戦は、壮絶な打撃戦だった。
俺たちが離席した時には、六回終了時で国志館が4点リードしていた筈。
それを終盤で一気に引っくり返した。
スコアは11対9、最終回だけで5点取っている。
「すごいね、新田」
「すごいね」
何にしても今日勝たないと、新田との試合もできない。これからの試合に集中しよう。
一回表、先攻は普門館。
みづほの分析では、相手打線は中距離バッターが多く、極端に引っ張ってくることもない。二遊間から三遊間にボールが集中するだろう、という予測だった。
「安田くんのボールだから、待ちきれずに引っ掛けてくる打球には注意、ね」
機動力を売りにはしてないようなので、深めに守備位置を取り、ヒットゾーンを潰す方針。
但し1番打者に対しては念のため、足を警戒して普通の守備位置で試合に入った。
結果は内野ゴロみっつで、スリーアウトチェンジ。
好調時の安田らしい投球で、最高の滑り出しとなった。
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一回裏、2アウトからみづほが出塁し、俺の打順になる。
いつも通り10球近く投げさせて、手の内を確認した挙句の四球で、普門館にとってはイヤな感じだろう。
俺に対する小野田さんの投球は、予想どおりアウトロー一辺倒だった。
ただ球種が全部違う。
カットボールで外に逃げる球から入って、ストレートでズバッと、次にはカーブでストンと落として来る。
なるほど。スピードもキレもある。
どのボールも一筋縄では行かなそうだ。
球筋からはストレートがいちばん打ち易そうだが、如何せんボックスからの距離がある。
ジャストミートは難しいかもしれない。
――こういう時の迷いはロクな結果にならないのは経験上知っていた。
よし、踏み込んでカットボールを流し打とう。肚を決めてバットを構える。
四球めに狙い通りのカットボールが来た――ホントに内角球、全然投げないな。
そう思いながらも、踏み込んでバットを出す。
カキーン。
手応えはあった。
打球はフェンス近くまで伸びたが、残念ながらライトの守備範囲。3アウトチェンジ。
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緑陵は、三回裏の攻撃前に円陣を組んだ。言うまでもなく、みづほの小野田さん評価を聴くためである。
「さすが、どのボールもいいキレしてるわね――それにしても、左バッターに対してもほとんどアウトロー。小野田さんほどのコントロールがあれば、普通はインコースも使いそうなもんだけど」
不思議そうな顔のみづほに、安田が応える。
「ピッチャーって、他人には分からないデリケートなとこがあるからなあ……特に指の感覚。あのボールは外でこそ活きてきて、内角ではあまり変化しないのかも、な。俺も不思議には思うけど」
「手の内を隠してる気配は、今のとこ無し――2巡め、3巡めで配球の組み立て変えてく可能性はあるけど、引き続きアウトローに意識を持ってくしかないわね……内に来られても慌てないようにしようね」
試合は、我慢比べの投手戦になった。
両チームの守備陣が決定打を許さず、ともに三塁を踏めない状況。
ゼロが11個、スコアボードに並んだ。
六回裏、試合が動いた。
先頭打者の度会が粘って四球を選ぶと、二球めにヒットエンドランを敢行。アウトローのストレートを、みづほが綺麗にライト前に弾き返す。
無死一三塁という、初めてチャンスらしいチャンスを迎えた。
そしてバッターは――4番の、俺。
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打線が3巡めに入ったが、今の時点で普門館バッテリーに配球の変化はない。
相変わらずアウトローぎりぎりを突いた投球を軸にしている。
内野は前進守備のバックホーム態勢、外野さえ4番相手にも関わらず、浅めに守備位置を敷いている。1点もやらせないつもりのようだ。
ベンチのサインはダミーだった。つまりは「自由にやれ」ということ。
これだけ警戒されるとゴロゴーは難しいし、意表を突いたスクイズなどの小技を、ベンチは俺に求めていない。
俺の答えは、シンプルだ――外野にボールを飛ばすことを考える。
それを前提にして、狙うべきボールと打ち方を逆算していけばいい。
ここで一番避けるべきなのは、芯を外されること。その次に避けるべきは、球威に押されて詰まらされることだ。
中途半端に打たされるくらいなら、むしろ空振りがマシなくらい。
結論。
球威のあるストレートと落ちるカーブは捨てて、カットボールのタイミングでボールを待つ。
ヤマが外れたとしても、空振りふたつまではOK。
来るべき球が来たなら、早いカウントで勝負を賭ける――例え初球であっても。
さあ、来い。
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初球からカットボールが来た――が、これはボールになるコース。
これは振っても芯を外されるので、見送る。相変わらず打ち気を外してくるのが巧い。
二球め、三球めと、少しボールを出し入れしながらの、ストレート。
カウントは2ボール1ストライク――ははあ。これはみづほの盗塁を嫌がってるな。
頻繁に一塁の牽制も入れているし、これだと遅いボールは来ないだろう。
つまりカーブは、来ない。
――となると多分、次が狙い目。90%以上の確率でカットボールだと思う。
三球続けてのストレートは、さすがに俺を舐めてるだろう。
四球めの投球モーションで、みづほがスタートを切った。
多分、これもいい判断。
俺が打ってくると踏んだんだろう。ランエンドヒットの状況になる。
普門館バッテリーは裏をかいて来なかった。素直にカットボールだ。
踏み込んで、シュート回転で逃げていくボールにバットを合わせ、振り抜く。
とにかく遠くにボールを飛ばしていく意識だ。
犠牲フライでもOKな局面、ヒットになるかどうかはこの際問題じゃない。
カキーン。
狙い通りの大飛球が、センターに飛んで行った。前進守備のセンターが懸命に下がっていく。
捕られそうな気配だが、これは確実に犠牲フライになるだろう。
緑陵、1点先制。
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その後も投手戦は続いたが、八回裏に貴重な追加点が入った。
志田の内野安打を度会が送って、みづほがアウトローの完全なボール球を、ライト線にポトリと落とす、超技有りのタイムリーヒット。
あれを打たれると、もう投げるボールはないだろうな。
それにしても小野田さんは、ずっとアウトロー主体の配球だった。
九回表。
大屋監督はここで、竹本をマウンドに送った。
安田が後半に入って球数が多くなり、120球を越えたので、妥当な交代かも知れない。
明後日、また試合だもんな。
打順は5番からで、けして緩んではいけない場面だったが、竹本はしっかり締めてくれた。
2対0、シード校の普門館を降す。
三回戦の相手は劇的な逆転勝ちで波に乗る、都立 新田高校だ。




