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俺の幼馴染は甲子園を目指す  作者: かのさん
高校一年生編・秋
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新チームと新家庭と


 三学期が終わろうとする頃、俺と安田が監督室に呼ばれた。

「何だと思う?」

 安田に訊ねてみる。

「多分、主将と副主将の更新依頼だろうなあ……」

「で? 安田はどうするつもり?」

「分かり切ったこと訊くなよ。引き受けるつもりだ」

 俺と安田は昨年の春、一年間という約束で、主将と副主将をそれぞれ引き受けた。

 当時安田は、自分よりもみづほが適役であると力説し、副主将を固辞しようとしたが、監督の説得により就任したという経緯がある。


 ただ、チームが形を成すようになり、事情がどんどん変わってきた。

 まず、みづほの立場だ。

 実質的な内野のリーダーに加えて、対戦相手の偵察から分析、それを元にしたゲームプランニングなどなど、チームの根幹を支えるという重責を、みづほは背負っている。

 これ以上、役職に就かせて負担を増やすわけにはいかない、というのがひとつ。


 もうひとつ――新入生を迎えるにあたって、以前から安田と話していたことがある。

「雑用は、みんなでやろう。それを緑陵の伝統にしよう」

 というものだった。


 練習後のグラウンド整備、ボール磨き、時にはユニフォームの洗濯などなど。

 それらを下級生やマネージャーにやらせるのではなく、上級生も一緒にやる。

 元来、千秋シニアで日常化していたことだが、緑陵でも引き継いでいこう。

 そしてその実現には、俺と安田が率先した方がやり易いだろう。そんな計算もあった。


 大屋監督は俺たちを座らせると、話を切り出した。

「ふたりとも一年間、ご苦労様でした。主将と副主将の大任を立派に務めてくれたと思います――で。今のとこ、チームは非常に巧く回ってると思うんだ。そこでどうだろう、このまま主将副主将をやってくれないか?」

 即答で俺たちが引き受けたのは言うまでもなく、続けてふたりの考えるチーム作りを、監督に切り出していった。


「――現在は部員が少ないから、上級生も雑用を行わざるを得ませんが、三年になっても俺たちは雑用を続けようと思います。そしてそれを緑陵の伝統にしたい、と考えてます」

「ふむ。千秋イズムの継承だね――いや、いいんじゃないか。僕は君たちに教わってばかりだな」

 監督は破顔した。


 春休みに入って間もなく、推薦組の新入生五人が練習に参加した。

 硬式野球経験者は、千秋せんしゅうシニア出身のふたり、船田と福富。俺やみづほらの、直接の後輩にあたる。

 船田は右投右打の内野手で、昨年はセカンドを守ってたそうだ。

 福富は左投左打、外野手。一昨年から不動のセンターだった。

 ふたりともシニアの中軸打者で、バッティングが巧く、足もそこそこ速い。

 この春でさらに成長を遂げれば、レギュラー争いに加われそうな雰囲気を醸し出していた。


 中学の軟式野球部からは、三人。

 投手の西井は、右のオーバースロー。

 ストレートは速くないが、なにしろコントロールがいい。

 緑陵の内外野守備は、投手の投げるコースで位置取りを微妙に変えているので、コントロールのいい投手とは基本的に相性がいい。

 おそらく、大屋監督はそれを見越してスカウトしたんだろう。


 君波は待望の第二捕手。

 右投左打、守備型の根来とは対照的に、バッティングに自信を持ってる。

 体格も恵まれていて、長打力がありそうだ。

 梶本は右投右打、中学時代はショート。

 体は大きくないが、バネがあって肩が強い。

 まだ個人で野球をやってる印象だが、潜在能力は相当ありそうだ。


「アキさん、高校のレベルって高いっすね」

 守備練習中、俺の後ろに控えていた船田がボソッと呟いた。

 どうやら、目まぐるしく動き回る守備のフォーメーションについて行けず、面食らっているようだ。

「そうだな。この面子でずっとやってきたから、互いの肩の強さやタイミングを把握し合ってる」

 内野に関してはみづほ、外野では志田の守備範囲が広く、それに助けられている一面もあった。

「打撃はともかく、この守備に早く慣れないとレギュラーは難しいぞ」

 俺の言葉に、船田は真面目な顔で肯いた。


 時折、新入生を中心に、エラーや悪送球が出るようになった。守備に関してはかなり熟成されていたので、新鮮な印象だ。

 こんな時、大屋監督の声はエラーした選手ではなく、周囲の上級生に飛んだ。

「慌てちゃダメだ! 何のためのフォーメーションか、何のためにバックアップやカバーをしているのか、考えてプレーしよう!!」


 そうか――そうだった。

 俺たちはいつの間にか、バックアップがルーチン化してしまっていたことに、気づく。

 本来バックアップは、エラーが生じた時、被害を最小限に留めるためのもの。

 その際に慌ててしまって、適切な処理が出来なければ、意味を為さない類のものだ。

 改めて目を開かされた思いだった。

 ――エラーしたヤツに感謝しなくっちゃな。奇妙な感情だが、正直そう思った。


 打撃練習では案の定、軟式組は竹製バットを初めて持ったらしく、苦労していた。

 これから毎年みられる風景かも知れない。

 ここでは、竹バットの練習に慣れてる船田と福富が、本領を発揮した。シニアチームで中軸を担っていただけのことはある。

「福富のバッティングフォームは、相変わらず独特だな」

 両腋を上げてバットを担ぐように構え、それを頭の上でくるりと回してタイミングを取る。

 これで左対左も結構打ってたから、このフォームが合ってるんだろう。


「そらよっ」

 打撃投手役の安田が、えげつないスライダーを福富に投げてくる。

 大きくヤスダって逃げていくボールに、福富は大きく体を崩され、バットが空を切った。

「安田ぁ、なんつー球を投げてくんだよっ」

「へへっ、挨拶代わりだよ」

 そのやり取りに苦笑する福富。

「やッさん、球速くなってますね。さらに打ちにくくなってるわ――もういっちょ、お願いします」

 そう言いながら、例のフォームでバットを構えた。




 みづほの父親が、イギリスに旅立った。

 折しも今年はみづほの母親の七回忌で、お盆には絶対、日本に帰ってくる約束を交わして。

 みづほは最後の荷物を抱えて、我が家にやって来た。

 右手にはちいさなバッグを提げ、左腕には、大切にしているおおきなクマの縫いぐるみを抱えている。

「今日から、お世話になります。よろしくお願いします」


 みづほが母親を亡くして、失意のままアメリカに行った時も、この縫いぐるみを抱えていた記憶がある。

 彼女にとっては、このクマにはいろんなものが詰まってるんだろう。


 お袋は諸手を挙げ、抱きしめんばかりにみづほを歓迎した。

「みづほちゃーん、今日から家族の一員よ、遠慮しないでね。当然のように特別扱いはしないから、覚悟しといて」

「はーい……お母さん、あたしを特別扱いしたこと、今まであった?」

「――ないわね」

 顔を見合わせて吹き出すふたり。すっかりハイになってる。


「みづほちゃん、俺のことも『お父さん』って呼んでいいんだよ」

 親父の猫撫で声に、若干寒気がする。

「うん。『パパ』って呼んでいい?」

「――パパ?」

「『ちーちゃんパパ』から『ちーちゃん』を取って、パパ。お父さんはイギリスにも居るから、混同を避ける意味で」

 親父の顔が、だんだん溶けていく。

「そぉかあ……母さん、俺、『パパ』なんだって」

「柄じゃないわよねぇ」


 みづほが家に来るにあたり、お袋から釘を刺されていた。

「いい? 年頃の娘さんが一緒に住むんだから、父さんは裸でブラブラ下げて、居間をうろついちゃダメよ。千尋もパンツいっちょで、横からお稲荷さんはみ出してソファで涼んでたりとか、やめなさい。どうしてもそうしたいんなら、自分の部屋で。きちんとしなさいよ」

「う……」

 俺たちは言葉もなかった。


 だが、事実は逆だった。

 夜。風呂から上がったみづほが、バスタオルで前だけ隠した状態で、ケツ丸出しでバタバタっと居間を横切っていった。

 それを見て思わず茶をブッと噴き出す、親父。

「みづほちゃんっっっ!! 女の子が、何やってんのっ!!!」

 お袋の声が響き渡る。

「ごめんなさーいっ! 着替え持ってくるの、忘れちゃったっ!」


 ああ、分かった。

 分かったから、そのキレイなもん、早く引っ込めろ。

 目の遣り場に困るわ。


 そういう事が三度ほど繰り返され、我が家のバスタオルが2サイズほど大きいものに替わった。


「みづほちゃんって、家事も勉強もスポーツも全部やってて、すごく偉い子だなあ、て思ってたけど……想像してたより、普通ね。ある意味ホッとしたかな」

 盛大に噴きこぼしてしまった鍋を一緒に始末しながら、お袋がみづほに微笑んでる。


 うん。みづほって意外に失敗多いし、結構子供っぽいよ。


 みづほが凄いのは集中してる時で、フル回転時にとんでもない成果を叩き出してんだけど、人間は24時間集中し続けられるわけじゃない。

 緩んでる時のみづほって――ポンコツだよ。

 分かってたのは、一緒にいる時間が多かった俺くらいかもしれない。

 青柳さんあたりも、そこんとこ見抜いてそうだな。


 まあ、油断しまくってるってことは、我が家にすっかり馴染んでる証拠で、それは喜ばしいことだと思う。


 春休みの間、俺たちは野球に精を出した。

 どんどん暖かくなってきたし、休み中の課題はないし――元々H組に課題は存在しないが――野球に集中できる環境を思いっ切り享受している。

 四月まで、もうすぐ。四月に入ったらすぐに、春季大会の本戦だ。

 高校一年生編、完了です。


 高校二年生編は、春季大会からスタートします。

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