新チームと新家庭と
*
三学期が終わろうとする頃、俺と安田が監督室に呼ばれた。
「何だと思う?」
安田に訊ねてみる。
「多分、主将と副主将の更新依頼だろうなあ……」
「で? 安田はどうするつもり?」
「分かり切ったこと訊くなよ。引き受けるつもりだ」
俺と安田は昨年の春、一年間という約束で、主将と副主将をそれぞれ引き受けた。
当時安田は、自分よりもみづほが適役であると力説し、副主将を固辞しようとしたが、監督の説得により就任したという経緯がある。
ただ、チームが形を成すようになり、事情がどんどん変わってきた。
まず、みづほの立場だ。
実質的な内野のリーダーに加えて、対戦相手の偵察から分析、それを元にしたゲームプランニングなどなど、チームの根幹を支えるという重責を、みづほは背負っている。
これ以上、役職に就かせて負担を増やすわけにはいかない、というのがひとつ。
もうひとつ――新入生を迎えるにあたって、以前から安田と話していたことがある。
「雑用は、みんなでやろう。それを緑陵の伝統にしよう」
というものだった。
練習後のグラウンド整備、ボール磨き、時にはユニフォームの洗濯などなど。
それらを下級生やマネージャーにやらせるのではなく、上級生も一緒にやる。
元来、千秋シニアで日常化していたことだが、緑陵でも引き継いでいこう。
そしてその実現には、俺と安田が率先した方がやり易いだろう。そんな計算もあった。
大屋監督は俺たちを座らせると、話を切り出した。
「ふたりとも一年間、ご苦労様でした。主将と副主将の大任を立派に務めてくれたと思います――で。今のとこ、チームは非常に巧く回ってると思うんだ。そこでどうだろう、このまま主将副主将をやってくれないか?」
即答で俺たちが引き受けたのは言うまでもなく、続けてふたりの考えるチーム作りを、監督に切り出していった。
「――現在は部員が少ないから、上級生も雑用を行わざるを得ませんが、三年になっても俺たちは雑用を続けようと思います。そしてそれを緑陵の伝統にしたい、と考えてます」
「ふむ。千秋イズムの継承だね――いや、いいんじゃないか。僕は君たちに教わってばかりだな」
監督は破顔した。
*
春休みに入って間もなく、推薦組の新入生五人が練習に参加した。
硬式野球経験者は、千秋シニア出身のふたり、船田と福富。俺やみづほらの、直接の後輩にあたる。
船田は右投右打の内野手で、昨年はセカンドを守ってたそうだ。
福富は左投左打、外野手。一昨年から不動のセンターだった。
ふたりともシニアの中軸打者で、バッティングが巧く、足もそこそこ速い。
この春でさらに成長を遂げれば、レギュラー争いに加われそうな雰囲気を醸し出していた。
中学の軟式野球部からは、三人。
投手の西井は、右のオーバースロー。
ストレートは速くないが、なにしろコントロールがいい。
緑陵の内外野守備は、投手の投げるコースで位置取りを微妙に変えているので、コントロールのいい投手とは基本的に相性がいい。
おそらく、大屋監督はそれを見越してスカウトしたんだろう。
君波は待望の第二捕手。
右投左打、守備型の根来とは対照的に、バッティングに自信を持ってる。
体格も恵まれていて、長打力がありそうだ。
梶本は右投右打、中学時代はショート。
体は大きくないが、バネがあって肩が強い。
まだ個人で野球をやってる印象だが、潜在能力は相当ありそうだ。
*
「アキさん、高校のレベルって高いっすね」
守備練習中、俺の後ろに控えていた船田がボソッと呟いた。
どうやら、目まぐるしく動き回る守備のフォーメーションについて行けず、面食らっているようだ。
「そうだな。この面子でずっとやってきたから、互いの肩の強さやタイミングを把握し合ってる」
内野に関してはみづほ、外野では志田の守備範囲が広く、それに助けられている一面もあった。
「打撃はともかく、この守備に早く慣れないとレギュラーは難しいぞ」
俺の言葉に、船田は真面目な顔で肯いた。
時折、新入生を中心に、エラーや悪送球が出るようになった。守備に関してはかなり熟成されていたので、新鮮な印象だ。
こんな時、大屋監督の声はエラーした選手ではなく、周囲の上級生に飛んだ。
「慌てちゃダメだ! 何のためのフォーメーションか、何のためにバックアップやカバーをしているのか、考えてプレーしよう!!」
そうか――そうだった。
俺たちはいつの間にか、バックアップがルーチン化してしまっていたことに、気づく。
本来バックアップは、エラーが生じた時、被害を最小限に留めるためのもの。
その際に慌ててしまって、適切な処理が出来なければ、意味を為さない類のものだ。
改めて目を開かされた思いだった。
――エラーしたヤツに感謝しなくっちゃな。奇妙な感情だが、正直そう思った。
打撃練習では案の定、軟式組は竹製バットを初めて持ったらしく、苦労していた。
これから毎年みられる風景かも知れない。
ここでは、竹バットの練習に慣れてる船田と福富が、本領を発揮した。シニアチームで中軸を担っていただけのことはある。
「福富のバッティングフォームは、相変わらず独特だな」
両腋を上げてバットを担ぐように構え、それを頭の上でくるりと回してタイミングを取る。
これで左対左も結構打ってたから、このフォームが合ってるんだろう。
「そらよっ」
打撃投手役の安田が、えげつないスライダーを福富に投げてくる。
大きくヤスダって逃げていくボールに、福富は大きく体を崩され、バットが空を切った。
「安田ぁ、なんつー球を投げてくんだよっ」
「へへっ、挨拶代わりだよ」
そのやり取りに苦笑する福富。
「やッさん、球速くなってますね。さらに打ちにくくなってるわ――もういっちょ、お願いします」
そう言いながら、例のフォームでバットを構えた。
*
みづほの父親が、イギリスに旅立った。
折しも今年はみづほの母親の七回忌で、お盆には絶対、日本に帰ってくる約束を交わして。
みづほは最後の荷物を抱えて、我が家にやって来た。
右手にはちいさなバッグを提げ、左腕には、大切にしているおおきなクマの縫いぐるみを抱えている。
「今日から、お世話になります。よろしくお願いします」
みづほが母親を亡くして、失意のままアメリカに行った時も、この縫いぐるみを抱えていた記憶がある。
彼女にとっては、このクマにはいろんなものが詰まってるんだろう。
お袋は諸手を挙げ、抱きしめんばかりにみづほを歓迎した。
「みづほちゃーん、今日から家族の一員よ、遠慮しないでね。当然のように特別扱いはしないから、覚悟しといて」
「はーい……お母さん、あたしを特別扱いしたこと、今まであった?」
「――ないわね」
顔を見合わせて吹き出すふたり。すっかりハイになってる。
「みづほちゃん、俺のことも『お父さん』って呼んでいいんだよ」
親父の猫撫で声に、若干寒気がする。
「うん。『パパ』って呼んでいい?」
「――パパ?」
「『ちーちゃんパパ』から『ちーちゃん』を取って、パパ。お父さんはイギリスにも居るから、混同を避ける意味で」
親父の顔が、だんだん溶けていく。
「そぉかあ……母さん、俺、『パパ』なんだって」
「柄じゃないわよねぇ」
*
みづほが家に来るにあたり、お袋から釘を刺されていた。
「いい? 年頃の娘さんが一緒に住むんだから、父さんは裸でブラブラ下げて、居間をうろついちゃダメよ。千尋もパンツいっちょで、横からお稲荷さんはみ出してソファで涼んでたりとか、やめなさい。どうしてもそうしたいんなら、自分の部屋で。きちんとしなさいよ」
「う……」
俺たちは言葉もなかった。
だが、事実は逆だった。
夜。風呂から上がったみづほが、バスタオルで前だけ隠した状態で、ケツ丸出しでバタバタっと居間を横切っていった。
それを見て思わず茶をブッと噴き出す、親父。
「みづほちゃんっっっ!! 女の子が、何やってんのっ!!!」
お袋の声が響き渡る。
「ごめんなさーいっ! 着替え持ってくるの、忘れちゃったっ!」
ああ、分かった。
分かったから、そのキレイなもん、早く引っ込めろ。
目の遣り場に困るわ。
そういう事が三度ほど繰り返され、我が家のバスタオルが2サイズほど大きいものに替わった。
*
「みづほちゃんって、家事も勉強もスポーツも全部やってて、すごく偉い子だなあ、て思ってたけど……想像してたより、普通ね。ある意味ホッとしたかな」
盛大に噴きこぼしてしまった鍋を一緒に始末しながら、お袋がみづほに微笑んでる。
うん。みづほって意外に失敗多いし、結構子供っぽいよ。
みづほが凄いのは集中してる時で、フル回転時にとんでもない成果を叩き出してんだけど、人間は24時間集中し続けられるわけじゃない。
緩んでる時のみづほって――ポンコツだよ。
分かってたのは、一緒にいる時間が多かった俺くらいかもしれない。
青柳さんあたりも、そこんとこ見抜いてそうだな。
まあ、油断しまくってるってことは、我が家にすっかり馴染んでる証拠で、それは喜ばしいことだと思う。
春休みの間、俺たちは野球に精を出した。
どんどん暖かくなってきたし、休み中の課題はないし――元々H組に課題は存在しないが――野球に集中できる環境を思いっ切り享受している。
四月まで、もうすぐ。四月に入ったらすぐに、春季大会の本戦だ。
高校一年生編、完了です。
高校二年生編は、春季大会からスタートします。




