春待ちの雛鳥たち
*
「この馬鹿が」
俺は今、笹田の叱責を受けている。
「お前は今や、うちの大事な戦力なんだぞ? それを何だよ、補習だなんて……」
いやあ、返す言葉もない。
先日の期末試験、俺なりに健闘したんだが、ついに数学で赤点を貰ってしまった。
「お前、知ってるか? H組だけテストの問題が違くて、お助け問題満載だって。それで赤点食らうなんてよっぽどだぞ」
「すまん、頑張ったんだけどな」
「結果が伴わなきゃそんな頑張り無意味だって、お前なら分かるだろ」
――笹田の言うとおりだ。
実は今までは、大会期間中ということもあり、定期試験の度にそれとなく、各教科の先生方のフォローが入っていた。
今回はシーズンオフでそれがなくなり、初めてガチで受けるテストだったのだ。
自分では頑張ってるつもりでも、どこか甘えがあったんだろう。
それにしても。
ボードに書いてあるサッカー部のスケジュールを見ると、冬休み期間にぎっしり練習試合が組んである。
「補習に練習に、試合に――こんな忙しい冬休みは初めてだなあ」
「全国大会に出られたら、クリスマスも正月も全部ぶっ飛ぶんだよ。大晦日の前日が開会式だから」
笹田は腕組みをして、ボードを見つめる。来年こそは、の気持ちは誰よりも強い筈だ。
「うちは夏場にあまり活動できなかったから、それを取り戻すつもりで少し過密にスケジュール組んでんだ、お前らには悪いことをしたな」
「いや、サッカー部に来てよかった、と俺は思ってる」
嘘偽らざる心境だった。
長時間走りっ放しの体力、いつでもトップスピードに切り替える瞬発力を鍛えられたし、個人的には状況判断の多様さも充分学べた。
それに――笹田の、困ってるサッカー部の力になれたことは、俺としても大きな歓びだった。
「……そう言ってくれると、嬉しいよ」
笹田がはにかんだ笑顔をみせる。
年末年始の練習試合が終われば、サッカー部もとうとうシーズン終了。
俺たちの助っ人も終わり、全員野球部に戻って春を待つことになる。
*
クリスマスイヴの日に補習があったのは、俺を含めて三人だけだった。
憂鬱な時間だが、昼前には終了。野球部の部室に向かう。
「お待たせ」
ドアを開けると、サンタ帽姿の赤川さんが出迎えてくれた。
「アッキ、補習お疲れ。みんなー、アッキ来たわよう」
「これで部員は全員揃ったかな」
今日は野球部みんなで打ち上げを兼ねて、クリスマスパーティを開くことにしていた。
といっても、お菓子を持ち寄り、ケーキを食べるだけのささやかなものだ。
三人娘の発案だったが、数日前に決まったことなので、プレゼント交換もなし。
それでも、部室に簡単な飾りつけがしてあって、テーブルの中央には、お菓子やケーキ、ジュースと一緒にちいさなクリスマスツリーもあった。
「気分出るでしょ」
同じくサンタ帽を被った青柳さんが、かるくピョンと跳ねて微笑む。
みづほの被り物は少し違ってて――
「それ、トナカイ?」
「うん。じゃああたしたち、監督と先生呼んでくる」
三人娘に招かれて、大屋監督と水谷先生が入って来た。
「わあ、雰囲気出てるわねえ」
「いいなあ、こういうの。男所帯だと、こうはいかないよ」
大屋監督の音頭でパーティは始まった。
「家庭と子どもを持っちゃうとね、クリスマスはもう、大人のものじゃなくなるんです――代わりに別の歓びが生まれるんだけど。だから、こういうパーティは、僕にとってもすごく嬉しく、楽しいものです。まずは発案者の、そこの被り物の三人――赤川さん、青柳さん、遠野さんにお礼を言いたい。今日はどうもありがとう」
監督のお辞儀に、照れ臭そうに頬を赤らめる三人娘。
「野球部の一年めは、夏がベスト16、秋が本戦出場。いい結果だと思いますが、勿論これで満足はしてないよね。負けたとはいえ明王とも目野とも、いい試合だった。最後は力負けです。君たちなら都大会優勝も夢ではない、と思っています」
今度は俺たちが、照れてうつむく番だった。
「冬にしっかり鍛えて、春に備えましょう――普通は乾杯だけど、うちらしく行こうね。それではご唱和ください……せーのっ、りょくりょーお」
「ファイトッ!!」
*
「トモちゃん先生は、イヴの予定あるの? 彼氏とデートですか?」
赤川さんが水谷先生に、なかなか命知らずな質問をした。
「私、教師二年めでしょ? ド新人だからやること多くって、彼氏作る時間なんかないわよ」
水谷先生は変わらずニコニコしている。
女子に、ケーキとお菓子とお喋りがあれば上機嫌なのは、社会常識のようだ。
「サッカー部って、男女合同でパーティするんだって? 俺たち行かなくてよかったのかな」
度会が俺に、それとなく話し掛ける。
「ああ、断っといた。俺たちは基本野球部だから、こっちの方が大事だと思ったし、笹田も言いにくそうに誘ってたし。女子に結構なお嬢様がいて、全員を招待してホームパーティするんだってさ」
「ひえー。男女合同って、40人は居るよなあ――それが全員入る自宅かよ」
度会が呆れたように呟いた。確かに想像もつかんわ。
それに……サッカー部の男女関係って、いざ内部に入ってみると、噂に聞くハーレムじゃなく逆セクハラに近い感じだった。
笹田、いつも言い寄る女子を捌くのに苦労してたし、今回のパーティもきっとそんな感じだろう。
「ねねっ、笹田くんて彼女いるの? あのモテ男」
赤川さんは、そういうのに興味があるお年頃のようだ。
「さあ、互いにそういう話はあまりしないから――」
「怖くて校内には彼女作れない、ってさ。あっという間に修羅場になっちゃうから」
言い淀む俺に、度会が助け舟を出す。
「あー、なっとくー」
後で教えてもらったが、笹田には中学時代からの、他校の彼女が居るらしい。
サッカー部のパーティが跳ねてから、彼女の待つ少し離れた駅前まで駈けて行き、束の間のデートをした、ということだ。
「じゃあ、今夜の予定があるのは監督は別にして、あっきぃとみづほだけね」
違うかもしれんが、おおかた青柳さんの言う通りかもしれない。
というより、みんなの前で堂々とそんな話をしてる限り、どいつもこいつも色恋沙汰に無縁と見た。
「そうか。アッキとみづほだけ、ラブラブか」
「昔っからやってる、ただのホームパーティだよ――今年は兄貴も居るな」
みづほ、なに赤くなってんだよ。
「あー、カイさん居るんだ。会いたいなー久しぶりに」
志田の呟きに、安田と根来も反応した。
「アキ、俺たち挨拶だけ行っていいか?」
「おう。家に連絡入れとく」
赤川さんが急にモジモジし始める。
「ええっと――予定のない人でどっか行かない? ボーリングとか、カラオケとか」
「おおっ。いいな、ボーリング」
「俺もボーリングがいい」
やっぱり運動部、体を動かす方が性にあってる。
「んーと、聞かなかったことにしとくけど、遅くならないようにね」
水谷先生が苦笑しながら、ケーキの最後の一口を食べた。
*
兄貴が帰宅したのは、俺たちより遅かった。
北海道フロンティアーズに指名された兄貴は、入団発表も済ませ、OBとなった明王野球部で体づくりに励んでいた。
ドラフト指名時の珍回答で、俄かに注目を浴びてた兄貴であった。
入団時の会見で、3位指名のクセに、やたらインタビューが多かったのも仕方がない。
家族としても「またやらかすんじゃないか」とハラハラドキドキもんの会見だったが――
「スタートラインに立ったばかりのヒヨっ子ですが、しっかりブチカマシてスタートダッシュを決めたいです」
→やっぱこいつ、やるスポーツ間違えてるぞww
→逸材の獲得に失敗した相撲界、涙目www
「ぜひ、勝利の女神の後ろ髪を掴んで、しっかり引き千切ります」
→引き千切ったら負けるだろwww
→バ海斗ならやりかねんな(´・ω・`)
……というわけで、まとめページに新たな一章を刻み込んだ模様だった。
「カイ兄ちゃん、お帰りっ」
「カイさん、お久しぶりっす」
抱きつかんばかりに出迎えるみづほを片手であしらいながら、兄貴が相好を崩す。
「おう。志田に、安田に、根来。来てくれたのか――まあ遠慮はいらん、上がれ」
もう既に我が家の居間でお茶を飲んでた後輩たちに、兄貴はそう言いながら玄関から上がってきた。
*
野球一家に野球部員が揃えば、自然と野球の話になる。
「秋は残念だったなあ。夏に対戦した手応えを思えば、お前らもっと上に行けたのになあ」
「仕方ないっすよ。目野は強かったっす」
「準優勝ですもんね」
「アクシデントもありましたから。みづほの負傷」
「うう……もうしませーん」
「ありゃどうしようもねーだろ」
泣きマネをするみづほに、みんなのツッコミが入る。
「カイさん、北海道に行ったんですよね?」
「ああ、入団発表の時な。やっぱ施設が充実してたよ――でも高卒は、二軍スタートだって言われた。大仏のある町だ、千葉県カマクラの寮に入る」
「鎌ヶ谷っす、カイさん」
兄貴にしてはハイブリッドな間違いだ。
「来年の緑陵は、うちより強くなるかも知れんぞ? 千秋出身のセンターラインが健在で、新入部員も入ってくれば、甲子園も夢じゃない」
兄貴がお世辞や社交辞令を話す性格じゃないのは知ってる。その言葉はありがたく頂戴しよう。
「そういや、千秋シニアからは誰が緑陵に来るんだ?」
「あ――そういや聞いてないな」
「うん」
みんなで顔を見合わせる。
時期的には推薦枠はもう決定してる筈で、しかも緑陵と千秋シニアは、既に太いパイプで繋がれてると言っていい。
有力選手の何人かが、入部してくると考えるのが自然だった。
「去年は、監督が自らスカウトしに来たんだよね」
「そうそう」
スタッフが増えたという話は聞かないから、今年も監督直々のスカウトで推薦が決まっただろう。
「ね――今度、監督に訊いてみよ?」
「そうだね。俺も気になる」
俺らの時代は男女交際つったら、この程度でした(一部を除くw)。
パリピとか、マジでよく知らん。
まだ一年生同士、東京にしては田舎の学校、しかも保護者付きなので大目に見てやって下さい。




