みづほの友達
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「えっ? みづほちゃんに友達いるか、って? 私とキコちゃんが居るじゃない」
俺の問いに、青柳さんが怪訝そうな顔をした。
「あっ、いや……訊き方が悪かったな。みづほって、A組で浮いてたりしてない? きちんと学校生活送れてる?」
青柳さんにこんな変なことを訊くのは、先日の上杉さんの話が原因だった。
「上杉さんて、友達いなかったんですか?」
「うん。ホントよ」
部室での楽しい昼食会の最中、上杉さんがシャレにならない打ち明け話をさらりと始めた。
「えーっ。こんなに綺麗でステキな人なのにーっ。ふしぎー」
「うふふっ、ありがと。でも私、芸能科なのに全然売れてなくて、男子と野球ばっかしてたでしょ? 周りの女子たちと話が合わなくって――おまけに芸能科で野球部に入ってる男子も居なかったから、クラスではとことん浮いてたの」
そうだったんだ――「女子が」なのか、「芸能人が」なのかは分からないけど、大変なんだな。
「クラスでは話す人も居なくて、芸能科じゃ普通クラスにもそうそう行けないから、ひとりでお弁当食べてた。練習はキツかったけど、部活が私のオアシスだったわ」
「でも――そんなこと笑って話すってことは、今は違うんですね?」
「おっ、鋭いねー。その通りよ――やっぱ、認定試験に受かって、ベンチ入りできたのがきっかけだったわ。ヒットも打てて、すごい幸せだった」
堀内学園は、夏の東東京大会でベスト8。上杉さんは途中出場だが三、四回戦に出て、四回戦ではヒット1本打った。
「みづほちゃんほどじゃないけど、結構メディアに取り上げてもらって、野球絡みで仕事も来るようになって。今じゃ岡野里奈ちゃんとか、斎藤果歩ちゃんとかと親しいよ」
「あーっ、知ってる。アイドルグループの人たちですよね」
「あら、よく知ってるわね。そんなわけで、認定試験が私の人生を変えてくれた――みづほちゃんが居なかったら試験は100パーなかっただろうし、私にとってみづほちゃんは、大恩人になっちゃうわね」
にこやかに話す上杉さんに、みづほは大照れだった。
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で。そんな話を聞いてしまうと、幼馴染としては少なからず心配になるわけだ。
上杉さんとみづほの境遇は、似ている。
みづほは芸能人ではないが、野球の活躍で全国に報道されまくったせいで、今や緑陵いちばんの有名人だろう。
みづほがクラスでハブられたり、辛い目にあったりしてないか。
そんな質問を、野球部唯一のA組のクラスメイトである、青柳さんにぶつけたくなったのだ。
「タダじゃ教えたくないな。ジュース1個、奢って?」
「おっ、いいよ」
自販機までふたり出掛けて、悪戯っぽく笑う青柳さんに紙パックのジュースを渡す。
中庭の人気の少ないとこを選んで、縁石に並んで腰かけた。
ジュースのパックにストローを挿しながら青柳さんが話し始める。
「みづほちゃんが苛められてたり、嫌われてるかって質問の答えは、ノー。あの子自身は優しいし控えめだし、人の悪口は言わないし――みづほちゃんを嫌いな人は居ないわ。でも孤立してるか、って質問の答えは……イエスよ。友達って呼べるのは、私とキコちゃんくらい」
青柳さんがジュースをチュッと吸って、ストローをくるくるっと回した。
「みづほちゃんはね……太陽なの。眩しすぎて近づけないし、近づき過ぎると大ヤケドしちゃう」
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「そうか? 確かに野球に関しては天才だけど、それ以外は、みづほは普通だと思うけどなぁ」
「あっきぃは小っちゃい頃から一緒だったから、どこか感覚がマヒしてるのよ。みづほちゃんて、ホントに何でも出来ちゃうのよ? しかも、ほぼ完璧に」
青柳さんに、呆れたような視線を向けられる。
「体育の授業でさ、バスケ部のサトちゃんにお手本見せてもらうでしょ、ドリブルとかシュートの仕方とか。みづほちゃんて、それを見ただけで10分もすると、サトちゃんより巧くなっちゃうの。ムキになっていろんな技を繰り出すと、その技まで完コピしちゃう」
ああ――それは何度か聞いたことあるわ。
「最後、サトちゃん涙ぽろぽろ零しながらプレーしてたもん――可哀そうだったよ」
青柳さんはスカートの裾を気にしながら、膝を抱えた。
「勉強だってそうよ。こないだの中間テストの結果、見たでしょ?」
廊下に成績上位者が張り出される、アレな。
「みづほ、怪我のせいで部活が出来なくて、勉強する時間が増えたって言ってた」
「そうだよねぇ――」
その結果は、二位に20点差つける、圧倒的な一位。
「ちょっと本気出しただけでアレだもん。私の小っちゃなプライド、ズタズタよ」
青柳さんもまた、常にトップ10に名前を連ねる秀才だ。
「A組って、特待生とか、選りすぐりの人たちもたくさん居るわけ。それが、あんなに差をつけられて完敗でしょ。みづほちゃんには何をやっても敵わない、そんな空気が早くもあるわね」
「でもさ。みづほがもの凄い努力家だってのは、紫苑も知ってるよね?」
「もちろんよ。頭の回転がとんでもなく早いのも知ってる。知ってるからこそ、私とキコちゃんは友達でいられるのよ――でもね、みづほちゃんをよく知らない人は、そこまで割り切れないんじゃないの、普通は」
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青柳さんはストローをチュッと吸って、紙パックをカラカラと揺する。どうやら飲み終わったらしい。
「何でも出来る人間って、どんだけ人生が楽しいだろう、って思ってたけど――みづほちゃんを見るかぎり、そんな簡単なものじゃないって分かったわ。だってホントに優しいんだもん、あの子。すべてに勝ち続けるって、負けた凡人たちのいろんな感情を、全部背負って生きていくことなのよね……」
時折みづほが見せる哀しそうな表情って、それに近いものなのかな。
「だから、みづほちゃんが男子と一緒に野球をやってるのは、ある意味正解なのよ。どうしても敵わない体力の差があるとこで、何の気兼ねも手加減の必要もなく、全力で頑張れるから」
「俺は、さ……みづほがどこまで行けるか、見ていたいんだ。みづほには、どこまでも自分を高めてほしいよ――」
「あら、それは私も同じよ?」
青柳さんが立ち上がって、お尻をパンパンと払い、可愛く頚を傾げて俺を覗き込んだ。
「私、みづほちゃんの友達で、ほんとによかったと思ってる。キコちゃんとよく話すの――私たちは彼女の大ファンだし、ずっと応援し続けるし、何かあったら支えになりたいと思う」
「ありがとう……」
思わず、口を衝いて言葉が出てしまった。
「やあねぇ。どうしてあっきぃがお礼を言うのよ」
「んっ、いやっ、なんとなく――」
「変なの」
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その時だった。
「ちーちゃーん。紫苑ちゃーん」
みづほの声がする。そう言えば今日は病院に行く日だったっけ。
「ギプス取れたよっ、完治だって。もう野球できるよー」
これ以上ないくらいニコニコしながら、ギプスから解放された左腕をブンブン振り回す。
おいっ、治ったばかりであんまり無茶すんなっ。
「み・づ・ほ・ちゃん?」
青柳さんが笑顔を貼り付かせて、みづほの前に立ちはだかった。
――こういう時の青柳さんって、怖いぞ。みづほも反射的に、そう思ったらしい。
「あっ、紫苑ちゃん? その、ね――」
「みづほちゃん、今のどこまでホント?」
「あのねっ、完治まではホントなのっ。リハビリを少ししたら野球できますよ、って、あのっ、嘘ついたわけじゃなくって、ちょっと嬉しすぎて話を端折ったというか――」
「リハビリを『少し』?」
青柳さーん。笑顔が怖いぞー。
「――はい。正確には、リハビリをしっかりしましょう、と言われました……」
持ってたジュースのパックを俺に渡すと、小柄な青柳さんは背伸びして、みづほの首根っこを掴まえた。
「水谷先生にリハのメニュー、組んでもらいましょ。あっきぃ、ジュースご馳走さま」
そう言うと、そのままみづほを引き摺るように、体育教官室まで連行する。
「やーん。シーズンが終わっちゃうー」
「何言ってんの、しっかり体作らなきゃダメでしょ」
子どものように駄々をこねるみづほを、宥めたり説教しながら、唖然とする俺を残して去っていった。




