シーズンオフの旅人たち3
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週末は練習試合。ただし野球ではなく、サッカーの試合だ。
緑陵サッカー場に、都立川端を迎え入れて行われる。
都大会の一回戦で負けた相手だそうで、そのリベンジの意味があるらしい。
「ちーちゃん、応援に行くね」
なぜだかみづほが張り切っている。
「サッカーだよ? 足手まといにならないのが精一杯さ」
「あたし、お弁当作ったげる」
いつもの事ながら、話聞いちゃいねえ。
片腕で弁当作れんのかよ、とも思ったが経験上、これ以上の議論は不毛だ。
試合前ということで、貴重な野球の練習日もサッカーに当てられてしまい、計4回の練習で、ほぼぶっつけでの試合出場だ。
練習で分かったのが、野口がトラップ&クリアが異様に巧い。
一度にたくさんの事をしようとすると混乱するが、元々野口は運動神経は悪くないし、「これだけはやっとけ」式の単純明快な課題はきちんとこなせる。
逆に志田は、サッカーでも時間を掛けて成長するタイプのようだ。持ち前の俊足でボールの落下点に入るのは速いが、まだ距離感を掴みかねている。
というわけで、試合の先発は、右のサイドバックが野口、左が俺に決まった。
志田はリザーブにまわる。
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試合にはみづほだけじゃなく、赤川さんと青柳さんも応援に来てくれた。
三人娘が俺たちのサッカー姿を見て、ニヤニヤ笑っている。
「ほら、三人とも表情硬いわよー。もっと自然な感じで」
「写メ撮んのかよ……わっ、紫苑、ビデオ回すのは頼むからやめて」
「えーっ、いいじゃない。試合は欠かさず撮んなきゃ」
青柳さんって大人しそうだけど、その――意外にアレなんだ。
多分、この冗談のためだけに、ビデオ機材一式持って来ている。
短髪姿にサッカーの上下を着た俺たちは、サッカー部の華やかな連中と比べると、まるで中学生だった。
「完全にユニフォームに着られてるよねー」
「あら、初々しい感じがステキだと思うけど」
あーあー、何とでも言っとけ。
「三人分のお弁当、みんなで作っといたから楽しみにしててねっ」
「おっ、そうなの? 嬉しいな、ありがとう」
赤川さんの言葉で、少しだけやる気が出た。
緑陵の設備はなかなかのもんで、専用のサッカー場には、簡素だが50人くらい座れるスタンドまである。
「ギャラリーすごいね」
なんと、スタンドの大部分が我が校の女子で埋まっていた。
「サッカー部、イケメン多いから。隠れファン相当いたのね」
「笹田くん人気じゃない? あの人イケメンだけどチャラチャラしたとこないから」
「あー。分かるー」
――モテるのには理由があるんだなあと、つくづく思う。
気付くと、みづほがじーっと俺を見ていた。
何だい? 目で合図をする。
「……試合、頑張ってね」
「ああ、出来ることをきちんとやる。それは野球と一緒だよ」
「そうね」
間もなく試合前の練習だ。部外者のみづほたちはスタンドに移動する。
「カッコいいよ、ちーちゃん。野球のユニフォームの方が好きだけど」
別れ際に、みづほが耳元でそっと囁いた。
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40分2本の試合は、緑陵が終始圧倒していた。
ほとんど敵陣でゲームが進んでいたので、攻撃に参加しない俺たちは、何もすることがなかった。
前半40分でボールに触ったのは、野口が2回、俺が3回。
いずれも零れ球をクリアしてタッチラインを越えるお仕事だった。
2対0のリードで、ハーフタイム。
サッカー部の連中はオフェンスのチェックだろう、凄いスピードで議論と確認を繰り返している。
「秋山、ポジショニングなかなか巧いな」
声を掛けてきたのはディフェンスリーダーのセンターバック、古田。
「サンキュ。あれでいいか?」
前半はボランチやサイドハーフとの距離を測りながら、スペースが空かないよう位置取りに注意してみた。古田は、そのことを言ってるのだろう。
「できれば、今より1メートル後ろで守ってくれ。お前の間合いじゃないんだろうが――巧いとこだと、お前の頭越しを狙ってくる」
「ああ、分かった」
後半に入っても緑陵の勢いは止まらず、俺たちは相変わらずやることがなかった。
この展開では応援女子たちもイケイケで、トップ下の笹田がボールを持ったり、シュートをする度に黄色い歓声が飛んだ。
少し気持ちに余裕が出来たので、スタンドを観察する――予想どおり女子サッカー部はほとんど来てた。
一緒に練習してきた仲だもんな、ハーレム云々は別にしても、気になるのは当たり前か。
七見さんら三年生の姿もあった。
みづほの姿も確認――あれ?
隣にいる、私服姿の髪の長い女子……この学校に居たっけ?
遠くからでも、ひと際目を惹く美人なのが分かった。
みづほと親し気に話してる様子を見ると、知り合いなんだろうが――誰だったっけ。
後半に、野球部的にちょっとしたハイライトがあった。
一瞬の隙を突かれ、都立川端がカウンター攻撃。
手薄な自陣に、珍しく相手の選手が襲いかかってきた。
ボランチが必死に下がってきたところを左に展開、サイドからの突破に切り替える。
すると、途中から出場していた右サイドバックの志田がもの凄い速さでボールに追いつき、ドリブルで抜こうとしていた相手ミッドフィルダーに体を入れ、鮮やかにカット。
ボールはタッチラインを割り、ピンチを脱した。
「うおーーっ!」
「志田っ、今のメチャクチャ良かったぞっ!!」
笹田たちから、半ば驚きの混じった称賛を浴びながら、志田はいつものように無表情でピッチを走って行った。
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試合は4対0の完勝。
川端イレブンと握手を交わした後に、志田の肩を叩く。
「――狙ってたんだろ? さっきのプレー」
「ああ。イメージ通りにやれた」
手短だが、満足気に志田が応える。
「秋山……」
「おう、笹田」
前後半ほぼ攻め続けて、へとへとになった笹田が、俺をねぎらいに来た。
無言のまま、固い握手を交わす。
笹田の目が潤んでいる――何か話すと泣いちまうんだろう。
「サッカー部初勝利、おめでとう」
俺の言葉に、笹田は無言のまま、俺を抱きしめてきた。
……気付くと肩越しに、笹田が男泣きに泣いている。
とうとう堪えきれなくなったらしい。同じ主将同士、気持ちは分からんまでもなかった。
「バカ、こんなとこで泣くなよ。お前のサッカー部は始まったばかりだろ?」
「だって、よう……勝ってこんなに嬉しいのは初めてだよ――ありがとな、秋山。ありがとな……」
女子サッカー部の連中もピッチに下りてきていて、男女ともほぼ漏れなく貰い泣きしていた。
――創部半年、やっぱり相当な苦労があったのだろう。
中学でバリバリやっていた人間が、部員が足りずに一年間の雌伏を強いられる……
わが身に置き換えてみれば、これは大変な話だった。
俺にとっての目標はプロ野球選手だが、笹田らもJリーガーなど夢見ているものがあるだろう。
そんな中で、限られた高校生活のまる一年を、ほぼ練習だけで過ごすというのは、想像以上にしんどかったと思う。
俺たちをコーチしてくれた七見さんたちも、涙で顔がぐしょぐしょだった。
「君たち、よく頑張ったよ……君たちのお蔭で、男子サッカー部がようやく結果出せたんだ、ほんとに何と言っていいか――」
それだけ言うと、女子三人で抱き合って号泣した。
――そうですね。俺も、何と言っていいか、正直言葉に困ります。
でも、笹田になら言えるかな。
俺は笹田の両肩を掴んで、ヤツの目を見つめた。
「笹田、今日はおめでとう。これからもよろしく」
「――ああ、これからだな、そのとおりだ……よろしく」
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みづほたち三人娘は、ピッチのすぐ脇で俺たちを待っていた。
三人ともサッカー部の門出に感じるものがあったのだろう、少し泣いた形跡がある。
――で、試合中にみづほと話していた超美人も、そこにいた。
「久しぶりね、ちーちゃん」
うわあ、笑顔がめっちゃ眩しい。
秋物のセーターにミニスカ、ブーツにニーソックス。
薄手のコートで巧くコーディネートされた出で立ちは、まさに別世界の住人。
ファッション雑誌からポン! と飛び出してきた人みたいだ。
――で。いったい誰だ?
俺を「ちーちゃん」と呼ぶのは、みづほくらい。
こんな美人に知り合いが居たっけ……
「もしかして、分かんないの? 堀内学園の早矢香さんじゃない」
……あっ! 上杉さんだっ!!
みづほの言葉に、ようやくイメージが繋がる。
分からんかった……日焼けもすっかり取れてて、全然雰囲気違うもん。
「上杉さん、お久しぶりっす! いやあ、けして分からんかったわけじゃ……」
「ダメねぇ、男って」
見え見えの嘘はすぐにばれて、3+1人の女子たちはクスクス笑った。
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上杉さんを迎え入れて、野球部の部室で昼食を摂ることにした。
「みづほちゃん、怪我したっていうじゃない。励ましに来たらサッカー場で、しかも御馳走にまでなって、なんだかサプライズの連続ね」
楽しそうに微笑む上杉さん。
「それにしても志田っち、カッコよかったじゃない」
「そうそう。野球部の意地、見せたよねー」
女子たちの称賛に、志田が無言のまま、ポリポリと頬を書いている。
「んあ」
「わかってる。ノグちんもカッコよかったよっ」
声を出した野口に、赤川さんが両肩を叩いてフォローした。
さて、お待ちかね。
三人がテーブルいっぱいに弁当を広げる。
「お握りは紫苑ちゃん、揚げ物とポテサラはあたし。みづほちゃんは片腕塞がってるからいい、て言ったんだけどね。まあ、自由課題ということで」
「そうなの、炒め物くらいしか出来ないの、今は。ご飯炊くのも一苦労」
「こんな時くらいオミソになりなよ、みづほちゃんは。甘えさせたげるから」
「うん。紫苑ちゃんありがと」
「おおーっ、うまそーっ」
俺たちは思いっ切りハモって女子たちを褒め讃えた。
「いっただきまーす」
暇だったとはいえ運動後の俺たちは、ほぼ奪い合いのように弁当を平らげていった。
少し腹が落ち着いて味が分かってきた頃――
「みづほの炒め物、何だか苦い」
「えっ? おいしいよぉ」
「アッキ、これゴーヤチャンプルーだけど、ひょっとして知らない?」
うん。何それ。
「この苦味がおいしんだけどなあ――ね、あっきぃ。もしかしてマヨネーズ、好き?」
青柳さんは俺のことを「あっきぃ」と、少し語尾を伸ばす。
「うん。マイマヨネーズ持ってる」
「あっちゃー。こりゃ重症だぁ」
「みづほちゃん、あなた将来苦労するわよぉー」
「そっ……そんなんじゃないもん――」
上杉さんのツッコミに、みづほは何故だか真っ赤になって、ポテサラをいつまでも掻き回していた。




