シーズンオフの旅人たち2
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サッカー部の初練習に向かいながら、笹田が話しかけてきた。
「秋山、お前サッカーについてどのくらい知ってる?」
「手を使っちゃいけないのと、オフサイドくらいだよ。おおまかなポジションの名前も少し調べたけど、フォーメーションとかチームによって全然違うのな」
「うちは今のとこ4-2-3-1だな。新入部員が入ったら、来年は変わる」
その用語が、既によく分からない。
「お前たち野球部に求めてるのは、運動量だ。効率よく動いてくれ。それと、ボールをなるべく後ろに逸らさないこと、それは野球も同じだよな? あとは俺たちでなんとかする」
「お……おう」
サッカー場は女子と共用で、アップは男女合同。
その後は半分ずつグラウンドを使って、男女別々で練習するのが常らしいが――
「俺たちは試合前の調整をするから、お前たちは女子に基礎を教わってくれ」
「分かった」
女子サッカー部は大所帯で、30人近く居た。
「一二年だけでこんなに居るのか? 女子は」
「いや、三年生が三人いる。ほんとは引退してるけど、お前らのコーチ役を喜んで引き受けてくれた――七見さん、ちゃっす。こいつらをよろしくお願いします」
七見さんと呼ばれた女子が振り向いた。
長い髪を後ろでお下げにしたスレンダーな美人だった。元主将で女子サッカーのエースだった人だ。
「あっ、王子。この子たちね――ふーん、鍛えてるじゃない。いい体してる」
――王子……?
「三年生の方々にご協力いただけるなんて、恐縮です。ホントにありがとうございます」
「やあねぇ、私と王子の仲じゃないの。遠慮しなくていいのよ、ねえみんな」
更にふたりの三年女子がやってきて、萩原さん、浅尾さんを紹介された。
みんな、思ったより華奢で小柄だ。脚も結構細い。
三年女子の先輩方は、俺たちそっちのけで笹田に纏わりついている。
「こいつらを試合で使えるようにしてやって下さい。よろしくです」
「しゃっす。よろしくです」
「うん。分かったから後でよろしくね、王子」
「ナナだけずるーい。王子、あたしにも、ねっ」
何か……凄いな。確かに笹田はイケメンの部類だが、それにしても異様なモテ方だった。
「ところで笹田お前、王子って呼ばれてるの?」
「……頼む、聞き流してくれ」
小声で訊く俺に視線を合わせず、笹田は声を絞り出した。
この分だと「後でよろしく」の内容も、教えてくれそうにはないな。
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笹田相手にフェロモン全開のお姉様方だったが、幸いにも俺たちには到って普通に接してくれた。
「君たちが担当するポジションはサイドバックと言って、守備がメインなの。まずはディフェンスの基礎とコツを中心に教えていくわね、ボールは前に蹴れたらどうでもいいから」
ずいぶん乱暴に聞こえるが、残り一週間足らずで試合に出すには仕方ないんだろう。
まずはマンツーマンのコーチングらしい。俺は七見先輩とのコンビになった。
「サッカーのディフェンスに大事なことは、何か分かる?」
「えっと――ボールを後ろに逸らさない、でしょうか」
笹田の受け売りで応えると、七見さんはにっこり微笑んだ。
「そうね。相手に抜かれるのも含めると概ね正解かしら。まずトラップからよ、ボール蹴るから受け取って」
そう言うと、七見さんは俺に向かって、かなり強いボールを蹴ってきた。
マジかよーっ。
この人たち、子供に泳ぎを教えるのに、いきなり船から海に叩き込むような真似してるんじゃないか?
仕方なく膝を落として、胸で受け止める――いってえ。
ボールは俺の前で大きく跳ねた。
「それを私にパス! 早くっ!!」
すかさず七見さんの声が飛ぶ。バウンドしてるボールを慌てて蹴る。
力ないボールが、七見さんの少し横に転がった。
「もっと強く蹴っていいよ。次っ!」
またボールが俺のとこに飛んでくる。今度は脚かな――後ろには逸らさなかったが、ボールの勢いを殺せず、前に跳ね返ってしまう。
「こういう時も、さっきみたいに膝を使うの! もう一度っ!」
おお、そうか。
だんだんボールのスピードにも慣れてきて、要領も掴めてきた。
「秋山くん、だっけ? ホントに君、サッカーやったことないの?」
「はい。遊びでやったくらいです」
「ふーん……さすが野球部のキャプテンねえ――男の子って、凄いなぁ」
七見さんが少し目を伏せながら呟く。おっ、褒められてる。なんか新鮮な喜びだ。
「それじゃ、本気で行くよっ! それっ!!」
グォォォォーン。
さっきまでとは比べ物にならない豪球が、唸りを上げて飛んで来た。
マジかーっ!!!
*
トラッピングからパス、次にはボールを奪う為の、体を入れるステップ。
個人レッスンが終わる頃には、ボールの当たったとこやら、日頃使わない筋肉が痙攣するやらで、あちこち痛みが走っていた。
「うーん、鍛えがいがあるわあ、この子たち。飲み込み早いし」
先輩のお姉様方は、新しい玩具を貰った子供みたいにすっかり上機嫌だ。
外見だけなら可愛い顔してるんだが――俺たちには鬼に見えた。
全然手加減してる気配がない。
三対三で、ディフェンスの基本的なフォーメーションを教えてもらっている最中に、男子サッカー部の監督に挨拶された。
「野球部には感謝してもし切れないよ。部員たちが張り切っちゃってね……早速試合で大変だけど、頑張ってくれ」
監督の前寺さんが、爽やかな笑顔で握手をしてきた。
お。サッカー部は監督もイケメンだ。
「監督、この子たち、見どころありますよ」
七見さんが息を弾ませて、前寺監督に駈け寄ってくる。
「そりゃそうだよ。都のベスト16まで行った精鋭だもん、違うスポーツだってこなせるさ――で、もう大丈夫かい?」
「はい。ひと通りは教えました」
「ありがとう――君たちにも何かお礼しなくっちゃ、ね」
監督のその言葉に、三年女子の何かに火が点いたらしい。
「じゃあ、じゃあ、デートしてっ」
「不倫してー」
「ダメだよぉ。俺をクビにさせるつもりかい?」
「いいよ、卒業したらあたしが養ってあげるからっ」
――俺、入る部、間違えたかなあ。
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すぐに監督が「もう大丈夫か」と訊いた意味が分かった。
ひと通りコーチを受けた俺たちは、男子の試合形式の練習にブチ込まれて、ガチの攻撃陣の相手をする羽目になったのだ。
――やっぱこいつら巧いわ。スピードもテクニックも、女子とは桁が違う。
野球における俺たちと同じで、ユースや中学のサッカー部からスカウトされてきた連中が半数以上を占めるメンバー。
今日サッカーを始めたばかりの俺たちが敵う相手ではなかった。
三人交替でふたつのサイドバックを務めたが、練習が終わる頃には俺たちはボロ雑巾のようになって、ピッチに大の字になっていた。
「お疲れ」
笹田が飲み物を片手に、手を差し伸べてくる。
「お――サンキュ」
俺は笹田の手を取って起き上がり、ドリンクのストローに食らいついた。
「秋山、なかなか良かったぞ。初心者とは思えない動きが結構あった」
「はは――七見さんたちのコーチのお蔭かな」
サッカー部の連中に翻弄されながら、必死にボールを追いかけて、気づいたことはあった。
視野を広く持つ、ということだ。
ボールだけに集中してちゃダメで、フィールド全体を見渡して、ゲームの展開を読んで、自分のやるべき事を見つけていく。
これは、野球にも通じることだと思った。
「秋山と野口はガタイがいいから全然倒れないし、志田はチームの誰より足が速い。いい戦力だよ――なあお前ら、このままサッカー部に正式入部しろよ」
「バカヤロ、俺が野球を裏切るわけないだろ」
まあ、褒め言葉として取っておくよ。
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次の日もサッカー部で練習。七見さんたちは今日も来ていた。
昨日今日では、三年女子のボール回しについては行けないが、多少なりとも目が慣れてきて、時々ボールを奪えるようになった。
ドリブルでボールが離れた瞬間を狙って、体を入れて邪魔をする。
ドン。萩原さんの軟らかい体が当たる。
「あ、いったぁ……手加減してよ、体格違うから吹っ飛ばされちゃうじゃない」
「すんません。でも、こっちも必死すから」
「言ってくれるじゃない――」
ポジション別の練習ではひたすらトラッピングにクリア。
「ちょっとつまんないかも知れないけど、ディフェンダーには必要なスキルなんだ。キックでしっかりプレーを切ってくれれば、充分に仕事したことになるから」
センターバックの古田が細かく教えてくれる。
「秋山は内野手だから、結構見えるだろ? フィールドの動きとかゲームの流れとか」
「ん? サッカーは素人だけど、全員の動きくらいなら何とか」
「そうだろうな――なおさら色んな事したくなるだろうけど、今んとこは我慢してくれ。的確なパスって難しいし、自陣でのパスミスは失点に即繋がるから」
その次の日。待ちに待った、野球の練習日だ。
ユニフォームに身を包んでグランドに立った時、不覚にも目頭が熱くなった。
今日は、久しぶりの野球部全員集合。
みづほもジャージ姿で、ニコニコと練習を見ながら、グラウンドの周りを「歩き込み」している。
「サッカー部どうだった? 噂通り笹田のハーレムだった?」
度会が冗談混じりに話しかけてくる。
笹田は至って真面目にサッカーやってたが、周りが、な。
「笹田は普段通りだったよ」
俺からは、それを言うだけに留めておいた。
「それよりテニス部はどうなんだよ。女の園だったろ?」
緑陵は元女子高だった関係もあり、運動部で男女分かれてるのはサッカー部くらいしかなく、陸上、テニス、バドミントン、剣道、卓球男子は、それぞれの女子部に附属してる状態だ。
テニス部には、男子部員はふたりしか居なかった筈。
「まだ分かんないけど、バッティングに通じるとこは有りそうだな――あと、度会がモテる、つーのは再確認した」
松元がニヤニヤしながら話す。
「おーおー。見事なブーメランじゃないか、度会」
「んなことないけどなあ」
嘘つけ。お前はモテるよ、気遣いが出来るし、女子に優しいから。
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キャッチボールをしながらでも、サッカーをした後のせいか、僅かな違和感があった。
野球であまり使わない筋肉を、使っているのかな。
ただ、悪い予感はしない。
今の違和感がどの方向に行くかは分からないが、とりあえずはサッカーを続けてみよう。
打撃練習、守備練習でも、俺の目を通して、グラウンドが何となく新鮮に感じる。
みづほが居ないせいで、それぞれのメインポジションと異なったとこを守っているため、今日のフォーメーションプレーはぎこちなかった。
各自がひとつのボールの為に、生き物のように全体的に動かないと、巧くいかない。
それは、野球でもサッカーでも、同じだった。
野球だと、ボールを円滑に目的のベースまで運ぶためのメインラインと、エラーが生じた時のバックアップ。
サッカーだと、ボールは遥かに流動的に動くので、フィールドになるべくブランクを空けないこと、かな。
今度の試合では、それを意識して動いてみよう。そう思った。
サッカー編開始! なんちゃってw




