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俺の幼馴染は甲子園を目指す  作者: かのさん
高校一年生編・秋
60/297

秋季東京大会一回戦 (VS都立目野4)


 みづほの言うとおり、時間はない。

 とりあえずタオルで汗を拭いてやった――たった今気づいたが、みづほの体は冷や汗でびっしょり濡れていた。

「まず肩から手首まで、ビッと一直線にテープを貼って? 可動域は減るけど、いくらか痛みが和らぐと思うの」

 ああ。そうして欲しくて、みづほが全部脱いだのは分かっている。だが俺の手は動かなかった。

「テープの両隣りに、肘から手首までテープをさらに二本。肘と手首にぐるっと巻いて固定して……ちーちゃん?」


「まず、おっぱいを隠せ」

 俺はタオルをみづほに差し出した。

「えっ? ――そんなのいいよぉ、別に……」

 いや、俺が良くない。

 なおもタオルを差し出す俺に、みづほは渋々受け取って右手で胸を隠した。

「なあ、みづほ。冷静になれ。これがテーピング程度で治まる怪我か? 骨折れてるかもしれないんだぞ」

「だから、応急処置だって――つっ!!」

 俺が少し左腕に触れただけで、激痛にみづほが顔をしかめる――これやっぱり、ただの打撲じゃないぞ。


「あの、なぁ。ここで無理して悪化させたら、下手すりゃ野球できなくなるぞ? チームの事より、今はお前自身の事を考えろ」

「そんなんじゃなくて――」

 みづほがポロポロと涙を零しはじめた――また、泣かせてしまった。

「あたしがここでリタイアしちゃったら……やっぱり女子には野球は無理だ、って周りから言われるのが怖くって……あたしのせいで、女子の公式戦出場が取り止めになっちゃったら……」


 そうか。

 みづほは自分のため、チームのためだけではなく、全国の野球部で頑張る女子選手たちの希望を背負ってる意識で、プレーしていたのか。

 ずっとそういう気持ちで野球をしてたとしたら、相当な重圧だったろうな。


「みづほ……」

 そんなに頑張らなくてもいいんだよ、と言おうとして言葉が詰まった。

 俺は今、どうすべきなんだろう。

 みづほの小さな肩にずっしりとのし掛かった重しを、どうしたら軽くできるんだろう。


 控室の入口に人影があった。

「なあ、もうすぐ攻撃終わるぞ……うわっ! お前ら、何やってんだっ!!」

 戻りが遅い俺たちを呼びに来た度会が、絶句している。そりゃそうだ、みづほ裸だもんな。

「きゃっ」

 みづほが短く叫び、慌ててタオルで体を隠そうとする。


 ――なあ、みづほ。その「きゃっ」ての、微妙に傷つくんだけどな。

 どうして俺なら平気で、度会にはダメなんだ? やっぱ、男扱いされてないのか?

「監督を呼んで来てくれ。みづほの怪我がひどい」

 度会にそう言いながら、みづほのバッグを漁る――あった。練習用のTシャツだ。


「みづほ、これ着ろよ」

「……でもまだ試合が――」

「みんな来るぞ? 裸のままでいるつもりか?」

「…………」

 口をつぐんで、雨に濡れた花のように悄然と項垂うなだれるみづほ。

 俺はまず、みづほの左腕に袖を通してやり、シャツを頭から被せた。無言のまま、みづほはのろのろとシャツに頸を、次いで右腕を通していった。


 ベンチにみづほを移動させて、治療タイムを貰う。全員がみづほを心配そうに見つめていた。

「――っ!」

 水谷先生が、みづほの左腕を持ち上げたり、かるく捻るだけで、痛みのあまり全身が震えている。

 激痛に耐えながら必死に声を押し殺しているのは、明らかだった。


「――どうですか? 水谷先生」

 大屋監督が覗き込みながら問いかける。

「骨が折れてるかもしれません……プレーを続けるのは、無理ですね」

「そうですか……みづほちゃん、ゴメンな」

「そんな……そんな……あたし――ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 ほとんど消え入りそうな声で、何度も何度も、みづほは謝りつづけた。


 六回裏の攻撃は三者凡退、無得点。治療による中断を挟んで、七回表が開始された。

 流れてくる選手交代のアナウンスに、球場のざわめきが止まらない。

「水谷先生、それではお願いします」

「はい。保護者にも知らせておきます」

 みづほは水谷先生と、病院に直行。

 3番には竹本が入り、レフトを守る。

 以下、セカンドに度会、サード野口、ファースト松元、ライト有沢と、大幅に守備位置を変更した。




 相手も驚いただろうが、いちばん動揺していたのは俺たちだった。

 要の一角が崩れた内野陣は、ヒットゾーンが極端に広くなった。

 俺も守備形態のサインを出すが、みづほのように大胆には行かない。

 みづほのちょっとした一言さえも、俺たち全員を支えてくれていたことに今さら気付く。


 折しも終盤、安田も少し疲れて、わずかだが甘い球が行くようになった。

 3巡目に入った目野打線は、それを逃さない。

 微妙に変化する安田の球を強振せず、コンパクトに打ち返す術さえ身に付けていた。


 ヒット性の打球が、これでもかと俺たちに降り注ぐ。

 内外野とも、不慣れな守備位置の割にはよく頑張ったと思う。

 しかし、1アウトから易々と二遊間を抜かれ、わずかな連携の遅れで併殺を取れず、いつものようなライン際のケアができずに一塁線を破る長打を喫する。


 スタートを切っていた一塁ランナーが三塁を回り、ホームを狙った。急造コンビになった、有沢-度会の中継プレーがスムースに行かない。

 余裕のタイミングでホームイン、1点を失う。


 目野の攻撃はなおも止まらない。2アウト二塁。

 カキーン。

 またも鋭いゴロが、今度は三塁線を襲う。サードに回った野口がグラブを差し出し、キャッチしようとして大きく弾いた。


 ボールがファウルゾーンに転々とする――レフトの竹本のバックアップがないのに気付いた。

「竹本っ! バックアップだ!!」

 ボールを必死に追いかけながら、大声で怒鳴った。

 自分のミスに気付いた竹本が慌ててバックアップに向かうが、時すでに遅し。

 ランナーは悠々とホームイン、同点に追いつかれ、バッターには三塁まで進まれてしまった。


 2対2の同点にされ、2アウト三塁。タイムを取るのは、主将の俺の役目だろう。

 マウンドに野手陣が集まる。ベンチに選手は居ないので、伝令は来ない。


「ホント――ごめん」

 タイムリーエラーの野口が安田に謝る。

「いや、あれは球足速かったし、むしろよく追いついた方だろ――俺こそベースカバーが遅れて、ゲッツー取れなかったのが……」

「度会、引き摺るな。これからいいプレーをすればいい」

 根来が正論を唱える。

「で? これからのプランは?」

「いつもと同じだ。低めをなるべく突いてゴロを打たせるから、頑張ってアウトにしてくれ」

「おう」

 その通りだ。浮足立ってはいられない。

「分かった、任せろ」

「任せたぞ」


 だが、目野打線の勢いは予測を超えていた。

 低めのシュートをすくい上げられる――あるいは、安田のボールが少しだけ高かったのか。

 打球が俺の頭上を越していく。

 レフト前ヒット、この回で一気に逆転された。湧き立つ都立目野のベンチ……くそっ。


「まだ大丈夫だっ! 2アウト、しっかりシメよう!!」



 2対3と逆転された七回裏、緑陵の攻撃。

 いつもなら円陣を組んで、相手の投球内容をまるまる1イニング観察していたみづほが、投げてる井上について分析結果を披露し、攻略のアドバイスを送る場面だ。

 しかしみづほは、居ない。


 それでも円陣を組んだ。

「ゴロちゃん、井上の投球内容はどうだ?」

「横の変化が多いかな――スライダー系のストレートと、シュート系のツーシーム。それ以上はちょっと分からん」

 ――そうだよな。みづほが詳しすぎるんだ。

「ストレートは走ってたか?」

「ああ。調子はいいようだ」

「……力負けしないように、しっかり振っていこう」


 情けないことに、それくらいしか言えない。前の回はみづほの事で、投球を見るどこじゃなかったもんな。

「おう」

「みづほに勝利をプレゼントするぞ!」

「おうっ!!」

「りょくりょーお」

「ファイトッ!!」


 根来が言うとおり、井上のストレートは走っていた。ほぼ速球だけで安田を打ち捕る。

 1アウトから志田は、初球にセーフティバントを試みた。

 いい狙いだし、いいバント。三塁側のいいところに転がった。

 これは期待できるかなと思ったら、マウンドの井上が猛然とダッシュする。

 グラブでキャッチすると、大きなフォームで矢のような送球をした。

 間一髪、アウト。完璧なフィールディングだ――井上って、実は凄い選手なんじゃないか?!


 続く度会も倒れて緑陵、三者凡退、無得点。

 流れをこちらに引き寄せることができない。


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