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俺の幼馴染は甲子園を目指す  作者: かのさん
高校一年生編・秋
59/297

秋季東京大会一回戦 (VS都立目野3)


 五回裏の緑陵の攻撃は、9番の安田から。

 この回も続投の足立さんは、左バッター相手には、やや投げにくそうだった。

 さらに、前の回からそうだったが、明らかなボール球や、甘い球も増えてきている。


 四球め、真ん中近くの曲がりきらないカーブを安田が捉えた。

 カキーン。

「ナイス、安田!」

 センター前ヒット。緑陵、この試合初めての先頭打者の出塁だった。


 1番の志田は手堅く送りバント。

「そろそろ投手交代、あるかもね」

 みづほが呟きながらネクストに向かう。

 2番度会が、甘くなったコースを狙い打つ。いい当たりだったが、レフトの正面だった。

「あーっ」

 度会が頭を抱えて天を仰ぐ。


「アキ、ガンバだ」

「ああ」

 松元と短く言葉を交わしてグラウンドに向かった。


 2アウトとなったが、ランナー二塁、打席にはみづほ。追加点のチャンスであることには、変わりはない。

「タイムお願いします」

 目野ベンチから伝令が飛び、マウンドに野手が集まる――交代かな――そう思ったが、足立さんは続投だった。


 ゲーム再開。足立さんがランナーを確認し、投球モーションに入る。

 その初球だった。

 渾身のストレートがすっぽ抜け、みづほの顔面近くを襲う。

「きゃっ」

 とっさに左腕で顔をガードしながら避けるみづほ。

 だが避けきれず、ボールはみづほに当たって大きく角度を変えて飛んで行き、みづほは派手にヘルメットを飛ばしながら尻餅をついた。


「みづほっ!」

 俺はバットを放り出し、我を忘れてみづほに駈け寄る。

「――あ。ちーちゃん」

「みづほっ!! 顔か? 頭かっ!?」

「大丈夫よ、左腕――ちょっと痺れてて、まだ痛いけど」

 ふーうっ。命に別状はないようだ――大袈裟かな。いや、そうでもなさそうだ。

 緑陵のみんなが、血相を変えてみづほに駈け寄ってくる。


「ううん、ホント、大丈夫だから。頭にも顔にも当たってないから」

 皆に説明しながらみづほは、アンダーシャツを肘まで捲ってみせる。

 前腕の、ボールの当たったところが赤くなっていた。それほど腫れてもいない――よかった。大したことはなさそうだ。


 マウンドでは足立さんが、ほんとに申し訳なさそうな顔で帽子を取ってこちらを窺っている。

 治療の終わったみづほは、大丈夫よ、というジャスチャーをしながら、優しく微笑んでみせた。

 ――今日倒すべき敵に、そんな表情を見せるのは勝負師としてどうか、とは思うが、俺はみづほのそんなところが好きだ。


 ともあれ、2アウト一二塁でバッターは俺。

 足立さんの初球は、とんでもない大外にすっぽ抜けていった。

 キャッチャーは捕れず、ワイルドピッチでランナーは進塁。2アウト二三塁に場面は変わる。

 足立さん、そうとう動揺しているようだ。


 足立さんの顔つきが、急に優しくなった。俺に対しては敬遠のフォアボール。

 満塁策をとり、そのまま降板となった。


 2アウト満塁。

 追加点を取れば、一気に試合の主導権を握れる、願ってもないチャンスだ。

 ここで都立目野は投手交代。

 左打者の松元に対して、左投げの一年生、井上をぶつけて来た。


 代わった井上は一年生ながら、キレのあるストレートとカーブが軸の投手。

 大柄な体から放たれるストレートは最速140㎞/h前後、細かいコントロールはないが落差がある――というのがこちらの分析。

 対して、打撃センス抜群の松元だが、まだ克服してない欠点がある。

 左投手に弱いのだ。

 目野側にもその情報は入っているのだろう、このピンチの状況でも、井上は自信満々に投げている感じだった。ボールが走っている。


 一方、緑陵も大量得点のチャンス、松元も必死だった。苦手の左にも臆せず、食らいついていく。

 しかし簡単に追い込まれると、落ちるカーブに松元のバットは空を切った。

 無念の空振り三振、緑陵は無得点に終わった。




 六回表、都立目野の攻撃。2番からの好打順。

 3巡目に入り、相手も打つべき球とそうでない球を見分けるようになってきた。

 打球の球足がさらに速くなり、野手陣の受けるプレッシャーも半端ない。全員が食らいつくように振ってくるので、気の休まる暇がないのだ。

 ついに内野の間を抜かれるようになった。


 ヒット2本を打たれ、2アウトながら走者一三塁のピンチ。下位打線になっても脅威には変わりない。

 それでも緑陵バッテリーは、低めのコントロールでゴロをなるべく打たせる方針を貫いた。

 カキーン。

 強いゴロが安田の左側を通り抜けていく――センター寄りのセカンドゴロ、みづほなら追いつくだろう。

 果たしてみづほは「いいところ」に守っていた。難なく正面に回り込み、両手でキャッチ。

 そのまま二塁カバーの俺にトスして、フォースアウト、チェンジ。


 この時は、僅かな違和感くらいしかなかった。

 ――確かに普段のみづほなら、走り込んで片手で捕球していただろう。

 打球が強いことを考え、堅実な守備を採った、そのくらいにしか考えてなかった。


 都立目野、無得点。2対0のリードは変わらない。


 六回裏、打席に向かう野口らを、ベンチから送り出す。

 目野の井上投手は、前の回でひとりに投げただけなので、相手投手の分析結果はまだだろう。

 次の回に円陣を組めるかどうか、みづほに訊こうとした、その時だった。


「ちーちゃん――ちょっと、手伝ってくれる?」

 みづほがこちらを見もしないで、俺の腕を掴んできた。

「ん?」

「ダグアウト裏まで付き合って、お願い」

 いつもはベンチやコーチャーズボックスで、穴が開くほど相手投手を観察するみづほなのだが――様子がおかしい。


 みづほは、右手で俺の腕を掴んだまま、ベンチ裏の控室までまっすぐに歩いて行く。

 そして、振り向きざまに俺を見つめて、口だけで何かを囁いた。

 その唇の動きからは、「お願い」と言ってるように思えた。


 控室は長椅子がふたつあるだけの殺風景な部屋で、脇には俺たちの荷物や着替え、貴重品その他が置いてある。

 部員が少ないせいもあって――マネージャーたちはビデオ撮影のため応援スタンドに、水谷先生はブルペンで竹本とキャッチボールをしている――部屋には誰も居ない。

 普通のチームなら、ここで控えの選手たちがアップをしたりしてるだろう。


「……どうしたんだ? みづほ」

 俺の言葉が終わらないうちに、みづほは右手で自分のバッグを持つと長椅子の上に置き、同じく右手でバッグを開ける。

 そして無言のまま、やはり片手でユニフォームの上を脱ぎ始めた。

「みづほ、お前――」

 さっきから、左手をまったく使おうとしない。やはり、変だ。五回裏の死球の影響だろうか。


 戸惑う俺をよそに、みづほはもどかし気にアンダーシャツを脱ぎ、とうとうスポーツブラまで、引き千切るようにして脱ぎ捨てた。

「……ちーちゃんにしか頼めないの、こんなこと――」

 上半身裸になったみづほが、こっちを見つめる。


 彫刻のように美しく引き締まった裸のシルエットだとか、程よい大きさをしたカタチの良いおっぱいとか、俺にとっては未到達過ぎるゾーンと言うか見どころ満載の状況なのだが――


 俺の視線は、みづほの左前腕に注がれていた。

 痛々しく、死球直後に見た時とは別物のように、赤黒く膨らんでいる。

 俺を見つめるみづほの瞳には、痛みのせいか、はたまた別の感情のせいか、涙がいっぱいに溜まっている。

「みづほ、お前、その腕――」

「うん――気が遠くなるほど、痛い」


 これは――ただの打撲じゃないだろう。下手すりゃ骨折してるかもしれない。

 あまりの出来事に、パニックになりかけた俺だが――こうしちゃいられん。

 みづほの肩にタオルを掛け、監督にみづほの怪我を報告しようと、ベンチに向かおうとしたその時だった。

 またもや、俺の腕をみづほの右手が掴んで離さない。

 これ以上ないというくらい、強く握りしめている。


「――みづほ」

「監督には――みんなには知らせないで――お願い……」


「――そんなこと言ったって……多分普通の怪我じゃないぞ? それは」

「ううん、まだやれる。大丈夫よ」

 そう言ったって……涙をいっぱい溜めながら微笑まれても、なあ――

「ちーちゃん……」

 みづほはバッグの中からテーピング用のテープを取り出す。

「時間がないの。応急処置のテーピングして? お願い」


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