秋季東京大会一回戦 (VS都立目野)
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秋季東京大会一回戦、対都立目野。
試合開始の整列で、のっけから俺たちは圧倒された。
相手の剥き出しの闘志が、本塁を挟んだ向こう側から、明らかに伝わってくる。
スタンドの熱気も相当なものだった。
俺たちを格下と見くびっているとか、私立に対する敵愾心とか、そういうものではなかった。
ここで負けるわけにいかない、という勝利への貪欲な執念が、それに近いのかな。
もちろん長きに渡って「都立の星」として呼ばれ続けた名門としての矜持も、そこにあるだろう。
ただ、名門というなら今までに対戦したり観戦した、明王や帝山も同様だ。目野からは、もっと勝利に飢えた何かを感じた。
緑陵は安田やみづほに代表されるように、冷静で大人しい選手が多い。いつでもどんな状況でも、ベストな選択で動けるよう、心と体を作っておく。
日頃の練習もそれを主眼にメニューを組んでいるし、大屋監督や水谷先生の指導も、それに準拠していた。
彼らの眼からは、俺たちはきっとスカした私立に見えるかもしれないな、そんなことを思った。
先発メンバーは、いつもの通り。
1(中)志田
2(三)度会
3(二)遠野
4(遊)秋山
5(右)松元
6(一)野口
7(捕)根来
8(左)有沢
9(投)安田
夏の明王戦と違い、みづほの打順は3番に定着している。
先攻は目野。一回表の攻撃が始まった。
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安田の立ち上がりは、いつもながら安定していた。
コントロールがいいというのが、それだけで武器になることを安田は証明している。
今日も低めに球を集め、ボール球を打たせている――と言うより、目野打線が面白いようにボール球に引っ掛かってくれた。
しかし目野のバッター、明らかに打たされているのに、打球がハンパなく強い。
そういや、みづほがミーティングで言ってたな。
「ボール球でも体勢を崩してもヒットにしちゃう、そんな練習してた」
って。
内野ゴロふたつの後は、右中間に大きなフライ。
しっかり術中に嵌めている筈なのに、早くも捉えられている感が強い。
幸い志田の守備範囲内で、3アウト。初回は三者凡退だった。
一回裏、緑陵の攻撃。
目野の先発は、みづほが一番嫌がっていた下手投げの、足立さん。
130㎞/h台のストレートが、下から上に浮き上がってくる。
「生で改めて視ると、やっぱエグい軌道してるわね」
打席ではトップバッターの志田が、慣れないライズボールに四苦八苦していた。
カーブを引っ掛けてショートゴロ。
みづほを見ると、静かに微笑んでいる。
「――楽しみだわ」
そう言うと、バットを両手で担いでネクストへ向かった。
2番の度会はストレートにバットを合わせられず、空振り三振。
みづほが打席に立つ。
目野バッテリーのサインの交換が頻繁になった。
ストレート、カーブ、スライダー……緩急織り交ぜ、手の内を全部見せるような配球。
心なしかストレートも速くなった。みづほはバットを振らない。
ボールの軌道を最後まで確認しているのだろうか――このレベルになると、俺ではちょっと分からない。
2ボール2ストライクからの五球め。
低めの、少し沈むスライダーだろう、みづほがようやく手を出す。一塁線に転がるファウル。
六球め、おおきく落ちるシンカーが来た。自信を持って見送るみづほ。
「ストラーイクッ」
みづほ、見送りの三振。グラブを拳骨で叩いて、足立さんが微笑む。
無表情のまま、みづほは打席を後にする――後で調べてみたら、これが高校公式戦での、みづほの初三振だった。
一回裏、緑陵無得点、三者凡退。
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両先発とも上々の立ち上がりだった。二回裏、先頭打者は俺。
「高めのストレートはボール、変化球はストライク。低めはストライクを取るから気をつけて」
打席に向かう俺と松元に、みづほが手短にアドバイスをする。無言で肯く俺たち。
さて。
本格的なサブマリンとの対戦は、初めてだ。
シニア選抜で当たった全国優勝投手、高須はサイドスローだったよな――
「みづほ、高須をイメージして打てばいい?」
「んーっと、横の軌道は少し、縦の軌道は全然違うわね、時々斜めもあるわよ……やっぱ、真っさらなイメージで打った方がいいと思うよ」
試合前に交わした会話を思い出す。
当たり前の話だが、足立さんはひとつとして同じボールを投げて来なかった。
緩急はもちろん、コースも高低を使い分けて攻めていく。
130㎞/hちょっとのストレートが、えらく速く感じる――予想はしていたが、独特の浮き上がるボールは初めて見るものだった。
五球め、低めのスライダーを振り抜いたが、ボールの下を叩いてしまった。
打球は浅いレフトフライ。1アウト。
俺は倒れたが、次の松元は期待できる。対サブマリンのキーマンだ。
松元はバッティングに関して、とにかく器用だし、センスもみづほに匹敵する。
加えて左打者であることが、有利に働いている。
左打者は右打者のようにボールが背中からやって来る感覚がない分、下手投げの球が見やすいのだ。
で、松元は期待に応えられるだけの能力があった。
カキーン。
内角のストレートを難なく弾き返し、ライト前に持っていった。
初ヒットは緑陵。1アウト一塁。
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6番の野口は、チームでいちばん大柄でパワーもあり、バットに当たれば大きいのが飛ぶ。
ただ、やって来るボールに対応する勘というか、ミート力にかなり問題があった。
大屋監督は、野口に「とにかくタイミングを合わせて自分のスイングをする」よう徹底して指導していた。
その甲斐あって、一本調子の速球派には滅法強い。
ただ、今投げてる足立さんは、かなりの技巧派なので、手玉に取られるだろうな。
そして、実際にそうなった。
追い込まれてストレートにタイミングを合わせていたところに、スローカーブが放り込まれる。
野口は対応できず、当てるだけのバッティングになった。
ボテボテのサードゴロ――それでも空振りが減ったのは成長してるかもしれない。
次打者の根来も凡退し、二回裏も無得点。
三回表、目野の攻撃。
先頭の7番打者が、ライト前に流し打つ――これが下位を打つ選手か、と思うほど巧いバッティングだった。
送りバントで1アウト二塁。
安田は、淡々と低めに丁寧に投げている。
9番打者がアウトローのカットボールを打ち、ゴロとなった打球がセカンドへ。
比較的、球脚の速いセカンドゴロだ。
ゴロゴーのサインが入っていたらしく、目野のランナーが三塁へ走って行く。
「サード!」
根来から指示が飛んだ。
みづほは前進しながら捕球すると、素早くボールを右手に持ち替え、ワンステップで踏ん張る――その瞬間、右肘がスッ、と撓った。
ほとんどテークバックのない、肘から先だけで投げるような、スナップスロー。
矢のような送球がサードに向かって行く。
もちろん度会の構えるグラブに寸分違わず吸い込まれ、滑り込む走者の脚元にタッチ。悠々アウトとなった。
「ナイスセカンッ!」
みづほ、とうとうオリジナルのスナップスローをマスターしたようだ。
何気ない刺殺プレーに見えるかも知れないが、あれほど余裕のできるタイミングじゃなかった筈――普通のセカンドなら。
無駄のない捕球とステップ、送球までの早さ、そして新型のスナップスローがすべて合わさった、みづほならではの隠れたファインプレーだった。
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三回裏、攻撃前に緑陵は円陣を組む。言うまでもなく、狙い球を絞るためのみづほのレクチャーだ。
「今日の主審の人だけど、高めに厳しい分、低めを採ってくれてる――それでいいわね、根来くん?」
「ああ、その通りだ」
これは、低めにボールを集められる安田には有利に働くし、逆に浮き上がるボールが武器の足立さんにとっては、少し苦労する事になる。
「――目野バッテリーも少し修正してきてる。低めのストレートと落ちるボールが多くなってるから、それをケア。それとスライダーがキレてるから、決め球はスライダーとシンカーが本線……ストレートもあるかな――」
野球は生き物だからなあ。絞れないのは当然。
主審の判定だって、試合中で突然方針が変わっちゃう時もあるくらい。
ただ、みづほは喋りながら考えをまとめていく癖がある。
「――あたしはスライダーのタイミングで合わせるけど、自信のない人はストレートのタイミングでいいと思う。スライダーも同じくらい走ってるから、気をつけて」
「おう」
実際、今日の足立さんは、ストレートとスライダーに球速の差がほとんどない。
タイミング的には問題ないだろうが、ストレートと同じ速度で大きく曲がってくるので、打つのが厄介なのには変わりはない。
「それじゃ、がんばろう」
「おう」
「りょくりょーお」
「ファイトッ!!」
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安田、足立両投手の好投は続き、序盤は静かな展開だった。
足立さんはスライダーがキレッキレで、曲がるわ落ちるわで緑陵のバットになかなか当てさせてくれない。
空振りに終わるか、よくて芯を外したバッティング。
対して安田は、完全に打たせて捕るピッチングをしている。
目野の打球は相変わらず鋭いが、こちらは内野の堅守が自慢。ゴロを打たせてくれれば、そう簡単に連打にはさせない。
三回裏、四回表、ともに無得点。
0対0、ともに三塁を踏ませてもらってない。
四回裏、緑陵の攻撃は2番の度会から。
度会は粘ったが、決め球のスライダーに手を出してしまう。
バットの先に当たった打球はセカンドへ。1アウト。
安田の投球を経験してるので分かることだが、引き出しの多い技巧派相手だと、2巡目くらいでは、まだ目が慣れてはくれない。
配球を読んで、いくつかの選択肢に対応できるよう準備をしておくが、安田の場合それが20を越えるからな。
敵じゃなくてよかったわ。
で、足立さんの場合も、配球の選択肢は10を優に越える。なかなか読みが当たってくれないのが実情だ。
だが、みづほの場合、常に視点をバッターボックスに置くことが出来るので、足立さんの投球を、既に50球近く視ている感覚になってる筈。
独特のアンダースローには、とっくの昔に目が慣れているだろう。
ほぼすべての球種や緩急についても、軌道とタイミングは掴めている筈だ。
俺はネクストボックスに座り、みづほを凝視する。
みづほはきっと、足立さんのウィニングショット――スライダーかシンカー――を狙い打ってくる。
打席から、足立さん攻略のヒントを俺に与えてくれるだろう、そんな確信があった。




