秋に向けて2
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野球部全体の話に戻る。
夏休み中は、全体的に個々のレベルアップを図る練習が主体だった。
全国ベスト4の明王は別格にしても、やはり二年生や三年生と俺たちとでは、パワーや体力に差があり過ぎた。
まずは、トレーニングでパワーアップ、更には持久力のアップ。それと、打撃・守備ともに、基本的な動作の確認を繰り返し行った。
「少年野球でやったことだよな」
「な」
当初はこんな感じだった連中も、みづほが基本動作を完璧に美しくこなすのを見て、真剣に取り組み始めた。巧くなりたい気持ちは、みんな一緒なんだ。
それにしても体が出来てくると、ひとつひとつのプレーに幅が出てきたのは実感できた。
なかでも、竹本の成長が著しい。
バシーン。
キャッチャーミットの乾いた音が響く。
「竹本、いいストレートじゃん」
「140㎞/hいってるんじゃない?」
久しぶりに竹本の投球練習を見たら、見違えるほどになっていた。
「大学時代の同期に、竹本くんのフォームを見てもらったの。大屋監督も私も野手なので、教えられることには限界あったから。効果てき面だったわね」
水谷先生が満足げに話してくれる。そうかあ、竹本のフォームは女子野球仕込みか。
「竹本お前、エロガキになってなかったか?」
「バカヤロ、そんな余裕なかったよ」
後で教えてくれたが、竹本のコーチをしてくれた人は男みたいな性格と風貌で、期待してたのとはだいぶ違ったそうだ。
「次、カーブ行くぜ」
「おう」
お。ほとんどストレートと変わんなかったカーブか、どれどれ。
おおきく振りかぶって、溜めのあるフォームで投げる竹本。ボールは大きく弧を描いて、ストライクゾーンに収まった。
「おお……!!」
「いいカーブじゃん」
「先生の同期って、優秀ですね」
水谷先生にそれとなく話す。
「そうでしょ」
竹本はチェンジアップも見せてくれた。これもなかなかいい球だ。
「へへん、どんなもんだい」
「あとは投げ込んで、フォームを安定させることだな。100球投げても今の球が来たら、試合で使ってもらえるぞ」
やや調子に乗り気味の竹本に、安田が釘を刺した。
「キビしいなぁ。まだダメなのかよ」
「ああ、厳しいんだ。ピッチャーが崩れたらゲームが壊れちまう」
安田が事も無げに付け加える。
「特にトーナメントじゃ失敗が許されねえ。ピッチャーてな、そういうもんなんだ」
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全体練習を本格的に再開したのは、夏休みもほぼ終わりになってからだった。
実は、秋季大会はすぐそこまで迫ってきている。優勝校は春のセンバツ甲子園出場がほぼ確実になる、大事な大会だ。
まず、本戦に出る64校を絞るための一次予選が、九月いっぱいの土日祝日で行われる。二回勝てばベスト64、十月の東京都大会本戦に駒を進める。
試合はいちばん早くて九月第一週。今から十日後だ。
大屋監督の方針としては、実戦をバンバン経験するよりも、まずは個々の能力を上げて、最終的にチーム全体の力を溜める方を選んだようだ。
これからは、サインプレーやフォーメーションなどの確認と熟成を行いながら、二試合だけ練習試合を組み、大会予選に臨むという、駈け足の手筈になっていた。
練習試合は、まずまずの成果だった。
二試合とも安田の先発、七回からは竹本のリリーフ。間違いなく実戦を意識した継投である。
結果から言うと安田はもちろん、竹本も大崩れしなかった。複数投手の育成という課題は、未完成ながらもクリア。
打撃に関しては、全員の飛距離が伸びた。
こちらも不完全ながら切れ目のない打線となり、みづほが目立たずに勝つ、というほぼ最高の結果を得られた。
一方、守備は課題を残すことになった。
全体の合わせが足りなかったこともあり、フォーメーションの乱れや、明らかなエラーも飛び出した。
「ここは何度も繰り返し練習して、出来るようになろう」
大屋監督の檄が飛んだ。
*
「この夏でみんな、体が一回り大きくなったよね――ちーちゃん、また背が伸びた?」
「ああ、ちょっとな」
キャッチボールをしながら、みづほとの会話。
トレーニングコーチの水谷先生が特に力を入れたのが、体幹部の強化だった。体の芯の部分が強くなれば、バットに振り回されずスイングできるし、走ったり投げたりも安定する。
十五歳、十六歳は、男子はまだ伸び盛り。野球部に入って数ヵ月ながら、縦にも横にも大きく強くなっていく。
「みづほは身長、伸びてないの?」
「ぜーんぜん」
入学時で164㎝だったから、チームではいちばん背が低いことになる。
おまけに、筋力がないわけではなく、今やベンチプレス60㎏をこなすくらいなのだが、筋肉が表に現れにくいようで、かなり華奢な印象を受ける。
「体重は?」
「トータルは秘密。でも――笑わないでね、1㎏減っちゃったの」
「そーなのか……」
汗を掻きやすい夏場で、それなりの練習してきたからなあ。消耗してるようには見えないから、その分スピードが上がったんじゃないかな、いい方に考えると。
「どうしよう……このままじゃあたし、みんなに置いてかれちゃうよ……」
いや、それはない。野球の神様に誓って、有り得ない。
「だってフィジカルじゃもう、チームの誰よりも劣ってるよ? あたし」
「パワーはそうだろうけど、スピードはまだまだ大丈夫だろ。それにフィジカルだけで野球やるもんじゃないし」
「そうだけど、さぁ……」
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「ところでさ、みづほ投げ方変えた?」
そうなんだ。キャッチボールしてて気づいたんだけど、テークバックが異様に小さい。
「あ、気づいた? スナップスローを安定させてるの」
肘から先の力を使って投げるスナップスローは、内野手には必要なスキルだが、みづほのそれは異様にキレイだ。
ホントに肘から先の力だけで投げているのかと思うほど。それでいて、ボールがスパーンとこっちにやって来る。
みづほオリジナル、と言ってもいいくらいだ。
送球を何度も凝視して分かったのだが、みづほの肘の関節が異常に撓っている。
そこら辺りに秘密があるのかな。
そういやみづほって、めちゃくちゃ体が軟らかいんだった。
180度開脚なんか当たり前、いつだったか前屈でマイナス30㎝をマークして、ドコの軟体動物じゃ! と総員のツッコミを浴びてた。
男子だとみづほの筋力で、この柔軟性は有り得ない。
「やっぱ、さ。みづほ……」
「ん?」
その投げ方ができるのは、みづほが女子だからだろうと言おうとして、やめた。男女の壁を取っ払って頑張ってるみづほに、何だか失礼な気がしたからだ。
「そのスローさ、秋に使えそう?」
「うーん、もう少しで掴めそうなんだけど。どの体勢からでも、無意識のうちに投げらんないと、試合じゃキビシイかな、と思ってるよ」
スパーン。
キャッチボールレベルなら、既にコントロールはついてる。
「この投げ方出来るようになったっての、やっぱトレーニングの効果だろ」
「そうかな? そうかもね、だとしたら嬉しいな」
みづほ、お前大丈夫だよ。
どこまでも高みに昇っていけ、俺も頑張って追いつくから。
*
秋季大会の一次予選の抽選は終わり、組み合わせは既に決まっている。
幸いにも緑陵のブロックには強豪は不在で、夏の実績だけで考えればうちが最上位だ。
ただ、これは逆にプレッシャーだな。本戦出場を確実視された状態で負けたらシャレになんない。
試合まで残り僅か、やれる事は限られている。少しでも野球が巧くなって、課題の守備連携とサインプレーの精度を上げていく。
当面はそれに尽きるだろう。
H組の教室で、サッカー部の笹田が机に突っ伏している。
夏の予選が済んでこの方、元気がなくて別人のようになってた。
「あ~き~や~まぁ~。冬はサッカーやろぉよぉ~~」
またその話か。
「だから言ったろ? 野球部は十月いっぱい秋季大会があるし、十一月末までは練習試合も出来るんだ。俺はサッカーど素人だし、少しの期間の遊び半分しか出来ねーぞ」
「いや、お前はそんなヤツじゃない。いったん始めたら一生懸命やっちまうだろ」
まあ、それは否定しない。
「なぁ~~。冬の間に練習試合ガンガン組みてぇんだよぉ~~。今年悔しい思いした分、来年に向けて力つけてぇんだよぉ~」
その気持ちは痛いほど分かる。
サッカー部は結局九人しか集まらず、合同チームで出場したが予選で早々に負けてしまった。
笹田が抜け殻のようになってるのも理解できるし、友達として助けてやりたい気持ちもある。
確かに野球部は冬はシーズンオフだし、走り込みの代わりにサッカーやるのも悪くないとは思う。
でもなあ。時期が悪すぎる。
「なあ、笹田。その返事はせめて、秋季大会が終わってからにしてくれ。頼むから野球に集中させてくれよ」
「まあ、そうだなぁ~。早くこっちに来いよぉ~」
そりゃ早めに負けちまえ、て事かよっ。
「優勝したら甲子園が待ってるからな、そん時は諦めてくれ」
「くっそぉ~、羨ましいなぁ~~。あー、あとふたり居たらなぁ~」
笹田――分かるよ、すっげー分かる。
野球部はたまたま人数集まって、みづほが出場できるという奇跡も重なって、こうして目標を持って練習できるんだ。
ひとつ間違ってたら、こうして机に突っ伏して幽体離脱みたいになってるのは、俺の方だったかもしれない。
でも、な。笹田。俺は知ってんだぞ。
お前、女子サッカー部の上級生にモテまくってるそうじゃないか。
「俺の目標はハーレムじゃねえんだ。あー、サッカーやりてぇ~。痺れるような試合がしてぇよぉ~」
ハーレム状態なのはまったく否定せず、笹田が魂の叫びをあげた。




