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俺の幼馴染は甲子園を目指す  作者: かのさん
高校一年生編・秋
53/297

秋に向けて


 夏休みが終わり、新学期が始まって間もなく。

「えっ? 東京ドルフィンズの年間チケットを譲って貰えるんですか?」

 親父の申し出に、みづほの声が思わず上ずった。同意の代わりにニカッと笑う親父。

「いやね、懇意にさせてもらってる取引先の社長さん、その方も関根監督のお弟子さんなんだけど、そこの会社が持ってるチケットが大量に余っちゃうてことで、みづほちゃんの話をしたら、喜んで譲ってもらえたんだ」

 確かドルフィンズの年間チケットって、バックネット周りの超いい席だったよな。

「――でも、どうしてあたしに?」


 親父が改まった顔で話した。

「遠野とも――お父さんとも、大屋監督とも話したんだけど、みづほちゃんの最大の武器というか、選手としての才能の秘密は、みづほちゃんの『眼』――観察眼にあると思うんだ」

「あたしの『眼』、ですか?」

「うん。それを正確に処理して、その通りに実行できる頭脳とか運動神経とか、そんなのもあるけど、根本は『眼』だな」


 おお……親父がカッコいいこと言ってる。

「でさ、こないだ甲子園行きのバスで話したろ? 俺たちの考えでは、球場のいい席で、巧い人の野球を観れば観るほど、みづほちゃんの『眼』は鍛えられるし、きっとプロの試合に出場してるのと同じ経験ができる筈。そういう結論になった」


「土日はさすがにダメだったが、平日のナイターならいいですよ、って。みづほちゃん、プロの試合をたくさん観て、勉強してきな」

 親父の言葉を聴いてるみづほの瞳が、輝きっ放しだ。だが、すぐに困惑の色に変わった。

「すごく嬉しいけど、あたし野球部の練習が……」

「監督とも話した、つったろ? 週一回ならいいから、練習を早退して是非行きなさい、ってさ。チケットは二人分あるから、チームメイトにも、みづほちゃんが視えてるモノを教えてくれたら、そいつにとっても勉強になるだろ。ホントは俺が一緒に行きたいくらいだ、って大屋くん言ってた」

「わー! ちーちゃんパパ、ありがとー!!」

 親父が言い終わらないうちに、みづほが親父に抱きついてきた。

「ははっ、いいってことよっ」


 大屋監督も、親父とまったく同じ意見だった。

「みづほちゃんが体験してることや考え方が皆に伝わるようになれば、チームの力も自ずとアップすると思うんだよね。五時前に学校を出れば試合開始に間に合うから、ナイターの日はトレーニングだけしてあがってね。一回目は秋山くんが一緒に行って下さい」

「はい」

「くれぐれも、試合が終わったら真直ぐ帰ってね――みづほちゃんは真面目だから大丈夫と思うけど」

「はい」

 実は、俺の制止を振り切ってちょくちょく道草するのはみづほの方なんだが、それはここでは言わないことにしておく。

「父からは、午後十時には球場を出るよう言われました」

「そうか――そうだね、さすが遠野さんだ」


 ナイターの日。

 筋トレを昼休み中に済ませた俺たちは、シンプルに体操服に着替え、ダッシュとインターバル走で汗を流した。

「やっぱり、ボールはちょっとでもいいから触りたいな」

 みづほ立っての希望で、〆めにキャッチボール。練習は小一時間ほどで終わらせた。

「じゃあ、行ってきます」

「おー、行って来い」

「次は俺となー」

 ちなみにみづほの同伴者だが、俺の次は安田、根来のバッテリー。

 その次にみづほと一二塁間のコンビを組む野口、センターラインの志田。

 他の連中はじゃんけんで順番を決めた――その頃には多分、シーズンは終わっちゃってるかもしれないが。


 移動の電車で、みづほが少しそわそわしている。

「ねえ、あたし汗臭くない? 練習してシャワー浴びる時間、今日はなかったから」

「そうか?」

 頼まれるままに、頭や腋の下を嗅いでみる。

「別に臭くないけど」

「そお? よかった」

 いつもの甘い香りが、幾分強くなったような気はするが――あれがみづほの汗だとしたら、きっと砂糖でも入ってんだろう。

 女の子って不思議な生き物だと、つくづく思う。




 東京ドルフィンズの本拠地、神宮の杜球場。ガキの頃から通い慣れた球場だ。

 チケットの席は、バックネット裏ど真ん中とまではいかないが、球場全体を見渡せる、なかなかいい席だった。

「わあ……ここなら、打席に立つイメージが楽に確保できるね。守備のフォーメーションも一気に掴めそう」

 言ってることは独特だが、球場ではしゃぐみづほは可愛らしいし、微笑ましい。


 東京ドルフィンズVS横浜ブルーシリウス。

 ブルーシリウスは若手の台頭著しいチームで、初のクライマックスシリーズ進出に向けて三位争いの真っ最中。

 片やドルフィンズは、投手陣の崩壊に加えてレギュラーの故障離脱が続発し、現在断トツの最下位。

「いっけなーい。もう始まっちゃうわ、ちーちゃん、早く早く」

 到着したのが試合開始直前だったので、みづほは慌てて席につく。

「ちょっと待てよ、ジュースくらい買って――」

「そんなの、イニング間でいいじゃん。折角のプロ野球、一球たりと見逃したくないわ」

 そういうみづほの視線は、既にフィールドに注がれている――野球が絡むとすべて吹き飛んじゃうのは、いつものみづほだ。諦めて隣に座る。


 先発は、ドルフィンズの誇るベテラン左腕、勝尾投手。ちいさい体で息の長い活躍をする、日本を代表する技巧派だ。

 一年間きっちりローテを守り、毎年10勝前後は計算できる選手だが、今年は不振を極め、シーズン終盤の現時点で僅か4勝。防御率も悪く、今年のドルフィンズの絶不調を象徴する成績だった。

「頑張って欲しいなあ……勝尾さん」

 みづほが呟きながら、かるく爪を噛む。


 試合中、みづほは視えてるモノについて、ずっと呟き続けた。

 普段の観戦時にノートを取ってる時よりも、明らかに多い。いつもの三倍くらい。

 この観戦は俺の勉強も兼ねているのだ、と監督は言ってた。みづほが余計に喋ってるのは、自分の考えが俺に伝わり易いように配慮してるんだろう。秘かに感謝する。


 とは言え、ついて行くのは大変だった。なにしろみづほは同時に球場のいろんなとこに意識を飛ばして、野球中継も真っ青の情報量で野球を観ている。

 配球の事を言ったかと思えば守備位置のこと、作戦や選手の調子、狙い球――などなど、多岐に渡って次から次へと言葉を繰り出してくる。

 基本はセカンドの守備に就きながら、同時に打席に立ってるようなので、それをイメージしながらコメントを噛み砕くよう努力した。


 試合はブルーシリウスが押しに押していた。

 ランナーを出しながらも踏ん張っていた勝尾投手だったが、じわじわと点を取られ、五回3失点。

 ドルフィンズ打線は繋がりに欠け、ソロホームランによる1得点のみ、という――まあ、ドルフィンズファンにとっては馴染みの展開で、五回裏のグラウンド整備とハーフタイムショーに入った。


「ケホッ、ケホッ……喉がカラカラ」

 みづほの様子を見て思わず苦笑いする。そりゃそうだ、たっぷり一時間半くらい、飲まず食わずで喋り続けたんだから。

 ぐぅ~~う。

 腹の虫の鳴き声が、みづほの方から盛大に聞こえてくる。

「お腹すいたね」

 照れくさそうにみづほは笑い、俺たちは売店に向かった。


 みづほの呟きを聴いていて、気づいたことがあった。

 時々予測めいた呟きもあるのだが、それが少なからず外れるのだ。

 それは今まで超能力者のように、試合の流れや選手の行動をピタリと読み当てていた、日頃のみづほに抱くイメージとは異なったものであった。


 席に戻ると、球団マスコットのイル太郎ショーで球場は爆笑に包まれていた。

 感じた疑問は、もちろん遠慮なく訊いてみる。

「え? いつもこんなもん。予測は外れる方が多いわよ、当たり前じゃない。それを修正していくの」

 あっさりと答えが返ってきた。

「それにあたしなんかより、プロの方が引き出しがずっと多いのよ。あたしの考えなんて及びもつかないとこで野球やってるでしょ――本能でプレーする人も多いし」


「そしたら、いつも口に出してるのは――」

「外れた『予測』や、細かい『気付き』が積み重なって、確信に変わった時。だから、予測は常に立て続ける必要があるし、早い段階でいろんな事に気付くのも重要だと思う」

 んー。そうか。


「予測が外れても慌てちゃいけない、ということだね」

「あら? ちーちゃんは出来てるわよ、それ」

 え? 意外な応えが。

「予測が外れても、それに合わせて体を動かせばいいだけの事よ」

 あ。ストレートだと思ったらスライダーが来て、でもそれにバットを合わせて打つとか、そういうヤツか。俺の言葉に、みづほがかるくため息をつく。

「男の子の巧い人ってさ、それを無意識レベルでやっちゃうのよ……日頃の練習で、勝手に動くように体が出来てんの。あたしの身体能力だと、そこまで行かないもん」

 みづほは食べてたハヤシライスの皿を膝に置くと、遠い目でグラウンドを見つめた。


「あたしはそういう時、スイッチひとつ押す必要があるの――男の子が羨ましいと思う事は、しょっちゅうあるよ」


 試合の行方だが、勝尾投手は五回裏に代打を送られ、無念の降板。

 中継ぎ投手が自分で作ったピンチにテンパり、傷口を広げるというお約束があって、ほとんどいいとこのないドルフィンズの敗戦だった。

 んー。しかし試合はアレだったが、ものすごく勉強になったぞ。

「みづほ、今日はありがと。試合はアレだったけど」

「んー、面白かったね! 試合はアレだったけど」

 ふたりでクスクス笑う。


「プロの選手って、ほんと凄かったなあ……スピードもパワーも、全然ついて行けなかった」

 そうか。みづほは二塁手視点で、実際にゲーム参加してるシミュレートしてたんだろう。

 だが、次に出てきた言葉は、充分お目めパチクリもんだった。

「守備だったら、なんとか――また挑戦してみる」

 おお――そうか! そうなのか!!


「頑張れ、みづほ」

 心の底からの言葉だった。頑張れ、みづほ。

「うん、頑張る」


 ちなみに、みづほのプロ野球観戦は、大屋監督をはじめとした様々な厚意により、シーズン終了までに五回行くことが出来た。

 二回めは安田が同伴。

「アキっ! やっぱみづほはすげーよっ!! 天才だよ!!」

 次の日に、冷静な安田が興奮して、俺の肩をユッサユサ揺さぶってきた。

 三回めは根来。

 安田の話を聞いたのか、きっちりノート持参。みづほの言葉をメモするつもりだ。

 四回めの野口は「んあ」と一言だったが、五回めの志田はしっかり為になったらしい。

 無言だったが、親指を立てて歯を見せた。


 計五回の観戦は、ドルフィンズの二勝三敗。

 ぶっちぎりの最下位でシーズンを終えたことを付け加えておく。

 小説内でのプロ野球チームの愛称一覧です(北から南の順)。

 セリーグ

 東京タイタンズ 東京ドルフィンズ 横浜ブルーシリウス

 名古屋ユニコーンズ 大阪レパーズ 広島レッドリーブズ

 パリーグ

 北海道フロンティアーズ 仙台ウッドペッカーズ 埼玉ワイルドキャッツ

 千葉シーガルズ 大阪R-ブルズ 福岡ファルコンズ

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