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俺の幼馴染は甲子園を目指す  作者: かのさん
高校一年生編
52/297

夢の甲子園


「ふあぁ……」

 思わず生あくびが出る。明らかに寝不足の眼をこすった。

「ちーちゃん……その……ゴメンね?」

 俺の隣では、みづほが顔を赤らめながら、申し訳なさそうにしている。

 昨夜はみづほの寝相――と言っていいのかどうか分からないが――が原因で、ほとんど眠れなかったんだ。


 昨夜。バスの室内はすっかり暗くなり、わずかな物音が聞こえるくらい。

 ぴと、と俺に寄り添ったみづほは、すぐに寝息を立て始めた。

 慣れない座席と、みづほの体の感触で多少寝苦しかった俺だが、目を閉じて深呼吸していると、やがて睡魔がやって来る。

 その寝入りばなだった。


「ん……ん」

 みづほの体がかるくこっちに寄ったかと思うと、抱き枕の要領で、俺の左腕を抱きかかえて来た。

「……!!」

 お蔭で、パッチリ目が覚めた。

 どうしようか――振りほどこうにも、俺の腕はみづほの両腕にがっちりロックされてしまっている。

 俺の肩に頬ずりしながら熟睡しているみづほ。起こすのは可哀そうな気もした。

 何より、そうして寝ている様子が小動物みたいで、いつまでも見ていたかった。


 それにしても。

 女の子の体って、こんな軟らかいのか。

 ワンピースの薄い布地を通して、みづほの胸の感触が伝わってくる。

 俺の腕は今、みづほの胸の谷間にきっちり挟まれた状態になっていて、みづほがもぞもぞと動くたびタオルケットの下で、みづほの乳房にマッサージされるがままになっていた。


 これはまずい。ヒジョーにまずい。


 ちら、と寝ているみづほを盗み見る。

 狭いバスの座席で、ちいさなタオルケットにくるまり、器用に身を縮め、俺の肩を枕代わりに寝息を立てている。

 女の子特有のいい匂いと、汗ばんだみづほの体温が直に伝わって来て――その、正直眠るどころではなくなっていた。


 タオルケットの中で俺の左腕は、いったいどんな目に遭わされてるんだろう。

 肘の辺りから前腕に当たってるのは、おそらくみづほの腹だ。呼吸とほぼ同時に、かるく当たったり離れたりを繰り返している。

 となると、手の甲に時々当たる感触は……いや、考えるのは、よそう。

 そんな時だった。

 みづほが俺の腕をさらに引き寄せたかと思うと、身を縮め、俺の手を股に挟み込んでしまった。


「$*●#§仝@※&???!!!」


 タオルケットの下で、ワンピースのスカートが捲り上がっているらしく、みづほの裸の内腿がもぞもぞっと、俺の手をこすっている。うわあ……この感触は、マジでヤバい。

「うーん……んーん……」

 時折、みづほから微かに漏れる吐息が、とんでもなく艶めかしく感じられて仕方がない。

 そして、みづほがかるく身を捩らせたその時だった。股に挟まってた手が一瞬自由になる。

 次の瞬間、俺の手のひらにペタッと、ひんやりした柔らかい何かが、モロに押し付けられてきた――うおおおおおおっ。


 後のことはよく憶えてないんだが――俺って、エロ小僧なのかな? 俺は男として、みづほの親友として、どうすべきだったんだろう??


 みづほも起きた時に、俺の腕を抱き枕にして眠ってしまったことに、気づいたらしい。俺が意識を取り戻すと、顔を真っ赤にして謝ってきた。

「ほんとに……ゴメン、ね? ちーちゃん」

「いや、ホントにいいんだよ。気にしてないから」

 こんな塩らしくシュンとしたみづほを、責める気になんてなれない。

 無意識のうちに仕出かしたことだし、その――こっちは滅多に出来ない体験をさせてもらったし。

 左腕が若干痺れてはいるが、すぐに治るだろう。


 それより、眠った気が全くしない。幸い、バスの到着まで、まだ時間がある。

 野球部員の特性上、早寝早起きの超健康的生活をしてきたので、二度寝は得意じゃないが、タオルケットを被り目をつむる。

「ちーちゃん……ねえねえ、ちーちゃん……」

 みづほの声が再びする。頼む、休ませてくれ。

「ん……何だよ」

「その――あのね……何か、した? あたしに……」

「バッ……」

 ちょっと絶句しちまった。


「大丈夫だよ、何もしてない」

 実際のとこ、あの瞬間から記憶が飛んでるので、ホントに何もなかったかどうかは、自信はない。

「ゴメンね……ありがと」

 みづほの返事も、冷静に考えると支離滅裂だ。ふたりともどこかおかしくなってたかもしれない。

「それより、少し寝かせて」

「うん。お休み」




 女ってのは立ち直りが早い生き物なのか、それともみづほがそういう性格なのか。

 または、甲子園という夢の舞台の魔力が、そうさせるのか。

 バスが到着して甲子園に降り立ったみづほは、昨夜のことなど何もなかった風に、大はしゃぎだった。

「すごーい、すごーい。わあっ、グラウンドきれーい。広いねー、ここが甲子園ね」

 みづほは同じくらいいい球場――後楽園ドーム――で野球してきた筈なんだけどな。アルプス席に陣取り、焼きソバを頬張り、カチワリをちゅうちゅう吸いながら、俺も心が浮き立ってきた。


 やっぱりさ、高校球児にとって、甲子園て特別なんだ。


 ガキの頃から毎年毎年、飽きもせず観続けていた高校野球。

 めくるめく繰り広げられる、好勝負に名勝負。

 数多くの選手たちが、汗や涙とともに投げ、打ち、走り、ある者はヒーローになり、ある者は力を発揮することなく去っていった。

 そんな歴史の堆積が、連綿と続いた夢の道が、ここにはある。


 甲子園に来て改めて実感したが、俺も今や、その夢を直接目指せる立場になった。

 何より、兄貴が現実に、今からその夢の舞台に立とうとしている。思いを巡らせる度に思わず身震いがするなあ。

 いつまでも醒めたくない夢、どこまでも続いて欲しい瞬間の連続。

 それがこれから、始まろうとしている。


 明王ナインがグラウンドに姿を見せた。

「あっ、カイ兄ちゃんよっ。カイ兄ちゃーん、がんばってぇーっ」

 いち早く兄貴を見つけたみづほが、立ち上がって思いっ切り大きく手を振っている。

 薄紫のワンピースが真夏の陽射しに翻り、笑顔のみづほが輝いて見えた。


 夢のような時間は、あっという間に過ぎた。

「梅田さん、今日はストレートが今イチね」

 みづほの言葉どおり、梅田さんはカーブの連投で、初回のピンチを1点で切り抜ける。

 兄貴の第一打席は、空振り三振。

 バットとボールが天と地ほど離れた豪快な空振りで、球場全体の失笑を買った。


 明王の校歌紹介の時は、配られた歌詞カードを片手に、口パクでやり過ごした。


 明王は早目の継投で、5回途中で河原さんにスイッチ。河原さんは、ストレートもフォークもキレがあった。

 しかし阿波商の重量打線は小刻みに得点を重ね、1対3の明王ビハインドで終盤に向かう。

 八回表、明王は2アウト満塁と阿波商エースの広永さんを攻める。

 打席に立つのは今日3三振とまったくいいとこのない、兄貴。


「ピッチャー代えないと、阿波商負けるわよ」

 みづほがポツリと呟く。マウンドに野手が集まっていたが、続投だった。

 阿波商はエース広永さんを中心にまとまったチームなので、当然といえば当然だったろう。

 ガッキーン。

 兄貴のジャストミートは、相変わらずとんでもない音がする。ライナーでほぼ一直線に飛んだ打球は、そのまま右中間のフェンスに直撃した。

 走者一掃の二塁打、一気に明王が逆転に成功。


 その後も畳み掛けた明王が、5対3で一回戦突破。

 勝利に湧き返る、明王スタンド。俺もみづほも、笑顔だった。

 兄貴のチームが勝ったことは、もちろん嬉しいがそれだけではない。

 ふたり一緒に甲子園を体験できたこと。

 それもまた、おおきな歓びになった。


 帰りのバスで、みづほの野球の話が止まらない。

 頬を紅潮させながら、小声でずっと俺に話し掛けてくる。

 おそらく試合を、例の『視界』でずっと観戦していたのだろう。

 となると、みづほは観客席にいながらセカンドの守備に就き、打席に立ち、甲子園のグラウンドで跳ね回っていた気分の筈だ。

 ――興奮するな、という方がおかしい。もっとも常人には理解できない感覚だが。


「ねえ、みづほちゃん」

 後ろの座席から、親父が話しかけてきた。

 試合中、みづほの呟きがかなりの確率で的中するので、目を丸くして驚いていた親父だったが俺が説明すると、

「そうか――みづほちゃんは、そういう『眼』と『脳』を持ってるんだ」

 と、すぐに納得した。

 イッパツで納得するんか、親父。


「みづほちゃんはさ、その『視界』は、球場のどの席でも見えてくるのかな? 例えば、外野席より内野席の方が、よく見えるとか」

「内野席からが見慣れてますね、外野席だと、ちょっと難しいかな」

「例えば、さ――バックネット裏とかのいい席だと、もっとよく感じるかな?」

「いい席はあまり経験ないけど……でもきっと、もっとよく見えるかも」

「で、さ。プロ野球の試合なんかも、同じように感じる?」

 親父の質問は続く。

「プロ野球、大好きです。仙台の富士見選手の守備なんか、参考になるし、体ごと高みに持ってかれるような気がして――すっごく気持ちよくなるの!」

「おお……そうか――ふむ」

 そう言ったきり、親父は何か考え込んだ。


「ああー、甲子園よかったなぁ。満足満足」

 座席に座ったまま眼を閉じて、おおきな伸びをするみづほ。

 俺はと言えば、ワンピース越しに見て取れる、みづほの体のラインが気になって仕方がなかった。

 胸の膨らみ、引き締まってるけど柔らかかった腹、そして少し開いた股の付け根の、薄い布に包まれた(以下自粛)みづほの大切なところ。

 不可抗力がいくらか働いたとはいえ、俺の左腕はその感触をまだ覚えている。

 いつの間にか、乏しい知識と想像力を駆使して、俺は頭の中でみづほを素っ裸に剥いていた。


「ん?」

 俺の視線に気づいたみづほが、微笑みながら見つめてくる。しょうもないイメトレを見透かされたような気がして、少なからず慌てた。

「ちー、ちゃん?」

 首を傾げて上目遣いにこっちを覗いてくる裸の……いや、服着てる、みづほは服着てるぞ。

「いや、あのな――みづほの顔が近くにあって、面白いんだよ」

 少し座り直して、取り澄ました顔で応えると、みづほはクスクス笑った。

「やだ、なぁにそれー。キモイー」

「なっ……みづほがゆうべ言ってたのと同じだぞっ」

「そんな昔のこと、忘れちゃったもーん」

 そう言いながら、コツンと肩と胸をぶつけてくる。だからそんなくっ付くな、って――またおかしくなっちまう。


 突然みづほが少し真顔になって、耳元で囁いた。

「甲子園、行こ? 今度はさ、選手として」

「ああ。一緒に行こう」


 明王大附属はその後も勝ち進み、嬉しいことに兄貴も少なからず活躍した。

 俺たちの甲子園行きは、部活もあるのでこれきりだったが、親父は何度か現地に足を運び、準々決勝の前日には、ついに行方不明になった。

「優勝するまで居るんだって、甲子園」

 連絡を貰ったお袋が呆れ顔で話した。

 明王は惜しくも準決勝で敗退したが、全国ベスト4。兄貴たちは、堂々の結果を出した。

 高校一年生編はひとつに収まりませんでした(^-^;


 次章、『高校一年生編・秋』に続きます。

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