西東京大会五回戦 (VS明王大附属2)
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二回表、明王の攻撃。
クリーンアップトリオの二人め、4番の真田さん。三年生だ。
印象では、というよりみづほの受け売りだが、とにかく欠点の少ないバッター。
ケースに応じた柔軟なバッティングが巧みで、ある意味みづほにタイプが似ている。
なので、みづほの助言が非常に有用だった。
「あたしが安田くんを打つとしたら、球種を読むのはある程度捨てて、緩急のタイミングをとることに専念するわ。ボールの回転を見ながら、変化を微調整するイメージね――だから読みを外すとすれば、緩急にメリハリを出すというのと、微調整は横より縦が難しいから、決め球は落ちる球。でも相手もそこは読んでると思うし、コースが甘ければどんな球でも持ってかれる」
俺たち守備陣も、内外野ともに深め。
最悪、ヒットでもOKの気持ちで臨むことになる。
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安田の投球。一球め、二球めと緩いボールで低めに外す。
もちろん、相手はピクリとも動いてくれない。2ボールナッシング。
三球めは、インコースにズバッと、クロスファイア気味のストレート。
球速は120km/hそこそこだが、速く感じた筈だ。判定は……ボール。
しかしそこからが安田の安田たる所以で、アウトローいっぱいにカーブ、スライダーと投げて、フルカウント。
まだ、縦の変化球を投げていない。攻守双方の読みが一致したうえでの勝負だ。
六球め。安田の速球(120㎞/h)が真ん中高めからインコースへ切れ込んでくる。
このままだと甘いコースだが、多分シンカーだろう――案の定、落としてきた。
真田さんもそれは承知で、落ちてきたところを叩こうとスイングしていく――うわっ。すんごいヤスダってきた。
高めから信じられないほどボールが落ちて、根来のミットが地面すれすれの位置でキャッチした。
空振り三振。あの球速で、あんな変化をすんのかよ。ほとんど魔球だ。
「ナイスピー、安田っ!」
何にしても、真田さんから三振を奪うとは、今日の安田は気合いが違うようだ。
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キツいバッターはまだまだ続く。5番、秋山海斗。兄貴の登場だ。
兄貴の評価は「穴は多いし罠にも簡単に引っ掛かるが、とにかく常識が通用しない」で一致した。
左対左なので、タイミングさえ外すことが出来れば楽勝と思うが――ん?
兄貴の鼻が、ピクピク動いてるような気がする。もしかするともしかするかもしれない。
一球め。緩いスライダーが、インコースから外に逃げていく。
兄貴のバットが、唸りを上げた。
ブンッッ。
スイングの風圧がここまでやって来るような、凄い振りだ。
フォロースルーがきっちり決まった直後に、安田の投げたボールがゆっくりとベースを横切り、ミットに収まる。
まさに常識を超えた空振り、としか言いようがない。
勝負の最中だってのに、あまりの光景に周囲の口はあんぐりだった。
やがて明王ベンチから、矢のような野次。
「おめー、きちんとボール見てんのかっ!」
「俺たちゃ野球やってんだぞっ! バット振り選手権やってんじゃねえんだぞっ!」
兄貴は集中モードに入ってるらしく、周囲の野次にも爆笑にも耳を貸す風はない。
ヘルメットを被り直し、安田を睨みつけながら、例の肩に力の入りまくったフォームでバットを構える。
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安田の二球め。
今度は、左打者の背中からインコースにいきなり現れるストレート。
スローボールの直後だけに、効果的なボールだ。
兄貴は今度は、スローボールのタイミングで待っていたらしく、ボールがミットに収まった後で豪快に空振りした。
ブンッッ!!!
兄貴のバットの風圧が、ここまで来ている……ような気がする。
実際にはそんなことはないのだろうが、空振りのくせに、こっちへのプレッシャーが半端ない。
――ひょっとして兄貴、もの凄い選手になってないか?!
なお、明王ベンチは全員がズッコケ、監督は大爆笑していた。
うーん……真剣にやってるからこその、信頼なのかなあ。
兄貴は大真面目に打席に立ち、鼻のピクピクは最高潮に達している。
一球、大きく外に外す。さすがの兄貴も見送った。1ボール2ストライク。
四球めの決め球に、緑陵バッテリーは先ほどのシンカーを選んだ。
ストレートとほぼ同じ球速で、真ん中から左打者のアウトローにストン、と落ちる球。左打者には天敵とも言えるボールだろう。
しかし、兄貴は渾身の力を込めてバットを振ってきた。バットがボールを捉え、強引に引っ張っていく。
ガキン!
鈍い音を立てた打球が、超低空のライナーとなって一二塁間を襲った。
信じられないような弾道だが、みづほの守備範囲だ。素早く真正面に回り込み、ライナーを股の下で、両手でキャッチ。
「アウト!」
打球の勢いに押されて、みづほが尻餅をついた。
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何だ、何なんだ、今の打球は。
あのコースにバットが届くこと自体が凄いが、完全に打ち捕った態勢の筈。
それが、みづほを吹っ飛ばすほどの火の出るようなライナー。何もかもが規格外だ。
素早く真正面に回ったみづほも、隠れたファインプレーで、あれを片手で捕球しようとしたらグラブごと弾き飛ばされた可能性さえある。
久しぶりに逢った兄貴は、超怖ろしいバッターになっていた。
何はともあれ、超強力クリーンアップを抑えることが出来た。
緑陵としては、これ以上ない結果であった。
ひとつの山場を越えてホッとしたのか、続く6番に三遊間を破られる。
両軍通じての初ヒットを献上するも、後続を断ち、無失点で二回表を終了した。
二回裏は三者凡退。
当然と言うべきか、明王はうちを研究していた。
例えば、ストレートに強い――そして当たるとデカい――野口には、豊富な球種で的を絞らせない配球。
下位打線には、ストレート主体で打たせて捕るピッチングだった。
初回で球数を投げさせられた分、ここで少し取り戻す意味もあったのだろう、わずか11球だった。
三回表、安田の場合は省エネとはいかない。
下位打線といえども力のあるバッターが揃っているし、安田の軽い球質は当たれば遠くまで飛ばされる。丁寧に慎重に、球数を使った配球だった。
2アウトから1番の間宮さんがセンター前ヒット。すかさず盗塁で二塁を陥れる。
ここでも安田は六球使って、サードゴロで後続を断つ。3アウト。
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三回裏。梅田さんの調子は上々のようだ。
攻撃前に、恒例の序盤の円陣を組んだ。みづほのアドバイスを聴くためだ。
「2巡目はカーブの比率が高くなると思う。ストレートは厳しいとこにしか投げてこないから、甘い球以外は手を出さない方がいい。岡さんの投げてくれたカーブを意識しながらタイミングを合わせよ、梅田さんは緩急の使い方も巧いから、とにかく自分のタイミングで打つこと」
――やはりと言うべきか、明確な攻略法は見つかってないようだ。このレベルの投手なら当然ではある。
しかし、梅田さんのカーブをしっかり打てるバッターは緑陵だと、みづほと松元くらいだろう。
あとは俺と度会が少々、野口は出会い頭を祈るレベルかな。
「ストレートが来たからといって、手拍子で振らないことね。慎重に吟味して。梅田さん比較的飛ばしているから、六回か七回で継投だと思う。その前に引きずり降ろせたら、うちのペースよ」
「おう」
「頑張って行こう」
「りょくりょーお」
「ファイトッ!!」
有沢、安田はポンポンとアウトになり、2アウトランナー無しでみづほ。
うちとしては、あまりいい形ではない。
梅田さんはみづほに対しては、ボール球も使いながら、打ち気を誘うようなコースで攻めてきた。
ファウルで長々と粘られるのを避けて、単打ならOK、という配球だ。
みづほは五球めのカーブを、きれいなフォームでセンター前に運んだ。
攻守ともに許容範囲の結果。ともかく、緑陵にも初ヒットが生まれた。
2番の志田。可能ならクリーンアップに繋げたいが……
正直現時点では、粘って四球をもぎ取るのが精一杯かもしれない。
明王バッテリーはそれさえやらせてくれなかった。あっという間に追い込まれ、最後は決め球の大きく落ちるカーブに、バットが空を切った。
空振り三振、3アウトチェンジ。
次の四回表は、いきなりクリーンアップから、2巡目の対決だ。




