西東京大会五回戦・前夜
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西東京大会は、四回戦終了の時点で、数日間の予備日に入る。
終業式を挟んで、夏休みの始まりと同時に、五回戦が再開されるのだった。
「次の試合、応援に行くよ」
同じクラスの笹田が話しかけてきた。
野球部と同じく今年創設されたばかりの男子サッカー部の、キャプテンだ。
「それにしても、すげえなぁ。創部したてでベスト16かよ。こっちは単独じゃチーム組めないってのに」
サッカー部は結局、部員9人でスタート。いつもは女子サッカー部と一緒に練習しながら、他校との合同チームで大会出場したり、フットサル大会に積極的に参加している。
「お前んとこもそうだけど、コアメンバーがシニアで同じチームだった、てのはデカいよ。サッカー部こそ、女子サッカーのお姉さま方とリア充だって噂じゃん」
「バッカやろ。選手は活躍してこそナンボだろ」
リア充については否定しないんだ。
「それに女子との練習は、やっぱ物足りねえよ、向こうは強くなれたって喜んでるけど。スピードもパワーも全然違うもん」
そういや、女子の日本代表レベルが中学男子といい勝負、てのは聞いたことがあるな。
「野球部の遠野は、それ考えるとバケモン……は例えが悪いな。とにかく例外中の例外だよ、普通に活躍してるもんな、男子に混じって。遠野って、プロになれそうか? お前の眼から見て」
「女子プロなら絶対行ける」
「そっちじゃねえ。俺が言ってんのは、ドラフト会議とか日本シリーズとかある方の、プロ野球」
「うーん……俺はプロのスカウトじゃないから分からんなあ。でも守備だけなら、高校でもトップレベルだな」
「じゃ、可能性はあんじゃん。陸上部の監督が遠野を欲しくて堪らないそうだぜ、まともにやればオリンピックに行けるって」
「そうなんだ……」
――薄々勘づいてはいたが、みづほって、それほどの素材だったのか。
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「次の相手は、強いのか?」
「ああ、強い。第1シードの優勝候補だ。全国レベルの実力ってヤツを見せつけられたよ」
「そうか……勝てそうか?」
それについては、散々イメトレを俺なりにしてきた。
「安田次第かな。五回を無失点でいけたら、あと、上位打線でどこまで点が取れるか。安田が崩れたら、俺たちに勝ち目はない」
投手は実質、安田ひとり。
竹本が頑張っているとはいえ、ストレートだけであの打線には太刀打ちできない。
「お前らやっぱり羨ましいわ。そんな強いとこと、勝ち上がったうえで戦えるなんて、なあ。絶対応援に行くぜ」
笹田が爽やかに笑った。
「そんで、ケチョンケチョンにやられるとこ、見てやっから――頑張れよ」
「こんのヤロー……ありがとな」
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練習のウォームアップを、大屋監督が熱心にやっている。
「あたしが頼んだの、ノックを全力で打ってください、って。明王の速い打球対策」
みづほがそっと耳打ちする。
なんでも、大屋監督の後輩も、助っ人ノッカーで来て下さるそうだ。
守備練習。大屋監督と助っ人の荒井さんが、交替でノックをすることになった。
「じゃあ、セカンドいくぞっ。どりゃあああ」
凄い掛け声と共に痛烈な打球が、みづほのとこへ飛ぶ。いつもながら見事な手付きでボールを捌くみづほ。
「かんとくーっ。もう一回、お願いしまーす」
「よし来たーっ。どっりゃあああ!」
今度は真正面に回り、捕球。
「かんとくーっ。二歩前でノックをしてくださーい」
みづほの声に監督がずっこけ、笑いが起きる。
「俺の打球は高校生に負けるんか……とほほほ」
「しかたないっすよー。明王、プロのスカウトも来てたっす」
二歩前の位置で、三度目のセカンドゴロ。
「どっりゃあああああっ!!」
「はーい、オッケーでーす」
監督の横で、臨時コーチの荒井さんが笑いを噛み殺していた。
「みづほちゃん、なかなか容赦ないっすね」
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実際にノックを受けると、つくづく打球の速さが身に沁みる。
少しでも反応が遅れてしまうと、簡単に間を抜かれてしまう。
――こりゃ、結構キツイぞ。
キツイのはノックをする方も同様だったようで、最後の方では大屋監督はバテてしまって、専ら荒井さんがノッカーになってた。
荒井さんは社会人を引退したばかりで、今日は俺たちのために有給を取って下さったそうだ。
小柄な左打者だが、さすがと言うべき鋭い打球が飛んでくる。
「はははっ、明日は筋肉痛かな。ちょっと一休みさせてくれ――大屋さん、まだ頑張れますか?」
「ひはーっ……大丈夫だ……ふはーっ」
あまり大丈夫でない感じで、監督が応えた。
水谷先生が仕方ないな、という感じで助け舟を出す。
「10分間休憩入れましょう。選手は水分摂ったら、そのままバントフォーメーションの練習」
「うっす」
ライトから戻って来た松元に、目で合図をする。
「松元」
「うん、分かってる」
荒井さんは、タイプ的に松元に似ている。同じ左打者で、きっといいお手本になるだろう。
松元は荒井さんの前に立って帽子を脱いだ。
「荒井さん、お手数ですが、練習後に自分のバッティングを見てもらえませんか?」
それにしても。
竹本のレフトの守備は、残念ながら素人同然だった。
最近はずっとピッチング練習に専念していたので、無理もないのだが。
「竹本。守備を有沢にきちんと教わったか?」
「有沢は丁寧だったよ、俺が悪いんだ。あれだよ、グラウンドに立ったら頭真っ白になっちまったんだ」
「そうか」
俺からは、それだけ。
それ以上を判断するのは監督の仕事だ……現在、どえらくバテてはいるが。
監督たちには休憩を20分取ってもらった。ノック再開。
「……じゃあ、また頑張ろう」
「はい」
いちばん頑張らなくちゃいけないのが監督なのは、誰の目にも明らかだった。
「監督、頑張ってー。後であたし、マッサージしたげるからっ」
「おーっ、頼むよ」
赤川さんの声援に、やや元気が出た感じの大屋監督。
「荒井さんのマッサージは、私がしますね」
青柳さんもにっこり微笑んだ。
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大屋監督の対明王プロジェクトはなおも続き、翌日には岡さんが来て、打撃投手をしてくれた。
監督がキャッチャーをする。大丈夫かな……
岡さんは何と、現役の社会人チームの投手だ。
軽く投げただけで140km/hは出る直球に、カーブもガンガン曲がってくる。
「すっげえ……」
「大屋さん、手加減なしでいいんですよね? さあ行くぞー、一年坊主ども」
「はいっ、お願いしゃーすっ」
――こういう凄い人と一緒に練習できることもそうだが、その人たちが嫌な顔ひとつせず、こんなとこに来てくれるのが驚きだった。
大屋監督って俺たちが思ってるより、凄い人なのかもしれない。
岡さんに迷惑をかけないよう、スピーディに守備を変更しながら、交替で打席に立つ。
俺の番だ。
「お願いしゃーすっ」
ヘルメットを取って、岡さんにお辞儀。
「よっしゃ行くぞっ。まずはストレート、次にカーブを二球続ける。その後は秘密だ」
「はいっ」
気合いを入れて構える。
シュッ。
見たこともないようなストレートがやって来る。
ほぼ真ん中の打ちやすいコースに投げてくれているので、バットには当たるが、振り負ける。
一塁方向にファウル。
次のカーブも、シャレになってなかった。タイミングが掴めず、手が出ない。
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岡さん、やっぱ凄いなあ。
この球で、80%くらいの力で投げてるんだろう。
こんな人がプロじゃないんだから、プロ野球っていったいどんな世界なのか、気が遠くなる。
「次カーブだっ」
投げてきた三球めは、ほぼ同じコースの同じようなカーブ。
さっき見たばかりの球なら、何とか……頑張って食らいつき振り抜いた。
カキーン。打球はレフトへ良い当たり。
それを竹本が、見事なバンザイで後ろに逸らした。
「おーいレフト、お前初心者かぁ」
「はーいっ、昨日からレフトやってますぅー」
岡さんの野次に元気よく応える竹本。
「昨日から?! ぶわっはははっ」
岡さんは、愉快そうに笑い飛ばした。
「お願いします」
みづほが打席に立った。
大屋監督からサインが出たらしく、岡さんが意外そうな顔をした後、少しして肯く。
シュッ。インコースにストレート――いや、カーブだ。
インローにストンと落ち、みづほは見送った。
二球めは外に逃げていくカーブ。
コーン。みづほは当たり前のように、ライト前に持っていく。
三球めのストレートをセンター前に運ばれ、岡さんの顔つきが変わった。
四球め、またストレート。
さっきより速い――多分、岡さんの本気だ。
アウトローに来た球を、みづほは見事に流し打った。
マウンド上で、岡さんが大きく息を吐き、自分からサインを出す。
五球め、真ん中高めからボールが胸元に食い込んできた。シュートだ。
みづほのバットは空を切らなかったが、力なく上がったフライはサードが掴んだ。
「みづほくん、オッケー」
「ありがとうございました」
ヘルメットを取ってお辞儀をしたみづほは、急いでセカンドの守備に向かった。
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ふー。密度の濃い二日間だった。
社会人の凄い人たちの指導を受けられたのは、俺たちにとって実になるものだった。
少なくとも、明王の投手や打線に向かって行く心の準備は出来た、と思う。
「マネージャーは?」
「監督と岡さんのマッサージに行ってる。昨日のが、すっごい好評だったらしいよ」
ちなみにマネージャーのマッサージは水谷先生仕込みなので、きちんと効果がある。
「ふたりのマッサージのお陰で、監督今日も動けてたもんなあ」
「昨日、全力ノックでバテてた時は、どうなるかと思ったよね」
自主練習が終わり、後片付けに入る頃にマネージャーたちは戻って来た。
「ただいまぁ」
「あっ、お疲れさん」
ふたりとも少し顔を紅潮させてニコニコしている。
「いやー疲れたよ。こっちもマッサージしてほしいくらい」
「――何か、手伝うことある?」
「うん。後は用具運びくらいかな」
グラウンドの点検に行こうとする俺に、赤川さんが近付いてきた。
「アッキ、手伝うよ」
「お、さんきゅ」
懐中電灯を片手に、ふたり外に出た。
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「異常なし、だね」
「おっけ」
わざと室内練習場から遠い所で、念入りに点検した。
赤川さんが、わざわざついて来たということは、何か俺に話がある筈なんだ。
果たして赤川さん、俺に話しかけてきた。
「――ねえ、アッキ」
「ん。なあに?」
「みづほちゃんて、エスパーなの?」
「……あんだって??」
赤川さんの話では、こうだ。
ふたりはマッサージをしながら、監督たちの会話を聴いていた。荒井さんも岡さんも、みづほの事を「噂以上だ」と絶賛していたらしい。
彼女は自分たちと違う世界で野球をしている。普通の人には見えてないものが、みづほには見えているんだろう、と。
「――それってさ、超能力じゃないの?」
確かにみづほは、ものすごく早い段階で、とんでもなく大胆な読みをする時があって、しかも99%は的中する。時にそれは魔法でも使ってるんじゃないか、というほど鮮やかだ。
「それを超能力って言うなら、そうなるよね」
「でしょ?」
「でもさ、なぜそう思ったかをみづほに訊くと、必ず根拠があるんだよ。だから俺は少なくとも、みづほをエスパーと感じたことは一度もない。ガキの頃からずっと一緒だったけどな。人よりも図抜けて野球脳が優秀なんだと思ってるよ」
「ふーん。そうなんだぁ……」
「みづほのかける魔法は、野球をしてる俺たちには理解できるんだ。みづほはエスパーでも魔女でもないから、今まで通り付き合ってくれ、頼むよ」
「んっと……そんなんじゃないから。いやさ、超能力とかこの世にあったらステキかなって、ちょっと思っただけだから」
「そう?」
「ガキっぽいと思われるのがイヤだったんだ。だから、こうして話をしたの。ホントよ」
「うん。わかった」
わずか部員10人、マネージャーふたりの小さな部ですが、全員を書こうとすると、どうしても影の薄い人物が出てきますね(^-^;




