優勝候補・明王大附属
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試合後の取材が終わり、俺は更衣室の前でみづほを待っていた。これから次の試合を観戦する。
勝ったチームが、俺たちとベスト8を懸けて五回戦を戦うことになる――が、余程のことがない限り、明王大附属が来るだろう。
兄貴の学校だ。第一シード、優勝候補の最右翼。
ともかくも俺たちは、兄貴と対戦できる位置まで辿り着いた。
今日は最初で最後の兄弟対決に向けて、応援と――敵の戦力分析だ。
「お待たせ」
制服に着替えたみづほが顔を出す。
「行こか」
「ん」
石倉さんのグルーピー女子は既に退場してると思うが、桜美戦でみづほが受けた野次も考えて、念のためボディガード役を買って出た。
スタンドへの通路を歩いていると、ユニフォーム姿の一団と出くわした。明王大附属の人たちだ。
「おっ、みづほちゃんだ。髪のボンボン取ってる」
「活躍してたねー。あの石倉をKOなんて」
「制服姿も可愛いなー」
「みづほちゃん、イェーイ」
――試合前なのに、いったい何なんだ、このテンションの高さは。
兄貴と眼が合った。
「千尋、勝利おめでとう」
「ああ。試合観させてもらうよ。待ってるから」
「おう」
少し間が合って、兄貴が口を開く。
「桜美の石倉だけど……故障か?」
「肘、痛めてたんだって」
「そうか……あいつ、ホントはもっといい投手なんだよな。本音言うと桜美が来ると思ってた」
うん、それが正当な評価なんだろう。でも、勝ったのはうちだ。
「次、食ってやるから」
「分かった。手加減はしない」
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幸い、スタンドでみづほに絡んでくる女子はいなかった。
「おーい、こっちこっち」
偵察三人娘を囲む形で、席に腰かける。
グラウンドでは明王大附属の練習が既に始まっていた。
さっきまで馬鹿騒ぎしていた選手たちが打って変わって、キビキビした動きでノックを受けている。
今年の明王が優勝候補なのには、理由がある。
強力打線もさることながら、好投手をふたり擁しているのだ。
三年生の梅田さんがエースだが、今年の春から二年生の背番号10、河原さんが急成長。
ふたりとも右の本格派、ほぼ同等の力を持つと思われる。投手力が強化され、明王は全国レベルへ躍進を遂げた。
「今日の先発は?」
「二年の河原さん」
明王は三回戦も、河原さんが先発で、一年生投手がリリーフした。エースの梅田さんは、まだ登板してない。
みづほが早くも、ブツブツ呟きはじめている。
「梅田さんのデータを取るのは難しいかも……ブルペンも要チェックね。紫苑ちゃん、指示があったらカメラ向けてくれる?」
「おっけー」
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四回戦、明王大附属VS聖蹟第一、試合開始。
先攻は聖蹟第一、先発の河原さんがマウンドに上がる。
「大きくて綺麗なフォーム……素晴らしいストレートね。好きになっちゃいそう」
キレのあるストレートでポンポンとストライクを取っていく河原さんを見て、みづほが呟く。
「さっきまで石倉さんに夢中だったじゃないの、この浮気者」
「そうよ、うわきものー」
赤川さんと青柳さんが、次々とツッコみを入れる。
「だってぇ、出逢ってしまったものは仕方ないじゃない♪」
「すっごーい。みづほちゃんの尻軽ぅ」
「で。今まさに、それを征服する算段たててるとこ、と。ドSね」
「やだぁ。そんなんじゃないよぉ」
キャッキャッとはしゃいでいるが、彼女らがしてるのは恋バナではない。
野球の話だ。
「あ。フォーク――結構落ちたよ」
打者のバットが空を切る。三振。
おお……俺たちだけでなく、周囲からもどよめきが。
「ストレートとフォークのコンビネーションだけでも、攻略は難しいわね」
一同の見解をみづほが代弁した。
一回表、聖蹟第一、三者凡退。
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明王大附属の打線は、初回から怒涛の攻めを見せた。
先頭打者がセンター前ヒットで出塁すると、セオリー通り送りバント。
3番の吉見さんがレフトへ大飛球、二塁打を放ち、あっさり先制。
4番の真田さんも渋くライトへ流し打ち、2点めをゲットした。
「振りが鋭いね」
「打球も速いな……」
間違いなく、今までの相手とはレベルが違う。
そして1アウト一塁の場面で、5番、俺の兄貴の登場だ。
秋山海斗、左投げ左打ち。強打強肩の右翼手。
球場が真田さんの時より湧いているし、何より味方ベンチの野次が凄い――ということは、兄貴はきっと相変わらずだ。
左打席に立った兄貴は、長いバットをこれでもかと長く持ち、肩に力の入った無駄の多い構え。
そして初球、相手投手の緩いカーブを、誰に憧れて野球を始めたか見え見えのフルスイングで、豪快に空振りした。
どよめきと失笑が半々の、観客席。
おお……明王のベンチで、全員がズッコケてる。
「バカタレが、ちっとは考えろっ!」
「ダブったら殺すぞ、このやろー」
野次が凄い――味方から、しかも笑顔で。
チームにおける兄貴の立ち位置って、どうなってるんだろう。
「……相変わらず、カイさんのスイングは心臓に悪いな」
「あれな、実際に対戦すると、空振りでも怖いんだよ」
安田根来のバッテリーがひそひそ話している。
兄貴とはわずかな間だが、千秋シニアで一緒にプレイした間柄だ。
「カイ兄ちゃん、ステキ……」
みづほは兄貴を観ながら、眼がハートマークになってた。
「あー、またみづほちゃんが惚れてるー」
「みづほちゃん、節操なさすぎぃ」
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裏表のない性格が幸いしてかそうではないのか、こと野球に関しては頑固で実直、大の付く馬鹿正直。
それが兄貴だ。
とにかく、どんな相手でも、どんな球でも全力プレーの全球フルスイング。
脆さが同居しているが、ツボに嵌まった時には、全てをねじ伏せる破壊力を持っている。
何より凄いのが、全力プレーをずっと続けていられる、強靭な体力と集中力だ。
敗色濃厚に追い詰められても、ひと振りで雰囲気をガラリと変える、そんな頼もしさがある。
兄貴のヤツ、明王のレギュラーになっても、まったく変わっていなかった。
それが嬉しくもあり、心配でもあり、はたまた対戦を控えた怖さもあった。
兄貴はもう一回豪快に空振りした後、またもフルスイングで、ボールを高々と打ち上げた。
なかなか落ちてこない打球を、セカンドがバックして追う。
――まだ落ちて来ない。まだ――セカンド、なおもバック。
「オーライッ!」ライトがついに、声を掛ける。
結局、ファウルゾーンまで伸びて、ライトが捕球した。当たり損ねなのに、客席からどよめきと拍手が起こる。
無表情のままベンチに戻る、兄貴。
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三回表、ブルペンに動きがあった。
「梅田さんがキャッチャー座らせたわ。紫苑ちゃん映して」
「オッケー。また惚れちゃダメよ」
ここからがみづほの本領発揮で、多分試合を観ながら同時にブルペンをチェックしている。
「梅田さんはカーブピッチャーよね、ストレートも力があるわ……カーブは投げてるのが、緩急で曲がるの2種、落ちるの2種――まだヴァリエーションありそう」
試合は、明王が得点を重ね、一方的な展開となった。
トドメは兄貴。四回裏、満塁で疲れの見えた投手の低めのストレートをフルスイング。
ガッキーン。
もの凄い音と共に、ライトスタンドのいちばん奥、あわや場外になろうかというグランドスラムを叩き出した。
球場は一瞬静まり返り、少し間を置いて割れんばかりの歓声に包まれた。
11対0、五回コールド。河原さんは奪三振7の完投。
聖蹟第一はバランスの取れた好チームで、緑陵と同等の力量があると見做していただけに、この結果は正直ショックだった。
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学校に戻り、部室でミーティング。
みづほの分析結果を聴きながら、誰もが押し黙ったままだった。
「――投打、走攻守、全ての面で明王が遥かに上。打線は強力なうえに、ひとりを除いて選球眼もなかなか」
ひとりというのは……
「カイさんだよな」
「あの人、どんなクソボールでも振るもんな」
「先発は誰だろうね?」
「雰囲気では梅田さんだけど――中三日だから河原さんと8:2くらいで考えていいんじゃない?」
都大会の場合、四回戦終了で終業式を挟み、五回戦は夏休みが始まってから行われるので、少し日程が空くんだ。
「ふたりの攻略法はある?明らかな癖とか弱点とか」
みづほが頚を横に振る。
「梅田さんは今日は、手の内の半分くらいしか見せてない感じ。ストレートはもちろん、全部のカーブでストライクを取れてた。食らいついて球数を稼ぐ、としか言いようがないわ」
「河原さんは?」
「フォークは大部分、ボール。気づいたら見送るべきね。あとはカットボールにカーブ、スライダーも試してたみたい」
ん……
「以上?」
「ん。以上」
という事は、明確な攻略法はなし、か。
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「守備のフォーメーションは、何かプランある?」
「まず打球が速いわね。内野は前進守備の感覚が必要だし、外野は間を抜かれないこと、後ろへの打球は常時ケア」
「だよな」
「極端な守備体系は、却って危険ね。特に上位打線は、内野の間を突いてくるくらいの技量は持ってる。動くとしたらインパクトの瞬間」
うちでそれが出来るのは、みづほくらいだろう。
根来が口を開いた。
「各打者の傾向や、癖は?」
「出来る範囲でまとめといたよ」
「さんきゅ。後で摺り合わせよう」
安田はずっと腕組みをしている。
「1巡目はなんとか抑えても――2巡目にはもう、ヤバいな。4番の真田さんだけど、さ」
「そう。欠点がほとんど見当たらないの、打者としては」
「あとさ。カイさんの鼻ピクって、知ってる?」
「おお、懐かしいな。まだやってるのかなあ」
「えっ。なぁに?それ」
志田と根来の会話にみづほが疑問を差し挟む。
「カイさんて集中すると、打席で鼻がピクピク動くんだよ。そうなると常識が通用しないんだ。どんな球でも打っちまうから、満塁でも敬遠した方が傷が浅いくらいなんだ」
みづほがシニアに来たのは、中一の終わりに帰国してからだから、兄貴とは一緒じゃなかったんだ。
「へぇ……ステキねえ。敵としては憂うべきだけど」
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「総合すると、さ」
今まで黙っていた大屋監督が口を開いた。
「小手先の策が通用する相手じゃないね。といって、正面から馬鹿正直に当たったら、今日の聖蹟第一みたいに踏み潰される可能性は大いにある。怯まず、どんな時でも勇気を持って、冷静に対処しよう」
「うっす」
「はい」
「いつも通り配球はバッテリーふたり、守備フォーメーションはみづほくんが担当してくれ」
「はい」
「はい」
「それと、さ……まだ検討段階だが、打順をいじろうと思う。球数稼ぎと出塁を重視した打順にします。スタメン発表は前日にするから――あと、竹本くん」
「はっ……はいっ」
「一塁ベースコーチ、いつもご苦労さん。このインターバルは肩を休めて、バッティングと外野の守備練習をして下さい」
「――あい?」
疑問顔の竹本を、肘で小突く。
「……野手での出番があるかも知れない、てことだよっ」
「……うをー! はいっ!!」
ちなみに筆者は『ブル田さん』の白石三郎が大好きでした(#^.^#)




