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俺の幼馴染は甲子園を目指す  作者: かのさん
高校一年生編
41/297

西東京大会四回戦 (VS桜美・みづほの恋)


 四回戦、対桜美高校を明日に控えたミーティングだが、みづほがかなりヤバい。

 どこがヤバいかって――どうやら石倉さんのストレートに一目惚れしちまったらしい。

「球速はMax140㎞/h前半までかしら。でもねっ、初速と終速の差が少ないから、手元でシュッと伸びてくる感触がある筈よっ。だから実測よりも速く感じるし、マシンで練習しても、あまり役に立たないんじゃないかな――実際に打席に立って、あのストレートのキレを体感しなくちゃ分からないかも」


 息継ぐ間もなく語るみづほの眼差しが潤みまくって、頬は桜色に染まり、恋すると女って綺麗になるんだなあと、つくづく思った。

 でもさ。

 石倉さんは確かにカッコいいけど、その人の投げるボールに恋するって、人としてどうよ。

 だいたい昨日も、ストレートのビデオを何度も再生しては、萌え死にしそうになって、周囲を呆れさせていた。


「あー、早く逢いたいなぁ、あのボール。多分、日本刀みたいな切れ味があると思う。考えるだけで胸がキュンキュンして――あたし、こくっちゃいそう」

「それはやめとけよ」

 告っていったいどーするつもりなんだ、みづほは。


「で。ストレートの魅力は分かったから、それを打つにはどーすりゃいいんだ?」

「えー。あれ打つの? もったいないなー」

 いいかげんにしろ。

「打たなきゃ勝てねえだろ」

「芯を当てたら意外に飛ぶわよ、このストレート」

 みづほはいきなり真顔になった。

「ボールの回転と軌道を見る限り、球質は軽いと思う。簡単にはいかないけど、タイミングを掴めさえすれば外野の頭も越えるわ――むしろ厄介なのは、ストレートを軸にしたコンビネーションよね。カーブ、ツーシーム、カットボール系の球で微妙にタイミングを外してくるし、コーナーの投げ分けも巧いわ……フォークはあまり落ちないっぽいけど、一応これも要注意」


「いい投手だよな。特に上位打線が、攻略の糸口をどれだけ早く掴めるか、だ」

「うん。あたしもそう思う」

 安田の言葉に、一同納得の表情だった。


 対して、相手打線。

「やっぱりさ――ほとんどのバッターが変化球を打ててないよ」

「うん。4番の石倉さんはさすがだけど」

 これは、安田の出来次第だろう。いつも通りに変化球が冴え渡れば、少なくとも2巡目までは、抑えるのはけして難しくはない。

「後半勝負だな」

「ああ」

 石倉さんの攻略には時間がかかりそうだし、安田は後半バテて失投が増えると、打ち込まれる危険が高まる。

 それまでにこっちは可能な限り点を取っておきたいし、余計な失点は抑えておきたい。


 今年の桜美は、超イケメン投手、石倉涼太のワンマンチーム。

 投手戦になりそうだが、勝てない相手ではない。

 それが俺たちの導き出した結論だった。




 試合直前、主将同士のじゃんけん。

 石倉さんは間近で見ると、同性ながらホントにカッコよかった。

「おたくの天才少女、すごい活躍だね」

 みづほの事だ。

「ええ。いつも通りやってくれると信じてます」


 ホントだよ……まさか石倉さんのストレートに熱を上げてるとは言えない。

 だいたい、昨日もビデオを持って帰ると言い張ってみんなで止めた始末だ。

 ――持ち帰ったが最後、下手すりゃ一晩中でも観てただろう。

「ハシカよ、ハシカ。後で振り返ったら絶対恥ずかしくなるんだから」

 水谷先生はそう言って笑っていたが、よりによって大事な試合前にハシカになるなよなぁ、というのが本音。


 試合前でも心なしか、みづほはホワホワしていた。そんな状況でも、守備のゲームプランはきちんと立ててくれている。

 桜美打線は、安田の変化球にタイミングが合わないだろう。

 安田の球は遅いので、そうした場合、序盤は当たり損ねか、引っ張りが多くなると予想される。

 大部分はファウルだろうが、時にフェアゾーンに入ってくるライン際には特に注意。内野はそれに加えて、詰まった当たりの、前めのゴロや、ポテンをケア。

 要するに、不運な当たりのヒットを減らす守備をすることだった。


 じゃんけんに勝った桜美は先攻を選んだ――ん? わずかな違和感。

 そもそも桜美は、うちと似た守備型のチームだと思っていた。

 それなら後攻で、まず守備に就き、自分のペースを掴みたいはず。

「監督、何か考えがあると思います?」

「そうだな、俺だったら――まあ試合が始まってみれば、分かるよ」


 試合開始。

 桜美打線は案の定、安田のスローボールとクセ球に面食らった様子だった。

 たまのいい当たりも、タイミングが早過ぎて引っ掛けた感じのファウルになる。

 三者凡退。安田、打たせて捕る上々の立ち上がりだった。


 一回裏、投球練習をする石倉さんに、応援席の女子たちから華やかな声援が飛ぶ。

 ――すごい人気だなあ。

 そんな石倉さんのストレートを見つめるみづほの熱視線も……あれ? 目が死んでる。

「なんか、違う」

 そうか? ああ。ストレート、確かに走ってないかも。

 本格派のピッチャーは立ち上がりに不安を抱えてる人も多いからなあ。回が進むにつれて肩も温まって、本領を発揮していくタイプ。

 前回の試合では、そんな気配は感じなかったが。

「しばらくは変化球主体のピッチングかもね」

 冷静さを取り戻した風で、みづほはネクストへと向かった。


 石倉さんもストレートこそ走ってないものの、変化球のキレと制球の良さで、2アウト走者なし。

 みづほとの対戦となった。

 打席に立ったみづほは、昨日までのホワホワが嘘のように落ち着いて、オーラに包まれてさえ見える――マジでよく分からないが、吹っ切れたようで何よりだ。


 マウンドの石倉さんは、ストレートが走らない分、緩急をつけるのに苦労している印象だった。

 コーナーワークでカバーしてはいるが……案の定、みづほに粘られる。

 七球投げて2ボール2ストライク。追い込んではいるが、これはみづほのペース。

 八球め、インローのカーブを振り抜いた。

 カーン。

 乾いた音がして、打球はレフトの頭上を越えた。2ベースヒット。


 なんつー球をヒットにするんだよ。かなり難しいとこだぞ、あれ。

 それとも読んでたのか? あんなとこのボールを。

 みづほの思考は、いつも俺の理解を超えている。


 それにしても桜美側スタンドの、石倉さんファンの女子たち。

 ほんの一部だろうが、野次がすごい。同性だから容赦がないのかな。

「なんで打っちゃうのよーっ、バカバカバカッ!!」

「ちょっとくらい野球が巧いからって、いい気になってんじゃないわよっ! このブス!!」

 ――みづほの場合『ちょっとくらい』じゃないんだけどな。

「後で女子トイレに来いやぁ、こらー!!」

 おー、怖い怖い。


 何はともあれ、2アウト二塁、先制のチャンスだ。詳細は分からないが、現時点では石倉さんの調子が上がっていない。

 集中しよう。

 一球め、高めのツーシームから入ってきた。ストライク。

 ……傍目では分からなかったが、想像よりキレが今ひとつのような気がする。

 二球めのストレートは、ボール。完全な見せ球だ。


 そう言えば、三回戦のビデオで見た、みづほが絶賛していた綺麗な投球フォーム。あれもどことなく、今日は少し違って見える。

 ――ひょっとして、調子が悪いんじゃなく、どこか痛めてるんじゃないか?

 その疑念は、二塁ベースに居るみづほの哀しそうな表情を見て、確信に変わった。みづほも、気づいていたんだ。

 間違いない。何かアクシデントがあって、石倉さんは故障を抱えて投げているんだ。


 肚は決まった。変化球だって肘には良くない。

 覚悟の登板だろうが、ここは早く楽にしてあげるのが、情けというものだ。

 2ボール1ストライクからの四球め、真ん中寄りのカットボールを狙い打つ。

 レフト前にボールは落ち、早くも1点先取が実現した。


 石倉さんは、やはり何かおかしかった。

 三回裏、1アウト一二塁から、みづほに今度は右中間に運ばれる。2点タイムリー2ベース。

 この回を投げ切って、三回3失点で石倉さんはマウンドを降りた。

 4番打者にも関わらず、守備にも就かずにベンチ裏に姿を消した。


 4番エースの大黒柱を失った桜美相手に、試合は完全に緑陵のペースになった。

 終わってみれば、7対0、七回コールドのワンサイドゲーム。

 安田はわずか被安打2の完封勝利だった。


「肘……ですか?」

 試合後の整列にようやく姿を見せた石倉さんに、恐る恐る訊く。

「ああ。最後だから、だましだまし頑張ったんだけどな――三回戦は蝋燭が消える前のナントカだったよ」

 相変わらず、こんな状態でも石倉さんは爽やかだった。


「あのっ、あのっ……あたし……」

 やべっ、みづほだっ。

「ん?」

「あたし、三回戦の石倉さん観て……ストレートが……あの手元でシュッと来るストレートが大好きになって……今日は、それに逢えるのが楽しみで……」

 みづほは俯いたまま真っ赤になってそれだけ言うと、ポロポロ涙を零し始めた。


 あーあ。告っちまいやがった。

「へ……?」

 予想もしない光景に、石倉さんが少なからず戸惑っている。ここは俺がフォローしないとなっ。キャプテンだし。

「いや、こいつですね、ビデオで石倉さんの投球観て、石倉さんのストレートに惚れちゃった変なヤツなんですよー。どうか気にしないで下さい」

「……?」

 少し変な顔をしていたが、やがて石倉さんは爽やかに破顔した。


「そうかぁー。俺のボールが好きですって子は、初めてだなあ。いやあ、すごい嬉しいよ」

 そう言うと石倉さんは、利き腕じゃない左手でみづほの頭をポンポンと叩いた。

「そうかそうか。今日はいいストレートを見せてあげられなくてゴメンな。肘は必ず治すから、またどこかで対戦しよう」

 ここでようやく、みづほが顔を上げた。

「は……はいっ!」


 こうして、みづほの恋(と言っていいのかどうか)は終わりを告げた。

 その光景を見させられている桜美スタンドの女子たちが、凄く喧しいことになっているが、この際耳を塞いでおく。

 まあこの試合で、みづほはファンだけじゃなく強力なアンチも作ってしまったようだ。


 緑陵高校、四回戦突破。

 創部わずか三カ月でのベスト16進出、という快挙だ。

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