卒業試合
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朝の8時までには、チームの全員が集まっている。
遅刻するとレギュラーといえども試合に出られないので、みんな必死だ。
準備運動はみっちり行う。
二人一組の柔軟運動は、何故かいつもみづほと組まされた。
ほとんど抱き合うくらいに体を密着させるので、本来なら鼻血モンだったのかもしれないが、チーム全体に流れる緊張感や、みづほのストイックな態度のお陰で、変な気にはならなかった。
千秋クラブの練習時間は、通常は土日祝日の午前中、2時間プラス2時間。
監督もコーチも優しい人ばかりで、怒号が飛び交うことは、まずない。
反面、別の意味でたいへん厳しく、練習で手を抜くと、その時点で退場。その日は参加させてもらえない。
遅刻はさっき言ったとおり、厳禁。さらに言葉遣いや態度が悪いと、どんなに実力があっても、どんなに大事な試合でも使ってもらえない。
中学生たちを一人前の人間として扱い、自らを律する事を要求する。
勝利はその次。
それがクラブの方針だった。
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それにしても。
みづほの体の軟らかさには、毎度のことながら舌を巻く。
180度開脚とか、前屈で手のひらが地面にくっ付くなんて、お手のもの。
いつだったか、綺麗なY字バランスまで披露したことまであった。
普通、みづほくらいの筋力であの柔軟性は、男だったら絶対に考えられない。
「あたしが男だったら、どんな選手になってたかなぁ」
これはみづほの口癖だったが、みづほが女だからこそ可能だった能力とプレーがあった、と思う。
みづほの筋肉は柔らかく、触っていて気持ちがいい……いや、変な意味ではなく。
パワーでは、もう俺には敵わない。
腕相撲を何べんも挑んでくるが、みづほにはもう負けない。
脚も女子のなかでは相当に速いはずだが、すでにクラブで一番ではなくなっている。
それでも、セカンドにボールが飛べば安心。みづほの前にランナーを貯めれば何とかなる。
みづほはそんな、頼りになる尊敬すべきプレイヤーだった。
千秋にいた女子は、当時はみづほ一人。
ボディタッチに関して当然クラブは気を使い、女性コーチの導入も検討したそうだ。
「秋山くんとだったら、いいです」とみづほ立っての希望だったと、後に本人から聞かされた。
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ランニング、キャッチボールとやっている間に、クラブの関根監督がやって来た。
温厚なお爺ちゃん監督で、俺たち中学生に対しても丁寧な言葉遣いを崩さない。
時々諭すような口ぶりでお小言を食らう時があるが、そうなったらヤバい、という認識が俺たちにはあった。
「おはようございますっ!」
挨拶がこだまするグラウンド。
「うむ、おはよう」
監督は鷹揚に返事する。
コーチの片岡さん、奥村さんも、関根監督のお弟子さんで、千秋の雰囲気を作り上げている。
ふたりとも、ミスやエラーに関してはアドバイスを送る程度だが、同じミスを何べんもやるとヤバい。
言葉遣いや練習態度に関しては、さらに厳しい。
ついでに言うと、親父もみづほの父親も、関根監督は恩師だったということだ。
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かるい全体練習の後に、三年生卒業試合がいよいよ始まる。
俺たち三年生vs一、二年生のゲームだ。先攻は三年生。
実は、千秋クラブの部員は、そんなに多くない。
一年生の頃はもう少し多かったのだが、最後まで残った三年生は全部で十人。
投手はふたりなので4回、3回と継投。
その他は基本フルイニング出場となった。
三年生でレギュラーだったのは6人。
エース格の安田にキャッチャーの根来。
内野は俺とみづほの二人。いつもどおり二遊間を守る。
外野手ふたりのうち、ライトの岩下がセンターに回ってセンターラインを強化した。
「プレイボール!」
主審の片岡コーチの声が響く。今日は日曜なので、父兄の姿も多数見えた。
一、二年生チームの先発は、二年生の浅野。
地区大会でも活躍した右の本格派、次期エース候補だ。
一回表、卒業生チームの攻撃。
一番志田、二番渋井と打ち取られる。浅野の調子はいいらしい。
さすが、来年のエース、こうでなくては困る。
打順が回ってきたみづほが右バッターボックスに向かうと、浅野の顔つきが変わった。
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強打者はバッターボックスに入るとオーラを纏うと言われるが、みづほもまた例外ではない。
味方にとっては何かやってくれそうな予感、敵に回すと何でも見透かされているような、嫌な存在となる。
ただ、対峙しているピッチャーの浅野の、面構えがメチャクチャいい。
何としても打ち取ってやろうという顔をしている。
第一球、高めにボール。第二球はカーブを投げてきた。ストライク。
第三球。外角にズバッと投げ込んできた。
1ボール2ストライク。追い込んだには違いないが……
この一球で決めたいが、うちのクラブでは、変化球は1イニングに3球まで、という制限を作っている。球種は多分ストレート一本。
初回からひとりの打者に変化球を2球使ったら、多分監督から指導が入るだろう。
ファーストストライク狙いを警戒した二年捕手、中西の気持ちも分かる。
みづほはみづほで、くさいボールをカットして粘る選択肢は、実は、ない。
彼女が使っているバットは、木製でさえなく、練習用の竹製バットだった。
竹バットは木製バットよりも芯の部分がさらに少なく、しかも芯を外すと尋常じゃなく手が痺れてしまう。
選択性ではあるが、クラブでは二年生になると、ほぼ全員が竹バットでバッティング練習をする。
対外試合ではさすがに木製バットだったが、クラブ内では、みづほは実戦であっても常に竹バットで打っていた。
二年生バッテリーが選択したのは、インコース高めのボール球だった。
見送りボール。
おそらく次のボールは、90%以上の確率でアウトコース低め。
ここなら、打たれても長打の可能性は低い。
しかも、ボールになってもいいような球だろう。できればボール球を振らせたい。
そしてみづほはきっと、その全てを読んでいる。読めているからこそ、ボール球でも手を出さざるを得ないだろう、という計算も成立した。
果たして浅野の投げた第五球は、外角低めだった。
少しベース上を外れる、いい軌道だ。
しかしそれでも、みづほはかるく踏み込んで打ってきた。
バットがしなり、一閃する。
乾いたいい音がして、打球は綺麗なドライブを描き、ライト前に落ちた。
筆者は東京ヤクルトスワローズのファンでして、登場人物は歴代スワローズ選手・スタッフの名前を多々拝借しています。
あまりにメジャーな人や、重要な登場人物については、あまりあからさまにはしないつもり。
若松さん、松岡さん、尾花さん、古田さん、池山さんあたりはちょっと無理ですね(^-^;
あまりに珍しい苗字の羅本さんは、ちょっと使ってみたい誘惑に駆られます(笑)。




