西東京大会三回戦 (VS都立広瀬3)
*
みづほはアウトになったが、粘って相手投手の体力を消耗させてくれた。
このお膳立てを無にしては男が廃るというもの――さあ、いくぞ。
平沢さんはコントロール重視の技巧派スタイルで、ランナー無しでもセットポジションで投げてくる。
一球め、足元にワンバウンドしようかというカーブが来た。当然ボール。
完全なコントロールミス、球に勢いもキレもない。
しかし、まだ交替はしないだろう。次の松元は左投手が苦手だし、野口は速球派には滅法強い。
投手が本職でない斎田さんへのスイッチは、かなりの危険が伴う。
向こうは俺、松元、野口の三人を平沢さんで凌ぎたい。逆にこっちとしては、この三人で何とかしたい、という事になる。
よし、追い込まれるまではじっくりボールを見よう。甘いコースだけに照準を合わせ、バットを構える。
――前回の打席と違って、ボールが全然来ていない。スタミナ切れは明らかだった。
3ボール1ストライクからの五球め。
スライダーが真ん中寄りから切れ込んで来るが、キレが悪い。タイミングを取って思いっ切り引っ張った。
鋭いライナーが三塁線を破る。
フェア!! 二塁に楽々到達したところで、ベンチのみづほと眼が合った。
ヘルメットを両手で持ち、被り直す。いろんな意味があるが、概ね肯定的な意味合いの、俺とみづほだけの合図だ。みづほも祝福の印に、両手で帽子の庇を持って被り直した。
*
1アウト二塁、5番の松元が打席に向かう。
前の打席では平沢さんに手も足も出なかったが、何か違うものを感じ取っている筈だ。打撃の構えにも、どことなく余裕が窺える。
打てる球を充分に吟味してくれたらいいけど。
一球め。大きく外れるスライダーにピクリとも動かない。
よし。冷静のようだ。これは期待できる。
今の平沢さんは、どうにかこうにか内外にボールを投げ分けている状態だ。
果たして四球め、肩口から甘く入ったカーブを松元のバットが捉えた。
「越えろっ!!」
思わず声が上がる。ライトオーバーの2ベース。2対0、待望の追加点が入った。
次の野口が大きなライトフライを打ち上げ、2アウト三塁となったところで、都立広瀬は投手交代。
ライトの斎田さんがマウンドに上がりピッチャー。平沢さんはベンチに下がった。
これはある程度、予想どおり。
斎田さんは重いストレートでとにかく押していく、剛球タイプ。代わりに投球術はあまりない、と見ている。
ただ、一年ばかりの緑陵ナインでは、その重い球について行けるのは3~6番の四人だけだろう。
打席に立っている根来を含め、斎田さんを打つのは難しいかもしれない。
一球めストライクからの二球め。
ボールに行く先を訊いてくれ系のストレートがやって来る。
ここで、根来は三塁側にセーフティスクイズを試みた。普通の守備体系を組んでたサードが虚を突かれ、慌てて飛び出してくる。
――が。球速に押され、惜しくも打球はファウルゾーンに切れていった。
思わず天を仰ぐ根来。千載一遇のチャンスだった。
2ストライクとなり、相手もバントを警戒するため、同じ手はもう使えない。
根来はセカンドゴロに倒れ、チェンジとなった。
*
七回裏、都立広瀬は3番からの好打順。
ここまでの安田は絶好調で、六回まで70球足らずの省エネピッチング、まだ三塁を踏ませていない。
まだ体力も充分な筈だが、相手も目が慣れてくる3巡目。要注意の回だ。
相変わらず球は遅いが、キレは充分だ。
1アウトから4番の石野さん。
一打席めは全くタイミングが合わず三振だったが、さすがと言うべきか、二打席めには打ち捕ったものの、タイミングを合わせていいスイングをしていた。
安田は淡々と低めを突いてくる。
ボール、ストライク、ボールと続いた四球め。真ん中低めのストレートに、石野さんがバットを合わせて強振した。
カキーン。
安田のボールは、タイミングが合ってしまうと驚くほど飛ばされる。
打球は右中間を破り、二塁打となった。都立広瀬、この試合初めての長打だ。
奇しくも七回表と同じシチュエーションになった。
しかし、バテバテだった平沢さんと違って、安田にはまだ余裕が残っている。
みづほから守備陣にサインが入る。長打警戒の深めの守備位置。外野もバックホーム態勢ではなく、やや深めに守った。
ファウルで粘られたが打球はショートへ。ランナーを牽制しながらボールを捌く。2アウト、あとひとり。
6番のキャッチャー、小笠原さんを迎える。
*
緑陵の攻撃時、サインはベンチからではなく、小笠原さんから出ていた。
藤原さん平沢さんの配球、さらにはあの大胆な敬遠策。すべて小笠原さんの手によるものだ。相当に読みが深いと認めざるを得ない。
要注意バッターのひとりである。
長打力は未知数だが、安田の場合、常に長打の危険を伴っているので、引き続き深めの守備位置で対処する。
初球、低めにボール。
この巡目になると安田も心得たもので、カウントが苦しくなっても簡単にストライクを投げてこない。ただ、それは捕手をしている小笠原さんには織り込み済みなのだろう、平然と見送られる。
カウント、3ボール1ストライク。
五球めは膝元にカットボールがビシッと決まったが、六球め、同じコースから落ちるカーブは見送られた。
フォアボール、2アウト一二塁。
次の打者は、平沢さんに代わってライトの守備に就いた三年生だ。一呼吸おく意味もあり、マウンドに内野手が集まった。
「安田、疲れてないか?」
「ああ、暑いよ――でも大丈夫」
「あの人、二回戦も出てたよな。バッティングどうだったっけ?」
根来の問いに、みづほが口を開く。
「八回の守備からで、その裏に打席に立ってた。初球をショートゴロだったかな。なんとも言えないけど振り回してくる感じだった」
「サンキュ。手探りしながら、だね。安田、低め主体で行こう」
「おう」
*
ゲーム再開、安田の一球め。低めのスローボールを空振りする。
やはり大振り気味だ。安田の得意なタイプ――本来ならば。
事件は二球めに起こった。
真ん中低めの、多分カーブだが、ボールがすっぽ抜けた。
おそらく今試合初めての、明らかな失投だ。球が上ずっている。
ヤバい! 思わず三遊間に守備位置をずらす。
カキーン!
打者の大振りバットが、ドンピシャのタイミングでボールを捉える。
舞い上がった打球はぐんぐん伸びて、レフトスタンドに突き刺さった。
逆転の3ラン。
打った本人がいちばん驚いているようで、飛び上がって何度もガッツポーズをしている。
2対3。一発で試合をひっくり返されてしまった。
「またやっちまった……すまん」
「ドンマイだ安田。ナイスピッチ」
チェンジ時にうなだれてベンチへ戻る安田を、みんなで慰める。
安田の場合、球は遅いし軽いし、伏兵に一発喰らうのも、シニア時代から慣れてはいる。
この時点での逆転は確かに痛いが、ここまで試合を作ってくれたことに、むしろ感謝すべきだろう。
残り二回で追いつき追い越さないと。
気持ちの切り替えが必要だ。
*
ベンチ前で組んだ円陣の中でも、みづほは冷静だった。
「斎田さんを攻めて、早めに愛菜さんを引っ張り出しましょ。バットは短めに持って、ボールに逆らわないように。後はミーティング通りでいいと思う」
「おう」
「ほとんどストレート、高めは浮き上がってくる感じ、低めはほぼボールだから捨てる、だったね」
「頑張って行こー」
「りょくりょーお」
「ファイトッ!!」
八回表、先頭打者は8番、有沢。
ポンポンとストライクを取られた後に、すっぽ抜けたストレートが足元を襲った。デッドボール。
みづほと俺が救護に向かう。
「有沢くん、大丈夫?」
「大丈夫。ラッキーだった」
「おう、ラッキーも実力のうちだ」
冷却スプレーを患部に掛けてもらいながら、有沢の顔がパアッと輝いた。
拍手を受けながら照れくさそうに、全力疾走で一塁へ駆けて行く。
バッターは安田。
まずは1点欲しいとこなのでバントだろう――と思ったが。
「いやー打たれたばっかだし、安田くん打ちたいでしょ」
ちょっと凄い理由で、大屋監督はヒットエンドランのサインを出してきた。
二球め、高めのストレートを、バスターで流し打ち。
三遊間の深い所へボールは転がり、内野安打。
三塁は無理だったが、ノーアウト一二塁とチャンスが広がった。
打順は1番に戻り、志田。今度こそ送りバント、三塁側に巧く転がす。
ここでなんと、処理を焦ったサードがお手玉し、オールセーフ。
「おっしゃあああ!!」
――相手のミスを喜ぶべきではないのだろうが、この場合は仕方ないと思う。
ノーアウト満塁、願ってもないチャンスだ。
都立広瀬からタイムが掛かった――投手交代かな。
ライトとキャッチャーが下がり、斎田さんはライトへ。
栫さんのバッテリーがグラウンドに登場した。




