西東京大会三回戦 (VS都立広瀬)
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三回戦の試合当日も、いい天気だった。夏の陽射しが眩しい。
――今日も暑くなりそうだな。
試合は午後からだが、余裕を持って球場に向かう。
「早矢香さんのとこも、今日初戦だって」
みづほが伝えてくる。都大会の場合、シード校は三回戦からの登場が普通だ。
「スタメンなの?」
「ベンチスタートって書いてた」
「そう」
それ以上会話は続かなかった。いろんな思いはあるだろうが、まずは自分の事だ。
じゃんけんに負けて先攻になった。広瀬の先発投手は、背番号10の藤原さん。
エースは左の平沢さんだが、こっちに右打者が多いための対策だろうか。
二回戦同様に小刻みの継投が予想された。
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プレイボール。一回表、緑陵の攻撃。
ストライクをポンポンと投げられ、簡単に追い込まれる。
1番の志田が簡単に振ってこないのを見越した投球のようだ。
「広瀬、うちを研究してるわ」
「ああ」
志田が打席にいる間ずっと、監督の前で、みづほが根来といろいろ話し込んでいる。
多分、安田のリードに関する話だろう。いつもながら、みづほの打つ手は早い。
志田がショートゴロに倒れ、みづほがネクストに向かう時、俺に耳打ちしてきた。
「ストレート重そうだけど、ちーちゃんなら打てるよ。信じてる」
初見で可能かは分からないが、とりあえず肯く。
何にしても、うちは上位打線である程度打っとかないと、得点に繋がってこない。
「追い込まれるまではカーブにタイミングを合わせる。最も自信を持ってるストレートを、クリーンアップで叩き潰す」
というのが、対藤原さんの作戦だった。
藤原さんの配球は、80%がストレート。その割合が減ってくれたら攻略も楽になるだろう。
度会が出てくれたら得点チャンスが広がるんだが――と思っていたら、外のカーブを巧く流し打ってライト前に。
「ナイス、度会!」
ベンチは湧き立った。1アウト一塁でみづほが打席に向かう。
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結論から言うと、みづほは四球を選んだ。
広瀬のバッテリーは、みづほを徹底マークの方針らしく、投球にもかなり力みが見えた。
ただそれは、半分正解だが半分間違っている。
みづほは基本的には、配球の読みで勝負するバッター。
今日のようにストレートの勢いで押してくるピッチャーなら、俺や松元、野口の方が分がいい。
――今からそれを証明するぞ。気合いを入れてバッターボックスへ。
1アウト一二塁。先制のまたとないチャンスだ。
第一球、真ん中高めの直球。カーブを待つふりをして見送る。ボール。
二球めもストレート。これも見送る。ストライク。
重そうなボールが、バシッとキャッチャーミットに収まる。
――振り負けないように強く振らないとな。
三球めは緩いカーブだった。バットを出そうとして止める。ボール。
これで変化球狙いと勘違いしてくれたら、しめたもんだが。
第四球。2ボール1ストライク。相手としてはストライクの欲しいカウントだ。
次はいちばん自信のあるストレートだろうが、そんな単純じゃないよな……
80%ストレート、あとはチェンジアップかツーシーム。
裏をかかれないよう、慌てないよう、心の準備はしておく。
相手はチェンジアップでストライクを取ってきた。
スローボールを連続二球。
これで五球めは、速い球で勝負に来るだろう。
そう思って身構えたところに投げられたボールは、鋭く曲がるカーブだった。
タイミングは多少外されたが、横の変化だったので何とかついて行けた。
バットの先だが、強引に振り抜く。
打球を追って、レフトがバック。フェンスを背にしたところでくるりと振り向きキャッチ。
くそっ――高く上がり過ぎた。
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俺は倒れたが、まだ2アウト一二塁。チャンスだ。
5番の松元は、言ってみれば超器用なバッター。
入部したての頃は体が出来てなかったのでパワーに欠けるきらいがあったが、水谷先生のトレーニングメニューで、打球をずいぶん遠くに飛ばせるようになっている。
当然、この場面でも期待がかかる。
相手の守備は外野が浅めのバックホーム態勢。バッテリーは、松元に対しても慎重に攻めていった。
いかにも手を出しそうな、くさいコースを突いていく。
松元はミート力があるので、どんな球種にも対応できる。
逆に言うと、打てそうな球にはすぐバットを出してしまう早打ちの悪癖があるのだが――
今回は我慢した。
「ボール。フォア」
藤原さんのコントロールが今ひとつのせいもあるが、四球を選ぶ。
これで二死満塁。次の野口次第となった。
野口に対するバッテリーの攻めは俺の時に似ていたが、さらに徹底してストレートを一球も投げなかった。
タイミングを外されて空振りする野口。
ただ、藤原さんもストレート以外のコントロールがあまり良くないので、明らかなボール球なども多く、ある意味いい勝負だった。
3ボール2ストライク、フルカウントに縺れ込む。
ラストボールもカーブ。外に小さく落としてきた。見送る野口。
「ストラック、バッターアウトッ!」
少し間があってのコール。際どい球だった。
三者残塁、無得点。
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一回裏、広瀬の攻撃。
安田の立ち上がりだが――低めではあるがとんでもないスローボールを、一球めから投げてきた。
ええっ、と思ったが、バッターは見送る。ストライク。
二球めも同じような球。明らかに低めを打たせようと誘っている。やはり見逃し、ストライク。
――ははあ。広瀬は、安田に対して「低めを捨てる」作戦を取らせたんだな。
安田は二回戦で、低めのそれもボール球を打たせてアウトにしていたから、それに手を出さない指示が出ているんだ。
序盤は打てなくても、低めはストライクボール半々の割合だから、球数を投げさせることが出来る。
そして安田が疲れて球が上ずってくる中終盤に打ち崩そう、というつもりだったんだ。
で。
それはみづほと根来が感知するところでもあったんだ。さっき話していたのが、それなんだろう。
だから今みたいに、低めの球でストライクを確実に取って、球数を稼がせないリードをしているんだ。
安田は当然のように、三球勝負。低めだがそこから内角に曲げてきた。当たり損ねのセカンドゴロ、1アウト。
2番打者に対しても、誘うような低めでポンポンとストライクを取った。
こうなると、安田はもうお手の物で、初球と寸分違わぬコースから落として、ピッチャーゴロ。
さすがに相手も、作戦を逆手に取られていることに気づいただろう。
クリーンアップに入るここからが、ほんとの勝負。
第一球。とんでもないスローカーブから入っていった。外に外れてボール。
二球め、低めのストレート。120㎞/hそこそこの筈だが、速く見える。
――しかも安田のストレートって、変な回転かかってるから実質変化球なんだよな。
相手も低めを捨てる作戦を止めたのだろう、バットを振ってきた。
力ない打球が俺の方に上がって来る。かるく後退しながらキャッチ。ショートフライ、三者凡退。
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二回表、緑陵の攻撃。
広瀬バッテリーは、下位打線に対しては一転してストレートで押してきた。
根来がファウルで粘り、四球を勝ち取る。
有沢は当然のように、送りバント。
ナックルでバント練習をした成果があったようで、巧いバントだった。
それよりも、成功した時の有沢の笑顔が、すごくいいんだ。野球をやっててよかった、としみじみ思わされる。
打席はラストバッター、安田。追い込まれてから、詰まった当たりのセカンドゴロ。
絶好の進塁打となった。2アウト三塁。志田、伝家の宝刀、頼むぜ。
打順は1番に戻り、志田。
内野がかるめの前進守備――志田最大の武器、内野安打の警戒だろう。
それでも志田は三遊間にゴロを転がしていった。サードとショートが素早く動く。
打球はサードの横を抜け、ショートがバックハンドでキャッチ。
本塁は間に合わない。一塁へ送球。
志田の足とボールの勝負だ。判定は……
「アウト!」
間一髪、ショートのファインプレー。
またも無得点だった。
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二回裏の先頭打者は、注目の4番打者、石野さん。
ただ左対左のうえに、安田はほとんどサイドスローの変則フォームなだけに、相当打ちにくそうだった。
外に逃げていく明らかなボール球を振ってしまう。
あの感覚は、シニアで対戦した全国優勝投手、高須を思い出す。
背中からボールが来て突然見えてくるんだよな……球速は天と地ほど違うけど。
石野さんは自分のスイングをさせてもらえず三振。
後続も打たせて捕り、いつもながら安田の立ち上がりは絶好調だった。
こうして序盤は、緑陵のペースで始まった。




