あっちの友情とこっちの友情
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球場の外で都立広瀬ナインと鉢合わせした。
「あっ、愛菜さ~ん」
「みづほちゃん! 元気だった?」
どこから見ても健康そのものだが。
それにしても女子って、こういう時どうして声が1オクターブ高くなるんだろう。
「愛菜さんナイスピッチでしたぁ」
「みづほちゃんこそぉ。相変わらず凄いね」
ふたりがキャッキャッはしゃぎまくったお蔭で、漂いかけていた微妙な空気がすっかり吹き飛んでしまった。
「主将の秋山です」
「石野です」
互いに苦笑いしながら、わりとフレンドリーな感じで握手を交わした。
「ナイスゲームでした」
「緑陵さんこそ、一年生だけとは思えないほど纏まってるよね。こっちが胸を借りなきゃ」
「いえ、そんな……こっちこそ勉強させてもらいます」
勉強しなくちゃならんのは、本音だ。
栫さんのナックル対策、バントを絡めた嫌らしい攻撃。いろいろ準備しておかなくちゃ。
「メグさんとこ、負けちゃったね」
「はい。残念でしたが――」
女子選手でいちばん早く登場したのは早坂さんだった。
一回戦の最終回、4対9のビハインドで、最終打者として代打で登場。
豪快な振りで三振を喫した。
試合後のインタビューでボロボロ泣きながら、幸せでした、と声を詰まらせていた。
東東京の上杉さんは、シード校なので登場はまだである。
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明くる日の日没後、部員に全員集合し、みづほの分析結果をみんなで聴く。
「ピッチャーを四人見れたのはラッキーだったわ」
画像には四人の投球フォームが順番に流れてくる。青柳さんの編集だ。
広瀬が二回戦で投げたピッチャーは四人。三年生ふたり、二年生ふたり。
エースナンバーの三年生は平沢さん、左オーバースロー。多彩な変化球を投げてくる。
「特に注意するのがスライダー。右打者の胸元に食い込んでくるし、左打者は遠くに逃げていく」
「でも、イニングを食えないフォームだね。下半身が安定してない」
安田が口を挟んだ。
「そ。コントロールミスも多いわ。明らかなボール球には手を出さないのが、重要だと思う」
次いで背番号9の三年生、斎田さんと背番号10の二年生、藤原さんの画像。ともに右のオーバースロー。
斎田さんは外野が本職らしく、パワーで押し切るタイプ。
藤原さんも似たタイプだが、ツーシームに小さく曲がるカーブ、チェンジアップを織り交ぜている。
「よく考えられた継投よね。少しずつ目先を変えて的を絞らせない――で、問題の愛菜さん」
画面に背番号11が映し出された。
「栫さん、二年生、右オーバースロー。完成度の高いナックルボーラーよ」
みづほが栫さんのナックルを解説し始める。
みづほにはその資格があるだろう。何と言っても女子選手の出場資格を懸けた認定試験で、実際に対戦して18球もナックルを投げさせたのだ。
「ナックルはね、ボールをまったく回転させないで投げるから、風の抵抗を受けてホームベースの手前でボールが大きく揺れてるの。愛菜さんのナックルは横揺れが多かったけど、縦の揺れも入るとボールが残像で二倍くらい大きく見えるの」
「エグいなあ……」
思わずため息が漏れる。
「で、揺れながらボールが安田くんのシンカーみたいに大きく落ちてく。どこに行くかは投げた本人も分からない」
「そうか、ヤスダってんのか……」
「ヤスダってるだけじゃないの。揺れながらヤスダるのよ」
「おーい、人の名前を慣用句みたいに使うのはやめれー」
安田が冗談ぽく抗議し、かるい笑いが起きた。
余談だが、緑陵ではそれ以来、ボールがエグく変化するのを『ヤスダる』と呼ぶようになった。
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「ナックルの打ち方って、あるの?」
「愛菜さんのナックルの場合、ないこともない――理論上は、ね」
……さすがみづほだ。俺はその場に来たボールを打つことしか考えられなかった。
「――多分だけど、愛菜さんのナックルは一試合に20球前後が限度。試験の時は凄い頑張ってたけど、20球越えたあたりから精度が落ちてた」
「そしたらなるべくバットを振らずにくさいとこはカットして……」
「カット出来たら、ね。それに愛菜さんのナックルは90%がストライク。四球は難しいわ」
みづほがぴしゃりと言った。
しばらくの沈黙の後に、みづほが口を開く。
「愛菜さんのナックルは、完成度が高すぎるの。ストライクに来るコースで必ず変化してくる。ほとんどが真ん中高めから。変化するまでの球速も、ほぼ一定なの」
それはつまり――
「タイミングを掴んで、真ん中高めからいつ落ちてくかをじっくり見極めて、コンパクトにスイング。愛菜さんのナックルを打つには、これ。言葉にはできるんだけど、ね」
揺れながら変化する、いつ落ちてくるか分からない球をミート、か……確かに言葉には出来るが、だな。
「それが出来るヤツは高校生には少ないだろうね。みづほちゃんは、もうタイミングは掴んでる?」
じっと聞いていた大屋監督が訊ねた。
「はい」
ああ、試験の時に掴んでたのか。
「それ、教えられる?」
「できます」
「実はナックル投げられるピッチングマシン、借りられそうなんだ。明日の放課後には間に合う」
「おおー」
「さすが監督」
部室に歓声が響き渡った。
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「あともうひとつ。セーフティバントは有効だと思う」
みづほの言葉に、あっ、と思った。確かに栫さん、フィールディングは多少難がある感じだった。
バント攻めで栫さんにプレッシャーをかける。やや搦め手だが、それもアリだ。
「ただ、なぁ」
「ナックルを巧くバントできるかどうか、だよね」
「普通のバッティングよりは可能性あるだろ」
「泳がされてもバントは出来るし、な」
「ま、それも練習してみよ」
それにしても容赦ないな、みづほ。
栫さんとだけじゃなく、女子選手同士は仲良しみたいだが、勝負になると別ということか。
次は攻撃陣の対策。
「左打者は三人。四番の石野さんはパワーがあるうえに左右の打ち分けも得意。厄介よ」
「左対左なのが救いだな。ボールを低めに集めてゴロを打たせるイメージで行こ。悪くても単打で」
根来の言葉に一同肯く。
「うん。外のボールは流して、内は引っ張るかセンター返し。基本に忠実なバッターが多かった。あたしたち内野陣の、腕の見せ所よ」
「そうだな」
「バント対策は?野口、頑張れよ」
「あー。うー」
「大丈夫ね。フォーメーション確認していきましょ」
幸い、次の試合まで、少しだが時間はある。
準備出来ることをひとつずつ、クリアしていこう。
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昼休みに、度会が俺たちH組連中を呼びに来た。
「グラウンドに来てくれ、ってさ」
「ひょっとまってほっ、ごふんへくふからっ」
急いで弁当を掻き込み、グラウンドへ。そこには大屋監督と、ピッチングマシーンが居た。
「これっすか、ナックル投げるマシーンは」
「おう。手伝ってくれ、頼むよ」
「みづほとマネージャーは?」
「女の子は飯食うの遅いからさ、時間差で呼ぶつもり――そろそろ時間だな。呼びに行ってくる」
度会はこういう気遣いが出来るから、女子に人気あるんだよな。
「おう。こっちは手が足りてるから、度会も飯済ませてから来いよ」
「分かった。助かるわ」
みづほたち女子が来た時には、設置も設定もあらかた済んでいた。
「お待たせ……あらら、みんな居るのね」
だって、新メカ導入だぜ。男の燃えるシチュエーションだ。
「みづほちゃん、バッターボックスに立ってボールを見てくれ。栫さんのナックルを再現したいからコースと球速の微調整しよう」
「はい」
制服姿にヘルメットを被ったみづほがバッターボックスに立つ。右手にはバットの代わりに、ストップウォッチ。
「まずはコースから。真ん中高め……と」
ビュン。ボールが投球口から出てきて――思いっ切りヤスダっていった。
「すげえ……」
「眼の前にすると違うなあ」
「安田よりヤスダってるぞ」
キャッチャー役の根来が楽しそうに捕球している。
「ボール半個分だけ低く……あと球速はもう2㎞/h遅くできますか?」
みづほの注文はやたら細かく、設定が済んだのは昼休み終了5分前だった。
*
こうして準備した、ナックルの打撃練習は楽しかった――のかな。
「かーっ。当たらねーっ」
「カットさえ出来んぞ。これ、どうやって打つんだ?」
みづほがバッターボックスに立つ。
「体の壁を崩さないように意識して、タイミング外されても泳がないように……ボールが落ち始めたら落下点を予測してコンパクトに」
コーーン。打球は綺麗にセンター前に。
「振るの」
みづほ――お前、天才すぎる。
「よっしゃ」
俺もやってみる――スカッ。
実際にボックスに立つと、とんでもないボールなのがよく分かる。
「落ち方も一定じゃないぞ、これ」
「目を慣らしていく必要はあるわね」
バッティングに自信のない連中は、早くもナックルでバントの練習をし始めた。
「ナックルにとらわれ過ぎて、自分のバッティングを見失わないようにね」
大屋監督が笑顔で話す。
「だから秋山くん、それでいいんだよ。自分の振りをすれば、それでいい」
結局初日は、ナックルでいい当たりをしていたのは、みづほの他には松元だけだった。
「面白いなあ。もっと打ちたいなあ」
松元はニコニコ笑いながら、スコンスコンかっ飛ばしていた。
前より飛距離出てきたかな、松元。ライト方向に強い打球を飛ばせるようにもなっている。
「言ってしまえば、ナックル打ちは相手攻略のほんの一部だからね、根を詰めすぎないように。バントシフトの再確認とか、やることやっていこう」
大屋監督の声が飛んでくる。
「はい」
俺たちは声を揃えて応えた。




