西東京大会二回戦 (VS瑛城2)
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投手安田、捕手根来のバッテリー。今までのところ、彼らの内容は完璧に近い。五回を投げて2安打無四球。
ただ安田の場合、ここからが踏ん張りどころなのだ。
打線の1巡目は、早打ちを誘って、切って捨てるパターン。
何の情報もない場合、安田は一見与し易い投手に思える。
フォームは変則だが球は遅いし、ただの棒球を投げているようにしか見えない時さえあるからだ。
それが曲者で、安田が投げる球はほぼ確実に、ホームベース付近でエグい変化をする。
これは実際に対戦してみないと分からないだろう。
低めに球が集まり内野ゴロを量産する時の安田は絶好調で、今日はまさにそれだった。
2巡目になると、バッターが余程のボンクラでない限り、ボールをよく見極めようとするだろう。
そこで安田の球が緩急をつけながら縦横無尽に変化しまくっていることを知る。
しかもそれが、コースのギリギリに決まってくるのだ。
やはり打ち捕られるが、ボールを見られる分、安田の球数はどうしても増えてくる。
で、問題の3巡目。その頃になると、いいバッターなら目が慣れてくる。
しかも球数が100球を超えてくると、安田の生命線であるコントロールが少しだが狂ってくる。ちなみに、球速は元々遅いので、ほとんど変わらない。
安田のような技巧派になると、「甘く入った球」がしばしば致命的になるのだ。
10球投げて1、2球あるかないかの失投が、ほとんど打ち頃のボールになってしまう。
三者連続ホームラン被弾、とかいう離れ業をやらかした事もあったな……
打線の良くないとこなら何とか配球や投球術で誤魔化すこともできるが――瑛城は打撃のチームだ。甘い球は、まず見逃してくれない、と思った方がいい。
俺たち内野陣は、点差以上の危機感を持って守備に臨んだ。
みづほが野手にサインを出し、俺たちはそれに沿った守備位置を採る。相手の出方を見ながらなので、多少深めではあるが、極端なポジショニングはしない。
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打順は9番から。安田も丁寧にコースを突いている――自分の欠点は先刻承知のこと。
相手もこの頃になると、ボールをよく見てくる。
80㎞/hのスローカーブの後に、120㎞/hのストレート。
アウトローいっぱいのコース、手を出さざるを得ない。セカンドゴロ、先頭打者を切った。
だが、3巡目に入った上位打線は、やはり安田の球を捉えはじめた。
ヒット、進塁打の後、3番打者に投げた八球めが大きく外に外れる。安田には珍しい、はっきりしたボールだった。
本日初めてのフォアボール。
2アウトながら一二塁、4番の福田さんが左ボックスに入る。
ここでみづほがサインを出し、大胆な守備体系を敷いた。
内野は総じて深めの守備位置、ショートの俺はほとんど二塁ベース近く。
外野は思いっ切り深く守り、徹底した引っ張り対策、長打防止の位置取りだった。
捕手の根来もその守備位置を見て、外角を見せ球に、インコースの厳しいことろにボールを集める。
左対左、しかも変則フォームの安田は、福田さんにとっては天敵に近い存在だったろう。
しかし五球め。
腕を畳み、腰を回して鋭く振ったバットが、安田の内角ストレートを捉えた。
打球は一塁線。野口がジャンプしながら長い腕を伸ばし、頭上を越えようとする打球を捕ろうとする。
届けっ!!
ジャンプ一番、ボールは野口のミットに吸い込まれた。
抜けていたら長打間違いなしの打球だった。バットを叩きつけて悔しがる福田さん。
ここを無失点で凌げたのは、大きかった。
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カキーン!
七回表、野口のバットから快音が飛び出す。試合をほぼ決定づける3ラン。
緑陵野球部の公式戦初ホームランでもあった。
今まで固執していたストレート狙いを捨て、カウントを取りに来た小さなカーブを狙い打ったものである。
打席を繰り返して目が慣れてきたのは、相手だけではなかった。
七回裏、安田がホームランを打たれ完封は逃したものの、危なげなくゲームセット。
9対1、七回コールド勝ち。
点差ほど力に開きはなかったが、こちらとしては目立ったミスもなく、快勝であった。
試合後。
予選の早い段階なのに、監督、主将の俺、そしてみづほは囲み取材を受ける羽目になる――高校野球って、やっぱ凄い注目されてんだな。
次の試合をする選手たち――勝った方が三回戦で、俺たちと当たる――が通路を過ぎていく。
「愛菜さーん! おーい」
みづほがいち早く栫さんを見つけ出し、記者の囲みの中からぴょんぴょん飛び跳ねて大きく手を振っていた。
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制服に着替え、みづほと観客席に向かった。
取材を受けなかった他の連中が手を振っている。試合前の練習は始まっていた。
「キコちゃん、紫苑ちゃん、おつかれさまー」
みづほはマネージャーたちに駈け寄り、隣に座った。既に青柳さんは、練習の段階からビデオカメラを回している。
試合開始、都立広瀬VS青濤工業。勝った方が三回戦の、俺たちの相手だ。
俺たち集団の中央にみづほとマネージャーが陣取り、偵察三人娘、結成。
赤川さんはスコアブックを付け、青柳さんは試合の模様を撮影する。
みづほはいつもどおりノートを取りながら、感覚はグラウンドに入り込んでいる。
先攻は青濤工。
両エースの先発で始まった。背番号11の栫さんはブルペンスタート。
「――広瀬、早めの継投あるわよ」
先発投手の投球練習を見たみづほが、いきなりそんなことを言い出した。
左のオーバースローだが、言われてみれば下半身が安定してないように感じる。
「広瀬、投手何人かしら」
ブルペンには栫さんを含め、ふたり。
三人で継投するのかな――と思っていたら、みづほの感覚はもう、バッターの方に飛んでいるようだった。
野口や松元らが目を丸くして、そんなみづほを見つめている――ああ。こいつら、みづほと一緒に野球観るの初めてだったな。
試合を観ながら多重に情報を収集し、分析結果を凄まじい勢いでノートに書き込んでいるみづほの姿は、俺たちシニア出身者には見慣れた光景だが……本気モードのみづほは人が変わったようになる。
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試合序盤は互角の展開だった。先取点は青濤工。みづほの予想通り、広瀬は三回1失点で継投。
ライトとピッチャーが守備交替し、背番号9がマウンドに上がる。
五回裏に広瀬が集中打で3点を取り逆転すると、六回表からは背番号10が登板した。
対して、青濤工はエースが続投。
「ストレート主体ね、球質はやや重め。130㎞/h後半くらいかな」
ストライク、ボールを繰り返しながら力投している。
後半は点の取り合いだった。
広瀬は軽打とバントで繋いでいく野球、青濤工は打ち損じも多いが長打攻勢と好対照だった。
八回表、青濤工が背番号10を捉え、5対6の1点差に詰める。2アウト二三塁のピンチ。
ここで、広瀬はバッテリーを丸ごと交替させた。
背番号11の栫さんがマウンドへ。背番号12がボールを受ける。
「正捕手の人はナックル受けるの苦手なのね、きっと。後逸が出来ない場面だから――愛菜さん専用の捕手なのかしら」
女子選手の登板だ。球場全体が、拍手で栫さんを出迎えた。
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投球練習。
栫さんは、最後の三球はすべてナックルだった。客席からでも分かるボールの変化に、どよめきが起こる。
「あれが全部ストライクゾーンに入ってくるのよ……はっきり言って、攻略法が思い浮かばない」
言葉に反して、みづほの瞳は爛々と輝いている。これからの栫さんの投球が、純粋に楽しみなのだろう。
青濤工はフルスイングが信条のチームのようで、ナックルボーラーの栫さんとは、相性最悪。それも見越してのリリーフだろう。
第一球から栫さんはナックルを投げてきた。
見逃しストライク。バッターが思わず天を仰いだのが、分かった。
そりゃそうだろう……ナックル、しかもあの完成度の高さ。そうそうお目にかかれるもんじゃない。
第二球もナックル。バットを振るが、ボールの遅さと変化について行けない。空振り。
第三球――またナックルだ。タイミングは流石に合ったが、当たり損ねのファウル。
四球め、外にストレート。
多分110㎞/hないが、ナックルの球速が遅いので、意外に速く感じる。ボール。
第五球。100%ナックルだろう――果たしてボールはど真ん中からグラグラ揺れて、内角低めへ大きく落ちていく最高のボールだった。
空振り、三振。ありゃ打てんわ。
場内の拍手を受けながら、栫さんがマウンドを走って降りてくる。
――気づくと、みづほの頬が涙で濡れていた。
体力の劣る女子が野球で生き残るために、必死で考えて身に付けた技。そのことをみづほも痛いほど分かっているのだろう。
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迎えた九回表も、栫さんの続投だった。
最少点差での最終回を任せられるのだから、ベンチの信頼も相当なものだ。
多分、体力も握力も、まだ充分。
青濤工のバッターも指示があったのだろう、バットを短めに持ってミートを心掛けるバッティングに変えている。
しかし栫さんのナックルは冴えわたった。
芯を外れた打球がグラウンドに転がっていく。あっという間に2アウト。
最後のバッターも初球ナックル、二球めはストレートで空振りをとる余裕さえ見せた。
三球め、ナックル。バットが空を切る。
三振、ゲームセット。6対5。
最高のパフォーマンスでの、都立広瀬の勝利だった。
そして広瀬が、俺たちの三回戦の相手に決まった。




