西東京大会二回戦 (VS瑛城)
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試合当日。西東京大会二回戦、VS瑛城高校。
わが緑陵高校野球部の初陣だ。
主将のお仕事、じゃんけんに勝って、大屋監督は先攻を選んだ。
苦手とみられる守備を先にやらせよう、という肚かな。
「それじゃ、頑張ってね……」
試合前の練習が終わり、手伝いしてくれてたマネージャーふたりは、試合のビデオ撮影にスタンドへ向かった。
本来は選手、監督、部長の他に記録員ひとりのベンチ入りが認められているので、赤川さんは残っていい筈なんだが、
「紫苑ちゃんひとりだとかわいそう」
とのことで、赤川さんはスタンド行きを志願した。
女の子ひとりで放っておくのも心配なので、ふたりはスタンドへ。水谷先生がスコアブックを付ける役目に回る。
人数が少ないのは結構大変で、例えば一三塁のベースコーチは、打順に応じて持ち回りになってる。
プレイボールの時間が迫り、ベンチ前に整列する。
「緊張するなあー。ガチガチだよぉー」
いつものとぼけた顔で野口が言い出すから、みんな吹き出した。
「顔と言葉がまったく一致しとらんわ」
「それはそれとして、行こか」
こうして初戦が始まった。
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緑陵のラインアップはベストメンバー。
左打者は松元と安田のふたり。
1(中)志田
2(三)度会
3(二)遠野
4(遊)秋山
5(右)松元
6(一)野口
7(捕)根来
8(左)有沢
9(投)安田
瑛城の先発は、大方の予想どおり高橋さん。1番の志田が右バッターボックスに向かう。
志田は、自分の仕事を分かっていた。
出塁することもそうだが、まずは球数を稼ぎ、相手に引き出しをなるべく出させて、みづほに球の軌道を見せること。
シニアからの長い付き合いなので、そこは阿吽の呼吸である。
「練習の時とあまり変わってないわね……ストレートは素直な軌道。カーブと半々の配球……」
ベンチにいながら、みづほの感覚は既に志田と一緒にバッターボックスに立ち、投手と対峙している。
その感覚だけは絶対に真似できない。
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志田は巧かった。
五球めのストレート、高いバウンドで三遊間に転がす。
ショートの動きは悪くない。捕球したが、もう間に合わない。内野安打。
「プランどおりでいいと思う」
そう言い残して、みづほはネクストに向かった。
プランとは、追い込まれるまではストレート狙い。
「OK」
度会のバントの構えに対して、瑛城はオーソドックスなバントシフトを採った。
一塁側に転がったバントを処理。
手際は今ひとつで、守備練習をほとんどしないというのは本当のようだ。
小細工はなさそうだな――あくまで現時点で、だけど。
1アウト二塁、得点のチャンスで、最も信頼できるバッター、みづほ。
――みづほのヤツ、甘く入ったストレートまでカットして、暗にカーブを投げろと誘っている。
人にはストレートを狙えと言っておきながら、自分はカーブを仕留めるつもりだ。
しかも決め球になり得る、大きく落ちてくる方のカーブだろう。
相手にとっては、ストレートもカーブも打たれるとなれば、投球の組み立てに苦労することになる。それを見越したみづほの打席だった。
七球め。高橋さんはチェンジアップを投げてきた。
初めて見せる球だが、やや精度が悪い。元々カーブに照準を合わせていたみづほは、楽々ついて行けた。
それでもカット。いよいよ投げる球がなくなった。
九球め、大きく落ちるカーブを捉え、打球はライナーでライト前に飛んでいった。
志田ホームイン、理想的な形での1点先制。
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続いて俺の打席。
あのカーブを仕留めれば、相手に相当なダメージを与えられそうだが……
あいにく、変化球打ちは自信がない。次の松元の方が巧いくらいだ。
失敗したら相手に余計な自信をつけさせてしまう。ここは安全策で、素直にストレートを狙うことにした。
初球のストレートが甘く入ってきた――これを見逃す手はない。強振する。
打球はレフトの深いところへ飛んでいく。
レフトが背走しながらグラブを伸ばす。ヤバい、捕られる!
――と思ったら、グラブの土手で弾かれて落球。
冷や冷やしたが、とにもかくにも二塁打になった。1アウト二三塁。
5番の松元は、トレーニングでパワーがついて、バッティングの成長が著しい。
元々ミート力には定評のあった選手である。
今回も心得たもので、みづほ同様に大きなカーブをタイミングよく捉え、高々とライトに犠牲フライを打ち上げた。
みづほが生還、2点め。俺も三塁に進み、2アウト三塁。
さて、6番の野口であるが、こいつは性格に裏表がなく、人間としては付き合っていて気持ちがいい。
が、野球選手としては虚々実々の駆け引きがまったく出来ない男である。
カーブとチェンジアップをストレートのタイミングで、ファウルと空振り。
――ストレート狙いなのはバレバレだよな。こうなると、相手もまともには勝負してくれない。
ちいさなカーブをどうにかファウルした後に、待望のストレート。
しかしコースは高めの思いっ切りボール球で、野口はあっさりと引っ掛かり、空振り三振、チェンジ。こいつ、ツボにはまれば凄いんだけどなあ。
初回2点先取はしかし、幸先のいいスタートだった。
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一回裏、瑛城の攻撃。
守備のプランとしては、オーソドックスな定位置でのスタートだ。相手のデータがなにしろ少ない。
が、プルヒッターが多そうなので一三塁線のライン際はケアして、長打はなるべく防げるようにしておく。
安田は立ち上がりのいいピッチャーだ。
コントロールがよく球種が豊富なので、対戦した相手はまず幻惑される。
課題は中盤以降、相手の眼が慣れ、コントロールが甘くなったところの痛打だろう――なにしろ球威がないので、食らった時の飛距離がハンパない。
打たせて捕る投手なので、守備陣としては安田の脚を引っ張らないよう、詰まらないエラーは出来るだけ避ける。
いつも通りの立ち上がりだった。
安田の球は低めによくコントロールされていて、ホーム手前でぐねぐねと嫌らしいほど変化した。
なにしろ、ストレートでさえクセ球で、右に左に曲がるのだ。
瑛城のバッターは引きつけて強振するが、ボールの下を叩いて内野ゴロ三つ。
打球は強めだったが、幸いすべて順調に捌くことができた。3アウト、チェンジ。
ただ、振りはみんな鋭い。
この調子なら2巡目までは大丈夫だが、3巡目になると分からないかな――
終盤までに点差を広げておきたいところだ。リードしているが、こっちに余裕なんてない。
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二回表、緑陵の攻撃。打順は7番の根来から。実は現時点では、うちの打撃は7番以降に課題を残している。
安田と根来は、完全にディフェンス重視の選手。
有沢は経験者だが、中学時代は指導者もいない野球部で、適当な練習しか受けてこなかったらしい。
今の練習中の有沢の充実した様子や、ヒットを打った時の笑顔を見るのは好きだが、竹本と同様で、正直これからの選手だ。
だがそれ以上に瑛城の守備がヤバかった。
少し難しいところに転がせばヒットになってしまうし、ファンブルもポロリも結構やらかした。
ただ、さすが進学校と言うべきなのか、そういう守備に慣れているのか、いったんミスするとそれを取り返そうと無理せずに、被害を最小限に抑える術を持っていた。
そんなこんなで緑陵は小刻みに得点を重ね、ディフェンスでは安田の好投で凡打の山を築いた。六回表終了時で、6対0のリードとなる。
「そろそろ打球強くなるよ、気をつけて」
六回裏の守備に就く時、みづほがサードの度会に声を掛けた。
「ああ」
瑛城のベンチ前では、円陣を組んで何やら話している。あの感じだと、単なる気合いつけではないようだ――問題の3巡目が始まる。




