練習試合 (VS堀内学園2)
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一回裏、堀内学園の攻撃。初心者竹本のデビュー戦である。
いきなり強敵との対戦だが、投球練習を見る限りは落ち着いているように見えた。
――俺たち守備陣が、ヤツを援護しなくちゃ。
みづほの守備プランは、データ不足および竹本という不確定要素が大きいことを前置きして、アウトローの流し打ちをケアしながら、定位置付近で打ち取った打球を確実にアウトにする。
オーソドックスであり、ある程度打ち込まれることも覚悟したものであった。
竹本の第一球。外に外れてボール。
細かいコントロールはあるわけがないが、腕は振れている。
悪くない。
根来も肯いて、励ましながらボールを返す。
そして、竹本のヤツは……気持ち良さそうに笑っていた。
ヤツにはプレッシャーというものがないのかな――半ば呆れ、半ば頼もしく思った。
荒れ球を引っ掛けて、俺のとこに打球が飛んできた。
平凡なショートゴロを丁寧に処理する。アウト。
2番バッターの上杉さんが打席に向かう。
おや――ずいぶんバットを短く持っている。ミートに徹した打法だ。
一球めから積極的に振ってきた。ファウル。
試験の時よりも振りが鋭い。マシンの速球に振り負けていたのとは、雲泥の差だ。
これは安牌なんて言えないぞ――と思っていたら、三球めの内に寄った球をセンター方向に弾き返してきた。
ヤバい、抜ける!
――と思ったら、みづほの守備範囲だった。だから何でそこに居るんだよ。
おそらく定位置から移動してきたのだろうが、それにしても早い。
かなり二塁ベース寄りで捕球し、楽々アウト。
相手ベンチが目をパチクリさせてるのが、フィールドからでも分かった。
俺も分かる。上杉さん、確実にヒット一本損した。みづほにお返しされた格好になった。
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竹本が2アウトを取った。
堀内のクリーンアップとの対戦。三番は主将の森尾さん。
選球眼がいいようで、ボール球に手を出してくれない。五球めをボール、四球を選ばれる。
ランナーを背負って、初めてセットポジションから投げる竹本。ここで根来はチェンジアップを要求してきた。
投球動作に入る……ありゃりゃ。
一球めは高めに外れた。ボール。
「タイム願います」
根来、俺、みづほが同時にタイムを要求、マウンドに内野手集合。
「ランナー、目で確認しよう」
内野手全員が、竹本に言った。みんな小声だったが、同時だったので結構な音量になる。
ちょっと間が空いて大爆笑。
「……見事にハモったね」
「ははは、苦しい……ま、そんなわけで落ち着いていこう」
ハモったせいで周囲にも丸聞こえで、監督も相手ベンチも、腹を抱えて笑っていた。
竹本、今度は一塁走者を目で確認。ぎこちない牽制も入れた。
しかしクイックは巧くない――仕方ないよ、初心者だから。
果たして三球め、森尾さんに盗塁を決められ、四球めのストレートをライト前にタイムリー。
あっさり同点にされた。
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「くっそー、やられた」
竹本は三回投げて4失点でマウンドを降りた。
都大会ベスト16相手に、野球歴わずか二ヵ月の初心者が9つもアウトを取ったというのは充分過ぎる結果なのだが、本人は気付いてないらしい。
「まあ、仕方ないよ。球種がまだ少ないんだし」
竹本の頭に手を置き、ねぎらう。
「そうだよ。コントロールもまだまだ」
「クイックが遅い」
「カバー忘れてたぞ」
「マウンドで表情出し過ぎ」
「守備ド下手」
あちこちからツッコミが入り、竹本のハートにグサグサと突き刺さる。
「おっ、お前らなあ……」
「でも竹本くん、デビューにしてはよかったよ。ベスト16相手にあれだけ投げられたら、予選でも出番あるよ」
いいタイミングでみづほが隣に座り、竹本の左手を両手で握ってフォローする。
「そ……そう?」
「うん、ホントホント」
竹本、あんまりニヤケるんじゃない。
大屋監督が肯きながら話す。
「竹本くんにはこれから、西東京以外の高校との遠征試合には、必ず投げてもらうからね。安田くんの情報は知られているけど、竹本くんの情報は掴ませたくないから」
ああ、それでVS堀内がデビュー戦だったんだ。
みづほが居るのである程度の注目は集めてはいるが、所詮、一年生ばかりの新設校。他地区の遠征まで、偵察はまず来ない。
「ということは、俺って……」
竹本がかるく目を剥く。
「秘密兵器ってことだ。ま、後は任せろや」
試合開始直後から肩を作っていた安田が、四回裏のマウンドに向かった。
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試合は白熱した。
堀内打線は安田のスローボールに苦戦し、一方では、小刻みな継投で緑陵に尻尾をなかなか掴ませなかった。
終盤にいったん逆転するも、安田が痛恨の連続ホームランを被弾。5対6で敗戦となった。
再び森尾さんが俺たちを見送りに来た。
「お前ら、結構強いな。組み合わせ次第では夏でもいいとこ行くんじゃないか?」
「いやあ、堀内さんの壁は厚かったっすよ」
固く握手を交わす。
「言っとくけど、うちら手ェ抜いてねえぞ? ホント緑陵が西地区でよかったわ」
「早矢香ぁ。うちはこの後も試合あるからな、早く帰ってこいよー」
「うん、わかったー」
上杉さんがみづほの手を取って、更衣室に消えていく。
「上杉さん、大活躍でしたね」
今日の上杉さんは5打席で2安打1犠打、守備も機敏で、試験時の非力さが嘘のようだった。
「ああ。試験でみづほちゃんを見て、感じるものがあったらしい。眼の色が変わったよ」
森尾さんが俺に顔を寄せ、「ここだけの話だけど、さ」と前置きして話した。
「早矢香のヤツ、何かあるとラインやメールでみづほちゃんに相談してるらしいんだ、もちろん野球に関して。みづほちゃんが自分の野球の師匠だ、ってさ。別地区のよしみで、黙認してくれ」
「いや、それはみづほの自由ですから。女子選手同士頑張りたい、て気持ちもあるでしょうし」
俺の応えに森尾さんは安心したようだ。
「よかった……こういうの、裏切り行為とか思うヤツもいるからな」
「上杉さんには、僭越ですが俺も頑張ってほしいと思うッス」
「早矢香が言うには、みづほちゃん、野球以外はまるで子どもだってさ。そっち方面では自分の方が師匠なんだ、って」
「あー、なんとなく分かります……」
そんな立ち入ったことまで話してるということは、森尾さんと上杉さんは付き合ってるのかな。
そんなことも思った。
「お待たせー」
みづほがバスに戻ったのは、俺たちがシャワーを浴びて着替えて、バスで待機して30分は優に経った頃だった。
「時間かかったな」
「早矢香さんと一緒にシャワー浴びてたの、結構胸板厚くなってたよ。すっごいキレイな裸だった。芸能人は違うなあ」
――そんな話を人前で堂々としちゃうか。
上杉さんの言う通りだわ。こいつ、全然子どもだ。
後日、みづほ情報で、上杉さんが背番号14でベンチ入りしたと知らせがあった。
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緑陵高校にも嬉しい出来事があった。一年生の女子ふたりが入部を希望してきたのだ。
残念ながら選手としてではなく、マネージャー希望で、何かお手伝いできれば……という事だった。
それでもいろいろと手が足りない部の現況を考えると、願ってもない話だ。大歓迎で入部してもらった。
赤川さんに、青柳さん。ふたりとも150㎝前半くらいの背丈で、小さくて可愛い印象を与える。
試しに選手もやってみればと、練習に無理やり参加させてみたが、みづほが規格外だということを確認しただけの結果になった。
水谷先生に言わせると、彼女たちが女子高校生として普通の運動能力で、みづほを基準にするのは間違ってるそうだ。
週末の練習試合は、東東京や埼玉、神奈川への遠征が主になった。
もちろん、竹本に経験を積ませるためだ。
竹本のマウンド捌きもだんだんと堂に入ってきて、2イニングくらいなら抑えられるようになった。
長いイニングになると、スタミナ切れや球種の少なさを突かれて打ち込まれるのは、現時点では仕方ないだろう。
まだまだ未完成ながら、竹本も戦力として計算できるようになった。
これは、大きい。
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夏の予選まで、あと二週間ちょっと。
うちの場合10人しか居ないから、背番号はすんなり決まった。
エースが安田、あとはポジション順。初心者の竹本が背番号10。
今週末には組み合わせ抽選があり――大会直前に、期末テストが控えている。
俺にとっては、そっちのハードルの方がプレッシャーがかかる。
だが、竹本が赤点ふたつで、このままだと補習必須ということが判明した。
「竹本、俺よりバカだったの?」
「うっせーな。お前こそ、みづほちゃんに勉強みてもらって、その成績だろ。みんな知ってんぞ」
「ぐっ……」
それを言われると弱い。
しかも先生方に勉強のポイントまで教えてもらったとは、口が裂けても言えん。
「仕方ないなあ。練習の後に部室で、みんなで勉強しましょ。あたしみてあげるから」
溜息混じりのみづほの言葉に、竹本が小躍りする。
「ホント!? みづほちゃんと勉強できるのっ? ひゃっほー!」
すげえ。『ひゃっほー』っていうヤツ、初めて見た。
こういう経緯があったせいかどうかは分からないが、主将の晴れ舞台であるはずの組み合わせ抽選会は、安田とみづほが行くことになった。
「ちーちゃんは学校にいて、勉強しときなさい」
みづほの言葉が俺の立場を語っていた。
まあ、中継もされるそうだし、みづほがくじ引くのはビジュアル的にいいよな。
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みづほと安田が帰ってきたのは、練習の最中だった。
「ただいまぁー」
「お疲れさん。どうだった?」
みんなでトーナメント表を見つめる。
「ラッキーだったよ、一回戦不戦勝」
「おー、でかした。で、初戦の相手は?」
「瑛城だって。で、愛菜ちゃんのガッコがこんな近くに」
「都立広瀬な。二回戦勝ったら、もしかすると三回戦で当たるのか。うちの山、シード校ないの?」
「うん、五回戦までない」
みづほのくじ運、相当いいな。
「で、そのシード校が……」
第一シード、明王大附属。兄貴のチームだ。
兄貴んとこ、春の新人戦で準優勝して頭角を現してきた。思いっ切り優勝候補だ。
「カイ兄ちゃんと兄弟対決、出来たらいいね」
みづほが眩しく微笑んだ。
ベスト16に行くのは大変だけど、みづほと一緒ならやれそうな気がする。
その前に期末テストだ。ああ、気が重い。
ホントは新入部員をもう二人入れる予定でしたが、彼らを三年間補欠にするのは忍びなく、しばらくは10人でやっていくことにしました。
スワローズ選手の実名を拝借した弊害が来てます(^-^;




