練習試合 (VS堀内学園)
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さて、夏の西東京大会に向けてお膳立ての整った緑陵高校野球部だが、ひとり仕上げたい選手がいる。
野球未経験者だった、竹本である。
竹本が控え投手として目途が立つようなら、エース安田の負担も軽くなるし、チームとしても余裕ができるだろう。
入学前の三月から始動したとはいえ、野球歴はまだ二ヵ月ちょっと。連日の走り込みで足腰が作られ、安定したフォームで投げられるようになった。
今日も安田と並んで、ブルペンで投球練習。
なかなか重そうな球を、捕手役を買って出た大屋監督に向かって投げている。
「竹本くん。今度の練習試合、先発行こうか」
「ふえっ?」
一瞬、大屋監督の言葉が理解できなかった竹本であったが、
「いよいよデビューか……頑張れよ」
と、安田に肩を叩かれるに到って、何のことか分ったようだ。
「俺、試合に出られるんすかっ? いやー、燃えるなあ。よっしゃ、頑張るぞっ!」
今週末の練習試合って――堀内学園だったよな。
東東京に移ってからの甲子園出場はないが、春の新人戦でベスト16、夏の大会はシードが決まっている。
完全に格上だ。
対して竹本は、まだカーブを習熟中の身の上。チェンジアップがどうにか使い物になる程度。
ストレートとチェンジアップだけで通用するとは思えないが……
そうとも知らず竹本はハイテンションで投球練習を続けている。
「俺って、天才だぁっ」とか「俺はグレェト、だぜぇっ」とか叫んで、正直うるさい。
ただ、うちは大人しい部員が多いので、竹本の喧しいのも、ある意味貴重である。
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「ねねっ。今度の練習試合、早矢香さん出るんだって」
みづほが再会を楽しみにしている。
堀内学園には、みづほと一緒に認定試験を受けた上杉早矢香さんがいる。
どうやら頻繁に彼女らと連絡を取り合ってるらしく、近況を詳しく把握している。
上杉さんの場合、六月中旬の背番号発表に向けて最終調整中だそうだ。
「早矢香さんて芸能コースなんだって。タレントさんだったの」
「道理で綺麗だと思ったよ……それにしてはガチで野球やってるぽいけど」
芸能事務所にスカウトされたものの仕事がほとんどなく、ほぼ野球三昧だったそうだ。お蔭で試験を受けられて名前が売れ、仕事の話も舞い込んで来たとか。
「今は野球に集中したいから、仕事ほとんど断ってるそうよ」
人生って野球と同じで、何が起きるか分からないもんだ。
他の合格者の近況も聞いた。
早坂さんと栫さんのとこは部員が少ないので、ベンチ入りは濃厚だそうだ。
早坂さんは打撃センスが非凡だから、代打要員として期待できるだろう。
栫さんはショートリリーフとして、ほぼ完璧な成績を修めているらしい。
「愛菜さん、ナックル投げる時に少し肘の角度が上がるの」
ああ……最終試験でのみづほの盗塁は、それに気づいてたからだったのか。
「で、愛菜さんはナックルがいちばんの武器だから、ストレートとカーブのフォームを、ナックルに合わせるといい、と思ったの」
現在は、その癖を矯正しているとのこと。ますます厄介な投手になる予感がある。
時々ナックルが曲がりすぎて捕手が捕れない時があるのが、悩みだそうだ。
佐藤さんたち合格できなかった四人も、野球を続けているらしい。
夏の大会が終わるまで、野球部で最後まで頑張るそうだ。
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監督の運転するマイクロバスで、堀内学園のグラウンドまで試合に行く。
部員10人の総勢12人なので、コンパクトな移動が可能だ。
それにしても、大屋監督はこうして運転手役もやり、時には練習に加わり、練習後は俺たちと一緒にボール磨きやグラウンド整備をしたり、監督以外の仕事も嫌な顔ひとつせず、して下さる。
俺たちが監督を好きになり、監督のためにも頑張ろうと思うのに時間はかからなかった。
時々テンションが上がって、ド下手な歌を唄い出すのはこの際大目に見ている。
バスから降りると、主将の森尾さんと上杉さんが出迎えてくれた。
「わざわざこちらに来て下さり、ありがとうございます」
監督はバスの駐車に忙しいので、主将の俺が挨拶に出向く。
「ご丁寧にありがとうございます。今日は胸を借りに来ました、よろしくお願いします」
通り一遍の挨拶の後、森尾さんがニヤリと笑い掛ける。
「今日の試合、楽しみにしてたんだ。一年ばかりだからって容赦はしねえぞ」
「はは……お手柔らかに」
「きゃー、早矢香さーん」
みづほが満面の笑みでバスから駆け下りてくる。
「みづほちゃん、久しぶりー」
上杉さんも大喜びで、大きく手を振って応えた。
「みづほちゃんの制服、かわいー。いいなあ、新設校は」
「えへへ……あれ? 早矢香さん少し筋肉ついた?」
手を取り合って話していたふたりだったが、みづほが上杉さんの肩や胸の辺りをペタペタ触りはじめた。
「そ。結構頑張ったんだから……更衣室案内するわ、一緒に来て」
「はーい」
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堀内学園との練習試合が始まった。
先攻は緑陵高校。
堀内はダブルヘッダーだそうで、若干メンバーを落としてきている。
先発投手は二年生、二番セカンドに上杉さんが入っていた。
うちは、竹本以外は不動のベストメンバー。
というより、部員が10人しか居ないので、それしか組みようがない。
1(中)志田
2(三)度会
3(二)遠野
4(遊)秋山
5(右)松元
6(一)野口
7(捕)根来
8(左)有沢
9(投)竹本
いつもは竹本のところに安田が入る。
堀内の二年生投手、倉野さんは右のオーバースロー。荒れ球ぎみの速球派で、どことなく竹本とフォームが似ている。
「手近なお手本になりそうだ。よく見ておけよ」
竹本に囁く安田。
「サインは球種だけ。あとはアウトロー目がけて思いっ切り投げろ」
根来の言葉に肯きながら、竹本はブルペンに向かった。
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一回表、緑陵は倉野さんの立ち上がりを攻めた。
志田が粘って四球を選び、度会が送りバント。1アウト二塁の得点圏でみづほを迎える。
倉野さんはどちらかと言うと、みづほの苦手なタイプだろう。
相手投手の情報を収集しながら狙い球を絞っていくタイプのみづほは、力任せの「行く先はボールに訊いてくれ」的ピッチングをする投手とは相性が悪い。
ただ、投球練習を含めて既に10数球投げているので、ストレートの軌道とタイミングは、間違いなくみづほの頭に入っている。
問題はコースかな……甘い球を見逃さず仕留めることだろう。
八球め、低めの難しそうなストレートを一二塁間に弾き返す。地を這うようなゴロだ。
セカンドの上杉さんが必死に追いかけ、懸命にグラブを伸ばす。
捕られたっ!
グラブから零れそうなボールを右手で押さえようとしてバランスを崩し、腹這いに転びながらスローイング。
上杉さんの帽子が取れ、編み込んだ長いお下げがふわりと宙に舞い上がった。
送球はやや逸れたが間一髪、アウト。天を仰いで悔しがるみづほ。
――上杉さんて、あんな泥臭いプレーも出来るんだ。
認定試験の時は、もっとスマートな印象があったので意外に思った。
が、最終試験、慣れないサードの守備を思い出して納得した。
あの時も泥臭くアウトにしたよな。元々はすごいガッツのある人なんだ。
みづほは倒れたが、2アウト三塁。緑陵の得点チャンスはまだ続く。
さて……俺だが、水谷先生の筋トレメニューのお陰で、かなりパワーがついたのを自覚している。
倉野さんのストレートは140㎞/h近く出ていると思うが、力負けする気はしない。
狙い球はストレート。甘いコースを巧く捉えることが出来たら。
そう思いながら打席へ赴く。
五球めの真ん中寄りのストレートを振り抜き、打球は左中間を破った。1点先制。
一回表が終了し、竹本が初めての試合のマウンドに向かって行った。
モデルになった某高校wですが、校則がたいへん厳しく「電話機能以外のスマホの使用禁止」だそうです。
ラインとかできそうにない環境ですが、それはほれ、フィクションということで(^-^;




