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俺の幼馴染は甲子園を目指す  作者: かのさん
中学三年生編
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千秋《せんしゅう》シニア野球クラブ

 親父のバンの後部座席に、俺はみづほと並んで座っている。

 少し離れた位置なのだが、意外に人懐っこい性格のみづほが話しかけてくるたび、かるく肩が当たり、たぶん美人の部類に入るのだろう整った顔立ちが、すぐ傍に寄ってくる。

 ……泥や汗のにおいに混じって、女の子特有の甘い香りがしてくるのに気づいたのは、いつからだろう。


「ね。ちーちゃん」

 またみづほが話しかけてくる……だから近いんだってば。

「力こぶ、作って。左腕」

「ん? これか?」

 俺はアンダーシャツを腕まくりし、力こぶを作ってみせる。するとみづほは、俺と同様に右腕をまくって力こぶを作り、ぴとっと俺の腕にくっつけてきた。

「うー。やっぱり全然違うなあ……」

 腕を密着させたまま、考え込むみづほ。


 どうやら、ふたりの力こぶの大きさを比較している様子。

 最近みづほが、男女の筋力差について悩んでいることは知っていた。

 ……それより、さっきからさ。車の振動に合わせて、腕じゃない柔らかい何かが、俺の体に当たってるんだけど。

 けして小さくはない、俺にとっては未知の領域の、みづほの胸の膨らんだところ。


 俺はしばらく体を固くして、その感触に身を任せていた……が、やがて恥ずかしさが勝って、腕を引っ込めてみづほの肩をかるく押して体を離した。

「みづほだって女にしては、相当立派な筋力だぞ」

「女にしては、でしょ。遠投ではちーちゃんに敵わないし、ベースランニングも互角になりそうだし……」

 いやいや、中3でそれって、めちゃめちゃすごいことなんだって言ってやりたい。

 男子に付いていけているどころか、チームの押しも押されぬ中心選手なんだから。


「みづほちゃん」

 やり取りを黙って聞いていた親父が、大声で話し始めた。

「無理して筋肉をつける必要はないと思うよ。それよりおじさんが感心してるのは、みづほちゃんは遠投力をカバーするために、スローイングをすっごく工夫してるだろ。中学生レベルじゃ、ふつうできないことだよ」


 親父の言うとおりだ。

 みづほは捕球してから送球動作に入るまでが、抜群に早い。

 しかも肩だけじゃなく、腕全体と手首のスナップまで利かせて投げるから、スローイングの安定性が半端ない。

 「いつでもボールの同じところを握れるため」ボールを握ったまま勉強できるように、左手で字が書けるようになったことを、俺は知っている。


 だいたい、中1の終わりにアメリカから帰ってきた時、一緒のシニアチームに入るんだってみづほが言った時、俺はタカを括っていた。

 中学生になって体ができてくると、自然と筋力やスピードで男女差が出てくる。

 どこまでやれるか、食らいついて来いよ、くらいの気分だった。


 が。

 予想は大いに裏切られた。

 入団テストで、みづほの走攻守の能力を見た誰もが、目を丸くして驚いた。

「とんでもない逸材じゃないか……」

 関根監督が呟いたのを思い出す。

 堅実で広い守備範囲、流れるようなフィールディング。みづほがとてつもなく美しく見えた瞬間だった。

 バッティングでは「慣れているから」という理由で、木製バットで右バッターボックスに立ち、どの球に対してもきれいにミートした。コーチが投げたカーブも苦にしなかった。

 脚も当時は速い部類だった。さすがに一番とはいかなかったが、無駄のないベースランニングだった。


 たちまちのうちにショートのレギュラーポジションを獲得したみづほだったが、誰も異を唱える者はいなかった。

 みづほの守備の巧さは他の追随を許さず、チームどころか地区内でも指折りの存在だった。


 ショートのレギュラーを奪われたのは……他でもない、この俺だった。

 俺もチームでは有望株の一人で、三年生が引退した後、レギュラーに抜擢されたばかりなのに。

 監督やコーチからはセカンドへのコンバートを打診されたが、当分はみづほの控えとセカンド、半々で起用されることが多かった。


 俺はみづほの守備を吸収しようと、目を皿のようにして観察した。

 定位置から捕手のサインを覗いて、守備位置を移動するタイミング。

 捕球時のフットワーク。

 スローイングの投げ方も、必死に真似しようとした。

 やがて俺の体力がつき、守備が認められるようになり、中2の秋からは俺がショート、みづほがセカンドでコンビを組むようになった。


 3番セカンド、遠野みづほ。

 4番ショート、俺、秋山千尋。

 それが中3シーズンの、不動のラインアップだった。


「さあ、着いたぞ」

 千秋せんしゅうシニア野球クラブ。

 これが俺たちのチーム。今日で卒業、お別れになる。

「ありがとうございました」

 用具を取り出し、深々とお辞儀をしてグラウンドに走っていくみづほ。

 親父が感慨深そうにつぶやく。

「みづほちゃん、だんだん雅美さんに似てきたなあ……」

 死んだみづほの母親の名前を口にした。


 準備が終わり、俺もグラウンドに向かおうとする。

「ありがとうございましたっ」

 グラウンド上では、野球人。親子といえども礼儀正しく。そう教えられた三年間。

 そんな俺に親父が肯き、にやにやしながら耳打ちする。

「お前、みづほちゃんにおっぱい押しつけられて、鼻の下伸びてたぞ」

「……とーちゃんっ!!」

 親父に向かって、思わず拳固を振り上げる。


「はははっ、すまんすまん」

 おどけて頭を押さえながら、逃げる親父。

 が、すぐに居住まいを正し、真顔になる。

「ゆうべ話したことは、覚えていますか?」

 丁寧な口調は、関根監督の影響だ。

「はい」

 みんなのお手本になるプレーをすること、試合が終わったら率先してグラウンドと用具の整備をすること、です。

「よし」

 親父の目が細くなる。

「今日は父ちゃん仕事休みだから、最後まで付き合ってやる。全部終わるまで帰ってやんねえからな」

「うっす」




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