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俺の幼馴染は甲子園を目指す  作者: かのさん
After/Another/If story
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(After/Another)3. 六月 緑陵野球部OG会


「待った?」

「ううん」

 静かなカフェの一角で、ブルーベリージュースをちゅるちゅる啜っていた紫苑は、みづほの元気そうな声に顔を上げ、にっこり笑った。


「髪、切ったんだぁ。似合うよ」

 紫苑は肩の辺りまであった髪をセミロングにして、軽いパーマを当ててあった。

 当人はもちろんお洒落のつもりだが、少し大人っぽく背伸びをした感じで、むしろ小動物感が増した印象さえある。

「いやー、ちょっと失敗したよ。梅雨時にパーマなんか掛けちゃダメだね、朝起きたら髪、爆発してボワボワ」

 そう言うと、もの凄く可笑しな事があったように、ふたりで大袈裟に笑い合う。


「みづほは、変わんないね」

 ホットのカフェオレを注文したみづほは、スポーティな飾り気のない恰好で、相変わらず有名人的なオーラがない。

 雑踏に紛れ込むと、普通の女子学生とほとんど見分けがつかなくなる。

「それ、褒め言葉だよぉ。毎日の運動量がハンパないから、油断してるとすぐ筋肉落ちちゃう」

 言われてみれば少しほっそりしたかな、と紫苑は思った。


「プロ野球の世界って、そんな大変なの?」

「んー……あのね、レベルの高いとこで野球やれる、て意味では面白いんだけど――」

 掌で頬を擦りながら、言葉を選ぶように考え込む、みづほ。

「女なんかに負けてられるか、って何度も言われたよね――相手チームだけじゃなく、味方にまで。緑陵や目野のみんながどれだけ紳士だったか、思い知らされたわ」


「ふうん」

「サッくんがいつも護ってくれるんだ、あたしの事。『こいつを女とか、そういう目で見てると絶対後悔しますよ』て。ほんと感謝しかないね」

「サッくん、て?」

「あ、櫻田くんだよ、同期のチームメイト」

「――――へえ……」

 みづほって確か、あっきぃ以外の男子は何々くんとしか、呼んでなかった筈。

 思わぬみづほの変化を、紫苑は発見した。


 店員に会釈し、届いたカフェオレのカップを掲げて、紫苑に向けるみづほ。

「紫苑、改めて東大合格、おめでとう」

「ありがと」

 みづほのお祝いに、紫苑がにっこり微笑む。


「東大、どう? 宇宙人みたいの、たくさんいる?」

「私が今まで逢った中で、いちばんの宇宙人はみづほだよ」

 あまりの無自覚さに、紫苑は思わず苦笑する。

「まあ――頭の回転は、おっそろしく速いよね。それから勉強で手を抜く人、ほとんど居ない。意外にガキが多いのは、ちょっとびっくりしたけど」

「ふうん」


 紫苑が髪を掻き上げ、ちゅるるとブルーベリージュースの残りを一口だけ啜る。

「――で? 何か話したいことがあるんでしょ?」

「さっすが紫苑、察しがいいわね」


 キコたちも加わっての緑陵野球部OG会は、そもそも『うさぎや』で行う事になっている。

 ところが先日、紫苑の元にみづほから、ふたりきりで逢いたいと連絡があった。

 そしてOG会に先立って、『うさぎや』とはかなり離れたこのカフェで、紫苑はみづほを待っていたのだった。


「まさか、私の合格を祝うためだけに、わざわざこんな事したわけじゃないよね?」

 紫苑を陥れるような、変な話だとは思っていない。

 みづほは、そういう企みからいちばん遠い性格をしている。

「その、まさかだとしたら?」

「はぐらかさないでよ」

 紫苑は再び髪を掻き上げ、ストローをもう一口吸った。




「――何よ、それ。意味が全然、分からないんだけど」

「意味も何も、言った通りそのままの意味よ」


「だから、その意味が分からない、て言ってんの。『あたしにもしもの事があったら紫苑、後はお願い』て、まるで遺言じゃないのっ」

「そ、だから遺言。もしも、あたしが死んだら」

「――え……」

「こんな事、紫苑にしか、言えないよ」


「何なのよ、いったい……」

 紫苑は思わず、みづほを凝視した――健康そのものの18歳の少女の姿が、そこにある。

 どこをどう見ても、死とは無縁の存在にしか思えない。


「みづほ――身体、どっか悪いの?」

「ううん、まだ大丈夫」

「まだ、って――これから悪くなるような言い方、しないでよ……」


「あのね」

 みづほがカフェオレのカップを、手首だけで器用にクルクルッと回す。

 薄茶色の液体が、きれいな渦を描く。


「あたしの家系の女って、みんな短命なんだ……」

 カップの渦を見ながら、みづほの話が始まった。


「ちょ、ちょっと待ってよ」

 慌てた様子で、紫苑が口を挟んだ。

 母親が36歳で、その母親、みづほの祖母が20代前半で病死したと、みづほが話していたところだった。


「みづほのお祖母ちゃん、ふたりとも生きてるって言ってなかったっけ? 再婚てヤツ?」

「さすが紫苑、すごい記憶力ね」

「記憶も何も――時々お祖母ちゃんちに行ってたじゃない、月イチくらいのペースで」


「まさに、そっちの――母方のお祖母ちゃんなんだけどね。お母さん、養女だったの。だから血は繋がってないの」

「ああ、道理で……」

「で、実のお祖母ちゃんは、お父さんが調べてくれて分かったんだけど、緑陵の理事長の愛人だった人」

「ふえっ?!」

 ジュースの最後の一口を吸い込もうとしていた紫苑が、盛大に咳き込んだ。


「けほっ、けほっ」

「大丈夫? 紫苑、そんなに驚かなくても……」

「驚くに決まってんでしょっ! むしろ理事長の実の孫だって分かってて、平然としてるみづほの方が怖いわっ」


 みづほに背中をトントンされて、ようやく紫苑は落ち着いた。

「まあ、そうね……今さら認知されても、と言うか、今のみづほなら向こうから認知させて下さい、って言ってくるかも知れないわね」

「それって意味分かんないよぉ。でもあたしの家族は、もう居るから、もういいの」

 みづほはいつも通りの、穏やかな笑顔のままだった。


「話を戻すと、さ」

 みづほがクイッ、とコーヒーカップを傾ける。


「みづほ、茶色いヒゲ付いてる」

「えっ、うそうそっ」

 慌ててナプキンで口元を拭くみづほ。


 あーあ、あんなにゴシゴシ擦って、きっとスッピンなのね――と思ったら、少し化粧してた。

「みづほのお馬鹿ッ、今度はリップはみ出してるじゃないっ。ちょっとナプキン貸しなさいっ」


 身を乗り出し、紫苑に鼻の下を拭いてもらいながら話を続けるみづほ。

 絵的には、かなり締まらない構図だ。

「とにかくさ、他人には分からないかもだけど、あたしにとっては切実な問題なわけよ」

「でもふたりとも白血病だったんでしょ? 遺伝する病気じゃない筈だけど――はい、これでよし、と」


「ありがと、紫苑――当座のあたしの目標は、お母さんの死んだ36歳を越えて生きることなんだ。それまでは、あたしの出来る事、やりたい事は全部やる。いつ何があっても後悔しないように。目標の年齢を越えたら、改めて人生について考えるわ」


 ああ、そうか。紫苑は気付いた。

 みづほがいつも全力で生きてきたように見えてたのは、けして気のせいなんかじゃなかったんだ。

 それはある意味『死の覚悟』に依るもの、だったんだ。

 それを笑ったり、馬鹿にしちゃいけないな、と紫苑は察した。


「でも――さ。どうしてそんな話、改まって私にするの?」

「その理由、言う必要あると思う?」

 みづほが紫苑の瞳を、真っ直ぐに見つめてくる。

 その目が徐々に、切なげな微笑みに変わっていく。


 ああ――みづほは知ってたんだ。

 私もあっきぃを、好きだったって事に。

 みづほとの友情のために、黙って身を引いていた、て事も。


「ほんとに――ほんとに、ありがとう。紫苑」

「――よしてよ、そんなの……」

 紫苑はそっと目を伏せて、みづほから視線を逸らした。




 みづほと紫苑が連れ立って『うさぎや』に到着すると、キコはもう来ていた。

 元気そうに大きく手を振って、マスターの真奈美ともども、笑顔で迎えてくれる。

「やっほーい、みづおん」

「キコは相変わらずみたいね」

「えっと……どーしてふたりまとめて呼んじゃうのかなっ」


 三人にとっては懐かしい、いつものパフェセットを注文する。

「みづほはさっきから、あったかい飲み物だね」

「プロは身体が資本だからね。なるべく冷やさないようにしてるの」

「むふ? さっすがぁ」


 そして記念すべき、第一回緑陵野球部OG女子会が、パフェの乾杯で切って落とされる。

「かんぱーい、カチーン」

「いやいやキコ、無理やり乾杯するとパフェこぼれるからっ」

「真似だけにしよっ、真似だけ」


 思い出話に花を咲かせるほど、まだ長く離れてはいないし、近況を語り合うほど、さしたる経験も積んでいない――いや、プロ野球選手という、得難い経験を積んでいる者がひとり居るが、どちらかと言うと他愛ない雑談が延々と続いていた。


 話題が緑陵野球部の事に及ぶと、みづほの口数が多くなった。

「そう言えば雪菜、認定試験に受かったんだよ」

 女子選手は試験に合格して初めて、公式戦の出場資格を得る。


「へー、おめでとうを是非、言いたいなあ――今日は野球部、練習だよね。何時までかな?」

「ん。今日はね、学校の行事があって、早上がりなんだって。ソッコーで戻って来る、て言ってたから五時過ぎには着くと思うおっ……ん? どーしたん?」

 キコが気付くと、紫苑がかなり微妙な顔をしていた。


「キコ……どうしてキコが、野球部のスケジュール、知ってるの?」

「こころにOG会の事、教えたんだお? みづほに逢えるって大喜びしてた……いけなかった?」

 その応えを聞いて、紫苑が掌でおでこをペチン、と叩く。

「あっちゃーっ、教えちゃったかあ」

「え……いいんじゃない? あたしもこころに、逢いたいよ」

「いや、そーいう問題じゃなくてね……まあ少ししたら、みづほも分かるよ……」


 五時を少し過ぎた頃だった。

 『うさぎや』の扉が乱暴に開かれ、こころと雪菜が先を争うように、みづほ目がけてダッシュしてきた。


「みづほさんっ! 逢いたかったっ!!」

「みづほさんっ! 私、試験受かったんですよっ!!」

 ふたりとも満面の笑顔なのに、瞳が思い切り潤んでいる。


「知ってるよ。おめでとう、雪菜。頑張ったね」

「――はい……みづほさんの、おかげです……」

 みづほの言葉に、泣き顔に変わった雪菜が、ぽろぽろと涙を零し始めた。


「あーあ、せっかくの再会なのに、泣いちゃダメだよ――お久しぶりです、先輩方」

 ゆっくりと歩いてきた立花が、気配りの挨拶をする。

「立花くん、久しぶりー。元気そうだね」

「ええ、なんとかやってます――で、みづほさんたちに逢いたかったのは、俺たちだけじゃないんですよ」

 立花が親指で指差した扉の方から、主将の船田ら三年生が、総出で『うさぎや』に入ってきた。

「水臭いですよ、みづほさん。こっそり少人数で集まろうだなんて」


「船田くんっ! 福富くんっ!」

 いきなりの大人数から、握手攻めに遭うみづほ。

「ほんと、サプライズって言うか……みんな来てくれたんだぁ」

「マジで、みんな来てますよ。一年から三年まで、マネージャーも含めて全員来てます」

「えっ……ははは……」

 さらに後ろに控える大勢の部員たちを眺めつつ、笑顔が貼り付いたまま絶句するみづほであった。


 総勢40名以上、緑陵野球部勢揃いの状態に、『うさぎや』は一気に満員御礼となってしまった。

「キコ……誰かに教えたらこうなるって、分かってたのよ……みづほは後輩全員から、慕われてたから」

 後輩たちの人混みに埋もれるみづほを遠い目で見ながら、紫苑が呟く。

「うんうん、人徳だねー」

 ちっとも悪びれてない表情で、キコが肯いた。


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